コロボックルがゆく | ナノ
コロボックルのお仕事



「心花様って、いつも鬼灯さまと一緒にいますよね」
「ん、そーお?」

 唐瓜くんにそう言われたのは、いつものように鬼灯さまと一緒に獄卒に子達から亡者の報告を受けている時だった。
 しみじみと言う唐瓜くんに、鬼灯さまの肩に腰かけてぶらぶらと足を遊ばせながらきょとりと小首を傾げてみる。

「そんなことないよ? わたし、これでも一応肩書きはほーずきさまの補佐だから。鬼灯さまが忙しい時、そこまで深刻じゃない案件とかはわたしが現場に行って対応してるもの」
「へー……って言っても、俺が見てる時は心花様いつも鬼灯様の肩か頭にいるんで、あんまり実感ないですね」
「ああー、唐瓜くんは新卒だからかね。そのうち機会があるだろうから、その時もし暇だったら見学に来てよ」
「えっ、いいんですか!?」
「うん。あ、茄子くんもきたかったら来て良いよ」
「マジで!」

 やったー、と両手を上げて喜びを表す茄子くんに、可愛いなーとなごむ。
 この新卒くん達、地獄のチップとデールは反応が新鮮でほっこりする。他の獄卒の子たちがダメってわけではないけど、やっぱりこのちまちました可愛さが、他の獄卒には圧倒的に足りてないと思うのです。
 まあ、コロボックルのわたしに言われても微妙だとは思うけど。それでも歳はそこらの鬼よりはずっとお姉さんなので、そう思うのも仕方ないと思うでそうろう。

「俺、前に心花様は俺達が獄卒になるずっと前から鬼灯さまの側にいたって先輩から聞きましたけど、心花様はどのくらい前に獄卒の試験受けたんですか?」
「いや、わたしは別に獄卒ってわけじゃないよ? 単に鬼灯さまと一緒にいるにはそれなりに仕事できなくちゃいけないから、ほーずきさまの補佐やってるだけで」

 答えるわたしに、唐瓜くんと茄子くんがそろって首を傾げる。その子供みたいな仕草と猫口が可愛い。コロボックル(この体)では無理だけど今無性にその頭を撫でたくなった、というのは心の中に置いといて。

「わたし、元々はただ鬼灯さまについてってるだけだったから。だけど、鬼灯さまが仕事もしない穀潰しにやる寝床は無いって言うから、閻魔さまにお願いして仕事をもらったの」

 だからわたしは、それからずっと獄卒でもないただのほーずきさまのお手伝い係。
 そう言うと、茄子くんはほへーと解ってるんだかそうじゃないんだかよく解らない声で相槌を打って、唐瓜くんはええっと大きな声を上げてからそれってアリなんですかとあわあわしながら訊いてくるのに、大王がアリっつったらだいたい何でもありありよ、と軽く答えておく。まあ確かに、その疑問もそりゃそうかだ。

「でっ、でもそれじゃあ、ちょっとコネがあったらすぐに位の高い役職もらえるってことになりませんか?」
「んー、でもまあそもそも、初めからわたしは閻魔大王第一補佐官補佐ってわけじゃないし。鬼灯さまが下働きやってる頃から、わたしはずーっとほーずきさまの補佐」

 肩に腰かけていた体勢から体を起こして鬼灯さまが書類を持つのに曲げているひじの関節の辺りまで下りて言うと、へええー、と驚いたように唐瓜くんが目を丸くした。

「じゃあ、本当に一緒にいて長いんですね」
「ふふふーまあねー。それに、わたしのこれはくっついてるのが鬼灯さまだっていうのがあるしなあ。ほら! いくらなんでも、こんなおっかない顔した人と四六時中一緒にいたいなんて思う無駄に胆の据わった頭おかしい人なんてそうそういないからね!」
「ほう。貴女、それ私の顔を見て言えますか」
「え?」

 よく通るバリトンの発生源を見上げると、そこには無表情にこっちを見下ろす鬼灯さまの顔がドアップであって、そのお顔はいつも通りおっかない。
 それでもくっつき始めて数千年余りも経ってみりゃ見慣れてもくるもので、ましてや今は特に怒ってない通常の顔だし、怖いとは思うけれど、それは客観的な感想であって、恐怖はもう感じない。というか、そもそもの話

「大王の第一補佐官の補佐官的には普通にほーずきさま大好きなので、全然問題ないです事よ?」
「……………ほう」

 言葉通りいたって普通に鬼灯さまを見上げて言うと、鬼灯さまはじっとわたしを見た後に、一瞬だけよそに黒目だけ視線を動かしてから、こくっと小さく頷いた。あ、これはちょっとどう反応していいか解んなくなってる顔だ。無表情だけど、いつもより反応が1拍半ほど遅れてる。
 こういう所もまた可愛いので、そんな貴方も大好きだ。

「どう? 鬼灯さま的には嬉しい?」
「いえ、別に特には」
「そっか、それなりに嬉しいなら何よりだよ」
「……だから別にと言っているでしょう。勝手に人の意見を改竄しないでいただきたい」
「というか、わたし別にここの部署で権力とか権限とか何もないし、給金も安いから、高い地位にいるってわけでもないのよ唐瓜くん」
「…………心花さん、人の話を」
「え、お給料って、具体的にいくらなんですか?」
「月々10万円」
「やっす! えっ、俺より安い!?」
「補佐の補佐っていうのがすでに特例だから、その代わりって感じかなー。でもあんまり使う用事もないから、わりとすぐに溜まってくよ?」
「すげー、心花様って倹約家なんだなー」
「そんな事ないよー」

 事実、コロボックルは生命維持のために食事を摂る必要もないし、あったとしても娯楽として程度だし。もし仮に摂ったとしてもこのちっさい身体だと鬼灯さまの定食のから揚げと卵焼きを一口分ずつもらうだけでまんぷくだから食費もかからないし、部屋も鬼灯さまと一緒だから家賃も払わなくて良いし。
 それでいて服は小さいサイズのを特別に作ってもらわなきゃちいけないから少しお金は喰うけど、1年に数回で事足りるし、趣味らしい趣味といえば鬼灯さま観察くらいなので、ほんとに月にお金を使う事がほとんどないから、無駄遣いさえしなければ貯金はどんどこ溜まっていく。こんな生活していれば、別に倹約家じゃなくても安い給金でもそれなりに懐はあったまっていくのである。
 そこらへんで、つい鬼灯さまを放置して唐瓜くんと話しを弾めてしまったのがまずったのか、すぐ近くで鬼灯さまのどす黒いオーラとともに「あなた達、良い根性していますね」と地を這うように言うバリトンに、流石にまずいと口を噤む。
 唐瓜くんなんか、横にいるわたしと違って真正面から鬼灯さまのまさに鬼の形相を直視しちゃったから、涙目で足がくがくさせながらすんませんでした…と蚊の鳴くような声で言って本来の要件の残りの書類を差し出してる。茄子くんは……いつの間にか書類だけ残していなくなってしまっていた。あの子はあの子で案外ちゃっかりしてる。
 可哀そうに、唐瓜くん完全に脅えさせてしまった。失禁してしまわないか心配になるくらいにビビってる唐瓜くんを見て、ちょっと大人げないぞ、と鬼灯さまのほっぺをぺちぺち叩いた。
 すると正面からひっと悲鳴じみた息を飲む声が聞こえたけども、それは取り敢えず無視の方向で。

「駄目よほーずきさま。いくらイラついてもそんな怖い顔してたらほかの獄卒の子達が怯えちゃって仕事に支障をきたすでしょう? 嫌な事があっても、他の子に八つ当たっちゃだーめ」
「ち、ちょ、心花様……」
「部下が上司の発言に気を配らないからでしょう。仕事中なのですから、私語は極力慎」みなさい」
「はい、それは素直にごめんなさい」

 鬼灯さまの言葉に素直にこっくんと頷いて、でもそれでもそんな怖い顔無暗にしたらダメ、と言っておく。
 それにおざなりではあるがはいはいと返事を返したのに満足して、鬼灯さまの肩から降りて、茄子くんの残していった書類に目を通す。うん、これくらいならわたしも捌ける範囲だ。
 裁判の決定稿とかは獄卒ではないわたしには捌く権限はないけど、この程度だったら鬼灯さまに頼らなくてもいける。補佐になったのも、元々は鬼灯さまの仕事を横で見てたから、知らず知らずのうちに仕事の内容を思えたのがきっかけだったっけ。なつかしい。今となっては初々しく甘酸っぱい思い出だ。

「よしと。唐瓜くん、これいつの間にかどっかに行っちゃった茄子くんに渡しておいて」
「えっ、あ、すみませんありがとうございます……ってあいつの何時の間に!」

 ああもう! と頭を抱える唐瓜くんに、苦労してるなぁと思うと同時に、良い子だなーとじんわりする。
 この子がこうやってしっかりしりを拭ってくれるから、茄子くんも安心してマイペースでいられるんだろう。………あれ、なんかこれ悪循環?

「それじゃあ、失礼します。ありがとうございました、鬼灯様、心花様」
「いいえ。それでは」
「茄子くんによろしくねー」

 ぺこり、と行儀よくお辞儀して去って行った唐瓜くんにひらひらと手を振って、さてとという風に鬼灯さまが腕を組んだのにしたがって、その肘に立っていたわたしは自然と鬼灯さまの胸の辺りに移動する事になって、組んだその肘にちょこっと腰を下ろして、鬼灯さまを見上げる。

「それじゃあ、ほーずきさま。午後の視察に行きますか?」
「ええ、そうですね。そこにいる大王(バカ)のケツをひっぱたいてから」
「鬼灯君酷いよ! 普通に行って!」
「何言ってるんですか、比喩ですよ比喩。貴方が仕事をサボらないようにするだけです。ねえ心花さん」
「ねー」

ジャラジャラと太い鎖をどこからともなく取り出して同意を求めてくる鬼灯さまにふざけて笑って、さあて今日も仕事に精を出しますか、と鬼灯さまと顔を見合わせた。







2014.4.1 更新
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テーマ「人外ファンタジー」
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