――――思えば、朝からその予兆はあった。 起きた時から何だか頭がくらくらしていたし、モノが上手く考えられなくてぼーっとして、うっかり綱吉を起こさずに学校へ行ってしまった。 それについて、綱吉に後でこっぴどく怒られたのだけど、ぼーっとする頭のせいで、言われた事は何1つ覚えていなかった。 「それでねっ、弁髪の子供がこう、超能力でも使うみたいに犬を……」 「うん…うん……」 授業中、朝の怒りが収まったのか、今度は興奮ぎみに途中で出会ったという弁髪に中華服を着た子供の話をする綱吉に、ぼーっとしたまま相槌を打って頷く。 「ちょっと、初音聞いてる?」 「うん。聞いてる、聞いてる…」 不満げな綱吉の問い掛けに一応頷くものの、悪いとは思ったが実際は殆どの事を聞き流していた。 「では桜龍寺、この英文を和訳してみろ」 「……………はい」 先生の言葉で、朦朧とした意識を引き戻した。 がたりと音を立てて席を立って、黒板に書かれた英文を見る。 先生の話なんて全然全く聞いて無いけど、中1の問題なんて見れば解る。 「えっと、「私と一緒に図書館に行きま……」 そこで、不意に視界がぐんにゃりと歪んだ。……………………………あ、ヤバイかも……。 そう思った時には、もう視界は真っ白に塗り潰されていた。 「初音ッ!!!」 嗚呼…ごめんね、綱吉。 私、貴方の話、全然聞いて無かった。あと、今日先に置いて行っちゃってごめんね。 薄れ行く意識の中、綱吉が切羽詰まった様に私の名前を呼ぶのを聞きながら、意識を手放した。 「おい。起きろ、初音」 「へぇ………?」 真っ暗な世界の中、響く優しい声と額を撫でる手の平に、何とも間抜けな声を出してうっすらと目を開けた。 どうやら、真っ暗だったのは私が目をつぶっていたかららしい。 目を開けると、そこにはもう見慣れたマーブル色と、目が醒めるような紅い髪。 「んぅ……………………………じ、ん……?」 「ああ。しかし、随分と派手に倒れたなお前」 「は……? 私、倒れたの…?」 「それはもう盛大にな。問題を答えている最中にふらりと」 「うぇぇー……? うそぉ…ていうか、何で私此処にいるの……?」 「禁則事項だ」 「おーい」 真面目な顔をしてボケる神に、少し怒気を交ぜてつっこむ。っていうか、さっきから気になってたんだけど、何この態勢。 「何で私、神にひざ枕されてるの?」 「それはアレだ。こんな足元の不安定な所より、俺がひざ枕してやった方が良いだろ」 「お膝かたい」 「黙れ」 神の膝の上でごろんと寝返りをうって文句を言うと、神にピシャリと言い返された。 あ、ちょっと怒ってる。 なんて、神のシワの寄ってる眉を見て思う。 ………にしても、神ってパッと見て華奢なイメージだったんだけど、意外とガッシリしてる。 膝硬いし。 「まあそれは良いとして、どうだ初音。学校は楽しいか」 「うん。楽しいよ」 よいしょと神の膝から体を起こして答えると、神はそうかと言って安心したみたいに笑った。 「神、発言がお父さんみたいだよ」 「それはどういう意味だ?」 神に向き直ってそう言うと神に何とも複雑そうな顔をされた。 考えてみれば、神程“年齢不詳”という言葉が似合う人もそうそういないと思う。 背も高いし良い意味で大人っぽい顔立ちをしているし。 そう言えばもう何回も夢で逢っているのに、私は彼の事を何1つ知らない。 …………まあ、でも何と無く、私はそれで良いのだと思うのだけれど。 「まあそれはともかく、お前が楽しいならそれが何よりだ。…………それに、もう目覚めの時間だ」 「えっ、うそっ、今回やけに早くない!?」 「良いから戻れ。…………お前を心配している奴が、さっきから欝陶しくて堪らん」 「……………………?」 神がボソッと付け足した言葉が良く聞こえなくて首を傾げると、もう良いから戻れと言うように目を神の手の平で覆われた。 「えっ、ちょっ神っ!?」 「あいつ、なかなか見所があるな。お前の心の深くに干渉して、覚醒を強く促している」 「っま、待ってよ神!! 何言ってるのか全然っ…………!」 “…………あいつの為にも、早く戻ってやれ” 私が焦って神を問い詰めようとした瞬間、頭の中で神の声が優しく響いた。 それから……波に流されるように、ゆっくりと意識が闇に堕ちて行った。 ♪ 「初音ッ!!!」 目が醒めて最初に聞いたのは、意識を手放す前に聞いたのと同様、綱吉の切羽詰まった様な声だった。 とろんとした目で辺りを見回すと、私の右隣りに綱吉が泣きそうな顔をして見下ろしているのが見える。 薬品…何処と無く、消毒液の匂いが鼻をつく事から、此処が保健室だとアタリをつける。それに、体にシーツの感触があるから、私は多分保健室のベッドで眠っているんだと思う。 「……………ぁ、つな、よし……?」 「っ、初音っ。良かった目ぇ醒めた!?」 「…………ぅん……」 今にも泣き出すんじゃないかってくらい心配そうにしている綱吉に声を掛けると、思ったよりずっと小さく掠れた声が出て、内心びっくりした。 「初音、覚えてる。授業中にいきなり倒れたんだよ」 「………うん、覚えてる。今日は何か朝から調子悪かったから」 覚えてはいないけど、神が言っていたから。と、心の中で付け足す。 「そっか……でも、初音が目を開けてくれて良かった。 此処で寝てた時、それこそ死んでるんじゃないかってくらい静かに眠ってたから」 綱吉の問い掛けに苦笑して答えると、綱吉は安心したみたいに笑って、私の頭を撫でてくれた。 それが何だか嬉しくて、思わず目を細めてその手に擦り寄った。 「ははっ。初音、ネコみたいだよ」 「ねこぉ………?」 「うん。初音は例えるなら綺麗な血統書つきの白ネコって感じ」 「血統書って………」 「何か、スゴい高級っていうか、野良とか雑種っていうのより、もっとちゃんとした血統のやつ」 「えぇ……何かヤダぁ」 「そう? オレはかわいいと思うけど」 綱吉の私の猫イメージに文句を言うと、きょとんとした顔で「可愛い」なんて言ってきた。 …………くそう。この無自覚天然タラシが。 「綱吉。私ね、無自覚とはいえ同級生の女の子を口説くのはあまり良くないと思うの」 「はあ? 何言ってるの、初音」 遠回しに注意すると、綱吉はやっぱり意味が解らないと言う様に首を傾げた。 「―――――で、この娘(こ)がその殺し屋さん?」 「うん。イーピンって言うんだ」 「へぇー、可愛いね。よろしく、イーピン」 翌日。 綱吉が昨日の朝言っていた弁髪に中華服の、実は殺し屋だった女の子に出会った。というか綱吉に紹介してもらった。 そのさい冒頭で言った様ににこやかに最初に思った感想を素直にその娘にぶつけると、綱吉に「テレさせちゃダメだからね!?」と妙に慌てて釘を刺された。 多分、“ピンズ時限超爆”の事を危惧してるんだと思うけど、そこまで露骨に慌てなくても良いんじゃないだろうか。 この娘はまだ子供とはいえ女の子なんだから、そんな風に反応されたら傷つくと思う。 「あっ、そうだ初音。 昨日美術の授業で補習の課題が出ちゃって。また山本とオレん家でやる事になったんだけど、手伝ってくれない?」 「良いけど、美術に補習なんてあった?」 「いや、何てゆーか。………あまりにもオレ達の美術センスが無いからって」 「………え、そんなに?」 「湯本には壊滅的だって言われた」 私から視線を反らして気まずそうに言う綱吉に、ひくりと頬が引き攣る。 ちなみに、湯本とはうちのクラスの美術の担当をしている女教師だ。フルネームは湯本 香里。 あの比較的優しい成績評価をしてくれる湯本先生にそこまで言わせるなんて、どんだけ酷いんだろう。 そう思いながらげんなりしていると、ピンポーンとなんとも軽快なチャイム音がした。 「よっすツナ! 頼りになる奴連れて来たぜ!」 「お邪魔します10代目!!」 綱吉が玄関の扉を開けると、そこにいたのは山本くんと隼人。 多分、山本くんは前回同様助っ人として隼人を呼んだんだろーけど、課題が美術となれば話は別だ。 「つか桜龍寺! テメーまた10代目のお宅にお邪魔してやがんのか!!」 「良ーでしょ別にっ。私にとっては此処は第2の家みたいなものなの!」 ぎんっ! と物凄い眼力で睨んでくる隼人に、ふんと鼻で笑って腰に手を当てて体を反らしながらそう言った。 「はいはい2人共っ! 家でケンカはご法度だからね! ………でもごめんね。今母さん出掛けちゃってるから、ろくにおもてなしも出来なくって………」 「んなコト気にすんなって!」 「オレ達にはお構いなく! しっかし、10代目も休日までガキ共の世話なんて大変っスね」 今にも喧嘩が勃発しそうな私と隼人に、綱吉が慌てて割って入ってくれた。 それから綱吉はちょっと申し訳なさそうにして、山本くん達を自分の部屋に案内する。 綱吉が隼人に意識を集中してないのを見計らって、私はそっと隼人に近づいた。 「ねぇ隼人、ホントに大丈夫?」 「あぁ? 何がだよ」 「補習の事。隼人出来るの?」 そうそっと隼人に耳打つと、隼人は不快そうに眉を寄せて私を見た。 「お前なぁ、オレがたかが中1の勉強が解らないとでも思ってんのかよ。下手すりゃ3年にだって勝つ自信あるぜ」 「でも隼人、補習課題は美術の粘土細工だよ? 隼人、工作大の苦手じゃない」 ふふんっと得意げに(珍しく!)笑って言う隼人に苦笑してそう言うと、隼人は笑顔のままぴしりと音を立てて固まった。 それから綱吉の部屋で課題が始まったのだったが、やはりと言うか何と言うか、隼人はそれこそ壊滅的に出来なかった。 多分、隼人はその顔のおかげで補習組免れたんだろーなー…。 湯本先生、中性的な美少年顔好きだから。 「…すみません。まさか、美術の補習とは思って無かったので……」 「ははっ、獄寺なんだそりゃ」 「う、うるせー―! どー見ても富士山だろが!!」 「いやいや隼人、それは良くてにょろにょろにしか見えないよ」 「にょっ…………!」 隼人が両手を使って造っているモノを見てそう言うと、隼人はちょっとショックを受けた様な顔をした。 ………流石ににょろにょろは酷かったかな…反省。 にしても、綱吉の部屋の机でヤロウ3人が粘土細工なんて、なかなかシュールな絵だ。 お詫びついでに、隼人に紙粘土は握り過ぎると固まっちゃうよと教えてやる。 もう彼の手の中の粘土は固まりかけていたから、手遅れかもしれないけど。 でも隼人も酷いけど、綱吉も山本くんも、やっぱり酷い出来だ。 皆の作品を見比べて(皆殆どどんぐりの背比べだった)苦笑いしていると、ランボがブロッコリーのお化けとか言いながら、イーピンを追い回しながら部屋に入って来た。 そしてぐるぐると何周か綱吉達が座ってる机の周りを回ると、やがてランボから逃げるためにその机を飛び越えたイーピンを追って、ランボが机に飛び乗り、綱吉達が造っていた粘土細工をぐちゃぐちゃに壊した。 まあ、それを隼人が赦すわけもなく、4歳の子供相手に本気でブチ切れ、がしりとランボの小さい体を掴み、締め上げた。 「てんめぇワザとオレの狙ったよなぁっ!!」 「獄寺くん落ち着いて!!!」 「止めないで下さい10代目ぇっ!!」 「ホントに待って隼人っ!! 知ってる!? 昔から中学生が幼児に暴力を振るうのは虐待って言ってね!!?」 「んなこたオレだって知ってるわ!」 「何してるんですか獄寺さん!!」 そう言いながらもランボを虐待し続けている隼人をなんとか綱吉と止めようとしていると、何故か家の下の階からハルの声がした。 それからドタバタと物音がしたので部屋の扉を見てみると、ばばぁーんと思いっきり部屋の扉を開けてハルが入って来た。 どうやら奈々さんに綱吉の行く途中会ったらしく、心配だから来てくれるように言われたらしい。 それからイーピンに気づいたらしく、しゃがんでイーピンににっこり笑って話し掛けた。 「あっ、あなたがイーピンちゃんですね! 初めまして!」 「あれ、ハル、イーピンの事知ってたっけ」 「はい! ツナさんのお母さんに、新しい居候さんが来たって聞いたんです!」 にこにことイーピンに笑いかけるハルに、綱吉が不思議そうに聞くと、綱吉に話し掛けられた事すら嬉しいのか、ハルは更ににっこり笑って元気に答えた。 こういう時、恋する乙女とは可愛いものだとつくづく思わされる。 そんなハルをちょっと羨ましく思っていると、イーピンがハルに中国語で言った言葉に、ひくりと頬が引き攣った。 「? 何て言ってんの?」 「や、えっと………」 「“シューマイの化け物だ!!”つってるぞ」 言い淀む私の代わりにリボーンが通訳すると、さっきまで笑っていたハルが笑顔のままピシリと固まった。 「ちなみにイーピン、この白い女の子は何に見える?」 「〆♀*☆¢♯!!」 「え゛っ」 「? 何て?」 「…………め、「女神に見える」って………」 「はひっ。でも納得しちゃいます………!」 ……イーピン、良く解らないよその判断基準。 っていうか、そこは納得する所じゃなくてつっこむ所だよ、ハル。 「ぅっ……ハルは…ハルはシューマイじゃありません…」 「うん、うん。解ってるよハル。イーピンすごい近眼だから、しかたないって」 半泣きになりながら言うハルに、可愛いなぁとか思いながらぽんぽんと彼女の背中を軽く叩いて言うと、ハルははっとした様な顔をして、持って来たバックをごそごそと漁ると、1つの眼鏡を取り出した。 「家の父のなんですけど、これド近眼用のメガネなんです。さっき頼まれてメガネ屋さんから取ってきたんですよ」 「へぇーっ」 ハルの話にふんふんと頷いて、渡された眼鏡をイーピンに掛けてみせた。 「どう? イーピン、この人は何に見える?」 「○¢*§◇∀!」 「そっか、なら良かった。」 「何だって?」 「「女の子が見える」って」 きょとんとした顔をする綱吉に、にこりと笑って、そう答えた。 中華服のアノ子 原作ではイーピンが綱吉くんを殺そうとするのは出会った次の日なのですが、こちらの話の都合上、同日に起こった事とさせていただきました。 2010.7.16 更新 加筆 2011.8.19 ← |