小説 | ナノ


夏の風物詩





「ふわー、すっごい人だねー、綱吉」
「うわ、ホントだ」

がやがやと賑わいをみせている並森神社。
そこに何故私と綱吉がいるのかというと、話は数日前に遡る。




「初音ってさ、お祭り行ったことある?」
「へ、お祭り?」

もぐもぐとケーキを食しながら言った綱吉の言葉に、はてと首を傾げた。
ちなみに、今日のケーキはレモン・レンゲパイだ。

「何なの? いきなりそんな事言い出すなんて」
「いやさ、この前買い物の帰りに町内の掲示板に夏祭りのチラシが張ってあったからさ、どうなのかなー…って」
「ふーん…」

そう言った綱吉に生返事を返しながら記憶を辿ってみる。
うーん、あったかなぁ……?

「無いと思うよ」
「え、そーなんだ」

はぐはぐとスイカを食べているルリを眺めながら言うと、綱吉は意外そうに目を丸くした。

「ははは、何? その反応」
「いや、何と無く初音ってイベント事好きそうだから、そういう祭りとか毎年欠かさず行きそうだなー、って思って」
「えー?」

綱吉の言葉に笑って、ケーキを一口。
うむ。今日も会心の出来だ。
1人でうんうんと頷いていると、綱吉が不意にあっと声を上げた。

「じゃあさ、行ってみる? 今度の土曜か日曜。オレと2人で」
「へ、綱吉と2人で?」
「そう。オレと2人で」

聞き返しながら、紅茶を一啜り。
ああ、やっぱり夏に飲むはアイスティーは格別だなぁ〜…。

なーんて事を1人でしみじみと感じながら、先程の綱吉のお誘いについて考えてみる。
そっかそっか。
綱吉と私とで2人っきりでお祭りかぁ。
綱吉と2人っきりで。
………ん? 2人っきり?

誰と? 綱吉と。
誰が? 私が。
……………………え?

「っ――――!!!!」

考えた途端。
何故だか無性に恥ずかしくなってきた。

何を今更っ!
だってだって、今までだってたくさん2人で出掛けたりして来たじゃないか。

買い物にも行ったし、ゲームセンターにも行ったし。
フリーマーケットとか、夏のバーゲンセールとかにも、2人っきりで行ったことあるし。
それなのに、何で今更、2人っきりでお祭りに行くのが恥ずかしいのだろうか………。

「(うわっ。なんか、考えたらよけい恥ずかしくなってきた………)」
「(……? 初音、どうかしたのかな…)」

私が1人で顔を赤くしていると、綱吉が不思議そうな顔をして、私の顔を覗き込んできた。
あああ、止めてほしい。
顔がよけいに熱くなってしまったじゃないか。
悶々と1人考えながら百面相していると、何故かいきなり綱吉が悲しそうな顔をした。

え、嘘。私何かした…!?

「(えええ。どーしよ、何だろう私全然心当たりない……!)」
「あの………初音。ひょっとして、オレと一緒にお祭り行くのイヤ?」
「まさか!」

しょぼ〜んといった効果音が似合うと思う。
眉を下げて、不安げに上目使いでじっ…と私を見つめている綱吉に、間髪入れずにそう切り返した。
まさかそんな風に捉えられていたとは。
やっぱり、1人で考えにふけるのは良くないなぁ…。
…っと、また悶々と考えにふけり始めた自分の脳にストップをかける。
危ない危ない。
危うくまた綱吉に要らん不安をかけさせる所だった。

「や、えっと、あのね。別に、綱吉と一緒にお祭り行くの、イヤな訳じゃ無いんだよ?」
「…………本当に?」
「うん。本当に」

なおも不安そうに聞いてくる綱吉に、笑顔で答える(苦笑いになっていたかもしれないけど)。
くそう。綱吉め、可愛いじゃないか。
私がそう返した途端、パッと表情を明るくした綱吉を見て、思わず抱きしめたい衝動にかられた。

「いやさ、イヤじゃないんだけど。その……」
「「その」?」

そこで一旦言葉を濁すと、綱吉がキョトンとした顔で雄武(オウム)返しに聞いてきた。
うぅ…何か、改まって言うとなると恥ずかしいなぁ……。
しょうがないと覚悟を決めて。
今から言う事に若干顔を赤らめながらも、今思っている事を口にした。

「その……何て言うか…。デ、デートみたいだなぁ……と」
「……………………へ?」

私が意を決して言った言葉に、綱吉はたっぷりと間を取った後、そう言った。

……嗚呼、そんなに間の抜けた顔をしないでほしい。
うじうじ言うか言うまいか悩んでいた自分がバカみたいではないか。
綱吉があまりにも表しぬけた顔をしているので、ちょっと本気で泣きたくなっていると、わずかながら、だんだんと綱吉が顔を赤らめさせているのが解った。

「え…あの、綱吉……?」
「ぅ……いっ、今更っ…だろ…それ……」

意外な綱吉の反応に驚いていると、綱吉は今や真っ赤になってしまった顔を腕で隠しながら、そう言った。
それにつられて、私の顔も真っ赤になっていくのを感じた。

「…………」
「…………」

両者とも真っ赤になってしまった顔を隠すべく俯いて、
部屋には何とも気まずい空気が充満した。

「えっと……じゃあ………。夏祭り、山本と獄寺くんでも誘って行こ「2人で行って来やがれバカ共が」なっ、リボーン! いつの間に!?」

綱吉が何かを言いかけたが、それを遮るように聞こえたリボーンの声に、綱吉と共にバッと声のした方を向くと、そこには、小さめのコーヒーカップを持ち、優雅に窓枠に腰掛け、ソレを飲んでいるリボーンがいた。

「うるせぇぞダメツナ。家庭教師には神出鬼没のライセンスがデフォルトでそなわってんだ」
「はあ? 意味解んないよ!!」
「誰もおめーに解ってもらおーなんざ思ってねぇよ」

いきなり現れて良く解らない事を言ったリボーンに、綱吉が的確かつ素早いツッコミを入れたが、リボーンはそれを見事なまでに流した。

「ったく、何だお前等。たかが夏祭りに行くのに何ぐずぐずしてやがんだ」
「う………! べっ、別に、リボーンには関係無いだろっ!?」
「関係大有りだぞ。将来ボンゴレボスになる男が、女の1人もデートに誘えないなんざ、ボンゴレの名折れだからな」
「だから、オレはマフィアのボスになる気なんかこれっぽっちも無いんだって!!」

窓枠に座ったままコーヒーを飲むリボーンの指摘に綱吉が反論したが、間髪入れずにリボーンらしい返し文句を言われ、それにまた綱吉が叫び(?)返した。
相変わらず、仲が良いのか悪いのかわかんないなぁ、この2人。

「ええっと……で? 隼人とか武くんとかも呼ぶ?」
「ぜってぇ呼ぶなよ。ダメツナ、お前も男ならちったぁ根性みせやがれ。初音に呆れられても知らねぇぞ」
「うっさい! 余計なお世話だよ!!」
「えっと……あの……隼人達とかは………」
「呼ばない!! ていうか呼んでたまるか!! 良い!? 初音!! 今週の土曜!! 夕方5時! 並森神社集合!! ドゥーユーアンダスタン!!?」
「えっ…あ…う……おっ、押忍!!!(つ…!! 綱吉が英語を喋っている…!?)」

私が先程綱吉が言いかけた言葉を思い出してそう問うと、まず最初にリボーンが先にまた綱吉の怒りを煽るような事を言い、それに見事なまでに乗せられてしまった綱吉は、私に今週の土曜日にある夏祭りに2人っきりで行くことを高らかに(?)宣言した。

「(いや……させられてしまったって言った方が正しいのかな?)」

相変わらず、生徒を操るのが上手な家庭教師さんだ。
私は、今だに勝敗の解りきっている口論を繰り広げている2人をけだる気に見ながら、こくり。とダージリンアイスティーを飲み干した。





…………で、今にいたる。

正直、お祭りに来たのは本当に初めてだったので、
結構興奮してたりする。
あ、ちなみに今の私達の服装はというと、私は桜色の生地に白い桜が描かれている浴衣で、綱吉はいつもと同じ27と書かれたパーカーを着ている。

「あ!! 綱吉! アレ、アレは何!?」
「あれはタコ焼きっていって、あの真ん丸の形に生地を流し込んで、中にタコを入れた食べ物だよ」
「うわー……っ食べたい食べたい!! 買っても良い!?」
「どーぞご自由に」

どこか投げやり言う綱吉にうんっと返して、たった今綱吉に説明された「タコヤキ」を購入すべく、だだーっと「タコ焼き」と書かれた暖簾(ノレン)を付けている屋台に駆け出した。
それを見た綱吉は苦笑いをしていたらしいけど、何時もよりテンションが上がっていた私は気が付かなかった。

「綱吉!! アレはアレは!?」
「あれはわたあめっていって………」
「あ!! 綱吉っ、あっちのアレは何!?」
「あれはお好み焼き………」
「じゃあじゃあ!! アレは!? アレは何!?」
「あれはチョコバナナだよ………」

そんなやり取りを何回も繰り返していると、あっという間に私と綱吉の手はお祭りの食べ物でいっぱいになってしまった。

「うわぁ……いっぱい買ったね!」
「うん。……あ、あっちの林で、少し休もうか」
「うん!」

初めて見る様々な食べ物に、思わず満面の笑みで綱吉にそう言うと、綱吉に笑顔で返事をされ、林に行って休もうと促されるままに足を進めた。
林の方へ行くと、ちょうど良い所に石で出来た階段があったので、そこに座ることにした。

「……にしても、ホントいっぱい買ったなぁ……」
「えへへっ。初めて見る物ばっかりだったから、つい食べてみたくって」

階段に下ろしたビニール袋を見て感心したような顔をした綱吉に、わずかに頬を染めて照れ笑いしながらそう言った。
そして、買ってきた食べ物の中から適当に選んだものを取り出し、割り箸の1つを綱吉に渡す。

「よしっ。じゃあ食べよっか、綱吉」
「うん」

パキンッ、と割り箸を割り、綱吉と一緒にいただきます、と言いながら合掌。それから「ヤキソバ」を半分こして食べる。
あ、意外と美味しい。

「けっこー美味しいね、コレ。味がちょっと濃すぎるけど」
「コラ。一般庶民が出す出店に、そんな文句を言うのはやめなさい。あと、食べ物を口に入れたまましゃべるなよ」

もぐもぐもぐ。
味がちょっと濃くてべちゃべちゃしている「ヤキソバ」を咀嚼しながら言うと、綱吉がそう注意した。
…って、貴方は私のお母さんですか。

「お次はチョコバナナーっ」
「はいはい。おいしいですか?」
「うん。ひょっへも」
「………だから、食べ物を口に入れたまましゃべるんじゃないっての」

喋らせてるのは綱吉じゃん。
という言葉は置いといて。
正直、この「チョコバナナ」という食べ物はかなりおいしい。
バナナの甘味とチョコの甘味が絶妙なバランスを生み出していて、パリパリとしたチョコスプレーも、その美味しさをより引き立たせている。
そんなチョコバナナも食べ終えて次は最後に買ったこの「リンゴアメ」を取り出した。

「………………綱吉」
「うん? 何?」

私が呼び掛けると、綱吉は「オコノミヤキ」(たしか広島風とか何とかいっていたような気がする)を食べながら、キョトンとした顔をして応えた。
っていうか、綱吉だって食べながら喋ってるじゃないか。
……まあ、ソレは置いといて。

「コレ…………食べれない…」
「はぁ?」

「リンゴアメ」をじぃーっと見つめながらそう呟いた私に、綱吉は「オコノミヤキ」を飲み込んでから、呆れたような声を出した。

「ええっと……どうゆう意味? ソレ」
「林檎の周りにコーティングされてる飴が硬くって、食べれないの……」

私にとってはスゴく大変な事なのに、綱吉は全く興味がなさそうだ。
さらにしばらくキョトンとした顔をしていたと思ったら、急にプッと吹き出した。

「? 何?」
「ぷっ…くくくっ……だって…。初音、口の周りに飴のカケラくっついてる……っ」
「へっ?」

綱吉の言葉に従って、手を口元に這わせると、ザリッとした感触がした。
………う、わっ……恥ずかしい……っ!!
羞恥から顔が赤くなる。
それを隠そうと飴のカケラを取りながら必死で手で顔を覆うとすると、それに比例して綱吉の笑い声も大きくなった。

「はははっ。初音って、変なトコでなんか抜けてるよね、ホントっ」

そう言ってまたクツクツ笑う綱吉をキッと睨んでいると、口元の飴のカケラをひょい、と取られた。

「へ………?」
「貸して、りんご飴」

それを迷う事なく口に運ぶ綱吉にドキマギしていると、さっっと手に持っていた「リンゴアメ」を盗られた。

「あー!! 私の「リンゴアメ」ー!!」

返して! と両手を綱吉に突き出したが、のらりくらりと言いくるめられて、黙るしかなかった。
くそう。
普段はダメダメなくせに、何でこういう時は格好良いんだ。

「むぅ〜〜〜〜〜〜……」
「ははは、むくれないむくれない。ちょっと待って、食べやすいようにするから」

綱吉を睨みながらぶすくれていると、よしよしと頭を撫でられて適当にあしらわれた。
何か、子供扱いされるのがかなり腹立つ……。
なんて思いながらじぃーっと綱吉を見ていると、あろうことかガリリっと自分で私の「リンゴアメ」を一口かじった。

「あーあー!! 私のリンゴアメー!!」
「ちょっ、ゴメ……っ! 説明! 説明するからちょっと落ち着いて!!」

バカ綱吉ー! と言いながらポカポカと綱吉を叩いていると、綱吉が慌てて弁解した。
まあ、ちょっとは聞いてやろう。

「だからさ、ホラ。初音がこのりんご飴の周りにコーティングされた飴が硬すぎて食べれないって言ってたから、最初にオレが食べて、その食べた所に歯を立てて食べれば食べやすいかなって思って…!」

だから、そんなに怒んないでよ〜!
さっきとは打って変わってあわあわと慌てたように言う綱吉をみて、はぁ、とため息をついた。
…なんだかなぁ……。
格好良いのか悪いのか、解んない人だよねぇ、綱吉って。

「な、なんだよ、その呆れたようなため息はっ!」
「はいはい。気にしない気にしない。しょーがないから、赦してあげるよ。だからそんな拗ねないで」
「拗ねてない!」
「嘘。拗ねてる」

顔を真っ赤にして怒鳴る綱吉を見ると、つい可愛くって笑ってしまう。
もぉ、さっきまでの異常な色気はドコに行ったんだか。

クスクスとひとしきり笑った後「リンゴアメ」を一口かじる。
しゃきしゃきとした林檎の歯ごたえと飴の甘さが合わさって、絶妙な味わいを生み出している。
あれ、さっきこれと同じような事言わなかったっけ?ま、いっか。

「にしてもコレ美味しーね、綱吉」
「ああそーかい」

シャクシャクと「リンゴアメ」を食しながらそう言うと、綱吉は投げやりに返事をしてぷいっとそっぽを向いてしまった。
それにまたクスクスと笑っていると、ふと、これって間接キスって言うんじゃないかと思った。

……………うわぁ、なんか恥ずかしいなぁ、コレ………。
とりあえず、綱吉は天性の天然タラシってコトにして。
綱吉にこの赤くなった顔を見られないようにしながら、残りの「リンゴアメ」を食べることにした。





「ヨーヨーツリ?」
「うん。初音、きっと気に入ると思うよ」

出店で買った食べ物を全て食べ終わり、またふらふらと出店の出ている通りに戻った時、不意に綱吉ががそれを話題に出した。
なんでもその「ヨーヨーツリ」という物は、普通のプラスチックとプラスチック間に糸が収まっているヤツとは違い、水風船の先端にゴムをくくり付け、さらにその先端につっかかりを取り付け、それを糸で出来たタモ? という物で釣るのだという。

はっきり言ってしまうと、そんな良く解らないうえに得体の知れないいモノなんかに、興味なんてまるで無い。
………けど、綱吉が、あんまり楽しそうに笑って話すから。………だから、あの笑顔が見られるのなら…
これくらい、安いもの……なんて。
おいおい、ちょいとキザすぎるぞ私。

「……………あっ」

なんて考えながら歩いていると、ブチッ、となにかが切れる音がした。

「んー?」

不思議に思って下を見てみると、見事に右の下駄の鼻緒が切れていた。
……ありゃりゃ。やっちゃった。
とりあえずこのまま綱吉を見失うわけにはいかないので、ひとまず綱吉に待っての声をかけることにした。

「ごめん綱吉、ちょっと待って。下駄の鼻緒が切れちゃ……って」

パッと前を向くと、綱吉は忽然(コツゼン)と姿を消していた。
…ワオ、え? 何コレ私今迷子状態?

何と無く、ああ、下駄の鼻緒って切れやすいんだ。なんて呆然としていると、行き交う人達が私を邪魔そうに避けていることに気がついた。
とりあえず、この道から逸れて、またあの林の所に戻るとするかな。…あ、でも下駄どうしよう。
鼻緒が切れてる状態じゃ、とてもじゃないけど履いては行けないし。
かと言って、裸足で歩いたら石とか硝子の破片とかふんずけそうだし、誰かに足とか踏まれるとかもぉ絶対にヤだしなぁー……。

1人悶々と考えていると、ポン、と誰かに肩を叩かれた。
もしかして綱吉!? と期待に胸を膨らませ振り返ると、そこには思いもよらなかった人がいた。

「よっ、桜龍寺。どうかしたのか? 道のど真ん中に突っ立ったりして」

……………山本 武くん、だった。











今日は夏祭りだったので、ツナ達を誘って行こうかな、
なんて思いながら、途中で出くわした獄寺と一緒にツナの家に行くと、
なんともう2人は夏祭りに行ってしまったらしい。

「ふふふ、つっくんはねぇ、初音ちゃんと2人で夏祭りにデートしに行ったのよー」

ツナのお袋さんがとても一児の母とは思えない程の若々しい笑顔で言った言葉に、獄寺と目を見合わせた。

たしかに、桜龍寺はオレがツナと知り合う前からツナにべったりだったけど、ツナも表面上イヤがってはいたが、まんざらでもなさそうだったから、別に2人で夏祭りぐらい行ってもおかしくはない。

あいつらが互いに持っている感情が、愛情なのか友情なのかは解らない。
………けど、なーんかイヤなんだよなぁ…。

「なあ、獄寺。あいつらが行った夏祭りにオレ達も行って2人を捜してみねえ? 人数多い方が楽しーしさ!」
「ったりめーだ!!
あの野郎、ただでさえ四六時中10代目と一緒にいるくせに、それに加えて2人っきりで夏祭りに行くなんざぁゆるさねぇ!!」

オレが何となしにそう提案すると、獄寺は案外簡単にのってきた。
てっきり、「誰がテメエの提案なんざ聞くか、この野球バカ!」ぐらい言われると思ってたんだけどなぁ……。
そこまでツナが大事なのか、それとも…。

「よしっ、じゃあ行こーぜ!」

色々思うところはあったが、とりあえず夏祭りの会場、並森神社に行くことにした。




「………以外と人が多いな」
「はははっ、何言ってんだ。これが祭りの醍醐味じゃねーか!」

がやがやと人で賑わう様子を見た獄寺がそう呟いたのを聞いて、それに獄寺の背中をバシバシ叩きながら笑って応えた。

「ってぇな!! テメエにゃ手加減ってモンが出来ねぇのか!!」

オレとしては軽く叩いたつもりだったのだが、獄寺はそうではなかったらしい。
勢い良く振り向いたと思ったら、ギロリとスゴい勢いで睨まれた。
はははっ、相変わらずカルシウムが足りねーヤツだなぁ。

「まあまあ、いーじゃねーか! 細かいことは気にすんなって!」
「細かくねーよ!!」

へらりと笑って獄寺と肩を組み、混雑した神社へと突入した。



………白と飴色の珍しいコントラストなんて、珍しいからすぐに見つかると思っていたのだが、世の中そう上手くいかないらしい。
もう神社の端近くまで来ているんだけど、ツナと桜龍寺は一向に見つからない。

その頃ちょうど2人がりんご飴を食べてたなんて知りもしないオレ達は、ただ薮から棒に2人を捜していた。

「見つかんねぇー…」
「あいつ等かくれんぼうめーのなー」

イライラとしたようにタバコを口にくわえようとする獄寺に人混みがスゴいから吸うなと諌めながら歩いていると、ずっとしかめっつらだった獄寺が、突然パッと瞳を輝かせた。

「獄寺…?」
「あれはっ……10代目!! やっと見つけられた!!!」

不思議に思って獄寺を見ると、
獄寺はそう言って人混みを掻き分けて突っ走って行った。
……こんなに混んでんのに、よくあんな速く進めんなー、獄寺。
いきなり走り出したと思ったらどっかに行ってしまった獄寺に苦笑しながらぐるりと周りを見回すと、先程まで捜していた白色を見つけた。

獄寺が走ってった方とは違うから、はぐれちまったのかもしんねぇな。
そう思いながら桜龍寺の方に行き、その肩をポン、と叩いた。

「よっ、桜龍寺。どうかしたのか? 道のど真ん中に突っ立ったりして」
「…………山本くん」

パッとわずかに瞳を輝かせて振り向いた桜龍寺だったが、叩いたヤツがオレだと知ると、途端にソレが消え失せた。驚きと呆然と落胆を混ぜ込んだような顔をする桜龍寺に若干苦笑しつつ、気を取り直して話し掛けた。

「どーしたんだ? ツナならさっきあっちの方で見掛けたらけど」
「え!」

オレが何となしにそう言うと、またパッと瞳を輝かせてオレのTシャツをきゅっと掴む。
ほんっと、ツナのコトとなると途端に可愛くなるなぁ、コイツ。

「何処!?」
「んおっ?」
「綱吉ドコにいたの!? Where!」
「ウェ…何?」

興奮したようにオレを揺さぶる桜龍寺が言った英語がよく解んなくて、キョトンとして聞き返すと呆れたようにため息をつかれた。ははっ、ヒデーのな、桜龍寺。

「もぉー…ちょっとは勉強してよぉぉおぉ」
「んなコト言われてもなぁ…」

確かにオレはバカだけども、こうもあからさまにうんざりされるとちょっとなぁ……。

「まあまあ、落ち着けって桜龍寺。たしかツナはあそこら辺に………ってあり」

先程獄寺が突っ走って行った方向を探ってみたが、飴色のツンツンが見つからない。
多分獄寺に引っ張られて行っちまったんだろーなー…。
ツナも色々と苦労してんのな。

「わり、桜龍寺。ツナのやつ獄寺に連れて行かれちまったみてーだわ」
「え! 隼人も来てるの!?」

視線を人混みから桜龍寺に戻してそう言うと、あからさまにイヤそうな顔をした。
隼人までもが……等ぶつぶつ呟いている桜龍寺に首を傾げたが、聞いても答えてくれそーにないから聞くのは止めた。

「なあ、桜龍寺」
「うに?」

にっと笑って桜龍寺に声を掛けると、なんとも間の抜けた返事が返ってきた。
ほんっと、ツナが絡むと可愛くなるよなー桜龍寺。
あれ、コレ2回目か?

「どーせなら、ツナを捜しがてら一緒に祭りまわんねぇ? そーすりゃツナも捜せるし、祭りも堪能出来て一石二鳥だろ?」

名案だ! と思ってそう提案したのだが、何故か桜龍寺はイヤがるというか、躊躇うとか、恥じらうような顔をした。

「? どーかしたのか?それともやっぱイヤ?」
「や…その…そーじゃなくて……」

何時もと様子が違う桜龍寺を不思議に思って視線の先を辿ってみると、鼻緒の取れた下駄が目に入った。

「鼻緒が取れちゃって…歩けないの……」

何時もなら絶対見せないそのしおらしい態度に、たまらず吹き出してしまった。




「信じられない。人の失態を見た途端吹き出すなんて。無神経にも程があるわ」
「わりーわりー。悪気は無かったんだって」
「当たり前よ。もし悪気があったなら即刻殴ってるわ」

ぷうっ、と頬を膨らませ、ツンツンとした態度を取る桜龍寺に、苦笑いをしながら謝る。
それでも彼女はまだ赦せないらしく、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

「なあ、桜龍寺」
「聞ーこえーなーいー」
「ソレ、絶対ぇ聞こえてんだろ」

桜龍寺の顔を見上げてそう言うと、彼女は悪戯が成功した子供のようにくつくつと笑った。

あの後、オレは顔を真っ赤にさせた桜龍寺に頬をひっぱたかれたのち、「バカっぽい顔してないで、さっさと私をおぶって綱吉を捜しなさい!」と命令口調で言われ、今に至る。

「あのさぁ、山本くん」
「ん?」
「呼び方、やっぱり山本くんに戻していい?こっちの方が呼びやすい」
「それ、今更じゃねぇ? 良ーけどさ」
「あはは。ごめんごめん」

ただの友達として、こんなに気軽に喋れるとは思わなかった。
出会い方が出会い方だったし。
きっとオレは、一生桜龍寺に嫌われて過ごすんだろーなーとか思ってたくらいだから、こんな風に何て事無い話が出来るようになったのはかなりの収穫だ。

「なあ、桜龍寺」
「ん? なあに?」
「悪かったな、その…オレが自殺しよーとした時」

ずっと言いたかった事を意を決して言うと、桜龍寺は急にクスクスと笑い出した。
まるで、オレを嘲笑うみたいに。

これは、桜龍寺が本気で怒っている時の笑い方だと、オレは知ってる。
しかも、好きなヤツじゃなく、嫌いなヤツにする、怒り方。

「どぉして私に謝るの? 謝罪するべきなのは、貴方の自分勝手に巻き込まれた綱吉なんじゃない?」

スククスクス。
笑いながらそう言う初音に、気づかれないように歯を食いしばる。
そうだ。
まず最初に謝らなくちゃいけないのはツナなんだ。
だけど、それを言うのがスゴく怖い。
怖くて言えないから、オレは桜龍寺に謝ってるんだ。
それもこれも、きっと全部、桜龍寺は解ってる。

解っててあえて、それをオレに言うんだ。

「………解ってる、よ」
「じゃあ、どうしてしないの? 矛盾しているじゃない」
「………怖いんだ」

立ち止まり、目をつぶってそう言うと、頭上の笑い声が止まった。
そのまま、小さい声で桜龍寺に言う。

「昔っから、何と無くで楽しくやっていけてた。ダチと喋んのも楽しかったし、女子にも普通よりはモテてたと思う。何より1番好きな野球は郡を抜いて上手かったから。けど…」

そこで一旦言葉を切って、歩きながら改めて口を開く。

「いきなり、その野球が上手くいかなくなったんだ。いわゆるスランプってヤツで、部活の先輩達は上手くなる過程で必ずぶつかる一過性のモンだから気にすんなって言ってくれたけど、練習のたんびに打球も投球も乱れっぱなし。正直、オレは野球が嫌いになってたんだと思う。それがイヤでイヤで仕方なくってさ、だから………」

――自分より下を見る事で、安心したかったんだ――

それを言った時、ビンタや罵られるのは覚悟していた。けど、桜龍寺はぶつでも罵るでもなく、ただ大きなため息をついた。

「そんなの、言われなくたって知ってるわよ」
「へ?」
「最初に綱吉に話し掛けた時も、ホントは相談なんか真っ赤なウソで、綱吉に比べたら自分は全然報われてるって思いたかったからなんでしょ? 初めっから知ってるわ、そんなコト」

今のオレは、さぞかしマヌケな顔をしていることだろう。
ポカンとして桜龍寺を見上げると、呆れたような顔をされた。

「だから、ふざけんなって思ったの。綱吉を愚弄するなんて、例え綱吉の親友だって赦せないわ。ましてや貴方ごときに言われるなんて……」
「え…オレが自殺しそーになったのに怒ったんじゃ……」

唖然として呟くと、初音はキョトンとして言った。

「え? ああ、確かにあれにも怒ったけど、それよりも赦せなかったのはあの綱吉に対する暴言ね。
自分が死にたいから死のうとしてるっていうのに、わざわざ止めに来てくれた綱吉に当たるなんて、最低じゃない」
「や、そうだけど………」

確かに、桜龍寺の言ってるコトは全部的を射ている。
けど、オレが今まで嫌われてると思ってた理由が根本から違ってた事に唖然としてしまった。

「だいたい、貴方ちょっと自意識過剰すぎるんじゃない?というか、なんで私が昨日今日知り合ったばっかりの人にそこまで思い入れしなきゃいけないのよ」
「だよなぁ……」

あの桜龍寺が、そこまでオレに思い入れなんかするワケ無い。まだ知り合いレベルにも達していなかった、俺に。
解ってはいたけど、いざ本人にズバッと言われるとけっこー堪えるなー。

「ハハハ…オレ格好悪りー……」
「? 何を今更。そんなの始めっから知ってるわよ」
「ハハハ……」

次いでさらりと言われる桜龍寺の言葉に再度うなだれる。
マジで格好悪りいな、オレ……。

「山本くん」
「んー?」

ぽんぽんと肩を叩かれて上を見上げると、ゆるく首を傾げて微笑む##NAME2##と目が合った。

「確かに、最初は私山本くんのコト大っ嫌いだった。……でもね、今は大好きって程じゃ無いけど、…けっこー好きよ? 私、山本くんのコト」
「っ!」

その一言に、一気にかぁっと顔が熱くなる。
?? かっしーな、何でこんなに顔が熱くなるんだ……?

「おーい、山本くんー? 返事しないと山ちゃんって呼ぶよー」
「や、それはマジで勘弁」

軽いノリやジョークならともかく、桜龍寺なら本気でやりかねない。
流石に中学にもなってそのニックネームは遠慮したい。

「あはははっ。やだなぁ、冗談よ冗談!」

さっきとは違い、本当に可笑しそうに笑う桜龍寺を見ると、何故だか温かい何かが胸に込み上げる。
それが何なのかは解らないけど、桜龍寺が笑ってくれているなら、それで良いと思った。





「あっ! 綱吉はっけーん!!」

山本くんにおぶられた状態で、
人混みの中にちょんと覗いた飴色を指差して言うと、それと隣にいた銀色が振り返った。

「あ、初音………と山本!?何やってんのー!?」
「なっ、初音テメエ!10代目を置いてふらふらうろつくたぁどーゆー了見だ!!しかも何野球バカなんぞにおぶられてやがる!!!」

振り返ると別々の反応を返しながらも驚いたような顔をする隼人と綱吉に、へにゃっと笑いかけた。

「いやー、中々良いわよコレ。何時もより高い視線で見渡せるし、隼人を見下ろすことも出来るし!」
「んだとてめー! 下りて来やがれ!!」
「えへへっ、やーだっ!」

山本くんにおぶられた状態でそんなやり取りをしていると、綱吉が心配そうにしてこっちにやって来た。

「初音、どうしたの? 急にいなくなるから心配しただろ?」
「ごめんね。鼻緒が切れちゃって」

そう言いながら裸足になっている右足を綱吉に見えるようにプラプラ動かすと、綱吉は驚いたようにただでさえ大きい目をさらに大きく見開いた。

「えっ、ウソ……! ゴメン初音。オレ、気づいてやれなくて……」
「へーきへーき、大丈夫よ! そんな綱吉が気にするようなコトじゃないって」
「でも……」
「いいの!」

オロオロと私を見上げる綱吉にキパッと言うと、しぶしぶといった様子で引き下がった。

嗚呼……仔犬みたいっ!
綱吉ったらなんて可愛いの!?
頭の中でキャーキャーと騒ぎながらも表面上ではポーカーフェイスを保ちつついると、綱吉がまた道から外れて林の所に行こうと提案した。
それに皆で賛成して、私達(私は山本くんにおぶられたまま)は林に移動して、今度は傍にあった神社の縁側に腰を下ろした。

「ホントにゴメンな、初音……。指の間もちょっと切っちゃってるし……ホントゴメン」
「もぅ、平気だってば。気にしないの」
「うん…あっ、オレ絆創膏持ってる」

私が縁側に腰を落とすと同時に、綱吉が私の両足を見ながらすまなそうに言うのを宥めると、せめてのお詫びというコトで綱吉が持ってた絆創膏で私の擦り切れた傷口を塞いでくれた。

「あはは、わざわざありがとう、綱吉」
「どう致しまして。……結局、あんまりお祭り楽しめなかったね」
「気にしてないよ。連れて来てくれただけで十分有り難いもん」
「そっか、じゃあはい、コレ」
「?」

にこやかに綱吉と話していると、ふと綱吉が思い出したように手に持っていたビニール袋の中から何かを取り出した。

「なあに? ソレ」
「んー? ほら、これがさっき話したヨーヨーだよ」
「えっ、コレが?」

綱吉の言葉に目を丸くして手に乗っかっている物体をしげしげと見つめる。
赤に色んな色の絵の具を落としたような斑点が幾つか描かれている。
素材はゴムだから……これが噂の「ゴムフウセン」というヤツだろうか?
それの先っちょに輪ゴムの進化バージョンみたいなモノが付けてある。
…………何だろ、コレ?

「これのどこがヨーヨーなの?」
「うわっ、金持ち発言! しょーがないなぁー、ちょっと貸してみ」
「う」

呆れたようにため息をつく綱吉に若干ムッとしながらも、手に持っていたヨーヨーを綱吉に渡した。

綱吉はヨーヨーを手に取ると、輪ゴムの進化バージョンの先っぽが輪になっている部分を私の人差し指に掛け、そのままわっかを掛けた方の手を上下に動かした。すると、ゴムが伸縮して私の掌に「ゴムフウセン」が当たった。

「おおっ!」
「な? ヨーヨーだろ?」
「うん! スゴいねスゴいね!!」

面白ーいなんて呟きながらポンポンヨーヨーで遊んでいると、何故か綱吉によしよしと頭を撫でられた。

「初音、楽しめた?」
「もちろん! あっ、ねぇねぇ、今年はあんまり2人で出店回れなかったけど、来年は………」

“思いっきり2人でお祭り楽しもーね!”

………って、言おーとして、止めた。
来年は、綱吉の周りはもっと騒がしくなる。
それに、元はといえば綱吉は京子が好きなんだから、私としょっちゅう一緒にいたら変な誤解をされちゃう。
…………2人っきりの世界には、もう戻れない。

「初音………?」
「んーん、何でもない! 来年こそは京子と一緒に来れると良ーね!」
「なっ……はっ恥ずかしいコト言うなよ!!」

半ば無理矢理笑顔を作って言うと、途端に綱吉は顔を赤くする。

ほらね、もうお前の入る隙間は無いんだよ、初音。
いい加減、綱吉に依存するのは止めなって。
そう自分に言い聞かせながら、どうかこの作り笑いが、綱吉達にバレないようにと願った。



夏の風物詩
(あれ……何でだろう?)(解ってたはずなのに、胸が苦しいよ)




2009.11.08 更新
加筆 2011.8.5