小説 | ナノ


名医or迷医





「なぁに? 京子、頼み事って」

放課後、いつものように綱吉と帰ろうとすると、京子に呼び止められた。
なんでも私に何か頼みたい事があるらしく、こうして京子と一緒に教室に残っているワケだ。

「うん。実はね、ツナくん絡みの話なんだけど」
「? 綱吉絡み?」

京子が綱吉に関する事で私に相談するなんて珍しい。
まあでも、一学期の時に綱吉の家に行ったコトもあるみたいだし(別に綱吉に会いに行った訳ではない)、2人は結構親密な関係(ナカ)なのかな。

「と言っても、私じゃなくてお兄ちゃんの事なんだけど」
「あ! 了平さんか……」

そう言って笑う京子の言葉に何故かホッとする。
何故かって聞かれたら解らないけど、とにかくホッとした。

「………で、了平さんの事って?」
「うん。あのね、お兄ちゃんてばまだツナ君と初音ちゃんをボクシング部に入部させるの諦めてないらしくって。
ボクシングの本を2人に渡しとけって言われちゃって……。ホラ、初音ちゃんとツナ君の家ってお隣り同士でしょ?」
「なるほど。じゃあ、一緒に行こっか、京子」
「うんっ」

やっぱり本人も一緒に行った方が良いし、何よりそーした方が綱吉が喜ぶので、京子と一緒に綱吉の家に行くことにした。

「本を渡したら、一緒にケーキ食べよう? 学校に行く前にベイクドチーズケーキ作ったの」
「わぁっ! 私ベイクドチーズケーキ大好き!!」

私の提案ににこっと笑った京子に、つられて私も笑顔を向ける。
女の私から見てこんなに可愛いんだから、世の男共にはたまらないだろう。
ううむ、ストーカーとかにあってないか心配だ……。

「京子、なんか誰かの視線とかを感じたらすぐ私に言うんだよ?」
「? 大丈夫だよ初音ちゃん。私全然霊感無いから」
「そーじゃなくて………」

嗚呼、もう。
話が通じないったらないな、この天然記念物は。

なんでこんなに鈍感なんだか。
これからも京子が悪漢に襲われないように、しっかり守らなきゃなー…。
なんてコトをつらつらと考えているうちに、綱吉の家に着いてしまった。

「じゃ、早速お邪魔しちゃおうか」
「うん。そうだね」

ふんわりと柔らかく笑う京子に、私もにっこり笑う。
それから私がインターホンを押そうとした時、不意に京子がふう、と息をついた。

「? どうかした?」
「ううん。ただ、やっぱり初音ちゃんと一緒に来て良かったなー…って」
「?」

話が見えない。
なんで私と一緒に来て良かったなんだろう。
イヤ、一緒に来る方がヤダって言われる方がヤだけど。

「私1人で行ったら、きっと断られちゃうもん」
「イヤイヤイヤ、それはないって」

何てったって、綱吉は京子Loveなんだから。
そう思いながら苦笑して顔の前で手をパタパタとふるが、京子は違うと言いながら顔を横に動かした。

「だってね、初音ちゃんは気付いてないと思うけど、ツナくんは初音ちゃんのコト……」
「私のコト…?」
「………うーん…やっぱり教えてあげない!」
「ええっ!?」

散々もったいぶってそれはないでしょ!?
ちょっと怒鳴りぎみにそう言うと、京子は邪気のない顔でふふっと笑った。

「だって、言ったら勿体ないんだもん」
「勿体ないって……」

まったくもって意味が解らない。
私が困惑した顔でいると、京子は私の手を取ってさっさと沢田邸(?)のドアへと向かって行った。

「ちょっ、ちょっと京子! まだ話は終わってないよ!!」
「お話は、ツナくんに本を届けた後でも出来るもん。まずはツナくんにこの本届けなくっちゃ」

珍しく淡々とものを言う京子に、うぐぐ、と唸る。
京子の言ってる事は正しい。
日はもう西に沈みかけているし、今から何か話をするとなると、綱吉に本を届ける頃には日は完全に暮れてしまうだろうし、京子だって危険だ。
夜には危ない輩が、それこそ山のようにいるのだから。

「………………解った。じゃあ、話は綱吉に本を渡した後でね」
「うん」

渋りながらそう言うと、京子は満足げに笑った。
くそう。可愛いなコイツ。

「……あれ? カギ開いてる…」
「閉め忘れたんじゃないかな」

リボーンが現れてからは良くある事だ。
大方、綱吉が帰って来た時にランボが綱吉にじゃれついて、そのまま鍵を閉めぬまま世話に追われて、と言った所だろう。
………と、思うのだけど、何故だが悪い予感がする…。

「初音ちゃん…?」
「へっ? あ、ああ。何でもないよ」

いつまでも突っ立ったままの私を不思議そうな顔して見ている京子に、脳に強制的に命令して作らせた笑顔で答えた。
……絶対に苦笑いになってたと思うけど。

「(ま、まあ大丈夫だよね。リボーンだってそんな四六時中変人を招き入れてるワケじゃないんだし……)じゃ、ちゃっちゃか終らせちゃおっか、京子」

イヤな予感が拭いきれないまま沢田家の玄関の扉を開けだが、その先に見えた光景に、思わずピシリと固まった。

「……ワオ…」

…………何なんだこのカオス。
そこらに散乱している毒料理。まがまがしい殺気を放つビアンキ。何か知らん謎のおっさん。そのおっさんに泣きながら引っ付く綱吉。
悪い予感程良く当たるとは、まったくよく言ったものだ。バッチリその通ではないか。先人達は正しい。

しかも、よく見ればこのおじさんDrシャマルじゃないか。
まずった。今日はドクロ病の日だったか。
そういえば、原作では話の途中で京子がボクシング関連の本を届けに来ていたような気がする。その時点で気付くべきだった。
まあでも、いつまでもここに立っているワケにもいかないので、
仕方なく。仕方なく!(強調)声をかけることにした。

「あのー…取り込む中?」
「初音!? それに京子ちゃん!!」

そーっと綱吉に声を掛けると、パッと上を向いて、驚いたように私達の名前を呼んだ。

「どっどーしたの?」
「お兄ちゃんが、ツナくんと初音ちゃんをボクシング部に入れるの全然諦めてなくて。ツナくんにボクシングの本を渡せって」
「それで、私も付き添いとして一緒に来たの」
「へぇー…」

京子が言った後に私がそう付け足すと、綱吉は納得したように呟いた。
そうして綱吉と話していると、シャマルが玄関に立っている私達に気づいたようで、ニマニマと気持ち悪い笑みを浮かべながらこっちに来た。

「君達も可愛いねー。チューしてあげる」
「ひっ」
「ちょっと!!」

いきなり迫ってきたシャマルに対して、私が小さく悲鳴を上げるのと、綱吉の制止の声が上がるのはほぼ同時だった。
元来、男性はそんなに得意じゃないのだ。
特に、彼のような気持ち悪い女好きや、ムキムキしたマッチョなんかは。

「あんた動物ですか! っていうか初音と京子ちゃんに近づかないで下さい!!」

京子を後ろにやりながらじりじりと距離をとっていると、綱吉が両手を広げてシャマルが私達に触れられないようにしながらそう怒鳴った。
それからシャマルと綱吉が言い争いをしているうちに、リボーンから簡単な説明を受けた。
うん。バッチリ原作通り。となれば、話は早いというものだ。

「あの、シャマルさん。綱吉のドクロ病、治して貰えませんか?」
「んー、もしお嬢ちゃんがチューさせてくれるなら良いけどー」
「………いいですよ」
「「え」」

勇気を振り絞って声をかけると、予想通りの返答。
それに小さく了承の言葉を述べると、綱吉とシャマルから唖然としたような声が聞こえた。
けど、私のキスぐらいで綱吉の命が助かるのなら、安いものだ。

「もし、キスさせてあげたら、本当に綱吉の病気治してくれますか?」
「あ、ああ」
「ダメー―――――っ!!!」

男の人は苦手だけど、綱吉の命とシャマルにキスされるのとを天秤にかけたら、当然の如く綱吉の命のほうに傾く。
そう思って怖ず怖ずとシャマルに申し出たが、綱吉が物凄い剣幕でシャマルから私を引き離した。

「え、ちょっ、何っ!?」
「だ、だからっ! 女の子がそう軽々しく男の要求をのんじゃいけません!!!」
「はっ!?」

何を言っているんだこの人は。
いきなりの綱吉の言葉にしばし呆然とするが、すぐにハッとして綱吉に食ってかかった。

「何アホなコト言ってんの! 自分の命がかかってるんだよ!?」
「うるさーい!!! 初音の純潔を奪われるくらいなら死んだ方がマシだぁー―っ!!!」
「はぁっ!?」

さっきからなんなんだ綱吉は。
私の肩を掴んだままぶんぶんと顔を左右にふっている綱吉を呆然と見つめていると、綱吉側の方から盛大なため息が聞こえてきた。

「わーったわーった。治してやるよ」
「「!!」」

髪を書き上げながらそう言ったシャマルに、驚いて綱吉と一緒に目を見開いてシャマルを見上げる。

「時間がねーんだ。さっさとシャツ着な」

驚いている私達を放って、シャマルは階段を登りながら指で綱吉に着いて来いと呼び掛けた。

「あ、じゃあオレ行ってくる。初音は京子ちゃんの相手をしておいてくれるかな」
「えっ。あ、うん! 行ってらっしゃい!」

綱吉の言葉で我に帰る。
それから、一言伝えなければと、シャマルに声を掛けた。

「Dr.シャマル!」
「ん?」

シャマルを比較的大きな声で呼び止めると、シャマルは頭をかきながらゆっくりとこちらを振り向いた。
さっきがさっきだけに少しだけ緊張するけど、浅く深呼吸をして手を胸の辺りで握りながら、精一杯の感謝の気持ちを口にした。

「あのっ…ありがとう、ございます」

すると、シャマルは呆気に取られたような顔をしたが、やがてニヤリと渋く笑った。
リボーンのニヒルな笑みとは少し違う、大人のソレ。
こういうのを大人の魅力って言うんだろーなー、と花の顔を思い浮かべながら思っていると、次の瞬間その顔がだらし無く緩んだ。

「まあその御礼と言っちゃあなんだが、おじさんに熱ーいキッスなんかを「ふっざけんなぁ!!」」
「(……あ、今ので全部台なしだ…)」

シャマルが言い終わる前に、シャマルのすぐ後ろを歩いていた綱吉の右足がシャマルの背中を蹴りつけた。
そのまま痛がっているシャマルの背中を押しながら2階に登って行く綱吉に思わず苦笑する。
別に、京子を襲うワケじゃないだから、そんなに気にしなくて良いのに。

「初音ちゃん、あの人は……?」
「へっ? あ、あの…っ。…………し、知り合いの、お医者さん…」

これはちょっとムリあるかなぁ…と思ったけど、京子は信じてくれたらしい。

「ま、まあまあ! この話はまた今度っていうコトで! ホラもう日が暮れそーだし! 送ってくよ!!」

何とかごまかすコトは出来たけど、これ以上シャマルについて何か聞かれてボロが出ても困るので、京子を帰す事にした。

「ううん。このくらいの暗さなら大丈夫。じゃあね、初音ちゃん。また明日」
「へ、あ、うん。また明日っ」

シャマルのコトでいつもより少し動転してしまっていたらしく、京子の言葉を素直に聞き入れてしまった。
…………しまった。
そう思ったのは、京子が玄関の扉から消えて暫くたってからだった。
アレ、何か1つ忘れてるような……何だっけ。







一方その頃、いつもの上も下も、右も左もないマーブル色の空間に、神(ジン)はいた。
ただ、今日は何時もと違い、その空間の中には大きな鏡があり、彼はその鏡を見ながら、肩を震わせて笑っていたということだ。

「………何? 何か面白いモノでも見たの? 神」
「ええ、とても。面白くて仕方がないですよ」

する、と神の肩にそっと添えられた白雪のような手。彼はその手の主を愛しそうに、眩しそうに見て答えた。
その顔には、初音といるときは滅多に見せることのない、柔らかなな微笑が刻まれている。

「………ねぇ、神」
「何でしょうか」

手入れの行き届いたピアノのように透き通った声。
その声を放った女性は、白銀の髪を書き分けながら、鏡に映っている初音達を見て言った。

「あの子達、変わるかしらね?」
「変わりますよ。それが必然なのだから」

彼女の言葉に、神はそう答えるとスゥ、っと目を細めた。

「それに、貴女が言ったコトでしょう? 音葉様」

神の心から彼女のことを慕っていると解る言葉に、彼女―――音葉は満足そうに微笑んだ。

「……そうね。そうでなくては、私達の方が困るわ」

この、音葉と云う女性と神(ジン)。
この2人が、これからどういう行動を起こすかは、彼女達のみが知るコトだった。



名医or迷医
(あっ! 京子に綱吉の事)(聞くの忘れてた!!)




(シャマル治療完了後)


「……ありがとうございました」
「おう」

シャマルの治療を終えた後、ペコリと頭を下げた。
いくらスケベでセクハラで変態でも、助けてもらったのなら誠意を持って接するべきだ。
そう思っていると、シャマルがニマニマと笑いながらオレに話し掛けてきた。

「しっかしお前も大変だな」
「? 何のことですか?」

いきなり意味の解らない事を言うシャマルを訝し気に見ていると、シャマルはニマニマ笑いを継続させながら言った。

「お前、あの初音ちゃんって子に惚れてるだろ」
「っはぁっ!?」

その言葉に、つい顔が熱くなる。
って、イヤイヤイヤイヤ、何言ってんだオレ! オレは京子ちゃんが好きなんだってば!!
集まった熱をぶんぶんと顔を横にふることで飛ばして、シャマルに言った。

「何言ってんですか!! オレは別に初音のコトなんて……」
「ああ? じゃあ気がついてないだけか。でも気をつけろよ坊主」
「?」

人の話をまったく聞いてないシャマルに少しだけ苛立ちを感じていると、不意に言われた忠告に、首を傾げた。

「あんなかわいこちゃん、中々いないからな。
口には出さなくても、好意を持ってる男共は五万といるだろ。ぼやぼやしてっと、横からひょいっと掻っ攫われちまうぞ」
「だから、オレは別に初音のことなんか好きじゃないんですってば」

ホントに人の話を聞かない人だな、と思っていると、シャマルはやれやれといったようにため息をついた。

「ま、何にしても、手遅れになる前に気づくこったな」
「ちょっと…!」

言うだけ言って、シャマルはオレの制止を聞かずに部屋を出て言ってしまった。

「たく…何なんだよあの人」

オレは暫く、シャマルの出て行ったドアを睨みつけながらそう言った。
チクチクと、小さく痛む胸に気づかないフリをしながら。




2010.1.18 更新
加筆 2011.8.6