小説 | ナノ


並盛ガクブル遭難記





もしも初音とオレの関係に名前を付けろって言われたら、オレはきっと“親友”って答えると思う。
初めて会った時からまだ1年も経ってないっていうのに、初音はびっくりするくらい俺の生活の中に溶け込んで、今じゃまるで長年付き合った幼馴染みたいに気心が知れてるし安心できる。
山本も獄寺君もてんで敵わないくらい、初音はオレにとってとても大きな存在だ。
誰にも言えないよーな悩み事も恥ずかしい事も、初音になら安心して話して相談できるし、彼女にならオレの全部を預けられるくらい、信頼してる。
けど、いくら仲が良いっていっても、オレと初音は所詮友達でしかない。
だから初音が誰と恋愛しようが付き合おうが、オレにはそれを拘束する資格も、理由もない。
だっていうのに、ヒバリさんと初音が仲良く一緒にいるのを見てから、黒くて汚い身勝手な感情が、胸いっぱいにひしめいてる。
初音はオレのだ。あんたのなんかじゃないなんて馬鹿げた文句と一緒に、むしゃくしゃして、何も悪くないはずの初音にさえ八つ当たりしたくなる。
そんな気持ちががあの日から胸を焼き焦がして仕方がないっていうのに、オレは、この感情になんて名前をつけたら良いのか解らなかった。
だって俺には、今までこんなに心を砕いた“他人”なんて、いなかったんだから。






ぶえっくしょん、と、冷たい風が吹きすさぶ吊り橋の上で、隼人がびっくりするほどテンプレなくしゃみを放った。

「ちょっ、隼人汚い。ちゃんと手で口元覆ってってば。飛沫が飛ぶじゃない」
「るっせ。つーか飛沫とか言うな」

すぐ隣でそんな事をされてしまった私としては何も言わずにはいられず、思わず顔をしかめて文句を言ったけど、ずずっと赤くなった鼻をすすった隼人はそんな事気にしちゃいなかった。

「うーさみっ。ったく、何でこの季節にこんな山奥に来なきゃなんねーんだよ!」
「そう言うなら来なきゃ良かったじゃない。私隼人煩いから来ない方が良かったー」
「んだとゴラァっ!」
「まーまー喧嘩すんなって。それにこんな自然めったにお目にかかれないだろ? 楽しんでこーぜ獄寺」

ふんっとそっぽを向く私に噛みつく隼人を、山本君が間に入ってとりなす。
ここ最近、この協調性ゼロの隼人を前のようにいなせる精神状態ではないのでつい売られた喧嘩をそのまま買ってしまう私としては、山本くんのこの性格は、少しありがたかった。

「だいたい、隼人は備えが足りてないのよ。山奥に行くっていうんだから、温かい格好をするのは当然でしょう」
「お前のは過敏すぎんだよ! 何だよその見るからにもこもこしてる上着装備は! 何枚重ねたんだよ」
「ニットの上にパーカー着てその上にダウンのジャケットを着てますが何か」
「どんだけ寒いんだよ!」

ぎゃんぎゃんとわめく雑種犬に、あーあー五月蝿いと耳をふさぎながらそっぽを向く。
仕方ないじゃない、春生まれだもの。
ぐるぐると唸って威嚇を続ける隼人はほっといて、先頭を切って意気揚々と吊り橋を渡っているディーノさんに話し掛けた。

「でもディーノさん。こんな山奥に本当に綱吉いるんですか?」
「ま、地図にも載ってねー秘境だからな。ツナもちゃんといるさ。この間あいつを入院させちまったお詫びに、今日は思いっきりリフレッシュさせてやりたくてさ」

にかっと爽やかな笑顔を浮かべるディーノさんには悪いけど、その言葉であの病院での事を思い出してしまって、私は曖昧な返事をする事しかできなかった。
恭弥のお見舞いをつきっきりでしていたあの日。恐らく、私が初めて綱吉よりも誰かを優先したであろうあの時、私と恭弥を見た綱吉の様子が変だった日から、私は彼と上手く接せられないでいる。
あの時綱吉を追う為に病室を出る時に恭弥に言われた言葉に動揺したから、っていうのもあるかもしれない。けど、それだけなら、綱吉がいつも通りに接してくれていたなら誤魔化せた。
けど、どうしてだか綱吉も私に対してそっけなくて、それも普段ならいざ知らず、今の私は、そんな綱吉にどう絡んでいけばいいのか解らなくて。
結果、ここ数週間はろくに綱吉と話せてもいなかった。
さらにここ1週間は登下校も別。お昼も別。唯一一緒の夕食時は、綱吉は黙ったままもくもくとご飯を食べるだけで、私も綱吉に何て言って話し掛ければいいのか話題が見つからないから、結局何もしゃべらずじまいで終わってしまっている。
このままじゃいけないと思っていても、なかなか最初の一歩が踏み出せないでいた。

そんな時にディーノさんに誘われて。これがきっかけになれば、なんて期待を抱いてついて来たものの、正直もう自信がない。
だって今からもうすでに気まずいもの。綱吉に何て話し掛ければ良いか解らないもの。
正直もうこのまま帰りたい。涙目になりながらそんなことを思っていると、ディーノさんがほらあそこだ、と吊り橋の先にある滝の辺りを指差した。

「ツナとリボーンは、先に来てもうキャンプの準備始めてると思うぜ」
「へー。じゃあ、私達もその手伝、い………って、綱吉!?」

吊り橋を渡し終わった辺りで見えてきた滝に近づくと、そこで滝の下の岩に体をくくりつけられて無理やり滝を打たされていた。
ぎょっとして反射的に綱吉の名前を叫んで、駆け寄ってその縄に手を掛ける。
無駄にきつく結ばれているそれをポケットからサバイバルナイフを取り出して切って綱吉を開放すると、綱吉はガチガチと歯を振るわせて自身を温めるように自分の腕を抱いた。
この寒空の下冷たい滝になんて打たれたら、間違いなく風邪を引いてしまう。
バックの中から急いで双優を取り出して、風の銀弾と火の赤弾を組み合わせて微妙に調節して綱吉に温風を送り込んだ。

「山こもって話し合いなんてくそつまんねーからな、オレは遊ぶ事にしたんだ」
「オレで遊ぶなよ! うう、さむい。風があったかい。ありがとー初音。オレ、もうこのまま凍死するかと…………」

どこまでもマイペースな家庭教師に綱吉はもはや定番の絶叫という名のつっこみをしつつ、私が着込んでる上着を1枚脱いでその肩に掛けながらぱたぱたと双優で仰いで少し温度を上げて温風を吹き込むと、綱吉はまだ歯はガチガチ鳴っているもののやっとほっとしたように息をついて、表情を和らげて私を見上げると、そこではっとしたように顔を強張らせた。
その率直な反応に、それを見た私の顔も、同じように強張ったのを感じた。

「ぁ………だから、ありがとな、初音」
「ん………うん」

さっと俯いて私から視線を外してそう言った綱吉に、それしか言葉を返せなかった。
昔みたいな照れ隠しの物とはわけが違うのだ。そんなあから様に拒絶されて、怯まないわけがない。
これきり二の句が継げなくて、ただ綱吉に温風を送るしかできない私に、肩に乗ったルリが心配そうに一鳴きした。

「ん? なんだお前ら、喧嘩中か?」
「えっと……まあ、そんな感じです」

不思議そうに首をかしげて尋ねる空気の読めてないディーノさんに、綱吉が曖昧に笑って頷く。
その後ろで山本くんと隼人が何と言えない表情で顔を見合わせているのを見て、申し訳ない気持ちになる。
2人は純粋に綱吉とのキャンプを楽しもうとしてたっていうのに、私のせいで空気を悪くしてしまった。
そう思うと益々口が開くのが怖くて、私はただ黙る。
そうして束の間私たちの間に気まずい空気が流れると、それを詰まらないと感じたのか、リボーンが辛気臭ぇ顔してんな、とぺちりと私の額を叩いた。
いつもと違う、見た目通りの赤ん坊ほどしかない力で叩かれて、その。解り辛い優しさに泣きそうになる
涙ぐんで、じーんと感じ入りながらリボーンを見つめていると、不意に彼はどこからともなく何だか見覚えのあるすっぽんを取り出した。

「? リボーン、何それ」
「ん。ツナは相変わらずてんでオレの楽しみの役に立たねーんでな。仕方ねーからエンツィオで遊ぶことにしたぞ」
「へ?」

きょとんとする私と綱吉たちを尻目にリボーンはその手に持ったすっぽん―――もといエンツィオを、つい先ほどまで綱吉が打たれていた滝壺の中に投げ込んだ。
え? と思う間もなく、エンツィアオが沈んで行った水の中から、前足が出、甲羅が出て、顔が出て。あっという間にガメラ顔負けの巨大エンツィオが現れた。

「ちょ、でけー――――!」
「うわああああああなにこれ怖いっ!」
「何だありゃあ!?」
「山の主だ! 山の主の怒りだ!!」
「言ってる場合じゃないでしょバカ!」

静まりたまえー! と何か呪文みたいなのを唱え出した隼人を引きずって、6人でたった今通ってきたばかりの吊り橋を駆け逃げる。

「ひいっ! 吊り橋こえー!」
「つ、つなよ………ひゃっ!」
「おい気をつけろ揺れる!」

全員で一斉に駆けたものだからぐらぐらと大きく揺れる吊り橋に、怯えてそのロープの手摺りに掴まる綱吉を支えようとして、私もバランスを崩してとっさに手摺りにしがみつく。
少しでもエンツィオから遠くへ逃げるために急いで渡ろうとするけど、そうすればするほど橋が揺れて場が混乱して、段々カオスな事になってきた。

「このままじゃラチが明かねぇ………! お前ら下がってろ、ここは俺が何とかする!!」
「えっ、ディーノさん!?」

ばっと私たちの前に乗り出して愛用の鞭を構える背中に、驚いて慌てて声を上げる。

「ダメ止めて! 今のそれだと絶対に状況悪化するから!」
「そうだぞ跳ね馬! お前のヘナチョコムチじゃ無理だ!!!」
「(そーだディーノさん今部下いないから………!)」
「?」

たんまたんまと身振り手振りで伝える私たちに、その意味が分かっていないディーノさんはきょとんとした不思議そうな顔で首を傾げる。
その様子はでっかいゴールデンレトリバーみたいで大変バ可愛いんですけど、今はそんな事で和んでる場合じゃない。
とにかく彼は駄目だ。絶対に端の床板かロープ切断する!
全然ことの意味を理解していないディーノさんに焦れて、自棄になって私もBの人の前に乗り出して双優を構えた。
この場で私が出ても状況を打破出来る策なんて思いつかないけど、ルリの援護があれば何とかいけるはず……………!!

「止めてディーノさん、エンツィオの相手は私がするから! 貴方が出たらどんな状況でも悪化す」
「安心しろ初音! つべこべ言わずオレに任せとけ!」
「へ、ちょ!?」

ディーノさんを制して、エンツィオを何とか退けようと双優を振り上げると、さらにそれをディーノさんの片腕を前に出されて声されて、ぎょっとして束の間私の動きが止まってしまった隙に、動作だけは俊敏なディーノさんの操る鞭が、空中で大きくしなった。
―――――そして。

「…………あれ? しまった」
「あれ、じゃないでしょぉおお!?」

その大きくしなった鞭は、ものの見事に吊り橋を支えていたロープを、よりにもよって左右綺麗に切断した。
冷や汗をかいてあ、やべ。みたいな顔をしたディーノさんに向けて悲鳴を上げても、もうすでに起こってしまった事態が解決するはずもないわけで。
ばらばらと足元から崩れていく吊り橋にどうすることもできず、私たちは悲鳴を上げながら、崖の下へと真っ逆さまに落ちてしまう事となった。






並盛ガクブル遭難記
(あ、だめ)(これ死んだ)






約2年ぶりの更し…ん? です!
なかなか続きに手を付けられないうちに原作が完結してしまったリボーンですが、私の中でこの作品の価値が褪せる事はきっとないと思います。
私が漫画にはまったきっかけというか、ある意味では初恋だったので。
終わってしまった原作ですが、この長編は私の初めて連載なので、是が非でも完結させますよ!
なんて、小説のあとがきにするようなことでもない宣誓のような何か。





2013.11.6 更新