コロボックルがゆく | ナノ
コロボックルの対面



 走り出した鬼灯さまの肩に捕まってふらふらと揺られながら桃源郷を進んでいると、目の前に極楽満月の看板が見えてきた。

「ほーずきさま、もうちょっとだよ」
「……………チッ」
「うん。嫌いなのは解ってるからむやみに舌打ちするの止めようね。顔怖いから」
「余計なお世話ですよ」

 そう言ってぷーいとそっぽを向いてしまう鬼灯さまに、苦笑しつつ一応言っておく。どうせ言っても効かないけど、上司に建前だけでもストップをかけるのも、閻魔さま第一補佐官の補佐官の仕事でもあるのです。
 そうこうしているうちに極楽満月に到着して、裏口から回ってこうとしたところで、白澤さんと……なんか、見慣れない割烹着の青年がいた。

「あれ………見ない顔の人」
「はい? ………ってうわあ小さい!!」
「しつれーな子だねぇ君」

 ひぃっ、と言いたげにわたしを見た途端のけ反る青年に、むっとして口をとがらせる。
 白澤さんと一緒にいたのは、彼と同じく三角巾をつけて、緑色のしば刈り用の着物を着た、なんというか、こう………室町顔のふっくらとした顔の子だった。
 出会い頭にいきなりの言葉に私がぷうと頬を膨らませると、とたんにはっとしたように顔面蒼白になって勢いよく腰を負って謝り倒す彼に、ちょっと面食らう。
 そのまま土下座でもしそうな勢いの青年に、その反応が少し面白いなぁと思いつつも、可哀想なので大丈夫だよと声をかける。

「気にしてないよ。ここじゃなくても、コロボックルって希少な生物だから、びっくりするのも無理ないって」
「い、いえそのあの……本当に申し訳ありません!!」
「あらら………」

 声をかけたものの、そのまま本当に五体投地みたいな感じに土下座してしまった青年に、目を瞬かせて口元に手を当てる。ずいぶん礼儀正しいというか、責任感の強い男の子だ。

「あ、ちなみに心花さん。その方がこの間話した桃太郎さんです」
「えっ、この子!?」
「うん、そうだよー桃タロー君だ。こんにちはー心花ちゃん。また会えてうれしいよー僕」
「わたしは別にどうでもいいかな、ほんの2週間ぶりだし。それより白澤さん自分のお弟子さん土下座させたままじゃ可哀想でしょ、言ってあげてよ。この子わたしが言っても多分負の方向にヒートアップするだけだ」
「ありゃりゃ。うん、桃タロー君、心花ちゃんも困ってるから立ち上がろうね」

 自分の足元で取引相手に土下座している弟子をさらっと流してにこやかにこっちに挨拶を交わしてくる白澤さんに苦笑しつつ下を促すと、ようやく出会って数分で男の子に土下座されるという珍妙な状況から解放された。

「あの…本当に申し訳ありませんでした………」
「もう、気にしてないよぉ。律儀なんだから。えーと…」
「桃タロくん」
「そう、桃タロさんは」
「今、さらっと白澤様が吹き込みましたよね」

 まあいいんですけど……と諦めた顔をする桃タロさんに、ああこの子大分ここに慣れてきたんだなーと憐みの視線を向けた。
 この子が前に鬼灯さまが大書したと言っていた桃太郎だったとは驚きだ。何かちょっとDQN入ってましたって鬼灯さまが言ってたからちょっと心配だったんだけど、この環境のお陰か、すっかり毒が抜けて良い子になったみたいだ。
 そう思うと何だか微笑まして、わたしは鬼灯さまの肩の上で、桃タロさんににっこりと笑いかけた。

「はじめまして、コロボックルの心花です。いつもは鬼灯さまの補佐やってます」
「あ、よろしくお願いします、桃太郎です。白澤様の弟子兼従業員をさせていただいています」

 ぺこりと頭を下げるわたしを見て慌てて自分もしっかり頭を下げてくる桃タロさんに、礼儀正しい子だなーと満足して頷く。それから顔上げてと言って元の姿勢に戻させると、その肩にちょんと飛び乗った。

「さすが桃の申し子、ほんのり桃の甘いいい香りがする。わたしの髪の毛も薄桃色だし、お揃いね」

 桃源郷のお陰もあるかもしれないけど、桃タロさんの身体からふわっと香ってきた桃の芳香に、仙桃好きとしてはちょっと嬉しくなる。
 そのまま桃タロさんと親交を深めても良かったんだけど、後ろの鬼灯さまが解り易く咳をしてきたので、しぶしぶはあいと頷いて白澤さんに向き直った。

「白澤さん、注文してた薬受け取りに来ました。下さいな」
「はいはい。ちょっと待っててねー心花ちゃん。中で待っててよ。ついでに家に住んじゃってもいいからさ」
「え、やだ。だって別に白澤さん嫌いじゃないけど、いつも女臭いんだもん」

 へらへら笑いながら言う白澤さんに、真顔でふるふると首をする。
 それに白澤さんがつれないなーと言いながら私に手を伸ばしてきたのを、すんでの所でさっと鬼灯さまにかっさらわれた。
 わあ、鬼灯さまったら顔怖い。これなんというか、早々に機嫌を直していただかないとわたしにとばっちりが来るパターンだ。具体的に言うとこの前はわたしがせっかく買った仙桃をその日のうちに全部喰いやがった。

「わたし、白澤さんの所にだけはいかないから。大丈夫だよほーずきさま? それにほら、わたし白澤さんにはちょっとトラウマがあるから………」
「トラウマ?」
「ああ……あれですか」

言うと同時に、鬼灯さまの眼光が四割増しで鋭くなる。あ、やばい話題の振り方間違えた。
鬼灯さまの眼光にさっと顔を青くする白澤さんに呆れながら、しかしわたしもその時の事を思い出して、溜息をつきながら気持ち悪くなってうえっとえずいた。
あれはそう。鬼灯さまと白澤さんが、なんかすっごいくだらない賭けをして、その結果について揉めていた時、丁度発注していた薬を受け取る日だったんだけど、鬼灯さまがあんまりにも嫌そうにしていたから、心配になってわたしがその役を買って出たのだ。
男の意地だか何だか知らないが、とりあえず無効って事にして、もう一度今度は細かくルールを決めてやり直せばいいのにと呆れながら極楽満月に行くと、何故か店の前には「(閉店)」の看板が下がっていて。それでも今日が納期の薬だから無いと困るのにと思いながら何の気なしに扉を押すと、不用心にも開いていたのだ。
まあそりゃあ天国に泥棒する輩なんていないか、と思いながら顔だけ店の中に入れてごめんくださいと声を張り上げても、返事は無く。もし居ないのだとしても一応確認だけしておこうと店に入ると、奥から何やら物音がしていたので、特に何も考えずにその音を辿っていくと、ある一室に行き当たった。

……………その後の事は、出来ればもういい加減忘れたい。だって本当にトラウマなんだもの。正直そのせいで、外国のドラマのラブシーンとかは、気持ちが悪くて見られなくなってしまったほどで。
なんというか。まあ……白澤さんと見知らぬ女の人が、その……致していたわけですよ。その部屋で。それも、結構マニアックな感じに。
初めは音だけで何をしているのか解らなかったのもあって、ちょっとだけその扉を開けてしまったのがいけなかった。その光景のあまりの異様さにびっくりして、ショックで体が硬直してしまって。今すぐここから立ち去りたいのに、あまりの衝撃に体が動いてくれず、その先の光景まで目にする事になり、頭がパニックになってもうどうしたらいいのか解らなかった。
そのままヒートアップしていく2人に真っ青になりながらどうしようどうしようと考えていると、不意にぱっと目の前が何かにふさがれて真っ暗になって。顔を上げたら、そこにはいつもの5倍くらい眉間のしわの深い鬼灯さまがいた。
 手で目隠しをして、わたしからその光景を遮ってくれた鬼灯さまは、そのままわたしを無言で両手で掬い上げて胸に抱いて、帰りますよとだけ言って、薬の催促の書置きもせずに極楽満月、もとい桃源郷を後にしてしまった。
 その時はただ眉間のしわが深かっただけだったから特に気にしてなかったんだけど、その時鬼灯さま、そこ数百年のうちで一番怒っていたらしくて。後日改めて薬の回収に向かった鬼灯さまを少し経ってから恐る恐る追いかけて極楽満月に行った後、そこには建物だった塵しか残っていなかった。
 それが2人の仲の決定的打撃になったのは、言うまでもない。

「だからそれ考えると、正直白澤さんと2人っきりにもあんまりなりたくない」

 身の危険を感じます。ときっぱり言うと、白澤さんはちょっと気まずげに目線を泳がせて、あーうんごめーん……と弱々しく返す。
 と同時にうわあという顔をする桃タロさんの方を見て、この下心のなさそうなオーラに満足してまたぴょんと桃タロさんの肩に乗って、そのふっくらとした頬をぺしぺしと叩く。

「でもっ、桃タロさんの周りの空気は、清廉な良い匂いがするからきっと安心!」

すり、と桃タロさんのほっぺにすり寄って甘えるようにして言う。
何だか初対面なのに、桃タロさんの空気は安心する。流石は日本で一番有名な英雄。3匹の神獣を従えるだけあって、周りに発せられる空気が澄んでいる。これは白澤さんが気に入るわけだ。

「ふっせせいな生活ばっかりな白澤さんをよろしくね。あれで万物を知る神獣だから、知識をぶんどるだけぶんどるにはうってつけだよ!」
「わー……心花ちゃん、ほんと僕に対して容赦ないよね」
「日ごろの行いの所為じゃないかな」
「いいから薬早く持ってきてくれませんか白豚さん」
「誰が白ぶギャアアア!!」

 にこっと頬を引きつらせる白澤さんに笑って言うと、いい加減しびれを切らした鬼灯さまに両目と額の目を同時に目つぶしされて、白澤さんが悲鳴を上げてのた打ち回る。この人の爪って長い上にそうとう尖ってるから、絶対痛い。下手すれば針で目を刺されるくらいのダメージだ。
 その後も白澤さんをうまく誘導して天国から地獄にまで通じる落とし穴に嵌めたりして、昨日鬼灯さまがなかなか帰ってこなかった真相に納得してすっきりしたところで。
 この人達いつになったら人並みの顔見知り程度に仲を改善できるんだろうなーと、桃タロさんの肩の上で、ちょっと呆れて苦笑した。








2014.8.18 更新
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -