コロボックルがゆく | ナノ
コロボックルの運動



 お空はまっ赤、天気はいつもと変わらず曇り気味で、暑いようでそうでもないようででもやっぱり微妙に暑い気候も昨日と変わらない。
 しかしそれでも、今日この日は、地獄運動会当日なのである。

「「心花様ー!」」
「うん?」

 ざわざわと人ごみでにぎわう中、いつものように鬼灯さまの肩に乗って運営側のテントに向かっていると、見知った声がダブルで聞こえて、くるっと体ごとそっちの方を振り返った。

「あれ、茄子くん、唐瓜くん。どうしたの?」
「あいや、今日の運動会の参加者の名簿見て……わああああ鬼灯様ー!!」
「あ、ほんとだ鬼灯様だー。あのね、今日の参加者の名簿見て心花様が載ってたから、何出んのかなって唐瓜と話してたんだー」

たったっとこっちに向かって駆けてきた2人が、わたししか見えてなかったのかわたしが乗ってるのが鬼灯さまの肩だと気付くと途端にぎゃっとお化けにでもあったような(まあ鬼だから間違ってはいないんだけど)悲鳴を上げた唐瓜くんと対照的に、茄子くんは気付いても気にせず用事を言うあたり、相変わらずマイペースだ。でもこの正反対の性格なのにいつも一緒に行動している辺りが、可愛くっていつもほっこりする。
 日ごろ拷問ばっかり見てる所為で心が荒むこんな地獄の中で、このチップとデールは数少ない癒しである。

「ああ、そういえば心花さんが地獄の運動会に出るのは久しぶりでしたね。いつ以来でしょうか」
「ざっと20年ぶりくらいかなぁ。ほーずきさまが運動会のプログラム組むようになった辺りからだから、そのくらいじゃない?」
「ですね」

 すぐ横の鬼灯さまの顔と頷き合ってると、唐瓜くんが「それは久しぶりってレベルじゃねーぞ」みたいな顔をして相槌を打った。
次いで茄子くんにねーねー何すんのとしきりに尋ねられて、はいはいと答える。

「わたしは借り物競争に出るよ。女子と男子で別れてるからレースは違うけど、唐瓜くんと一緒だね」
「ああ、あの公開処刑の………」

 昨日引いたそれを思い出したのか、唐瓜くんの顔が青くなる。
 そういえばこの子が引いたのは「好きな人(異性)」だったっけ。解り易くお香ちゃん見てて可愛かったなー。
 昨日は運営側に回ってたから出なかったけど、あの精神的運動会、一応出るって宣言しちゃったからには出るしかない。
 思えば、今年に限って鬼灯さまに運動会でますかなんて改めて訊かれた時点で怪しむべきだった。この人たまにふとした拍子に意地悪をしてくるから、いつも気づかずに嵌まってしまう。

「心花様、あれに出るんですか?」
「うん。やんなっちゃうよねーもう」
「でも、心花様ちっちゃいのに。そんなに速く走れるの?」
「ちょっ、馬鹿茄子!!」
「あー、良いの良いの。それは大丈夫だから」

 しっ、と言うように茄子くんの口を塞ぐ唐瓜くんに笑って手を振って、鬼灯さまの肩から飛び降りる。
 そのままぽんっと軽い音を立てて体を変えて、地面に降り立つ。

「こうやって、大きくもなれるから」

 鬼灯さまの肩位の身長になった頭を軽く傾げて言うと、茄子くんがおおーっと声を上げて、唐瓜くんが何故赤くなった。

「あ、あの、心花様、その服装……」
「服? うーん、普段はあんまり大きくならないからほとんど変えてないから、ちょっとデザインが古臭いかな」
「いや、あのそういう意味じゃなくて……」
「心花様すげーいろっぺー! 胸でっかいし着物の肩出てるから胸の谷間ちょー見える!」「ばかあああああああ!」
「ぶっ…あははははは! 茄子くんは面白いなー」

 ずびしっとこっちを指差してくる茄子くんに、思わず声を出して腹を抱えて笑った。何この子超正直。
 けらけらと笑っていると、鬼灯さまが呆れたように溜息をついた。

「笑い事じゃないですよ。何時も新調しなさいと言っているでしょう」
「だって大きくなるのなんて1・2ヶ月に1回だよ? 着物は安くないんだし、勿体ないよ。あんまりポンポン使えるほどお金ないし」

 何せ給料が安いのです。わたし。
 別に絶対に和服じゃないといけないっていう規則は無いけど、周りみんな着物の中で1人洋服は浮くし、単純に洋服はすーすーするからあんまり趣味じゃない。

「だからって、小さくなった着物の合わせを肩まで開いて無理して着る事もないでしょう。何なら私が誕生日にでも買ってあげます」
「いいよ別に。ウエストは変わってないから着るのに支障もないし」

 いつもこの姿になると着物を新調するのを推してくる鬼灯さまに、苦笑して首を横に振る。
 わたしはコロボックルだから、大きくなると言っても狐みたいに変化するわけじゃない。ただ単に、この大きさはコロボックルの身長を人間とか鬼とかの大きさに当てはめたらこれくらい、ってだけ。
 だから太ればこの姿になっても太るし、背が伸びれば大きくなった時もいつもより身長がちょっと高くなる。
 ようは大きくなれるからといっても体型を自由自在に変えられるわけじゃない。だからちょっと前から着物のサイズが合わなくなってきてたんだけど、別に着物自体が古くなってくたびれたわけでもないので、まだまだ全然使っていけるのだ。
 コロボックルのサイズの時は地獄の火の近くにいる所為ですぐに色が褪せちゃうけど、こっちはそもそもなる機会が少ないからずっと長持ち。

「第一しょっちゅう新調するコロボックルサイズの着物は、サイズがないからオーダーメイドで無駄に高いんだから! 加えてわざわざこっちの着物まで古くなてるわけでもないのに買い替えるお金は有りません。そんなのに使うくらいだったら、お香ちゃんと一緒にスイーツめぐりの旅に出る」
「はあ…………。はいはい、貴女の言い分はよく解りましたよ。解りましたから、そろそろ持ち場に戻りましょう、もうすぐ開会式の時間です。唐瓜さん達も、ちゃんと整列して下さいね。遅れたら即失格。昨日同様ピタゴラスイッチの最後の熱湯釜の上に吊るしますよ」
「ひぃっ! ももももちろんです鬼灯様ッ!!」
「はーい」

 おもーい溜息を1つついて言う鬼灯さまのそれは、若干憂さ晴らしが入ってる気もしないでもない。何の憂さかは知らないけど。

「はー。2人と話してると本当に面白いなー」
「それは別に良いですけど。もし借り物競争で1位を取れなかった時の約束、覚えていますか」
「もちろん」

 だだーっと走り去っていた唐瓜くんと茄子くんを見送っていると不意に鬼灯さまにそう言われて、ふふん、と不敵に笑って頷く。

「『1つだけ鬼灯さまのいう事を何でも訊く』、でしょう。その代わり、もしわたしが1位を取れたら、鬼灯さまにもわたしのお願い訊いてもらうんだから」
「ええ。約束ですので」

 無表情のままこっくり頷く鬼灯さまに満足していると、鬼灯さまは袂から懐中時計を取り出して、時間です、と言う。

「昨日同様今日の運動会は精神的に攻めていきますんで、覚悟していてくださいね」
「ほーずきさまこそ!」

 1位とって絶対ぎゃふんと言わせるような命令下してやります! と勢い込んで言うと、鬼灯さまがそのまま何の感情もこもらない声で「ぎゃふん」と言ったので、思わずその脇腹をどついた。






4014.4.1 更新
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