コロボックルがゆく | ナノ
コロボックルのお出掛け



「心花さん、心花さん」

 ゆさゆさと体を揺り動かされて、深くに落としていた意識がゆっくりと浮上していくのを感じる。
 揺らされると言っても、15pほどのこの体躯だと、鬼灯さまの掌でころころとこねられているという感じなんだけど。

「んうー………。ほおずきさま、なにぃ?」
「出掛けますよ。注文した薬を取りに」
「はあ……そうですかぁ、行ってらっしゃーい………」
「何言ってるんですか。貴女も行くんですよ」

 意識が上がってきてるといっても、まだ目は完全に開いていない。薄目を開いて自分を転がしている鬼灯さまを見上げて短い手を振ると、呆れた声でそう言われて、ようやく枕に半分埋めていた顔をちゃんと持ち上げた。

「…………なんで?」
「決まっているでしょう」

 ぽやぽやとぼやける目をこすって尋ねると、ひょいと鬼灯さまの両手に捕まって、片方の掌の上に転がされながら、目の前に差し出された懐中時計を見た。

「起床時間です」
「へ…………ああっ!!?」

 見ると、懐中時計の短針は9、長針は12を指している。今がちょうど仕事の開始時間。完璧に寝坊である。

「なっななななな、何で起こしてくれなかったの!」
「起こしたでしょう、今。そもそも私が起こさなければそのままずっと寝こけていたんですから、声を掛けただけありがたいと思って下さい」
「うぐっ………それはそのう、ごめんなさいです」

 確かに、寝坊したのはわたしが悪い。けれど言い訳をさせていただければ、昨日は鬼灯さまが野暮用があると言って出て行ったっきり深夜になっても戻ってこなかったから、寝ずにずっと待っていて、眠るのが遅くなってしまったのだ。
 結局鬼灯さまが戻ってきたのは深夜3時過ぎ。何処に行っていたのかを訊いてもはぐらかしてばっかりだったから、余計に気になって眠れなくなってしまったし。
 ………まあ、それでも寝不足になりながらきっちり起きてる鬼灯さまを見れば、そんな言い訳は通用しないのだけども。

「でもちっとは鬼灯さまの所為でもあると思う」
「はいはい。解りましたからさっさと支度をしてください。出掛けますよ。徹夜の理由は行けば解ります」
「…………行くって、どこへ?」

 懐中時計を懐にしまって、その注文したらしいくすりの注文書を持って扉の方に移動していく鬼灯さまにごしごし顔をこすりながら訊くと、扉の方を向いていた鬼灯さまが、上半身だけひねって簡潔に答えた。

「桃源郷へ」

 げっ、と思わず声を上げてしまったわたしを見て、鬼灯さまは何故か満足そうに目を細めて、行きますよと声を掛けた。





「おらーは死んじまっただー、おらーは死んじまっただー」
「何で帰って来た酔っ払い歌ってるんですか貴女は」
「天国よいとこ一度はおいで!」
「地獄在住のコロボックルが言って良い台詞じゃありませんね」
「いっ、いひゃいいひゃいよほおふひはま! ほへんっへは!」

 鬼灯さまの肩の上に載って調子に乗って歌っていると、人のほっぺをお餅みたいにぐにぐに容赦なくつねる乗った肩の主に悲鳴を上げる。

「心花さんの頬は柔らかいですね。大福みたいです」
「うう。お餅はいいけど大福は心外!」

 そんな言い方をされたら、まるでわたしの顔が大福みたく真ん丸みたいではないか。確かに、わたしはコロボックルなわけだから、二頭身のデフォルメみたいな体系である事はあんまり否定できないんだけど、それにしたって大福は酷いと思う。
 てくてくと天国の桃源郷を歩きながらぶつくさとそう言っていると、わたしの頬から手を離した鬼灯さまは、はいはいと返事がそっけない。まあ、それはいつもの事だから別に良いけど。
 いつも曇ってて低温のじめっとした暑さとこもった空気の地獄と違って、天国はカラッと晴れていて、空も青空が眩しく過ごしやすくて快適だ。それも桃源郷付近となれば、さらに清廉な空気が流れてくる。
 気持ちが良くてぐーっと伸びをすると、鬼灯さまがちらりとこっちに視線を投げてくる。

「心花さんはここに来るといつも楽しそうですね」
「そうかな? そうでもないよ。わたしはほーずきさまの側なら、大体どこでも楽しいし」

 ちらほら見えてきた仙桃を横目に特に何も考えずに言うと、鬼灯さまからは数拍間を開けてから、そうですか、と返事が返ってくる。
 それからちらほらと茂った草むらの間からバンダナを巻いた兎がちらほらと見え始めたら、目的の薬屋はもう直ぐだ。

「そういえば、心花さんはいつも食べている仙桃も切れかかっていましたから、そろそろ買い足したらいかがですか」
「そういえばそうだった。仙桃はわたしの主食だからね! ないといまいち物足りない」

 べつに食べなきゃ死んじゃうとかではないけれど、1日いっこ仙桃を食べるのがわたしの日課なので、それがないと物足りないというか、いまいちシャキッとしない。
 それに、あそこの店主にお願いすれば、たくさん買っても安くしてくれるし。
 常連のお得意さんだからね、と柔和な笑みを浮かべる、頭上の人と良く似た彼の顔を思い出してふふっと笑うと、鬼灯さまが唐突に足を速めたので、肩から転げ落ちないように慌てて着物の合わせにしがみついた。






2014.4.27 更新
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