「初音、お前、今日イタリアに行け」 「は………?」 とある冬の朝、いつものように綱吉を起こして、綱吉が着替えて来るまで下のリビングでお茶をごちそうになっていると、不意にリボーンがそう言った。 「えーっと、一応、理由を聞いてもいいかな」 「ああ。お前もこっちに来てもう半年以上経つだろ。そろそろ9代目にお前のことを正式に紹介してもいい頃だと思ってな」 「ふー……ん?」 ずず、とエスプレッソを飲みながら淡々と言うリボーンに、適当に打ちかけたあいずちを打ち切って彼をじっと見た。 「え……何で? いくら綱吉の部下候補だからって(まあ私は綱吉をボスにする気なんてこれっぽっちも無いんだけど)。ただの一般人を今のボスに紹介する必要なんてないと思うんだけど」 「あ? 何言ってやがんだ。お前は一般人なんかじゃねーだろ」 「…………え」 顔を僅かにしかめ、さも当たり前の様に言うリボーンの言葉に、しばし思考がフリーズした。 「ま、何にせよ。今日の12時に出る便に乗るからな。遅れないように準備しておけよ」 そう言ってぴょんと椅子から飛び降りて2階へ上がっていくリボーンを見送ってから、はあ、と息を吐いて手で顔を覆った。 「ヒドいなぁ…もう。最近、そういう事、忘れてたのに。思い出させるなんて酷いよ……」 そう。楽しくて楽しくて、忘れいてた。 この世界では、私の居場所なんてないんだって事。私は、要らない存在なんだって事。 馬鹿だなぁ、私。そんなの、当たり前の事だっていうのに。 「はは……ほんと、バッカみたい」 そう一言呟いて、自嘲気味にふ、と笑った。 その後、リボーンに言われるがままに数日分の着替えを用意して、11時頃にいつの間にか家の前に止まっていたリムジンバスに押し込まれ、あれよあれよと言う間にイタリア行きの便に乗ってしまった。 「いつもながら、リボーンの行動力には舌を巻くよ………」 まさにノンストップの超特急って感じ。 あの小さな家庭教師殿は、直前まで何もしないくせに、1度スタートを切ったら自分の気のすむまで奔り抜く。 ……お陰で、今まで何度綱吉がツッコミと言う名の絶叫をかましたものか、解ったものじゃない。 「しかも、予約したのは数時間前って言ってたのに。ご丁寧にファーストクラスのVIP席」 こんな良い席よくとれたねーと言ったら、リボーンにしれっと「ま、ボンゴレだしな」と返されてしまった。 全く。ボンゴレファミリー恐るべしだ。 キングサイズのベット程はある席にバスっと身を沈めて大きく伸びをすると、ルリがよじよじと私の体を登ってきて、私の顔を心配そうに覗き込んできた。 【キュウー?】 「んー?ああ、なんだルリか。大丈夫、私は元気だよ」 そう言って、ヘラリと笑ってルリのふわふわな金色の毛を撫でる、とルリはまた気持ち良さそうに身をふるわせた。 ………でも、ルリにはああ言ったものの、あのリボーンの一言は、正直ちょっと効いた。 まあ確かに、私がこの世界の住人でない事は事実。 だけど、私は此処に来て、初めて有りのままの自分を、両手を広げて、笑って受け止めてくれる人に出会った。 それは、今までの世界では、きっと、一生無かった事だと思う。 だからこそ、私は、まだまだ此処に居たいんだ。 「………でもまあ。とりあえず、今は9代目とどう接するべきか考えておかなきゃね」 【キュウキュキュウッ】 「うん、心配してくれてありがとう」 ぐっと自分を奮い立たせてから、また私を元気づけようとしてすり寄って来てくれたルリを抱きしめて、ごろんと横になった。 大丈夫。私は、独りなんかじゃない。 「さあって。やって来ましたイタリア・ローマ!」 【キュウ〜!】 もう冬だというのに、キラキラと太陽が眩しい光を放つ青空の下、私は、今までガラガラと引きずって来たキャリーケースを一旦止めて、ルリを肩に乗っけたまま、一緒にぐぐーっと大きく伸びをした。 まあ、温かいのは見た目だけで、実際はスンごく寒いんだけどね。 「ええと……まずは、今日ここに迎えに来てくれる予定のキャバッローネファミリーとの待ち合わせ場所に行かなきゃね。地図地図…っと」 そう独りごちて、行きにリボーンに貰った空港の地図を広げた。 ちなみに、今更だがここにリボーンは来ていない。あくまで彼の生徒は綱吉であって、私の家庭教師ではないからである。 だからこうして、地図音痴ながらも頑張って待ち合わせ場所の「南Dエリア付近のカフェテリア」へ向かっているのだった。 「えーっと、赤いレンガの壁を曲がって左に…っと。あったあった」 地図と現在地を照らし合わせながら進むこと約20分。やっと目の前に現れた、カフェテリア「gatto・occhio」。 直訳で「猫の目」だ。 時間を腕時計で確認すると、約束の時間まであと15分ある。 うん、日本人としては(まあ私はイタリア人と日本人のハーフらしいんだけど)なかなか調度良い時間に着けたのでは無いだろうか。 そう思って1人(と1匹)でちょっと喜んでいると、不意に後ろの方からぴりっとした殺気を感じた。 「(………………?)」 不思議に思って周りの気配を探ってみたけど、さっき感じた殺気は感じてこない。 「あー、待ち合わせの時間にはまだあるし、何処か遠くーに散歩に行こうかなーっ」 わざと大きめな声でそう言うと、後ろにある気配の中で1つだけあからさまに反応したモノがあった。 間違いない。気のせいなんかじゃ、ない。 そう確信すると同時に、イタリア行の便に乗る直前にリボーンが私に言った言葉を思い出した。 “普段ボンゴレに恨み持ってる奴らが、ここぞとばかりにお前を狙って来るかも知れねぇ。気をつけろよ” ……………成る程。これの事か……。 仕方ない。じゃあ片付けるしかないか。 そう心の中で決めて、ゆっくりと、不自然じゃない程度にゆっくりと店の角を曲がりながら、ポケットに手を入れた。 双優は、いつも小さくしてポケットの中に入れている。 それを手でしっかりと確認すると、後ろの刺客(……なのかな? まあ多分そう)が店の角を曲がって裏路地に入ったのを気配で感じたと同時に、勢いよく振り向いた。 「!!!」 「“双優! 装填銀弾”っ!!」 いきなり標的が振り返ったのに驚いて出来た刺客の隙を見逃さないように。 振り向いた勢いに乗せて扇を一気に2mぐらいに大きくさせて、言霊を唱えると風の大砲を相手に思い切りぶつけた。 「ぐはっ!!」 相手がそれをモロにくらってよろけるのを見ながら駆け出す。 それからがら空きの背中に、力いっぱい回し蹴りをくらわせる。 それで俯せに倒れた刺客に追い討ちをかける様に、その背中に足を乗せて動けなくして、喉にそっと‘双優’を当てた。 「ひ…………っ」 「ねぇ、教えて? 貴方のバックはだぁれ?」 恐怖に小さく息を呑む刺客に、なるべく優しい声色を使って尋ねる。 すると、彼はガタガタと情けなくふるえながらも首を横に動かした。 NOのサインだろう、恐らく。 「……………そっか、言えないのかぁ」 私が笑顔を保ったままそう呟くと、彼は更にガタガタとふるえ出した。 おかしいなぁ。笑ってるのに何で怯える必要があるんだろう。 「うーん…弱ったなぁ。貴方の仲間やボスを想ってのその行動はとても立派だと思うけど、それだと私が困っちゃう」 「ひ…ぁ………」 「もしかしたら、貴方いずれあの子の所に行くかも知れないし。 そうでなくとも、害虫は実害が出ないうちに狩っておくにこした事はないもんね」 「ぅ……ぅ……」 にこにこと笑ったままの私と、ガタガタとふるえながら目に涙をためる男の人。 傍から見れば何ともシュールな絵だけど、私と彼はいたって真剣だ。 「じゃあ、今から5数えるから、その間に私の質問にだけ答えてね? 貴方のバックは誰? はい、いーち」 刺客に質問をすると同時に数を数え始めると、彼の動揺っぷりがふるえとなって伝わって来る。 ………滑稽だなぁ……。大の大人が子供相手に。そう思うと、何だか笑えてきた。 「にーい、さーん」 数をゆっくりと数えながら、頭の中で炎が段々燃える様を思い浮かべる。 すると、それに従って、刺客の喉に当てた‘双優’からぱちりと小さな火の粉が飛んだ。 「よーん、ほら、早くしないと全身焼けちゃうよ?」 その言葉に従う様に、扇から出る火の粉を段々大きくしていく。 言っておくけど、止めてなんかあげないよ。私には譲歩なんてサービス無いから。 それでも、刺客は未だに黙りこくったまま。………ま、しょうがないか。 「……そっか、なら、仕方ないね。ばいばい。ごー……」 私が最後の数字を数えようとした時、何処からか殺気と、一瞬遅れて鞭が鋭く私に向かって来た。 それを刺客から体と‘双優’を離して横に跳んで避けると、路地裏の入り口から拍手が聞こえてきた。 「………………?」 「お見事。……と、言いたい所だが、ちょっとやり過ぎなんじゃないか?」 今までずっとイタリア語で話していた私に日本語で話す、何処かで聞いた事のある声。 その声の方に目を向けると、そこには、太陽みたいな金髪が眩しいフードつきのジャケットをきた男の人と、その後ろに10人程の黒いスーツを着た男の人達がいた。 「……………誰?」 「Piacere.Mi chiamo Deeno.」 「…………キャバッローネ10代目、か」 イタリア語で名を名のった金髪の彼を見てそう呟くと、彼はそう。と言って少し笑った。 「しっかしまあ、凄いな、お前。俺としては、ちょっと驚かそうと思っただけだったんだけど」 「…………ああ、そうだったんですか。 ごめんなさい。彼から殺気を感じたものだから。ボンゴレに敵意を持った人達からの刺客かな、と思いまして」 肩を竦めておどけた様に言うキャバッローネさんにそう言うと、彼は将来有望だな、と皮肉を込めた様に私に言った。 …………いや、実際皮肉なんだろう。 その証拠に、彼はさっきからずっと私の事を敵として見てる。 まあ、本人は隠せてると思ってるかも知れないけど。 確かに、部下を後1秒で全身火傷を負わせる所だった人間と対峙してるんだから、皮肉の1つや2つくらい言いたくなるだろう。 「……ごめんな、レイッダ。立てるか?」 「……は、はい。……あの、すみません、ボス。俺………」 「ああ良いって良いって。気にすんなよ」 キャバッローネさんは、さっきまで私が尋問をかけていた男の人の腕を取って立たせると、後ろの黒スーツの人達に彼を預けた。 「……じゃ、行くとするか。えっと…」 「………初音です。桜龍寺 初音」 それから私に手を差し出して言うキャバッローネさんに、私は薄く愛想笑いを浮かべながらその手を取った。 キャバッローネさんに導かれるまま彼と共に黒塗りの高級外車に乗って、数10分。 今までずっと無言だったら彼が、不意に口を開いた。 「………リボーンがさぁ、「初音は生粋のヤマトナデシコだぞ」って言うから、どんな子だろうって思ってたんだけど」 振動もろくに感じない車内で、キャバッローネさんが私を見てしみじみと語る。 「ヤマトナデシコって、こんな感じだったっけ?」 「いいえ」 納得いかない、という顔をするキャバッローネさんに、私はきっぱりとそう言った。 「えっ、違うの?」 「違いますよ。リボーンは私の事勘違いしているだけです。本物の大和撫子なら、初対面の男性相手にあんな事とても出来ませんよ」 顔を外に向けてくすくす笑いながら言うと、窓越しにキャバッローネさんが少し苛立たし気に私を睨んだのが見えた。 「……………さっきのあれ。お前、あいつが5数えるまでに質問に答えなかったら、本当に燃やすつもりだったろ」 「ええ、勿論。殺られる前に殺やるのが私の信条ですから」 また彼の質問に淡々と答えると、キャバッローネさんは腕を組んではあ、とどこか疲れた様にため息をついた。 「…………それって、あの時お前が言ってた「あの子」の為か?」 「いいえ。私の為です」 ゆるりとこちらに目を向けて首を傾げるキャバッローネさんに、今度は顔をしっかりと彼に向けてきっぱりと否定する。 そうすると、彼はきょとんとして不思議そうに私を見た。 「違うのか? だって、その「あの子」の為に、お前あんな事したんだろ?」 「違いますよ。確かに私はあの人がボンゴレに敵意を持つ人達からの刺客だと思ったから彼は尋問にかけました。 でも、それは彼によってもしあの子が傷ついたら嫌だと思う私の為です。あの子の為じゃありません」 そこで一旦言葉を切って、未だ不思議そうに首を傾げているキャバッローネさんに苦笑いして続けた。 「あれは、私が私の為にやった事です。あの子を理由に正当化させるつもりは毛頭ありません。 私、“誰かの為”を言い訳にする人は大嫌いだし、それは逃げだと思う」 そう言ったと同時に、何故かキャバッローネさんに頭を撫でられた。 ぐーりぐーりと少し髪を乱暴に掻き交ぜられる。 それに思わず眉にシワを寄せると、上からくくっ、と笑い声が聞こえた。 「おっ前…変わってんなぁ……」 「自覚してます。っていうか、止めて下さいドン・キャバッローネ。髪がぐちゃぐちゃになっちゃいます」 ぐりぐりぐりぐり。 私の頭を撫でる手を掴んで不満げな顔を全面に出して言うと、キャバッローネさんは、ははは、と笑って更に力を込めて頭を撫で回した。 「そうだなぁ。俺の名前本名でちゃんと呼んだら離してやるよ。ちなみに、さっきも言ったが、俺の名前はディーノだぜ? 初音」 「うっ、わ、わかっ…解りましたからっ。離して下さいってディーノさん……っ!」 流石にぐりぐりぐりぐり強く頭を撫でられるのが痛くて、半分自棄になって言うと、頭部にあった手がすっと離れて行った。 「おう。何だ? 初音」 「何だじゃないですよ……もう、頭痛い……」 離してもらったものの、まだぐらぐらする頭を抑えて恨めし気にキャバッ…ディーノさんを睨むと、彼はははは、と何とも軽快に笑って見せた。 その笑顔が何だか憎めなくて、何と無く照れ臭くて。私はぷいっとキャバ…ディーノさんから目を反らした。 …………そしたらなんでかまた笑われた。 それからディーノさんの(なの…かな?)高級外車に乗る事約3時間。 先に降りて私をエスコートしてくれた部下の人達にお礼を言ってから辺りを見回すと、下に緑と海が綺麗な町があった。 「わあ………っ」 「綺麗だろ? あれが、俺達キャバッローネファミリーのシマだ!」 日本とは何もかもが違う、イタリアの独特の町並みの美しさに思わず息を呑み、感嘆の声をもらす。 私の肩に手を置いて自慢げに言うディーノさんの言葉にも、迷わずこくんと頷いた。 「本当に……。日本とは全然ちがう。すごく綺麗………」 「だろっ!? ボンゴレの屋敷に行く前に、どうしてもお前に俺達のシマを見てもらいたくて、9代目に無理言って時間作ってもらったんだ。 あっ、あとなあとなっ、あそこに見えるちょっと大きめの赤い屋根の家、あそこのおばちゃんが焼くピッツアがめちゃくちゃ旨いんだ!」 感動のあまりぼんやりとしている私とは対照的に、ディーノさんはばっしばっし私の肩を叩いて嬉しそうにそう言った。 「俺の」ではなく「俺達の」と言うあたりが、いかにもこの人らしい。 まるで、自分の大切な宝物を友人か誰かに自慢するみたいに。 そのさっきと違って子供みたいな仕草をする彼を見て、思わずくすりと笑ってしまった。 「ぷっ……ふふふ…あはははっ」 「なっ、わ、笑うなよ〜」 堪えきれなくてお腹を抱えて笑うと、ディーノさんは照れて頬を赤く染めた。 その仕草がやっぱり可愛くて、何だか綱吉と草耶さんを思い出した。 …………やっぱり、こうやって当たり前の様に草耶さんの事を思い出せるのは、綱吉があの時私を赦してくれたからなんだろうなぁ。 「…………? どうかしたのか? 初音」 「ふふっ……いいえ、何でも。ちょっと……逢いたい人の事を、想っていただけです」 私の様子がさっきと少し違うのに気づいたのか、不思議そうな顔をするディーノさんに、そう笑って答えてから、そっと手を差し延べた。 日本に帰ったら、綱吉を思いきり、力いっぱい抱きしめよう。そう心に決めて。 ………さあてと。9代目に会える時間まで、ディーノさんご自慢のシマを、存分に見せていただきましょうか。 初音のぶらり旅事情 (ふあー…ジェラートうまー、ピッツアうま〜っ)((かっわい…マジで妹になんねぇかなコイツ…)) 加筆 2011.8.20 ← |