クリスマス&お年玉企画 | ナノ

雪様へ〜anecdote番外編でエクストラ陣営+オリ主&黒ランサー〜





夕暮れ時。冬樹大橋近くのアパートの階段で、特に何かにつけられていない事と、ここに仕掛けた結界に異常がない事を確かめて、ほっと息をついて部屋に向かう。
カンカンカンと音を立てて2階に上がって、その1番奥の扉のピンポンを押せば、程なくしてはあいと耳に心地良い男の子の声がして、かちゃりと扉の開く音と共に、現在私達が間借りしているこの部屋の主が顔を出した。

「お帰りなさい、呉羽ちゃん」
「ただいま、奏ちゃん」

真っ黒い髪に、黒のタートルネックとジーンズの格好の彼に笑顔で言うと、奏ちゃんは子供みたいな、少しだけ拙い笑顔をふにゃりと浮かべた。
彼は現在私たちが居候しているこの部屋の主であり、年齢不詳、名前も同上。彼のサーヴァント以外には正体は一切不明のミステリアスな子なのである。なのに何で私が彼を奏ちゃんと言う固有名詞をもじったような愛称で呼んでいるのかっていうと、答えは簡単で、ただ単に彼のサーヴァントその1が、彼の事を「奏者」と呼んでいるからだ。
奏者だから奏ちゃん。うん、我ながら可愛くていい名前を付けたものだ。

「おつかれさま。見回り大丈夫だった? ごめんね、僕、何も出来なくて………」
「いいのよいいの。無償で間借りさせてもらってるのに、これくらいしかできないのがむしろ悪いくらいなんだから」

それに、ちゃんとうちのサーヴァントもついてきてくれたし、と今はもうすでに屋根の上に見張りに戻ってしまった自分の槍を指差して示すと、奏ちゃんはほっとしたように「よかったぁ」と顔を綻ばせた。
うん、それを見ただけでも、今日1日の疲れが癒されるというものだ。

「それに、いつも通り私の結界は最高の出来だったし。サーヴァントにだって、キャスターでもない限り場所を感知させない自信があるわ」

ふふん、胸を張って高笑いのポーズをとると、奏ちゃんはふんわりとした笑顔を浮かべたまま、ありがとうと言ってぱちぱちと拍手をした。
特に誇れるほど代を重ねていないため、魔術は2流3流止まりな私だけども、こと結界においてはかなりの自信がある。
もうすぐご飯が出来るよ、と言って今の方に先に向かった奏ちゃんに了承の意を伝えて、靴を脱いで私もそれに続く。
そして廊下の突き当たりに位置する扉から顔半分だけを覗かせた金髪の女の子に、思わず笑みがこぼれた。

「ただいま、エクストラちゃん。遅くなっちゃってごめんね。それとも、君は私がランサーもろともくたばってた方が良かったかな」

にこにこと笑ったままそういうと、彼女は嫌そうに眉をしかめて私を睨んだものの、そのまま何も言わずにさっと扉の陰に身をすべり込ませてしまう。
けれどそのあと小さな声で「おかえり」と「さっさと手を洗って来ぬか」という言葉をいただいて、彼女が今している表情を思い浮かべただけで、あんまりにも可愛くって変な声が出そうになった。

彼女こそ、先ほど言っていた奏ちゃんのサーヴァントその1だ。
真名はあえて伏せておこう。通常の7つのクラスのどこにも属さない彼女を、奏ちゃんは「エクストラ」と呼んでたいそう懐いている。もう1人、正規とは違うものの彼らが「アーチャー」と呼んでいるもう一人のアーチャーが、奏ちゃんのサーヴァントその2。彼ら3人は、まるで小動物のように身を寄り添って、互いをとても慈しんでいる。見ているこちらが、眩しくなってしまうくらいに。
彼と彼女がここにとどまっていられるのがあと2週間もないことを奏ちゃんが理解しているのかは、私は知らない。
というより、どっちでもかなわない。彼が知ったうえで覚悟を決めて2人とある種家族のように過ごしているのか、それとも何も知らないまま、漠然とした事しか知らず、その時になって絶望し慟哭の涙を流すのか。どっちだって、行き着く結果は変わらないのだから。
それに私だって、同じ身の上だ。もしかしたら彼らが消えてしまった後に、寂しくてたまらなくなってしまうから、彼と傷の舐め合いでもしたいがために、私はここにいるのかもしれない。
現在、一応私は彼らと協力をする関係にある。私自身、聖杯は別に欲しくないし、最後に私たちだけになったら聖杯も現れるだろうから、こちらに害のない願い事をしていただければ良いという適当な感じで組んでいる。
まあ、先に言った通りエクストラちゃんはもちろん、奏ちゃんのもう1人のサーヴァントにも警戒されているにもかかわらず組めているのは、ひとえに奏ちゃんの一言のおかげだ。

「僕たちが敵になる理由がないんだったら、呉羽ちゃんと一緒にいたほうが、きっと安全だよ?」

だって、もうエクストラの真名ばれちゃってるんだから、他の人に言われないようにするためにもさ。……………だめ?
彼に眉を下げてこわごわと上目遣いで強請られると、彼のサーヴァント達は絶対に断れないみたいで。
そして彼の言うことがもっともなのもあって可決とされたそれだけど、それでもまだ、私は奏ちゃんにしか信用されていない。
どうも、私が初めて会ったときに彼女に言った一言が、よほど警戒されてしまったみたいで。

「あら、こんにちは。第5代ローマ皇帝さん」

それがまずい一言だと気付いたのは、後ろにいた私のサーヴァントがあーあとでも言いたげな呆れた目線をこっちに送ってからだった。
やっばい、と思ったものの、あちらのサーヴァント2人はすでに臨戦態勢で。
あそこで奏ちゃんが「わあっ、どうしてエクストラの名前知ってるのっ?」と空気を読まずに割って入ってくれなかったら、今頃私達は死んでいた。まさに奏ちゃんさまさまである。
まあ、一目でいきなり真名言い当てられたら、誰だってなんだこいつってなってもしょうがないか。
私が魔術以上に自慢としているのが、様々な国の歴史・神話・物語についての深い知識。
どこのどの時代のどういう服装か。それだけでなく、その時代特有の話し方、言葉の微妙なイントネーションの違いだけで、それがどこの英雄かを当ててしまう。
言ってしまえば、この身は膨大な情報量を有する歩く英雄辞典だ。それでも何故だか奏ちゃんのサーヴァントその2の真名だけは当てられなかったけれど、それでも、例え史実と性別や容姿が違っていても、その他の要素を的確に当てはめていっているうちに、私はこの聖杯戦争で誰よりも早く全てのサーヴァントの真名を突き止める事が出来た。
もっとも、それがあるからこそ、先生は私をこの聖杯戦争に連れてきたんだろうけど。

そんな風にこれまでの経緯をつらつらと思い返しながら、奥のベランダへ出て、そこからアパートの屋根に上る。
そして姿避けのマントを羽織って、一心に冬木大橋のあたりを眺めている、彼的には見張っている、自分のサーヴァントに声を掛けた。

「調子はどう? …………ランサー」
「…………異常はない」

ランサー、と呼ばれは私のサーヴァントは、ちらりとこちらを一瞥するとすぐにまた視線を前へ向けてしまい、そのまま事務的に今の状態を告げる。
その頬には、何かに侵されたように、赤黒い刺青のようなものが張っている。かつて美しいダークグリーンだった彼の武装は薄汚れたようにくすみ、あんなにも澄んでいた金の瞳は昏く淀み、彼の肌が見えている箇所には、頬と同じくおぞましい赤黒い影のようなものが、彼の身体を侵していた。

「はあ……可哀相になぁ〜。前はあんなにも色んなことに前向きではきはきしてた貴方を、こんなにしちゃったのはどこのどいつの先生でしょうね、ディル?」
「可哀相……?」

立て膝を立てた彼の腿の上に体を横たわらせて、夜空を背景に自身の槍となった彼を見上げると、ディルは少し不可解そうに小首を傾げて、それからすぐににやりと一種のおぞましさを感じさせる笑みを浮かべた。

「何故だ? この身は今や忌々しい束縛から放たれ、オレを結ぶのは甘やかな契約だけだというのに。呉羽、お前はオレを手にしてなお何の不満がある」
「ははは、結局令呪には縛られてるじゃん。馬鹿だなぁ。私がディルと一緒にいて、不満があるわけがないでしょう?」

よいしょ、と彼に向かって手を伸ばすと、ディルが撫でやすいように頭を下げてくるのをわしゃわしゃと撫でる。
奏ちゃんのサーヴァントその2みたいに真ん中を除いて綺麗に撫でつけられていた前髪が下りて、ちょっと幼くなったディルに笑って、その頭を胸に抱きこんだ。
ディルムッド……ランサーは、元は私の先生であるケイネスが契約していたサーヴァントだった。
だって、って過去形なのは、当然、今ディルと契約してるのが私だからなわけで。ならその先生はどうしたんだっていうと、死んじゃった。
先生と、その婚約者さんも一緒に。真っ黒い殺し屋に殺されて。
でも、それが逆にディルと私にはよかったと思ってる。自分の先生とその婚約者死んでるのにその言い草出来る自分は腐ってるなぁとは、考えるたびに思うけど。それでも、今の方が前よりずっとのびのびできているのも事実なんだから、しょうがない。

それまで、私たちの居た所は人間関係の地獄絵図だった。勢力結婚である婚約者さんを振り向かせたいが為に彼女を日本へ連れてきた先生と、それに見向きもせずにディルの魔貌に魅了された婚約者さんと、彼女に慕われつつも何とか先生に認めてもらおうとしながらも、彼の本質を見ようともしなかったディル。それと、うち2人にばれないように、ひっそりとディルと交流を重ねていった、聖杯戦争の同行人である、私。
誰もが誰もの話に耳を傾けようとしない。そんな、ひどく歪な四角角形。自重に耐え切れずにぐちゃぐちゃに崩れるのも、時間の問題だった。
だから私は、崩れゆく関係が加速する元になった、婚約者さんに迫っていた刺客を、そのままにしておいた。
きっと、あれを止めれば、みんな少しはまともな最期を迎える事が出来たんだろうなぁとは、今でも思う。でも、そうしたらさ、ディルを手に入れられなかった。
あのままじゃ婚約者さんの中に仕込んだ種を、死んだと同時に令呪をこの身にうつすための寄生種を、芽吹かせることが出来なかったんだもの。
その結果、いろんなものを呪ったおかげで、ディルは狂ってしまったけれど。でも、私の事は呪わなかった。呪わないどころか、愛してると言ってくれた。
彼が狂う前、1度だけ口にした時は答えてくれなかったそれを、ディルは狂ったら答えてくれた。
我ながら最低。それだけで、彼を狂わせてしまってどうしようと悲嘆に暮れていたこの胸は、そんなのどうでもいいとばかりに高鳴ったんだから。

「…………ねー、ディル」
「何だ?」
「この先、私たちどうなるんだろうね」

ディルの頭を抱きこんだまま、平素を装った声で、そう尋ねてみる。
聞いておいてあれだけど、答えはあんまり聞いてない。答えたところで、ディルにだって、この先どうなるかなんて解らないんだから。
でも、ただ一言、一緒にいるとだけ、言ってくれればいい。
そうすれば、その先何があったって、どんな最期を迎えたって、ディルに向かって愛してるとはっきり告げる事が出来る。
好きよ。魔貌に魅了されたからじゃなく、貴方と付き合っていくうちに、事前と芽生えた子の気持ち。
ディルが好きだって、貴方に言えるこの気持ち。
それが、偽りでないものだって、胸を張れるから。

「………呉羽」
「なあにー」
「その問いにオレがどう答えようと、お前にとって何か益になるとも思えない」
「………うん。そうだねー」
「オレが言える事は、1つだけだ」
「……うん。それでいいよ」

それが良いよ。
余計な事を言ったって、きっと野暮になるだけだもの。ディルのその言葉は、きっと正しい。
サーヴァントとしてでもいい。ただ、私と一緒にいるって言ってくれるだけで………。

「オレは、お前を愛している」
「は…………え?」

当然、その通りの言葉が飛び出すと思っていただけに、ディルの唐突なその言葉に、私は思わず呆気にとられて、間抜け面をさらしたまま、いつの間にか私の腕から抜け出してこちらを見下ろしているディルの顔をぽかんと見上げた。
その顔を見て、ディルは満足そうに唇を吊り上げる。………うわあ。なにその顔超悪そう。

「それで良い。呉羽お前は余計な事を考えず、オレを好きでいさえすればそれで良い。面倒な思考はすべてオレが負う。だから大人しく、お前はオレに執着していればいいんだ」
「え………あ、あの、ちょっと、ディルムッド、さん?」
「うん?」

呆気にとられ過ぎて思考がぐちゃぐちゃになりながら辛うじて彼の顔を窺うように名前を呼ぶと、にこりと絶世の美貌に微笑まれて、もう何だか何も言えなくなってくる。
何だろう。あの黒いのに侵されてから、私のディルは妙に意地悪だ。

「呉羽ちゃーん、ランサー、ご飯だよー」
「っは、はーい。今行き………うわっ!?」

そこでベランダから奏ちゃんの声が聞こえてきて、こっちが見えるように身を乗り出して呼びかけてくれた奏ちゃんにナイスタイミング! と思いながら屋根から降りようとすると、急に強い力でディルに肩をつかまれて、びっくりしている間にその顔がドアップになっていって、気づけば私の口は、ディルのそれによって塞がれていた。
それも、奏ちゃんの目の前で。

「っん! ふぁ、ディル、ちょ……」

家主の目の前で何をしくさってるのかなこいつは!?
動揺する私にお構いなしにしたまで入れてくるディルに流石に抵抗するものの、両腕は彼に抱き締められる形でいとも簡単に封じられて、口内を好き放題に蹂躙される。
上顎を下でゆっくりとなぞられ、じゅっと舌を吸われた時には思わず鼻にかかった声を漏らしてしまって、恥ずかしすぎて死にたくなった。

「はっ……ぁ、はあ………っう」
「いいのか、呉羽。家主を放っておいて」
「それ、間違いなくあんたが言っていいセリフじゃないですよねぇ? ……ってああ!」

やっとのことで解放されて、酸欠にあえぎながら必死に酸素を取り込もうとしていると、ディルに揶揄され青筋を浮かべながら下を見ると、はっとして思わず悲鳴じみた声を上げてしまった。
下のベランダでは、折角呼びに来てくれた奏ちゃんが私達の今の光景を目の当たりにしてしまったばっかりに、頬をリンゴみたいに赤らめてうろうろと困ったように目線を泳がせて、ものすごく気まずそうな顔をしてそこに立っていた。

「っち、違うの奏ちゃんこれは……いや違うというとまた変な感じになっちゃうんだけどでもこれはちょっと色々と違いましてっ!」
「………うん。だ、大丈夫、だよ。僕、初めに呉羽ちゃんとランサーがそういう風なのは、聞いてたし。その、だから、とりあえず僕、2人が来るまで食べずに待ってるから。………ご、ごゆっ、く、り……」
「うわあああああその精一杯の気遣いが胸に痛い!!」

真っ赤な顔をしたまま遠慮がちに笑ってベランダから体を引っ込めた奏ちゃんに何とか弁解をしようと身を乗り出すものの、相変わらずディルに体を強く抱きしめられているのでそれも叶わない。

「駄目だ。お前はおれだけ見ていればいいと言っただろう。家主も今ごゆっくりと言ったのだ。続きといこう」
「いや続きってここで何する気!?」
「言わずもがな」
「ちょっとノット下ネタ&セクハラ! ストップ! ディルストーップ!!」

ごそごそと服の下に手を入れようとするディルに今度こそ本気で悲鳴を上げた。
冬木市聖杯戦争。エクストラ陣営宅は、今日も若干平和です。





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リクエストしてくださった雪様に捧げます。
遅れてしまって本っ当に申し訳ないです! 私ちょっと遅筆にも程がある………。
あと黒ランサーって、黒化したzeroランサーであってますよね? EXTRAとか、アポクリファのほうのランサーじゃないですよね?
違ったら遠慮なくおっしゃってください。書き直します。
これからはもうちょっと更新の頻度を速めていきますので、どうぞ、今年もうちのサイトの子達をよろしくお願いいたします。






2014.6.3 更新





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