小説 | ナノ


私の一番、あなたの一番





のどかな陽射しが窓から差し込む。心地の良い午前9時。
意識は一応あるものの、まだ眠りとの間を行き来している、そんな時間帯。布団の中が気持ちいい。
今日は休日だし、ふわふわとした温かさに包まって、もうこのままいっそ午後まで寝てしまおうと決めて枕に顔を埋めると、不意に背中が肌寒くなった。

折角いい気持ちでいたのにと思いながらもそもそと綱吉の家とは違う方に取り付けてある窓の方を見ると、全開にされた窓と、大きくはためくカーテンに挟まれて、本来いる筈のない人間が立っていた。
彼は、眼をぱちぱちとしばたかせている私を見ると、薄く笑みを形作った。
……え、うそでしょう。

「やあ、なかなか良い家に住んでいるね。君はここで一人暮らしなのかな」
「な、な、なん……………っ」

なんで。
ぱくぱくと酸素の足りない鯉みたいに口を動かして、驚き過ぎて空気を出すだけのそれを使って、とりあえず1番言いたい事を叫んだ。

「なんで、何で貴方がここにいるのよ、恭弥………!」

恐ろしい程に爽やかな笑顔で、「迎えに来たよ代行」なんて言われても。







「あーあーあーあーっ。ほんとだったら今頃綱吉のスパーリングに付き合ってるのになーあー」
「口より頭と手を動かしてくれないかな、風紀委員代行」
「はいはいそーですねーっと」

きゅきゅっと万年筆を操って、本来生徒会がやるはずの書類の束をばんっと叩く。
サインを書き終わったものは右、まだのものは左に。左の両が圧倒的に多い書類を睨みつけて、ついでにこの応接室の主を睨みつける。
朝っぱらから年頃の女の子の家に窓から不法侵入をかましたこの人は、布団の中でキャミワンピ1枚でぽかんとしている家主に偉そうに「早く着替えなよ」なんて言って。
彼を下の階に行かせてから渋々制服に着替えて、下に降りたら降りたで朝食を要求され、2人で朝食を済ませて半分連れ去られるようにバイクの後ろに乗せられて並中に行き、あれよあれよという間に応接室に連れられて、気付けば天井高く積み上げられた書類の前にペンを握らされて座っていた。
まったく。少しは此方の事情も考えてもらいたいものだ。

「君はあれよね、もっと周りの人間に気を使った方がいいと思うわ。絶対」
「これが全部片付いたらお茶にしようか。“ラ・ナミモリ―ヌ”のケーキ、君の好みが解らなかったからとりあえず全種類1つずつ草壁に買わせてみたんだけど」
「愛してるわ恭弥」
「君は現金にも程があるよね初音」

さらりと意見を翻した私に恭弥は冷ややかに言葉を浴びせかけると、じゃあさっさとそれ片付けてよね、と山積みの書類を指差した。

「そういう恭弥こそ、さっきから全然デスクワーク進んで無いじゃない」

私を連れてきた(むしろ連れ去ってきた)時から全く減っていない恭弥の机の上に山積みにされた書類達を見て言うと、恭弥はいかにも機嫌が悪そうな顔をした。
ったく、そんな所だけ子供みたいなんだから。しかもそれが妙に可愛くてつい絆されそうになっちゃうし。まあ結局はちゃんと厳しくするけどね!

「今朝から何だか体が重いんだよ。頭も何処となく上手く働かないし」

はあ、と忌々しげに溜め息をついて頬杖 をつく恭弥に、流石に心配になる。

「そうなの? じゃあ、そこのソファーで休んでた方が良いんじゃない?」
「良い」
「良い、って………」

ぷい、と顔を私から逸らす恭弥に、思わずがくっと脱力する。
小学生じゃないんだから、そんな意地張って本格的に風邪引いたら世話ないだろう。
書き掛けの書類からペンを離してそれを置くと、席を立って恭弥の手を取った。

「恭弥。良い子だから、駄々こねてないで横になる。本当に倒れちゃうよ?」
「別に。僕はこれぐらい何ともないよ」
「恭弥!」

あくまでも聞き分けのない態度を貫く恭弥に仕様がない子供を叱る母親の気持ちで言うと、あから様に鬱陶しそうな顔をされた。
これには、流石にむっとする。

「私は貴方を心配して言ってるの!」
「僕はそんなもの望んでない。どうせ、儀礼的な気遣いでしかないんだろ。君という存在は、とことん沢田 綱吉にしか神経を割かないからね」
「な…………っ!!」

恭弥の言葉にかっと頭に血が登って、勢いに任せて彼のデスクを両手で叩いた。

「綱吉は関係ないでしょ!? 私は今貴方の心配をしているのよ! 恭弥が具合悪くなるの嫌だから、だから口煩くても言ってるの!!」
「………は、お節介」
「何とでも!!」

むきになって大きな声で言うと、恭弥はふっと噴き出した。
それが今までの恭弥では考えられないくらい柔らかいもので、吃驚して目を見開くと、更にくつくつと笑い出した。
それもやっぱり優しいもので、ひょっとして壊れたのかと思案すると、恭弥ふう、と息をついて笑いを治めて、頬杖をついて私を見つめた。

「君は本当に不思議な人間だね。敬服に値するよ」
「………そりゃどうも」

笑いまじりに言われた言葉に、此方も小さく笑って返す。
そんなかつて無い程に和やかな空気の中、じゃあ仕事再開しようか、と穏やかな顔で言った恭弥が山になった書類に手を伸ばしたけど、その手は後少しの所で空を切った。

「……………え」

急に意思を無くした彼の右手がその山にあたり、書類が半分ほど床に散らばる。けれど、その時の私はそれに気が付く余裕は無かった。
まるでスローモーションビデオを見ているように、ゆっくりと椅子から離れ、地面へと近づいていく恭弥。
彼が完全に床に就く前にはっとして慌てて床の間に腕を滑りこませると、次の瞬間にかかる予想よりもある重みに、少し目を見開いた。
抱き留めても全く反応が無く、前髪に隠れて表情もよく見えない。

「きょう、や………? っ恭弥!!」

一拍置いて、それから急激な恐怖に襲われて、彼を揺さぶりながら必死に呼びかける。
だけど全くと言ってもいいくらい反応を返さなくて、更に怖くなってもっと大きな声で呼んでも、何も返してこない。
必死に自分を落ち着かせて、少し冷静になってから恭弥の呼吸が荒くなっている事に気付いて仰向けにして前髪を退かすと、額に玉のような汗をかいて、頬を赤くさせて短く呼吸を繰り返しいているのが解った。
慌ててポケットからハンカチを出して、同じく入っていた“双優”をそれに当てて詠唱を唱えて濡らすと、額の汗をそっと拭き取った。
それから、風邪を引いたら何をするんだっけとパニックになり掛けている頭で必死に思いだして、解熱剤を飲ませなくちゃいけないと思い出して保健室に薬を貰おうとしたけれど、未だ荒い呼吸を繰り返している恭弥を見ると、そうする事が躊躇われた。
だけどそうしている間にも、恭弥の具合はどんどん悪くなっていくようで、それを見ている内にどんどん思考が絡まってまとまらなくなって、もうどうするのが1番いいのか、何も解らなくなってしまった。

「きょう、やぁ…………っ!」

どうすれば良い、今この状況で一体何をするのが最善?
眼に涙をためてただ相手を抱きかかえて呼ぶ事しか出来なかった私は、まるで無力な子供のようだった。





その場所独特の清潔感のある匂いと、小さく穏やかな呼吸音がする。
草壁さんの手によって呼ばれた救急車に乗って、恭弥は並盛中央病院に搬送された。
そこで最速かつ適切な処置を行われた彼は、数十分前と違い、今は穏やかに眠っている。
あそこで、もし草壁さんが見周りを終えたのを報告しに応接室に訪れなかったかと思うと、今でもゾッとする。
私が恭弥を抱えてパニックになっていた丁度その時、見回りを終えてそれを報告しに応接室に来た草壁さんが、その後の全てを取り仕切ってくれた。
草壁さんは顔を赤くして荒い呼吸を繰り返していた恭弥と、その彼を抱いて泣いていた私を見つけると、一瞬酷く驚いたように目を丸くしたけど、すぐに元の冷静な顔に戻って泣いている私を宥めて、それから恭弥をソファーに寝かせて私のハンカチを彼の額に当てて、携帯で病院に連絡しながら更に手早く彼を少しでも楽にする為にあそこで出来る1番の行動を実行していた。
私は、それを呆然と見ている事しか出来なかった。

草壁さんはすごい。
何をすればいいか解らなくてパニックになっていた私とは、雲泥の差だ。
それを見ていて初めて、私は今まで自分が人より出来る人間だと自惚れていた事に気が付いた。
周りを見下していたわけじゃない。だけど、昔から他の人よりも成績も運動も出来ていた方だと自負していたし、敵わないと思っていた雲雀 恭弥に善戦した事もあってか、無意識のうちに、私ならどんな状況でも冷静に適切な処置をとれると、邁進していた。
……………その結果が、このざまだ。

「………草壁さん」
「何だ」
「ありがとうございました。……それと、申し訳ありません。委員長は任せたぞと、おっしゃってくれたのに」

草壁さんが見周りに行く直前に恭弥に聞こえないように私にそう言ってくれたのを思い出して、申し訳なさでいっぱいになってそう言うと、草壁さんは表情を変えずに私の頭に手を乗せた。

「委員長はな、年に一度この季節になると体調をお崩しになる。この時期は日中の温度差が激しいからな。それもお1人でいて気を抜く時に急になるのでな、例年俺達風紀委員は発見が遅れてしまいがちだったんだ」
「………………?」

言っている意味がよく解らなくて草壁さんを見上げると、眼が合って優しく微笑んでくれた。

「つまり、委員長はお前の前で気が抜ける程、気を許しているという事だ。それに今までは俺が来るまで委員長に処置を施せる者はいなかったんだ。お前がいただけでも、大分助かる」

だから、もう気にするな。
そうぶっきら棒ながらに言ってくれた草壁さんの優しさが沁みて、不覚にも涙が出そうになった。
かっこいいなあ。草壁さん。まさに頼れる先輩って感じだ。
私もいつか、彼のような人になれたらいいなあ。髪形をフランスパンにするのは、ちょっとごめんだけど。
そんな事を考えながら、私は草壁さんに深く頭を下げた。御礼と、感謝の意を込めて。











それでは私はこれで、とか何とか言いながらそそくさと言ってしまった妙齢の看護婦さんを眼だけで見送ってから、深々と溜息をついた。

ほんと、今日はもう散々だった。
先日はディーノさんがスパークリングに付き合ってくれたけど、言い方が悪いがその所為で骨折して入院する事になってしまったし、見舞いに来てくれたは良いものの、御蔭でその並盛病院では何回も病室を変えられることになってしまった。
流石に、あの奇天烈メンバーを受け止められる包容力を持っている施設なんてそうそうないか。
並中がそれに漏れなかっただけめっけもんだと、強制的にポジティブに考えなければやってられない。

そして極めつけは、俺の友人知人の中で唯一の常識人である初音がいない事が何よりの心労だ。
リボーンの話によれば、自宅にも携帯にも電話しても出ないらしくて、一応どちらにも留守電を入れておいてくれたようだけど、色んな意味で心配だ。もしかしたら、ついにヒバリさんに噛み殺されてしまったんじゃないだろうか。あいつ初っ端からあの人に歩み寄る気ゼロだったし。
もう少ししたらリボーンにもう一度コンタクトを取ってもらうように頼んでみよう。そう決めて開けた病室のドアの先の光景に、思わず目を疑った。

「だからね、恭弥。これからはもう少し自分の生活態度に気を配って、少しでも体調が悪いと感じたら処方された薬を飲んで、温かくして寝る。これが1番。それと、帰ってきた後の手洗いうがいは毎日心がけるように。人間体が資本なんだからね」
「…………君さ、今日その話これで4回目だよ」
「あら、そう。ならあと6回はすると思うけどしっかりと聞いておいてね」

……………なに、この状況。
病院特有のちょっと安っぽいベットに寝ているヒバリさんと、そのすぐ傍でパイプ椅子に座って口うるさく小言を言っている初音を見止めて、一瞬体の全ての動きがストップした。
だれだ、これは。
何だかまるで、この2人が恋人同士なのかと伺ってしまうようなやわらかい空気。つい最近まで、ヒバリさんはともかく初音はこの人を異常なほどに敵視していた筈だ。なのに、今の初音は口調こそ怒ったように言っているが、目元はいっぱいこすったのか真っ赤になっている。

なんで、こんな。こんな初音、オレは一度だって見た事は無いのに。
何だろ…気持ち、わるい………。

「…初音……」

急激にからからと乾いていく口から、ふるえる声で彼女を呼ぶ。
自分で思った以上に掠れてしまったその声に、初音はぴくっと肩をゆらして驚いたように振り返った。
………気配にはいつも敏感な、こいつらしくもない動作。それを見ただけで、何でか腹が立って仕方がなかった。
それが初音に対してなのか、ヒバリさんに対してなのか、それとも自分に対してなのかは、解らないけど。

「びっくりしたあ。入る時ちゃんとノックくらいしてよね、綱吉」
「あ、ああ…ごめん………」

至っていつも通りな初音に、戸惑いながらも頷く。
どうやら初音はいきなり声を掛けられた事に対してのみ驚いているようで、俺がこの場にいる事に特に疑問を持っていないみたいだった。

「あ、のさ、何で、ヒバリさんと初音がここに?」
「ああ、実はね。今日私風紀委員代行として書類整理のお手伝いしてたんだけど、その途中で恭弥が夏ばてと過労の影響で熱だしちゃって。恭弥の熱は毎年やっかいだからって、こうして大事をとって入院してるの。私はそのお見舞い」

何でもない事のような口振りの初音に、内心驚いた。
初音は、代行とはいえ風紀委員に入る事を、すごく嫌がっていた筈で。そして今彼女のすぐ傍にいる彼は、今年の秋に俺や獄寺くんをぼこぼこにした人で、それを初音は酷く根に持っていた筈で。
だから、彼女と彼の間に、本来ならそんな和やかな空気、流れるなんて事はない筈で。
ないはず、なのに………。

「あ、連絡きちんと入れなくてごめんね。ここに着いてから留守電とメールに気付いたんだけど、ここケータイ電話使用禁止で。外に出て掛けようと思ってたんだけど、その時ちょうど恭弥が起きちゃったから」

それはつまり、初音はここに来てからずっと雲雀さんにつきっきりだったって事?
ケータイに入れたメールにも気付いてたのに。オレの方に来ないで、ずっとヒバリさんの傍にいたっていう、そういう事なの?
いつもは、オレに何かあったら、いの一番に飛んでくるのに。
なんで、相手がヒバリさんだから? それとも、もうオレは、初音にとって大多数の内の1人?
馬鹿みたいな嫉妬心とか独占欲に苛まれて、情けなくも、何だか涙が出そうになった。

今まで、オレは初音の中で1番だと思ってた。だって、いつも初音はどんな時だって俺を一番に考えてくれていて、俺を最優先にしてくれていたから。
………馬鹿じゃないのか。こんな、小学生レベルのことで、一々勝手に落ち込んで。初音はオレのものでも何でもないんだから、初音がどこに誰といようがオレに引き留める権利なんてないし、ましてやそれを咎める権利なんて、ある筈が無い。
アホらしい。そう思うのに、体はこれ以上2人が親密になっている所なんて見たくなくて。
半分無理矢理、松葉杖を使って体を回転させた。

「そう。いいよ、気を遣わなくて。オレは単なる捻挫だから、大人しく寝てたら勝手に治るし。初音は、ずっとヒバリさんの傍にいたらいいんじゃないかな。2人とも、お似合いだし」
「は? 綱吉、何か勘違いしてない?」
「オレの事は気にしないで。婦長さんにお願いして、別の部屋に代えてもらうから。それにヒバリさん、人嫌いだし。じゃあ」
「え、つ、つなよ」

どことなく焦った口調の初音の声が完全にオレに届く前に、乱暴な手つきで病室のドアを閉めた。それから怒ったヒバリさんに噛み殺されるかもしれないと思ったけど、別に今はそうなっても構わないと思った。

最低、最低、最低!
無意識のうちに、松葉杖を握る手に力がこもる。最悪だ。何考えてるんだよ、オレは。
初音の関心が少しでもオレから逸れただけでその対象を酷く憎くて、今すぐそいつなんか放ってオレの傍に来てほしいなんて思うなんて、最低だ、最悪だ。
なんて嫌な奴なんだろう。自分が、こんな気持ちの悪い感情抱えてるなんて、知らなかった。
そもそも、オレは何でこんなに初音に執着しているんだろう。
そこまで考えて、足がピタリと止まった。
そう言えば、何でだろう。オレが好きなのは、京子ちゃんで、初音はただの親しい女友達で、もっと言うなら、まるでずっと前から一緒にいたみたいな、幼馴染みたいな関係で。
それ以上も、それ以下もない筈だ。
じゃあ、何で?
ぐるぐると回って収集が付かない堂々巡りの思考に、もうわけが解らなくなって。この靄もみたいにはっきりとしない感情を振り切る為に、また松葉杖に力を入れて、出来るだけ早くナースステーションに着くように、無事な方の足を速めた。











「…………綱吉、どうしたんだろう」

いつもと違う様子で病室から出ていってしまった綱吉を、不安になって眼で追った。
彼が出ていってしまったドアをいつまでも眺めていると、恭弥がじれったそうな口調で話しかけてきた。

「そわそわそわそわと、さっきから煩わしいね」
「う、うるさいな、別にいいでしょ。気になるんだから」

むっとして言い返すと、恭弥はさっきとはまた違った雰囲気の不機嫌になった。
これを元に戻すのも面倒くさそうだなあと思いながら、先程の綱吉の様子に思いを馳せる。
入ってきた時から、どことなく様子が変なのは解った。呆然、と言うか愕然とした顔をして私達を見ていたし、その後の私への受け答えも妙にぎこちない。
最初は単に私と恭弥が一緒にいる事に驚いてるのかと思って、実際その通りでもあるとは思うんだけど、何と言うか、気まずそう? と言うより、言いたい事を無理矢理口の中に押し込めているような感じがした。

「心配だなあ……ごめん恭弥、私綱吉の所に行くね。また明日お見舞いに来るから」

この状態の恭弥を放っておくのもまたあとあと面倒くさそうだけど、今は綱吉が私の中での最優先事項だ。
そう言って恐らくナースステーションへと向かったであろう彼を追いかけるべく病室の扉に手を掛けたところで、今までむっつりと口を噤んでいた恭弥が口を開いた。

「そうやって、君はまた誰かを放って沢田 綱吉の所へ行くんだね」

恭弥の言葉に、扉にかけていた手が反射的にぴたりと止まる。

「君にとって、彼より大事な存在って、いるの?」

振り向くと、恭弥は此方を見もしないで窓に置いてある花に目を向けている。…………私が置いた花だ。
その横顔を、振り向いた体勢のまま見つめて、彼の言葉を反復してみる。それと同時に、条件反射のように草耶さんの顔が浮かんだ。

「…………まあ、いるんじゃない? 綱吉より大事な存在の1つや2つ」
「僕はいないと思うけどね」

自分で聞いてきたくせに間髪入れずに返してきた恭弥にむっとして睨むと、彼は相変わらず私とは反対の方向を見て続けた。

「もし今ここにいるのが僕じゃなくて、獄寺 隼人や笹川 京子でも、君は彼等をおいて沢田 綱吉の所へ行くよ。すぐ戻ってくるから、なんて言いながらね。其処にあるのは、彼の元に行くか迷うか迷わないか、その時間が長いか短いかの違いだけだよ。いずれにしても、君は最後には必ず彼の所へ行く」
「そんなこと、」
「無いって言い切れるの」

視線だけ此方に向けられた視線に射抜かれて、肩がふるえた。
金縛りに遭ったように動かなくなってしまった身体を、無理やり視線を彼から外す事でやり過ごす。
それから身体を扉の方に戻して、今度こそドアノブに手を掛ける。

「そんなの……そんなの、その時になってみないと解らないわよ。
とりあえず今言える事は、貴方よりも綱吉の方が100倍か弱いって事だけ。だから私は彼の元に行くの」

声が少しふるえているのを自覚しながら、彼の目を見ないようにして病室を出た。
動悸がすごい。まるで一kmを全力疾走したみたいだ。
そこまで考えて初めて手自分が酷く動揺している事に気付いて、慌てて平常心を取り戻すように立ち止まって深呼吸をして、ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜた。

違う、違う。
歩きながら、呪文のように同じ単語を復唱する。
私は、彼以外にも大切な人は沢山いる。一番なんて、そんなの、知らない。知らなくて良い。
私は、私は…………………。


草耶さんが一番大切なんだ。
なのに、一瞬紡ぐ言葉に迷ったのが、たまらなく悔しかった。
心の奥底にいるのが誰なのか一瞬でも迷ってしまったのが、たまらなく、恥ずかしかった。





私の一番、あなたの一番







昔よりは和らいだけど、まだ草耶さんが死んで自分が生き残っている事を赦しきれてない初音と、今まで抱いた事もない感情と言うか激情に戸惑いつつ初音とどう接していいのか解らなくなってしまった綱吉。
この状況はまだまだ続きます。
いきなりシリアス展開に持っていってしまってすみません(/^□^)ι
ほんとはこうするつもりなんてなかったんです、でも雲雀さんが勝手に喋りだしちゃったんですよぉぉぉおおorz
次回は2人がひたすらうじうじしてる話になりそうですι








2011.12.13 更新