Fate/エイプリルフール | ナノ

らいだーとうぇいばーと




奔る、奔る。
征服王が誇る天の牛車は、聖杯戦争が終結した今でも、変わらず頼もしいまでのスピードと神秘を纏って無人の行動を駆け抜ける。

「AAAALaLaLaLaLaie!!」

手綱を握るライダーの声に応えるように、天より使われし雄牛はその健脚を更に強く地に打ちつける。
そんな戦車(チャリオット)の中に乗ったウェイバーとマスターは、しかしその凄まじいスピードに目を輝かせる事はなく、むしろ顔を曇らせて、彼等を追いかけてくる人物を見据えたままだ。
あの神威の車輪(ゴルディアスホイール)に負けず劣らずな凄まじい砂埃を上げて迫ってくる普段はキザで厭味ったらしい赤い騎士は、相変わらずこちらを瞬きもせず見つめて追って来きている。
その鬼気迫る様子に、やはりウェイバーは思わずひっと悲鳴をもらした。

「おい、ライダー! どうするんだよ、あいつ全然引き離せてないぞ!?」
「ううむ、そうは言われてもなあ。これ以上のスピードを出してはこの道そのものが壊れてしまう。聖杯戦争でもないのにそんな事になったら坊主、教会の監督役にペナルティを科せられるのは貴様であろう。ま、このまま持久戦に持ち込めば余の戦車が負ける事はまずあるまい」
「そっ、……そりゃあ、そうだけどさあ」

ライダーの言葉に二重の意味で頷くウェイバーとは反対に、マスターは先程から一言も話さずじっとアーチャーを見据えている。
その普段とは打って変わった清流のような清廉ささえ感じられる空気を纏うマスターに、ウェイバーは思わず息を飲む。
この顔は、そう。丁度、数ヶ月前に終わりをつげた聖杯戦争で、彼がしていた顔によく似ていた。

「…………来るよ」

小さく呟いて戦車の縁を握るマスターにウェイバーが首を傾げると、マスターはそれには応えず、ただ振り返ってライダーに言葉を投げかける。

「右に避けて、ライダー」
「むっ?」

必死さは感じられないものの、どこか有無を言わせないマスターの口調にライダーはきょとんとしながらも言われた通りに戦車を右に移動させると、次の瞬間、先程まで戦車が走っていた場所が、チュドーンという破裂音と共に吹っ飛んだ。

「は……はああああ!?」
「次、来るよ。構えてて」
「いやいやいや待てよおい!! お前のアーチャーどんだけ怒ってんだよ! ていうかあいつの敏捷ってCくらいじゃなかったか!? 何であんなに速いんだよ、僕のライダーの戦車に追随してるってどおいう事だよおいいっ!」
「うーん……それは、流石に僕もよく解んないなあ」

仰天するウェイバーを余所に冷静にライダーに指示を飛ばすマスターを見て、半ばパニックを起こしながら癇癪を起こすようにウェイバーが叫ぶと、マスターの方も困ったように眉を下げる。

「おかしいなあ。アーチャーはエクストラと違って普通の筈なんだけど。……それにしても、なんであんなに怒ってるんだろう。この間アーチャーの分のプリン間違って食べちゃったけど、それまだ根に持ってたのかなあ。ちゃんと謝ったし僕のおこずかいで買い直したんだけど」
「ちげええええええ! 何でわかんないんだよ! バカか、聖杯戦争に参加するマスターはバカばっかりか!!」

ぐあああっと顔を両手で覆って仰け反って叫ぶウェイバーをマスターは不思議そうに見てから、すぐにはっとしてライダーに指示を飛ばした。

「ライダー、次は多分散弾みたいに矢が降ってくるよ。躱せる?」
「ふん。余を誰だと思っておる。騎乗兵(ライダー)の名は飾りではないわ!」

次の矢を番え始めたアーチャーを見てその種類を瞬時に理解したのか確信を持った口調で尋ねるマスターに、ライダーはにやりと不敵に笑って返して、シパン、と手綱を跳ねさせた。
それとほぼ同時に空高くにアーチャーが放った弓やは、初めこそ一本の屋だったが、高度が限界までに達すると、それは何十もの矢に分裂し、神威の車輪(ゴルディアスホイール)に降り注いだ。

それを見たライダーはにやり不敵に唇を吊り上げると、「伏せて床にしがみついていろ」とウェイバーとマスターの頭を押し付けるや否や、戦車の車輪から昼だというのに眩いまでの紫電を走らせ、今までとは比べ物にならない程の敏捷さで、降りそ側数多の矢を1つの怒らず綺麗にかわして見せた。
その鮮やかな技術に見惚れながらも、はっとしたウェイバーはあまりにもあんまりなアーチャーの行動に憤慨して後ろを睨みつけた。

「何考えてるんだよあいつ! こっちには自分のマスターもいるっていうのに、こいつごと僕等を殺す気か!?」
「いや、本気で殺す気なら当にこの戦車は破壊されていたであろう。余の戦車に食いつくほどのスピードで走りながらも、まだ余力も見せているにも拘らず攻撃に移る間隔が長い。投影する宝具のランクもC以下だ。恐らくあ奴は戦車そのものではなく車輪を狙っているのであろう」
「うん。そうだと思う。そうじゃなきゃ、こんなに簡単に避けられないよ。アーチャーは多分、ある程度手加減して射ってきてると思う」

ガラガラと猛スピードで掛ける戦車から身を乗り出してアーチャーを見つめて言うマスターに、ライダーはいかんともしがたい顔で髪をかきむしる。

「まさか余がアーチャーに手心を加えられる事になるとわな。本来なら屈辱にいもう所なのだろうが、今の攻撃が本気ではない異常そう駄々をこねてもいられんな」
「それ以前にいい年こいてこねようとすんな! ったく。でも、これじゃある意味イタチごっこだ。ライダーが速度を上げるそぶりを見せればアーチャーは攻撃を仕掛けて来るし、仕掛けられた以上、こっちも速度を上げて応戦するしかない」
「………ふむ。随分と難儀な事になっているようだな」
「ああ。そうなんだよまった、く………?」

不意に聞こえた可憐な声に返事をしかけて、ウェイバーがはっとして声のした方を振り向くと、いつの間にかライダーの戦車の縁に足をかけてしゃがんでいるエクストラが、じっとマスターと彼を見つめていた。

「うわああ!? なっ、お、オマエ!」
「強い魔力の奔流を感じた故、もしやと思い来てみれば案の定だ。奏者よ、そなたは本当によく騒動に巻き込まれるな」
「巻き込まれたのは僕の方だよ! それに対して、お前は僕に何か一言でも言う事があるんじゃないか!?」
「? はて。これといってないが」
「〜〜〜〜〜っ!」

きょとりと不思議そうな顔をして小首を傾げたエクストラに、あまりの話の通じなさに悶絶するウェイバーだったが、彼女のはそれにはお構いなしに、パッと閃いたように顔を上げ、自信満々にウェイバーを指差した。

「む。待て。解ったぞ、『災難だったな』だな!」
「ある意味そうだけどそうじゃない!」

だあーっと叫ぶウェイバーにまた首を傾げながらも、エクストラは頬を杖をついて、後ろのアーチャーを見て目を細める。

「しかし、あ奴珍しく本気で怒っているな。いったい何があったというのか」
「そんなの決まってるだろ。お前のマスターが今日一日触れまわった嘘の所為だよ。お前だって知ってるだろ?」
「えっ?」

呆れたように返したウェイバーの声に応えたのは、呆然とした顔のマスターだった。
今回のその件に、彼に悪気は全くない。ギルガメッシュや言峰に唆されたといっても、彼が自分で選択し、むしろある意味よ彼と思ってした事だ。
それだけに、マスターはそれがアーチャーの怒る原因だとは露程も考えなかった。

目を見開いて呆ける彼の目に今までにない怖れと哀しみの色を見つけて、ウェイバーはぎょっとして慌てて弁解に入った。

「ちょっ、待っ。その、お前に悪気がない事は知ってるぞ!? お前のアーチャーだってちょっと誤解してるだけだって! 説明すれば解ってるれるだろうからさっ。だ、だから、あの……そんな顔すんなって!」
「だって、あーちゃー……」

ぼんやりとしたまま顔を俯かせるマスターにウェイバーが更にあわあわと慌てると、それを見ていたエクストラが不意に少しだけ怒った顔をして、マスターの両の頬を、パンッと勢いよく両手で挟んだ。
頬を潰されて驚きから目に焦点の戻ったマスターがエクストラを見上げると、まだ怒った顔のエクストラは、彼を叱るように言葉を伝えた。

「そのような顔をするでない。今は事態の解明など必要ないのだ。そなたはとにかく自分の意思をしっかり持つのだ。己が良しとして行ったのなら、例え結果が良くなくともどーんと構えておれば良いのだ! 余だったら間違いなくそうするぞ!」
「エっ、エクストラ………」

あまりにも堂々と理不尽な事を言い切ったエクストラに一瞬呆気にとられて、次いで、マスタふっと可笑しそうに、少しだけ楽しそうに破顔した。

「ふふふっ。ふん、そうする。やっぱりエクストラはすごいね」
「当然だ。余は万能の天才だからなっ!」

褒められたのが嬉しいのか、頬が緩むのを隠しきれずにふふんと得意げに胸を張ったエクストラは、次にまた突拍子もない事を言い放った。

「ここでライダーの手を借りて逃げても意味はないだろう。アーチャーの関係なら、やはり我らだけの手で決着をつけるものだ」
「………うん。そうだね。そうするべきだ」
「うむ。というわけでだ、奏者。跳ぶぞ!」
「え?」

跳ぶって、どこに? とマスターが問うよりも先に、エクストラはぴょん、と何の気負いもなく戦車から飛び降りた。
アインツベルンの森に程近いこの道はがけに面して道路が作っており、飛び降りたエクストラは、目下に広がる森へと一直線に落下しながら、至極楽しそうな笑顔で、マスターに向けて両手を大きく広げて見せる。

「来るがいい、奏者よ!」

いや無茶言うなよ! と咄嗟に思ったウェイバーだったが、その言葉を受けたマスターは一瞬だけぽかんとした顔をしたが、その次の瞬間にはもう戦車の縁に足をかけていた。

「バッ……! おいいくらなんでも無茶だってっ。死ぬかもしれないんだぞ!?」
「大丈夫だよ。エクストラが呼んでるんだから」

咄嗟に引き止めようとマスターの服を握るウェイバーににこりと信頼しきった笑顔を向けて、マスターはそっとウェイバーの手を引き離すと、あっという間にモモンガのように両手を広げて、先程のエクストラと同じように飛び降りていってしまった。
両手を広げて真っ逆さまに落ちて行ったマスターはその下で待ち構えていたエクストラにしっかりと抱き止められ、2人で森の中へと落ちていく。
ありえない。上手く行ったから良いものの、絶対に受け止められない確率の方が高かったのだ。それなのに、エクストラは当然のようにマスターを呼び、彼はそれに当たり前のように応えた。
あの信頼しか感じなかった笑みが誰に向けられたものかなど、言うまでもない。
唖然としてその様を見つめていたウェイバーをリアルに引き戻したのは、一瞬爆発音かと疑う程のライダーの笑い声だった。
空が裂けるのではないかと錯覚するほどの大きな笑い声に、ウェイバーは思わず手を耳で覆って顔をしかめる。

「うるっさいな! 何だよ。何がおかしいっていうんだよオマエ!」
「ふっ、これが笑わずにいられぬものか。坊主よ、あ奴らの絆はまっこと海よりも深く空よりも高い。余が生前に築いた臣下たちの絆すらも、もしかすれば届かぬ程かもしれん。そんな者共の仲が、あのような些末事で壊れる筈がなかい。あの小僧の心配は全くの杞憂よ!」

はっはっはと呵々大笑するライダーに呆れた視線をよこして、ウェイバーは溜息をつきつつ戦車から身を乗り出して、瞬く間に遠ざかっていくマスター達といつの間にか進路を変更し彼等を追うように森へ降下して言ったアーチャー見やる。
全く、見れば見るほど可笑しなコンビだ。3人が3人とも全く性質が違うのに、集まればパズルのようにぴたりとはまる。
そもそも、あの男の心配は無駄な事くらい、ウェイバーだって解っていた。

「…………というか。まるで、ヒロインを追いかける悪の親だまだな、あの赤い奴」

強烈すぎる鬼ごっこを続行し、あっという間に米粒ほどの大きさになって行ってしまった3人を見て、ウェイバーは大きく溜め息をつきつつ零す。
となると、今マスターを抱えて凄まじいスピードで突っ走っているエクストラは、さながらヒロインを助けに来た王子様、と言ったところか。
まあ彼女は姫と呼ばれると怒るらしいので、それくらいがちょうど良いと言えば良いのかもしれないが。

よくよく見てみればあまりに微笑ましい光景に、ウェイバーの顔に珍しく皮肉気ではない、純粋な笑顔が浮かぶ。

「………ま、頑張れよ。3人とも」

小さく微笑んで戦車の縁に肘をついて頬杖をつきながら、ウェイバーは柄にもなく、ごく自然に彼等の幸せを願っていた。