クリスマス&お年玉企画 | ナノ

広美さまへ〜五次アサシン夢(特殊設定あり)〜





「何を見ている?」

宵時の空で、ふわりふらりと浮いている私を見上げて、アサシンが、唐突にそんな事を問うてきた。

「空を」

莫迦なこと。こんな夜更けにわざわざ自宅の古臭い屋根の上を飛んで、空まで見上げているというのに、この墨を落としたような空の他に何を見ているというのか。
そう思って答えた私の返答に、私の紫とは比べ物にならないくらい美しい青紫の長い髪を高く一つに結い上げたサムライの亡霊は、何とも可笑しそうに肩を揺らして笑った。

「そうか。それは失礼したな、我がマスターよ。私には、どうも空を通して別の物を見ているようにお見受けしたのだが」
「……………人が折角くつろいでいるのに、余計な口、挟まないで。サーヴァントの癖に、英霊でもないはみ出し者の地縛霊が」
「否定する言葉もないな。いやしかし、だからこそ私は何よりおぬしに相応しいと思うのだが」
「…………。黙りなさい、アサシン」

くそ、忌々しい所を突いてくる。英霊でも何でもない、生前は一介の農民でしかなかったらしいこの男は。この夜の闇の中、月明かりに照らされるのが誰よりも似合っていた。
その浮流が服を着ているような男にちっと舌打ちをしつつも、私もきっちり解っていた。
こんなハンパ者のサーヴァントが、私にとっては一番お似合いなのだと。


私の名前は、間桐呉羽。
この家の当主である間桐臓硯の息子である今は亡き間桐雁夜の一応の娘であり。形式上次期当主である桜お嬢様の世話係だ。
間桐の血もちゃんと繋がってるし、魔術回路もそれなりに持っている。だというのに形だけでも後継者の位置にいるでもなく、逆に養子に入ってきた桜に形式上の後継者の位置を明け渡し、彼女をお嬢様と呼び身の回りの世話をしている。これだけでも、私のハンパ具合はお察しの通りだ。
血もちゃんと繋がっているというのに間桐雁夜の娘の部分に『一応』と付くのは、彼が間桐を出て行く少し前に採取された精子によって人工授精された生命だから。
だから十一年前、桜を助ける為とか何とかで家のドアを叩いた彼は大層驚いたらしい。
そりゃそうだ。ずっと片思いしている女性の娘の為に嫌々家に帰ってみたら、そこには致した覚えのない女の腹から生まれた自分に似た子供がいたんだから。
そして私といえば、いなくなったと聞いていた父らしき人が戻ってきて、最初はひどく驚いて、同時に嬉しかった。
いつの間にかいなくなっていた母とは違って、父ならば私を愛してくれるのではないかと思ったから。
だけど、そんな淡い希望は、私を見た瞬間に言い放った彼の言葉によって、ものの見事に打ち砕かれた。

『何でこの子がいるのに桜を呼んだんだ! この子がいたのなら、桜はそんな辛い思いをしなくて済んだだろうに!』

まあ、確かにいきなり娘がいたと言われても急に情など芽生えないとは思うけれど、いくらなんでも5歳の子供に向かってこれは酷い。と、十一年経って冷静に考えた今でも思う。
お父さんに愛してもらえる、なんて希望に無い胸を膨らませていた私の顔には、その瞬間から無表情に死んだ魚の目がプラスされた。
そのあとも結構な酷さだった。桜が来る前は彼女と同じ事をされていた私は、桜が来てからは用済みとなったのか、逆に魔術師としての最低限の知識を植えつけられる修練を行っていた。それを知った彼は『何で桜がお前の身代わりにならくちゃなかったんだ』と言わんばかりの目で私を見て、頑張って話し掛けようとする私の言葉を悉く無視した。それに対し桜に向けては優しい愛情のこもった言葉を向けるもんだから、幼い私は相当にショックを受けたものだ。きっと、それも祖父の狙いだったんだろうけど。この家の子なのに誰にも愛されない私と、余所から来たのに自分の父に誰より愛される桜。何という扱いの差か。
そのうえ、聖杯戦争中私は父の魔力供給を半分肩代わりさせられたのだから、本当、百害あって一利なしな一年半だった。

絞り取られる魔力の感覚が辛くても隣りの父は私よりも魔力の負担は少ないのに私以上に苦しそうだし、祖父は外道で叔父は暗くて。挙句の果てに目の上のたんこぶな義理の従妹は愛想が無くてつまらない。こんな最低な家が他にあるものかと思ったものだ。
そんな最低な家に来させられた桜にしてみれば災難以外の何物でもなかったと思うけど、でもここに来てなかったら怪異に憑りつかれて死ぬか時計塔でホルマリン漬けにされるか元の家で魔術礼装に加工されるかのどれかだったのだから、今のとその他のとでも、どっちみち人生の積みっぷりに大差はない。
大差ないけど。もし選べと言われたら、今のあの子は、一体どれを選ぶんだろう。

「呉羽」
「うるさいアサシン。話し掛けないでよ、気が散る」

人が考えに耽っているというのに無遠慮に話し掛けてくる、見かけは雅な空気の読めない使い魔にぴしゃりと言いつける。せっかく久し振りに家の人間に口出しされずに月光浴が出来ているんだから、あと数時間くらいはほっといてほしい。

「あと私の事を勝手に呼び捨てにしないで。使い魔なら使い魔らしく口を噤んでいて。それでも呼びたいんなら、せめてマスターと呼んで」
「ははっ、そう怒るな。聞けばそなた、聖杯戦争に参加するのはこれで二度目だとか。命のやり取りをするというのにそんなにも落ち着いているのはそのおかげなのかと、気になってしまってな」
「…………別に、二度目だからじゃないよ。魔術師なんてのはそんな生き物なの。それに十年前はまだほんの子供だったから戦場にもほとんど行かなかったし、実際は親の魔力供給をちょっと肩代わりしてただけ」
「ほう。それが臓硯殿が言っていたバーサーカーか?」
「そう。貴方も戦ったなら解るでしょう。バーサーカーは理性を失う代わりにあらゆるステータスを強化する。でもその分燃費もすさまじく悪い。過去起こった聖杯戦争では、みんなその膨大な魔力供給に耐えられずに自滅してる。一人の例外もなくね」
「なるほどな。確かにあの豪腕は脅威だった。しかし、マスターは今もこうして生きているだろう。前回の聖杯戦争ではおぬしもそのバーサーカーの魔力供給を請け負っていたというのに、何故」

妙に真面目くさった調子でとんちきな事を聞いてくるアサシンに、思わずはっと唇を吊り上げて笑う。

「そんなの、直前になって魔力のラインの切り方が解ったから、切ったからに決まってるじゃない。本来の召喚者じゃない私がそうすれば、自然と負担は全部本来の契約者の父に行く。だからあの人は死んだの。だって、それまで顔も見た事もなかった親の為に命を削って挙句に死ぬなんて、冗談じゃないじゃない」

あんな、実の娘の私よりもどこかの知らない子供を大事にする奴なんて、知らない。自分は私に何もしないのに、私だけあっちに何かを施すなんて、馬鹿みたいじゃないか。
魔術も情も損得も。世の中すべてが等価交換。何もしないで施しをくれる無償の愛なんて、気色悪くて反吐が出る。
あの人は私が何を言っても耳を貸さない、話そうとさえしなかった。だから、そんな必要最低限の対価も支払おうとしない彼を、私は見限っただけ。だって、何かをしてあげた人間に対して代金を支払わなかったんだから、手を切られたって仕方がないでしょう?

「…………成る程な。しかし、マスターの口ぶりでは、まるで父に愛されたくて仕方がないように聞こえるが?」
「な……はぁっ!?」

考え込んでいた私に、不意打ちをするようにそんな戯言を言うアサシンに、驚いて目を剥いた。

「なにっ……何言ってるのアンタ。私は一年前まで顔も知らなかった父親の為に共倒れするなんてまっぴらごめんだって言ったのよ!? 私は別に、気色の悪い無償の愛なんて欲しくない!」
「はは、マスターよ、そんなに必死に否定されては、むしろ肯定しているのと同じことだぞ」
「黙りなさい! 黙って! 何でアンタはそうやって……いつもいつも、頼んでもない人の内面ほじくり返そうとしてくんのよ!!」
「無論。そなたを知りたいからだ、呉羽。そして私は、君を守りたいと思っている」
「は…………?」

その言葉に、唖然とした。
アサシンの言葉にじゃない。何で私の事を知りたいだなんていうのかはともかく、マスターである私を守るなんて、いかに出来損ないであろうとも、サーヴァントとして当然の責務だ。
知っている。そんな事は知っている。………なのに。
それなのに、私はどうしてか嬉しかった。そう感じた自分に、唖然とした。
この世界には何一つ、私を守りたいなんて言う存在があるなんて、考えた事もなかった。私は中身のない胡桃の実。薬になる事もなく、毒にすらなる事も出来ない、出来損ないな、カラスでさえ食べる事のない、不出来なカラカラの木の実。
そんな世界中の誰の感心も持たれない、持たれなかった私を、そう言ってくれ事に、びっくりして。
それが、サーヴァントとしての言葉だと解っていても、嬉しく思わずにはいられなかった。

手を引かれるままに、影で作った蝶の翅で浮いていた体がアサシンの方に引き寄せられる。
そのまま流れるように腕に抱かれて、死んでいる筈のその温かさに、訳も解らず泣きたくなった。

「なあ呉羽よ。過ぎた父の幻影に縛られ生きるのは、いい加減馬鹿らしいと思わないか」
「違うって言ってるでしょう………そんなの、アンタが勝手に押し付けたレッテルでしかないじゃない」
「いいや、それは間違いなく君の本心だ。私は、今君の1番近くにいる。その私が言うのだ、間違いはあるまい」
「ふざけ…………っ」

文句を言おうと顔を上げて、アサシンの瞳と目がかち合う。
その目があんまり優しげで。まるで年の離れた妹見ているみたいで。
もらえるはずの形だけでもの継承権も、父の愛も、少しだけお兄さんな従兄妹の情も何もない私には、仮初のそれがあまりにもキラキラと光って見えて。
それ以上気を張って、拒絶する事が出来なかった。

宥めるように頭を抱かれて、力なくアサシンの肩に顔を埋める。
夜風にさらされた着物は冷たかったけど、私の背中を抱く腕と頭を撫でる手は温かくて。それがまるで生きているようだと思ってしまって、耐えていた涙がこぼれて、少しの間だけ、彼の広い体に隠れて泣いた。
アサシンのこれが、純粋な優しさなのかも、憐みに満ちた状なのかも、ただおじい様に命じるままにしたのかも、何もかも解らなかったけど。
何者にも踏み込ませなかった私の世界で、私達は2人きりでいた。

小次郎、と言った私に、彼は何も返さなかったけど。
少しだけ抱く腕に力こもったのが悔しい程に暖かで、穏やかで。
睫毛に溜まった雫がまた1つ落ちるのを感じて、だからサーヴァントなんて呼びたくなかったのにと、この一月も続かないと解りきっている幸福を、少しだけ呪った。





*******
リクエストして下さった広美様に捧げます。まずは、遅れてしまって大変すみませんでした。
提示していただいた設定をなるべく組み込めるように書いていったんですけども、最後にヒロインがいつの間にか泣いちゃったので、料理とヒロインの属性を全部出す事が出来ませんでした。
本当は最後は桜を出して属性の事とか料理の事とか士郎と一緒に出そうとしたんですけど、アサシンが勝手に妙にホストみたいなことをし出したので……いやほんと、全ては私の脳内にいる小次郎が悪いんですよ。嘘ですごめんなさい。
因みに最後の方でヒロインがアサシンの事を地の文で「彼」と言っているのは、アサシンをサーヴァントじゃなく1人の人として認識してしまったから、みたいな裏設定的なものがあります。
とにもかくにも、遅れてしまいましたが、楽しんでいただければ幸いです。それでは、今年もうちのサイトの子たちをよろしくお願い致します。






2014.3.3 更新





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