深海のネオン | ナノ
春の風に乗って



ビュオウ、と風が吹いて、少女のスカートを大きくはためかせた。
3月末の穏やかな風が吹くなか、四階建ての古びた廃ビルの屋上に、少女はいた。
真っ白なカットシャツに真っ白なスカートを身に纏う彼女は、体のあちこちに怪我の痕があった。細い手足から見える包帯やガーゼが、見ている者に痛々しいという印象を抱かせる。
池袋の郊外にあるそこは、1日で人が1人通るか通らないかという程人気がない。この廃ビルにも人が出入りしておらず、救急車を呼ばれる事もない。
そこは屋上から下を見下ろすとなかなかの高さがあったが、少女は意に介した風もなく、寧ろ今までの能面のような表情から一変し、顔を歓喜の色で彩らせた。

「(やっと、やっとだ。漸く、これで――――)」

誰にも聞かれる事のない言葉を胸の中で呟き、まるで天使のように美しい笑顔を浮かべたまま、両腕を広げ、縁に立っていた足を、大きく蹴った。















折原臨也は情報屋である。
彼はその頭や所持するあらゆる電子機器中に数多の情報を所持し、それを決して少なくない金銭と引き替えに依頼主に提供することを生業としている。
そして時に、自分自身の娯楽の為にその情報を使い他人を弄ぶ。
全ては、彼が人間を愛するが故に。

普段は新宿を根城にしている彼だが、こなす依頼は池袋からものが多い。
今回も池袋で粟楠会での依頼を終え、その帰りにふと、いつもとは違う道を行こうと考えた。
わざと裏道を通り――池袋にいるバーテン服の遭遇防止の意味もあるが――徒歩で池袋の郊外まで、軽い足取りでスイスイと到着した。
四階建ての古びた廃ビル以外特にこれといって目立つ建物がないそこは、平日だろうが休日だろうが良くて不良の溜まり場になるくらいで、人なんて1日経っても1人も足を向けないような廃れた場所だ。
この池袋で、ここまで人通りが少ないところも珍しい。そんな事を思いながら、臨也が何ともなしによく晴れた空を見上げると、途端に目を丸くすることになった。

「(……………へぇ)」

人が、高校生くらいの年の少女が、その四階建てのビルの屋上から真っ逆様に落ちてくる。
長い直線に切られた前髪の所為で表情や顔形は解らないが、全身真っ白な服を着て、露出している手足が病的なまでに生白い為、この風景に似合わず、まるで天使が降りてくるように感じられる。
確かにここは、自殺するにはうってつけの場所だろうな。と思いながら、臨也は助けようとするでもなく、じっとその天使のような少女を傍観する。
彼は人間の全ての感情を愛しているが故に、その“自殺”という行為を止めようとは到底思わないのだ。

さて、地面に叩きつけられた彼女はどんな反応をするのかな、と臨也興味深げに顔を歪めると、まるでそれを阻止するかのように、突然突風が吹き抜けた。
咄嗟に自分の顔を砂埃から守るように腕を前に持ってきた臨也が薄目を開けて少女を見ると、突風に大きく煽られた少女の身体は、空中を落下する間に右に動き、違法駐車してあったオンボロの車のボンネットに着地した。

「………嘘だろ?」

まさかそんな、都合の良い事が起こるはずがない。
半分呆然としながらボンネットから固いアスファルトの上に転げ落ちた少女に歩み寄る。
乱れた黒髪の間から覗く首筋に手を当てると、彼女がまだ生きているのが解った。

「……………へぇ」

小さく口元に笑みを浮かべ、臨也は頬杖をついて少女を見やった。
うつ伏せだった身体を転がして仰向けにして長い前髪を払うと、浮き世離れした美しい顔が現れた。まるでそこだけが光っているように見える程、薄暗いアスファルトにやけにはっきりと見えた。
彼女の容姿、行動、そして先程の奇妙な偶然。
その全てに興味をそそられ、臨也は小さく呟いた。

「面白いな……この子」

少女の背中から足に腕を回して抱き上げると、黒のコートから同じく黒のケータイを取り出し、誰かに電話をかけ始めた。
その電話口の相手に話し掛ける彼の顔は、見ている者が引く程に、楽しげににやけていた。






春の風に乗って
(あ、もしもし新羅?)(ちょっと診てほしい娘がいるんだけど)







更新 2011.12.16 
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