Fate/エイプリルフール | ナノ

ごにんめ、そしてしゅうまくへ




一方その頃、自身の真っ赤な剣達が十中八九良くない意味でこちらに向かっているのに全くといっていいほど気付かないまま、マスターはライダー陣営とほんわりとした会話を楽しんでいた。

「ふうん。じゃあ、そのレポートを有無を言わさず破られちゃったことが原因なんだ。ウェイバーくんが聖杯戦争に参加するようになったの」

大判焼き片手にのほほんと相槌を打つマスターに、ウェイバーは同じく大判焼きを握りしめて大きく頷いた。
中の餡子が飛び出そうな程に力を込めるウェイバーに、マスターは小さく苦笑する。
ちなみに、ライダーはその後ろで両手いっぱいに大判焼きを抱えて頬ばりながら2人を眺めており、それを含めて全ての大判焼きはマスターの奢りである。

「それで、そのレポートはそれきりだったの?」
「いや。つい最近、もう一度全く同じのをケイネスに出したんだ。丸くなった今のあいつなら、僕の提示した理論の素晴らしさを認められるんじゃないかってね」

ふふんと得意げに笑って全くコピーを取っておいて正解だったとこぼすウェイバーに、マスターは微笑ましげに笑みを向ける。

「それで、結果は?」
「…………レポート破かれなかったし、前回よりは。まあ、良かった」
「そっか。じゃあ、苦労した甲斐があ……」
「だからって! わざわざ何時間も延々と僕のレポートのどこに穴があったのか重箱の隅をつつく勢いで厭味ったらしく言わなくたっていいだろ!? あの根暗ハゲ! 今に見てろ。すぐにあいつがあっと言わざるを得ないくらい、すごい魔術理論を提示してやるんだからな!」

マスターの言葉尻を遮ってこぶしを握り高らかに志しを新たにするウェイバーに、マスターはつかの間呆気に取られたようにきょとんとして、その熱意に燃えるウェイバーに、微笑ましげに目を細めた。

「うん。頑張ってね、ウェイバーくん」

当たり前だろ、と喧嘩腰な勢いで啖呵を切るこの可愛らしい少年に、マスターはにこにこと笑いながら、嬉しそうにぱちぱちと手を叩いた。
そんな調子でウェイバーの話を中心に談笑をしていると、何回かの話題が終わる頃、ウェイバーは怪訝そうな顔をして、睨みつけるようにマスターに目線を投げつけた。

「………で、何であんた、アインツベルンの所に行くのに郊外の方に向かってるんだよ。今のあいつらの拠点は遠坂の家の方角だろ」
「うう…………」

じと目で厳しい口調で問うウェイバーに、マスターは痛い所をつかれた、というように眉を下げ、身体全体をしょげさせた。

彼等は今、郊外のアインツベルン城に向かう為、人気のない車道を歩いている。
彼等を当たればコンプリート、という事で、序盤にて勢い勇んだマスターが興奮気味にウェイバーたちに例の嘘を言ったところ、ウェイバーに呆れまじりに「それどう考えても嘘だろ?」と言われた為、早くもあっさりとマスターは彼等にネタばらしをする事となった。
他と違いツッコミ気質で初恋をこじらせてもいないウェイバーは、そんな嘘に騙させるほど天然ではないのである。
マスターがついでに今まで会ってきた陣営についても語り、誰にもそう言われなかったと言うと、歴史を積むごとに魔術師ってのは天然になるのか? と、少し頭が痛くなったウェイバーであった。
そうして、彼らで一応は全陣営を回れたという事で、どうせなら最後に今日一度もあっていない切嗣にも言ってしまおうと、何かあったら心配だからといついてきたウェイバー達と共に、マスターは彼等の本拠地へと足を向ける事となった。
しかし、聖杯戦争が終わってからセイバー陣営は深山町の山の方に越したというのにどんどん郊外のアインツベルン上に向かっていたマスターに、ウェイバーはとうとう痺れを切らせて問い詰めたというわけだった。

「だってぇ………」
「だってじゃない。どうせだから付き合うって言ったのは僕だけど、無駄足はごめんだからな」

じいい、と言い訳は許さないぞと言わんばかりにマスターを睨むウェイバーに、マスターは母親に叱られた子供のようにしおしおと項垂れて、少しだけ沈黙を作ってから、手慰みに手を組みながら小さく口を開いた。

「…………現実逃避、みたいな」
「はあ?」

訳が解らないとばかりに声を上げるウェイバーに、マスターは小さく苦笑する。

「矛盾してるけど、あの家に行くの、ちょっと怖いんだ」
「怖いって、なんで」
「………だって。あそこには、きっとアーチャーとエクストラがいるから」

普段の彼には到底似合わない、自嘲するようなその表情に、ウェイバーは思わずばつが悪そうに眉をしかめた。
彼と彼のサーヴァント達が、他の陣営とは比べ物にならないくらい並々ならぬ仲である事は、ウェイバーとて先の聖杯戦争中に知っている。そのサーヴァントが、最近そのマスターの元にいないという事も。最近やたらと1人で行動するようになったマスターを見ていれば解る。
その彼の態度を見るに、どうやら彼のサーヴァントは、そのアインツベルン達の所にいるらしい。

「さっきね、ウェイバーくん達に会う前に、セイバーとアイリちゃんに会ったんだ。それで、これを機会に踏ん切りをつけに行こうって、思ったんだけど」

ダメだね、と苦笑いするマスターに、いつの間にか立ち止まっていたウェイバーは、同じく立ち止まったマスターに無言で先を促す。
恐らく、そんな事はないと言っても、彼にとってウェイバーの言葉など意味はないだろう。それを言うのが、彼の剣達でない限り。

「僕にとってね、2人は初めての味方だったんだ。何も解らなかった、座り込んでぼんやりしてばかりだった僕を、優しく支えて“ヒト”にしてくれた。今までは、一緒にいるのが当たり前だったんだ。そんな2人がさ、僕の知らない所で、まるでそこにいるのが当たり前みたいにいたら、………立ち直れそうになくって」

だから、わざわざこの遠いかつ彼等のいる確率の低いアインツベルン城に行って、そこにいないのを確認して、初めて本当に決心がつくと言っているのだろうか。
そう意味を込めてじっとマスターを見つめるウェイバーに気付いて、彼はこくんと少し申し訳なさそうに頷く。

「付き合わせちゃってごめんね。でも、やっぱりちょっと、1人だと勇気が持てなくって」

表面上はいつものやわらかなものだが、どことなく顔に陰りのあるマスターに、ウェイバーはぶんぶんと首を振る。
ウェイバーには、特定の大切な人はいない。ライダーは大切と言えばそうだが、彼は自身にとっての王であり、ウェイバーにとって対等の相手ではない。
けれど、今目の前にいるこの男が、自身のサーヴァントを酷く大切に想っている事くらいは、解っているつもりだ。
そうして、彼のサーヴァント達の方もマスターを傍目から見てもはっきりと解るように大切にしていると彼も知っているからこそ、そういった不安に押しつぶされそうになるのも、解っていて―――――

「………でも、こうやって考えてるとね、2人にとっては、嫌嫌一緒にいてくれたんじゃないかなって思えて来て」

………うん?
待て。もしかして、こいつ、とんでもない勘違いをしているんじゃないだろうか。
自嘲するように苦笑するマスターに嫌な予感を感じながら、ウェイバーは顔を引きつらせてマスターを窺う。
いやいやいや、そんなまさか。ウェイバーでさえ、初めて会った時からあのサーヴァント達のマスターの溺愛っぷりというか過保護っぷりというかマジLove1000%ぶりを嫌というほど見せつけられたというのに。まさか肝心の当の本人がそれに気付いていないなんて、そんな訳が………。

「それなのにこんな風にいつまでも執着してたら、嫌われちゃっても、しょうがないかなあって」
「そ…………はああ!?」

………おいおい。それは、嘘だろう?
もしかしなくとも、この男、実は人の好意にトンデモなく疎いのではないだろうか。
唖然として口をあんぐりと開けるウェイバーを、マスターは不思議そうな顔で首なんぞ傾げて眺めている。
それに言いようのない怒りを覚えて、ウェイバーがマスターに一言言ってやろうと口を開き掛けた所で、それは起こった。

「……………あれ?」

わなわなと絶句しているウェイバーを余所に、マスターはふと後ろを振り返って不思議そうに首を傾げた。
その視線につられるようにしてウェイバーも後ろを振り向くと、遥か先に、何やら赤い物体と砂ぼこりが見える。

「あれ? アーチャーだ。どうしたんだろう」

平日の夕方に見るには余りに奇妙なそれに、もっとよく見ようと目を細めるウェイバーを余所に、マスターは当たり前のようにその物体の正体を口にする。
米粒ほどの大きさだというのにあっさりと即答したマスターにぎょっとするウェイバーだったが、まあ他の陣営と比べても自身のサーヴァント殊更仲が良い彼なら可能なのかもしれない、と思えてくるから不思議だ。
しかし、それにしてもなぜこんな所にアーチャーがいるのか。目の前の彼の話では、今日もこのサーヴァントは朝のうちに出かけて行ったらしいので、突然いなくなったマスターを心配して、というわけでもないだろう。
まあその正体が解ったのならいいか、とウェイバーも思い直し、いまだにボケっとつっ立っているマスターにさっさとケリをつけて来いと背中を押そうとして、違和感に気がついた。
まず第一に、速い。アーチャーがこちらに向かってくる速度がとんでもなく速いのだ。
先程まで米粒ほどの大きさにしか見えなかったというのに、もうウェイバーの目でも姿を大まかにだが捉えられるようになっている。今の状況からして、そこまで急く必要もないというのに。
そして第二に、何か……いつもと雰囲気が、違う。遠目でも解る程に、何だか不穏な空気を纏っている。
そしてアーチャーのその表情が辛うじて読み取れる距離まで来て、ウェイバーは思わず顔を引きつらせた。
一言で言うと、怖い。なんか、この前日本の神社特集でみた鬼の銅像と同じ顔をしている。
その鬼の形相を見て、ウェイバーはそこで1つの推測を考えた。
もし、今日彼が街を出歩いて、今までマスターが嘘を言ってきた面々に会ったら、どうなる。
今アーチャーには、マスターにとっては根も葉もない嘘であるし、本人はよく解っていないのだろうが、男にとって大変不名誉なレッテルが貼られているのだ。もし、それを誰かしらから聞いたのなら、いくらあのマスターに激甘な男でも、……流石に、怒る事必至なのではないか。
つまり今、あの男は、霊体化してさっさとマスターの元に追いつく、という簡単な方法も思いつかない程、頭に血が昇っている状態なのではないのだろうか………。

「…………おい、あれ。なんか、すごい怒ってないか……?」
「う……う、ん」

流石のマスターも、アーチャーの尋常では無い怒気を感じ取れたらしい。微かに顔を引きつらせるマスターを横目で見ながら、彼よりもっと恐怖で顔を引きつらせていたウェイバーは、考えるよりも早く、さっきからガンガン警報を鳴らしている己の生存本能に従って叫んでいた。

「らっ、ら、い、ライダアー! 今すぐ神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)を出せええええええええ! 全力でこの場から逃げろおおおおおおお!!!」

死ぬ。じゃないと、絶対に死ぬ。
後に彼こと、グレートビックベン☆ロンドンスターは語る。あの時ほど如何なる場面でもあえて空気を読まずにボケにツッコミを入れる、自分のスキル:ツッコミに感謝した事はなかった、と。




To be continued…