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突撃! 隣の暴君くん!!





「何、その手」
「名誉の負傷です」

休日に突然呼び出して来た暴君野郎が開口一番に放ったのは、労いの言葉でも心遣いの言葉でもなく、不機嫌丸出しの表情で言った何ともムカつく言葉だった。

「メイヨノフショウ? そんな包帯がぐるぐる巻かれる状況なんてそうそうないよ。またあの赤ん坊と一緒にいる草食動物の仕業かい?」
「何でもかんでも並盛で起きた騒動を全て綱吉のせいにするのは止めて下さい。それと、そういう騒動の現況はリボーンであって綱吉じゃありません」
「ふうん。随分とあれを庇うんだね」
「当たり前です。綱吉は私にとって大切な存在ですから」

頬杖をつきながら、それでも目線はしっかりとブレザーの袖から見える包帯に注いでいる雲雀さんをじとりと睨みながら、鞄を真っ黒いソファーの上に置いた。

季節は冬。
窓からは春ではないがうららかな日差しが降り注いでいるが、やっぱり寒い今日この頃。
そんな日の休日、9時頃に家の電話が鳴ったと思ったら、雲雀さんに10時に来るように言われ、しぶしふ制服に着替えて学校へ来たという訳だ。

「それで、一体私に何のご用が? 委員長さん」
「この時期になると3年の修学旅行とか色々行事が重なってね。生徒会達が役に立たなすぎて困ってるんだ。……助けてよ」

……はたして、この地球上であの天下の雲雀さんに「助けて」と言われる人間は何人いる事だろう。
…………まあ、彼はあきらかに私に嫌がらせ目的で言っている訳だから、あまり嬉しくもないのだけど。

「それにしても、今日はいつもみたいにぶーぶー文句言わないんだね。あとその手どうしたの」
「もう一々文句言うの疲れたんですよ。文句言った所で、やる事は変わらないんですから。
それと、この怪我は貴方とは全くの無関係な事です」

雲雀さんの言葉に淡々と応えながら、彼の机の両サイドにある書類の束のうち1つを取って、もう1つの机にそれを置く。
それから黒塗りの肌触りの良いソファーに腰掛けると、今は見えてない、この右の二の腕から手の平の真ん中にかけて巻いてある包帯を見つめた。

この怪我は、数日前、10後イーピンのピンズ時限超爆によって出来たモノだ。
恐らく爆風で飛んできた瓦礫か何かによって出来た、二の腕から始まり、手の甲まで綺麗に一直線にぱっくりとあいた傷。
怪我をした当初はあまり痛みを感じず、まあ消毒程度でいいか、と考えていた。
なのに、綱吉は勿論隼人までちゃんと手当てをした方が良いと言うものだから、仕方なく家にシャマルを呼んで、包帯を巻いてもらった。
ちなみに、その時私の能力(チカラ)は自分の傷は治せないのだと初めて知った。
幸い、傷は見た目程深くはなく、跡も残らないと言われたんだけど………。
その日から、綱吉が異常に過保護になったのが、ちょっと複雑だ。

「じゃあ、これから少し集中して片付けるので、声を掛けないで下さいね」
「それは解ったけど、何、その鞄」
「は?」

手に持った書類の束を脇に寄せて言うと、雲雀さんが珍しく私の目をじっと見て(相変わらず頬杖をついたまま)そんな事を言った。

「何言ってるんですか? とうとう髪型だけでなく頭の中までみかんにな………」

訳の解らない事を言う雲雀さんに、呆れた顔をしながら脇に置いてある鞄を見ると、本当に鞄がもぞもぞと動いていた。
びっくりして目を見張ると、開いた隙間から金色のもふもふが見えた。

「え、ちょ、ル、ルリっ!?」
【キュウっ!!】
「いやキュウじゃなくって……!」

私の鞄の中でもぞもぞ動いてるルリに驚いて声を上げると、ルリは嬉しそうに抱き着いてきた。
慌ててその毛のわりに体積の小さい体を受け止めると、さらにぐりぐりとこちらに身を擦り寄せてくる。
うぅ、可愛いけど、ちょっと空気を読んでほしい。

「ちょっと桜龍寺、何なのその狐」
「う、うちの飼い狐(?)です! あっ、こらルリ、離れなさい!」
【キュキュウっ】

キュキュウじゃないっ!
多分、寂しくてついて来ちゃったんだろうけど、雲雀さんが学校に狐が来たなんて知ったら咬み殺される!

「あ、あの委員長さん。これはあの、すみませんすぐ帰しますからっ」
【キュウゥ〜】
「やだやだじゃないの!」

慌ててふわふわの金色を抱えて言うと、ルリが嫌がって私の制服にしがみついて首をふった。

「だからぁー…」
「いいよ、別に」
「……へ?」

ルリを引きはがそうと躍起になっていると、雲雀さんが視線を書類に向けながら淡々とそう言った。
まるでそんな事に興味はないとばかりに投げやりに言われた言葉に首を傾げる。
雲雀さんの事だから、学校に侵入する輩は、例え狐だろうと容赦しないと思ったのに。

「仕事の邪魔にならないなら、いても良いよ」
「…え、あ……」
「何か食べたいモノはある? 紅茶やクッキーくらいならあるよ」

びっくりする位あっさりと入校許可を降した雲雀さんに呆然としていると、さらにそんな事を言って、立ち上がってキッチンへと向かって行った。
ルリはルリで、雲雀さんの言った意味が解ったのか嬉しそうに鳴いてついてっちゃうし。

「あ、あの…委員長さん…?」
「クッキーは好き? ……あれ、狐ってアーモンド大丈夫だっけ」

ぽかんとして雲雀さんを見ていると、ぴょんと自分の肩に乗ったルリに薄く笑いかける雲雀さん。
クッキーの入ったカンを持って小首を傾げたり、ルリにプレーンのクッキーを差し出してみたり。
失礼だけど、まるで普通の人みたいな雲雀さんに、思わず吹き出してしまった。

「ぷっ…ふふふっ、あはは……っ」
「…………? どうかしたの、桜龍寺」
「だって…委員長さんが普通の人みたいで……ぷっ」
「…………君、見掛けによらず結構失礼だよね」

堪えきれずにくすくすと笑うと、雲雀さんは露骨に不機嫌な顔になった。

「だいたい、何なのその“いいんちょさん”って」
「いや…委員長さんは委員長さんですよ……ぷっ」

雲雀さんの問いに応えつつも、またぷっと吹き出す。
口に両手を当ててくすくす笑っていると、雲雀さんは肩にルリを乗せ、両の手にクッキーのカンを持って、むっつりとした表情のまま私の隣に腰掛けた。

「……………桜龍寺」
「はいっ?」
「……僕の名前、言ってみて」

笑っていたせいで、応えた時声が裏返ってしまった。
雲雀さんの肩から私の膝上に戻って来たルリを受け止めていると、雲雀さんがそんな事を聞いてきた。

「雲雀 恭弥…ですけど……」
「知ってるなら、ちゃんと名前で呼びなよ」
「………? 雲雀、さん?」
「何で疑問形なの。………というより」

不思議に思いつつ言われた通り雲雀さんの名前…苗字で呼ぶと、雲雀さんはさらに不機嫌な顔になった。
それから一旦言葉を切って、ずい、と眉間にシワを寄せたまま私に顔を近づけて言った。

「何であの草食動物は名前で呼び捨てなのに、僕は違うの」
「………………………」

う わ。
何これ。何だこの可愛い生き物。
ぷくっと不服そうにちょっと頬を膨らませる雲雀さんに、不覚にも少しときめいてしまった。
あ、や、違う違う。
べ、別に、雲雀さんなんかにときめいてないんだからね! って阿保か私は………っ!

「き、恭弥……」
「!」
「さん……………」
「………………………」

可愛い……!!
私が“恭弥”と呼んだ時はあからさまにぴくんと肩を揺らしたのに、“さん”をつけた途端、かくりと肩を落とした雲雀さん。
綱吉を見た時とはまた違うときめき…というか萌え…。
なるほど。そうか…! これが噂の“ギャップ萌え”!!!

「(委員長さん…癒される……)」
「………ちょっと、何ボケっとしてるの」
「えっ…ああ、はい。じゃあ結局、どう呼べば良いんですか?」
「………恭弥でいい」

デレたー――――!!!
雲雀さんの言葉でハッと意識を戻し、軽く小首を傾げて聞くと、またむっつりとした表情をして、小さい声でそう言う雲雀さん。
えええええ、ちょっともうどーしちゃったの雲雀さん………っ!!

「えと、じゃあ…“恭弥”」
「っ………」
「えへへ。改めて。よろしくお願いしますね、恭弥」

何だか照れ臭くなって笑うと、雲雀さん…恭弥は、何故かぷいっと顔を反らした。

「?」
「…………見回り行くよ、桜龍寺」
「えっ。あ、はあ……」

急に立ち上がってそう言う恭弥を不思議に思いながらも、まあいっか特に気に止めず、ルリを肩に乗っけて、恭弥の後を追って応接室を出た。
けど、ふとした拍子に見た雲雀さん…恭弥の顔は、真っ赤だった。











「君、僕の事嫌いじゃなかったっけ」

恭弥と2人で並森の街中を歩いていると、不意に恭弥がそんな事を聞いてきた。

「は? ええもちろん大っ嫌いですよ?」
「………………………」

率直な返答を返すと、恭弥はまたさっきみたいな仏頂面になって黙ってしまった。
………あ、思春期? 難しいお年頃ってヤツですか。

「まあ確かに大っ嫌いな事には変わりないですけど、私が恭弥を嫌っていたって状況は変わらないですし。だったら、嫌っていても、それを表に出さないで普通にしてた方が、お互い気分が良いじゃないですか」
「………それを嫌っている張本人である僕に言う時点で、相当アレだけどね」

歩きながらふふふ、と笑ってそう言うと、こっちを横目で見る恭弥に呆れた様にそう言われた。

「えー、そうですか?」
「そうだよ」

恭弥の言葉に首を傾げると、今度はうんざりした様にそう言われた。
………む。失礼な。

「…………ねぇ、さっきから何キョロキョロしてるの」
「え、あ、解りました?
実は昨日、綱吉のお母さん…あ、私は奈々さんって呼んでるんですけど、奈々さんの財布が摺られちゃったらしくて。それで今日沢田家総出で奈々さんを警告するらしくって」
「ふうん」

キョロキョロと周りを見渡す私に、器用に片眉だけ上げて聞いてくる恭弥に素直に答えると、何とも気の無い返事が返ってきた。
人がせっかく話してるっていうのに、聞いた本人がその反応って………。
どうなんですか、委員長。

ちなみに、らしい、と言ったのは、その日も私は夜遅くまで風紀委員の仕事があって、終わったのが8時近くなっちゃったのだ。
で、どうしようかと考えた結果、草壁さんがデリバリー取ってくれたので、恭弥とは別々に、草壁さんと2人で夕ご飯を食べた。
もちろん、奈々さんには夕飯は要らないって連絡しておいて、それから帰宅して早々沢田家にお邪魔した時に、奈々さんから聞いたのだった。

だから、街中で綱吉達がいないか見てるんだけど………。

「やっぱり、そう簡単に見つかるもんじゃないですねー」
「当たり前でしょ。並盛は狭いように見えて意外と広いん…………」
「ヒロイン?」

そう言いつつも、諦めきれなくてきょろきょろと辺りを見渡し続けていると、恭弥の言葉が途切れたのを不思議に思いながら、反射的にそう返した。
まあちょっと考えてそれはないなと思い直して恭弥の視線の先を辿ると、見覚えのある騒ぎ声と、見覚えのある面々がいた。

「…………さ、沢田家御一行……」
「僕の目の前であんなにも堂々と群れるなんて、全く良い度胸してるじゃないか」

目の前(と言っても5m程先)で繰り広げられるやはり見馴れたどんちゃん騒ぎに、唖然とする。
いきなりの登場にびっくりして目を見開いていると、隣にいる恭弥が凶悪な笑みを称えてトンファーを取り出した。

「!!? ちょっ、す、ストーップ! 待って下さいよ恭弥ぁっ!!」

この年中無休の戦闘マニアの標的対象は、婦人や子供にまで適用されるのか!?
流石にそれは私的にも世間的にもアウトなので、慌ててトンファー構える恭弥に思いきり抱き着いて止めにかかった。

「………ちょっと、いきなり何なの」
「え、いや! 何なのっていうか……。
あ、恭弥! ほら、あそこにこっちに思いっきりガンつけてる人達がいるよ!? 大変! ここは正義の風紀委員の出番だね!」
「ちょっと」

そう言って強引に話題を変えて、恭弥を抱える形で、こっちにガンつけてくるチーマー風の人達の方へ向かって行った。




「何がしたいのさ君は」
「いやぁ…あはははは………」

30分後、並盛町内の見回りを終えて応接室に戻ると、恭弥はぽこぽこ怒りながら大きい黒塗りのソファーに腰掛けた。
何がしたいのさ。っていうのは、多分、さっき私が沢田家の面々を咬み殺そうとする恭弥を止めて、チーマーさん達の方へ向かわせた事に対してだろう。

「いや…だってほら、やっぱり女性や子供に手を上げるのは人としても男としても最低な行為だと思うし。
それに、何の風紀も乱してない人よりも、存在自体が風紀を乱してるような人を咬み殺した方が、並盛の為にもなるだろうなぁーって」

そう言いながら、私もルリを抱いて彼と同じ様にソファーに深く腰掛けて、背もたれにゆっくりと体を預けた。
もうブレザーを着ていても寒いこの時期だ。
空調の効いた応接室で冷えた体を温めながら、ふぅ、と大きく息を吐き出した。

「…………君って、変な所で容赦ないよね」
「別に、私はなにも善人って訳じゃないもん。
私は自分が好きな人には優しく、不快な人には厳しいだけだよ。………今までは、それがたまたま世間一般で言う“良い人間”と“悪い人間”にピッタリ当て嵌まっていただけ」
「そう」

自分の腹の辺りにぺったりと身体をくっつけるルリのふわふわな金色を弄りつつ応えると、恭弥はやっぱり興味がなさそうに相槌をうった。

「……………まあ、それはもういいよ。桜龍寺、紅茶煎れて」
「……はいはい。紅茶はダージリンとアールグレイとオレンジペコが有りますけど、どれが良いですか?」

何処までもゴーイングマイウェイな恭弥には、流石にちょっと呆れる。
はあ、とあからさまに溜息をついて、ルリを抱えて立ち上がる。
それから半分投げやりにそう恭弥に尋ねながら簡易キッチンに向かうと、不意にくん、と何かにブラウスの袖を掴まれた。

「……………?」
「桜龍寺 初音」

その袖を掴んだ人物が解りながらも、まだ何か用があるのかと面倒臭く思いながら振り向くと、思いの外無表情の恭弥と視線がかち合った。

「不愉快だ」
「………何がですか?」
「その取って付けた様な敬語」
「はあ? 何を今更」

無表情な顔して何を言うかと思えば………。
余りにも馬鹿らしい言い分に本当に呆れていると、恭弥は私から視線を外して少し考える仕種をすると、またこっちを向いて口を開いた。

「初音」
「はッ!?」
「…………うん、良いね。これからは、僕君の事は初音って呼ぶから」

いきなり名前を呼び捨てで呼ばれて、びっくりして声を裏返させる。
すると、恭弥はとても満足そうに…ニヤリと黒く笑い、そんな事を言い出した。

「ちょ、な、何で勝手に決めっ………!」
「ああそれから、次から君が僕に敬語を使う度に、委員活動1時間延ばすから」
「な、いっ、1時間って……。勝手に決めないで下さいよ!」
「はい、1時間延びた」
「ぐっ」

私がぐっと押し黙ると、恭弥は私の反応を見てまた楽しげに笑った。

「………貴方、思ってたよりずっと意地が悪いのね……」
「何、僕が良い人間だとでも思ったの? だとしたら、その考えは直ちに撤回すべきだね」
「全くで…だよ……」
「あ、今ので30分追加ね」
「はぁあっ!!?」

段々憂鬱になりながら投げやりに言って簡易キッチンに行こうとしたけど、恭弥のその一言に驚いて振り返った。

「何で!!」
「だって、敬語使いそうになったでしょ」

振り返って見た恭弥は、やっぱり意地悪そうに笑っていた。




突撃! 隣の暴君くん!!
(風紀委員代行なんて)(引き受けるんじゃなかったなぁ…)





2010.9.13 更新
加筆 2011.8.20