小説 | ナノ


02





さらりとした長い黒髪を肩にかけ、じっと山吹生徒を見つめ指示を仰ぐ。

「皆川、先程沢田 綱吉君達を見ていた輩の顔と名前は抑えまして?」
「はい。個人情報も念のため控えておきました」
「よろしい。それでは…運動系部員達、解っていますね?」
「「「はい、会長」」」

くるりと先輩が後ろを向くと、そこには体操服に身を包んだ3人の女子生徒がいた。

「放課後、犬桜倶楽部の名にかけて彼等に制裁を下しなさい。良いですか? 1人たりとも逃すのではありませんよ」
「「「はい。会長」」」

また先輩の言葉に、運動系の部員さん達はこっくりと頷いた。

「あのー、「けんおうくらぶ」って何なんですか?」

先輩方のただならぬオーラに気圧されていると、ハルがきょとんとして山吹先輩に質問した。

「かい摘まんで説明しますと、まるで仔“犬”のように可愛いらしい沢田 綱吉君と、“桜”のように美しい桜龍寺 初音さんを崇め、敬い、保護する倶楽部ですわ」

簡単に言ってしまえば、私と綱吉のファンクラブという事だ。

「ちなみにこの倶楽部の入会条件は、桜龍寺 初音さんと沢田 綱吉君が好きという事が最低条件とされますが、大事なのは彼等個人個人が好きなのではなく、「彼等2人のセットが好き」というのが大事なのです」
「はひ、なるほどです」

なんだか熱く語り合い始めてしまったハルと山吹先輩を見て、綱吉と顔を見合わせ苦笑いした後、さあて残りの弁当を食べようと思って何気なく周りを見ると、周りにいた男子生徒達が倒れていた。

「あれぇー―――――!!? おっかしいなぁいつの間に!?」
「あんだかあの子達からいやらしい視線を感じたから」
「「ちょっとビアンキ!!」」
〔今度はA組の総大将(男の方)が毒盛ったぞー〕
「「リボーン!!!」」

ビアンキがやったらしいこのさながら地獄絵図のような屍の数々。
さらにその罪を綱吉になすりつけるような事を拡声器を通して触れ回るリボーンに、綱吉とハモって叫んだ。

かくして、色々あってB・C連合軍vsA組となってしまった棒倒しの戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
ちなみに、連合軍の大将はやっぱり雲雀さんだった。

「――――――で、何? リボーン。こんな所に呼び出して」

今にも棒倒しが始まりそうな中、何故か私はリボーンに裏庭へ呼び出されていた。

「いや、お前に頼みたいことがあってな」
「? 良いよ?」
「そうか、安心したぞ」

そう言ってニッとニヒルに笑うリボーンに、何と無くイヤな予感がする。

「お前に棒倒しに出てほしい」
「はッ!? いやいやいや、それはムリでしょ! だって棒倒しは男子が出場する競技なんだよ!? 私女だし、出れるわけないじゃない!!」

いきなり突拍子も無い事を言い出したリボーンに、唖然として言い返した。
だが、リボーンは全く動じず言い放つ。

「初音、ボンゴレをなめんな。まだ試作段階だが男になれる薬ぐれーあるぞ」
「へっ!?」

リボーンの言った言葉に、さらに唖然とする。

「まあ何も言わずにこの薬を飲んでみろ。試作段階と言っても、効き目が長く続かないだけだ。体に害はねぇ」
「………効力は?」
「効く時間は15〜20分。効果は胸が無くなって髪が短くなるだけだぞ」
「だけじゃないと思うんだけど……」

まあでも、男になるなんてそうそう体験出来る事じゃないし、面白そうだしいったかな。
リボーンは基本的に嘘は言わないし。
そう思って、渡された白と赤の錠剤をごくりと飲み込んだ。

「っ………!?」

途端、胸がドクリと音を立て、次いで激しい吐き気に襲われた。

「ぅ………え゛っ…」

胸の辺りの体操服を握りしめてそれに耐える。
とても立っていられなくなって、地面に膝をついてうずくまった。
しばらく額に脂汗を浮かべながら耐えていると、その感じがいきなりフッと消えた。
それに安堵して、額に浮かんだ汗を腕で拭いながら起き上がった。

「リボーン、何なのアレ。あんなに苦しいなんて聞いてないよ」

言った後にあれ? と首を傾げる。今の、私が喋ったんだよね?
にしては、声がアルトっぽかったんだけど……。

「そりゃあ、お前が男になったからだろ」

その言葉に振り向くと、そこには満足気なリボーン。っていうか、心を読まないでほしいんだけど……。

「ほれ、これが今のお前の姿だぞ」

そう言って手渡された大きめの手鏡を見て、目を見開いた。
その鏡には今まであったはずの胸の膨らみがなくなり、腰より長かった髪は肩にギリギリ触れるか触れないかの長さになっているし、目も前に比べて細くなった。
試しにあーあーともう一度声を出して見ると、やっぱり以前よりも低くなっている。

「ふわぁ……」
「どうだ初音、スゲーだろ」
「うん……凄い。凄いよリボーンこれ! うっわ頭軽っ!肩が張ってる感じも無くなってる!! 肩凝りも治ってるー――!!」
「嬉しそーだな」
「うんっ! ずっと辛かったんだよねーっ」

思わずにこにこ笑って体の軽さを感じていると、リボーンに黒いウィッグを渡された。

「棒倒しにはこれをつけてでろ、お前のその髪色は目立つからな」
「解った。ありがとーリボーン」

差し出されたそのウィッグを文句言わずにつける。
さっき渡された手鏡で髪の毛がはみ出てないかチェックして、しっかり白色が隠れたのを見て笑った。
良いねーウィッグって。何だか楽しくなってきた。

「いいか初音。効果が切れるのは早くて15分、遅くても20分だ。気をつけろよ。
それと、これは今日休んでいる男子のネームタグだ。自分のタグの上にはっつけとけ」

そう言われて「朝倉」と書かれた布を、「桜龍寺」の上に張り付けた。
あ、なるほどマジックテープでつけるわけか。頭良ーなー。

「それじゃ、言ってくるね!」
「おう」

にこやかに笑って手をふりながら、グラウンドへ走って行った。

ざわざわとしたA組の中にさりげなく潜り込み、見馴れたキャラメル色を見つけると、その肩をパシンと叩いた。

「っ!? えっ…え!?」
「よっす大将! お疲れさんっ」

まず肩を叩かれた事に驚き、叩いたのが山本や隼人じゃない事に驚き、さらに叩いたのが知らない人だという事に驚いたという驚きすぎな綱吉に内心笑った。
綱吉からしたら今の私はまったく知らない人なんだから、ボロを出さないようにニッと笑って片手を挙げた。

「えっあの、君は…」
「こんちはーっ。俺は朝倉。大変だなー大将、こりゃあただでは帰れないんじゃねーの?」
「う゛っ……」

あくまでさりげなくB・C連合軍をみながら言うと、綱吉があからさまにギクリと固まって顔を青くした。

「うん……そうだね…」
「まあそんなに固くなんなって。もしお前に何かあったら、オレが助けてやるよ」

そう言って笑うと、綱吉は酷く驚いたように顔を上げた。
思いの外真っ直ぐ見つめてくる目に、同じように見つめ返す。

「君は………」
〔それではこれより“棒倒し”を開始したいと思います。両総大将、棒の頂上に登って下さい〕
「え、あっ……ちょっと君………!」

綱吉が戸惑いがちに何かを言いかけたけど、アナウンスの声に掻き消されてしまい、さらにA組の人の波に流される形で私から離れていってしまう。
ここでサヨナラかなとぼんやり思っていると、不意に綱吉が私に向かって話し掛けた。

「君のっ……名前はっ? 苗字じゃなくてっ……名前を教えて!!」

人混みに押されてまともに話せる状況じゃないのに、それでも話そうとする綱吉に少し目を見開いた。
何か…嬉しいなぁ。
綱吉が、私じゃない私も気にかけてくれるって。
自然と緩む頬を隠せずに、しかしそれが普通の笑顔に見えるようにしながら口を開いた。

「これに勝ったら教えてやんよ!!」

そう言って手をふると、綱吉も人混みに押されながらも手をふり返してくれた。

「…………さぁて、どーなる事やら」

試合開始のホイッスルを聴きながら、腕を組んで薄く笑った。

試合開始直後からなだれ込むようにしてこちらへ来る連合軍を見て、あくまでさりげなくうちの組の棒へ寄った。
あっという間に連合軍はA組を飲み込んで、物凄い勢いで中心にある棒へと向かって来た。

「うわ……実際見ると結構怖っ」

私も向かって来た連合軍を蹴ったりして倒しているけど、反対側にはもう棒に登ろうとしている人もいる。
戦力の差がこんなにも圧倒的だとはねぇ。

「………あ、良い事思いついた」

1人でそう呟いてにんまり笑い、さっき急所を蹴った男子生徒の体操服を引っつかむと、それごと男子を棒を登って綱吉を殴ってたりしている男子生徒に投げ付けた。
そして、投げられた生徒もぶつかった生徒も、どっちももんどり打って倒れてしまった。

「あっ、君っ………!」
「君、じゃなくて朝倉な。しっかりしがみついてろよ大将!!」

飛んで来た男子生徒の方を目で辿り、私に気がついて驚いたように目を丸くする綱吉にニッと笑って軽く手をふった。
そして、また向かって来る男子を迎え撃つ。

「でも……流石にちょっと人数が多すぎる」

だんだん数に押されて、上手く身動きがとれなくなってきた。
半袖なので剥き出しになった腕に男子の手が触れたり太った男子の腹が腰にあたったりして、もう鳥肌がどうにも止まらない。

ちくしょう、美形以外の男なんて皆滅んでしまえ。
なんてちょっとアブナイ事を考えていると、ふとこの喧騒に紛れてかすかな銃声が聞こえてきた。

「リ・ボーン!! 死ぬ気で勝ぁー――つ!!!」
「ぉおっ」

突然聞こえてきた大声。
心の準備がまだだっただけに、結構驚いた。

「まあいいや……頑張れよ、総大将さん」

隼人達が組んだ騎馬の上に乗り、鬼のような顔をして敵陣に突っ込んで行く綱吉をみながら、小さくそう呟いた。
っていうか、バックに鬼神がいるよ、綱吉くん。スタンド使いか君は。
とりあえず、もう薬の効果が切れる頃なので、この混乱に乗じて棒倒しの人混みから抜け出し、さっきいた裏庭に戻った。

裏庭に着いて一息ついた途端、薬を飲んだ時と同じドクリと痛む胸にたまらず膝をつく。
つい15分前と同様激しい吐き気と目眩に、頭がぐるぐるする。

なんとかその苦しみに耐えて立つと、後ろからチャキ…という音がした。
良かった、ちゃんと戻ってる。

「ふうん。君、男だったんだ」
「……雲雀…恭弥」

うげ、よりによって何で今来るかなー。っていうか棒倒しは?

「15分限りですけどね。今の私は女ですよ。それより棒倒しはどうしたんですか? 風紀委員長。貴方はたしかB・C組の連合軍の総大将だったと思うんですが」
「ああ、あれならもう終わったよ。君達の負けだ」
「あっそうですか。ご丁寧に教えて下さってどうも………!!」

話しながらなんとか逃げれないかと退路を確認していると、いきなり雲雀さんが私に向かって突っ込んできた。
それを、慌てて横に飛びのいて避ける。

「やるね、僕と互角だっただけある」
「何をおっしゃいますか委員長。貴方負ける寸前だったじゃない」
「仮にそうだったとしても、今は違う」

いや、仮じゃないって、負けそうだったじゃん。
あの時綱吉が私を止めなかったら確実に私貴方に勝ってたよ。
あーでも今考えると止めてくれて助かったな。あのまま行ったらあの人の顔に当たってたかもしれないし。
私、雲雀さん顔だけはタイプだからなー、顔だけは。

そんなしょーもない事を考えていると、また雲雀さんが突っ込んできた。
しかも、今度は逃げ道を塞ぐようにトンファーで挟み打ちする体勢だ。
咄嗟に避けられないと悟って、応戦すべく双優が入ってるポケットに手を滑らせてハッとする。
え、あ、しまった。

「(双優置いてきちゃたぁー――!!)」

流石に今日は戦闘を想定していなかったので、双優は学校の教室どころか家に置いてきてしまった。
向かってきたトンファーの片方はなんとか避けることが出来たけど、もう片方のトンファーに首を抑えられて壁に叩きつけられた。
うえ、喉が押されて気持ち悪い。

「桜龍寺 初音」
「な、ん……ですか?」

首…というか喉を壁に押し付けられたまま応える。
そうすると、雲雀さんは機嫌が良さそうに目を細めた。

「取引、しない?」
「はっ……とり、ひき…?」
「そう。取引だ」

彼は悪どそうな笑みで続ける。

「君、風紀委員会に入りなよ」
「はっ!? 何言って……!」

言いかけた言葉を、喋るなという視線で黙らせられる。
っていうか、顔近い近いっ。

「もちろんタダでとは言わない。もし風紀委員会に入ったら、君がいつも一緒にいる草食動物達には僕は一切手を出さない。それが取引の内容」
「え………」
「考えてごらん。この取引を受けるか受けないか、どちらが君にとって有益か」

上を見上げると、彼は、何処までも愉快そうに目を細めていた。



波乱まみれの体育祭
(一体この人は)(何を考えているんだろう)




〜体育祭その後〜


その1(会話のみ)

「ねぇリボーン! この前使った薬さ、今度貸してくれない?」
「ん? 良いが、何に使うんだ?」
「前に使った時にね、肩の張りとかが無くなってすっごく楽だったんだーっ。だからね、学校行く時も飲んで行きたいなーって思って」
「……………止めておけ」
「? そう?」


その2


「ねぇ初音、この前の体育祭で朝倉って男子に逢ったんだ」
「へ、へぇ〜…」
「すっごく格好良い人でさ。………また、逢えないかなぁ…」
「そ、そっかぁ……(ヤバイあの薬もう使えない)」




2010.4.6 更新
加筆 2011.8.15