プロジェクターが映し出した映像に、傑作だ、と金の男は笑った。 今、言峰教会の綺礼の自室には、壁の一角をおおうほどの大きな幕が垂れさがっている。そこに映されているのは、まさに今しがた商店街の公園を後にしたマスターだ。 後ろにちらりと映っている愕然とするセイバー達の姿も見えるのが、ただの録画ではない事を物語っている。 事実、彼等が見ているのは、現在のマスターの姿だ。 あの後、マスターにエイプリルフールに嘘をつくようにそそのかしたギルガメッシュ達は、綺礼のアサシンにこのプロジェクターにリアルタイムで映像が送られてくる録画カメラを持たせ、気配遮断のスキルを駆使しマスターの後を付け回せと命じたのだ。 当然、ケイネスや雁夜や時臣達の様子もバッチリ見届けており、更に録画された映像で何度でも楽しめるという寸法である。 腹を抱えて大笑いしながら、ギルガメッシュは愉快げにワインを煽る。 「ふっ。あ奴め、本当にモノを疑うという事を知らぬな」 「そう笑うなギルガメッシュ。それがあの男の美徳でもあるのだから」 けらけらと笑うギルガメッシュに、綺礼もにやつきながら垂れ幕に映されている映像を眺めている。 今の所、彼等の計画は成功だ。いや、成功以上である。 正直、彼等はマスターの演技力に期待などしていなかった。 誰に対しても信じられないくらい素直な彼の事だ。言うとしても相手を騙す気ゼロのにこやな笑顔だろうし、あんな突飛な事を言った彼に、もしも相手がツッコミを入れれば、直ぐに「うん、嘘だよ?」笑顔で答えるに決まっている、と。 実際、マスターはそんな状況になったのならあっさりとそう答えただろう。しかし実際は、理由は知らぬが無意識のうちにかマスターが恥じらいながら言うので、妙に真実味が出てしまったギルガメッシュが彼に教えた嘘は、相手に多大なダメージを与え全員が壮大なリアクションを取るという実におもしろい結果となった。勿論、綺礼とギルガメッシュにとって。 「さて、残るはライダーか」 赤いワインをくゆらせながら、ギルガメッシュは愉快げに唇をゆがませる。 キャスター陣営も候補に入れようとすれば入れられるが、彼等は元からキチガイの類なので、その程度の告白で動じる事もないだろうと除外している。 さて一体どんな決末になるのか。今から楽しみだと、ギルガメッシュは口元をにやつかせた。 エクストラは不可解だった。 本来、今日の彼女は上機嫌だった。 一か月ほど前にアーチャーと2人で計画した作戦がいよいよもって整い、あとはマスターに向けて実行するだけだったのだから。 まあ、実際は2人で準備をするのは少しだけ無理があり、仕方なく衛宮邸を借りそこを作戦会議本部に選んだ所為で、今まで形だけではあっても彼を蔑ろにする事になってしまったのは、彼女にとっても胸の痛い事だったのだが。 しかし、それも今日で終わり。作戦の決行はマスターと3人で囲む夕食時と決めた。その時に彼女達のマスターが浮かべる表情を想像して、エクストラは実に爽快かつ心地いい気分であった。 しかし、今日一日、先日やっとマスターに贈るプレゼントが決まり、浮足立って出かけてしまったマスターを探しがてら街の散策に繰り出した彼女だったが、何故か、会う知人全てが妙な反応を自分に返すのだ。 どこか哀れむような、腫れ物に触るような雰囲気に、流石の彼女も眉をしかめる。 初めは気にしなかったが、それが長引くとさすがに不快になると言うもの。 というわけで、エクストラはすたこらと慌てて逃げようとした雁夜のフードをむんずと掴み、逃げようともがくのを絞め技で抑え込んでずるずると路地裏に連れ込んだ。ちなみに、彼のサーヴァントはエクストラが彼に本気で害を成す気はないと解っているからか、特に何も言わずにとことことその後をついて来ていた。 そうしていっそ言葉攻めとでも言える程に雁夜を問い詰めた結果。彼女にとって実に深いかつ、おもしろい事を知る事になった。 エクストラは無言で、肩に下げていたポシェットの中から年間手帳を取り出す。奇しくも作戦決行定めた今日は、よりにもよって4月1日(エイプリルフール)と記されていた。 「………ふむ。全く、純朴ながら仕様のない奏者よなあ……」 パタム、と手帳を閉じ、エクストラはにんまりと唇を吊り上げる。 その顔を見た雁夜がひっと悲鳴を上げたが、そんな事は今関係ない。 エクストラは雁夜にご苦労だったとだけ伝えて、あとはもう興味が失せたようにさっさと踵を返す。 そして、路地裏から出て、うんとのびを一つすると、 「………まっておれよ? 不埒者め」 そう、獲者(オモチャ)を見つけた仔猫のように深緑の瞳を光らせ、次の瞬間、たんっと身の軽さを最大に生かすような動きで、俊敏に地を蹴り跳び上がっていた。 アーチャーは解せなかった。 今日、買い物の為新都へ行ったり深山の商店街に行ったが、そこで出会った第四次聖杯戦争の参加者すべての様子がおかしいのだ。 新都のオープンカフェでランサー陣営に出くわせば、ソラウには何故か過剰なアクションで後ずさられ、ケイネスはひたすら視線を泳がせて、とても会話にならなかった。 唯一いつもと変わらない様子のランサーに理由を尋ねたが、彼はその問いには答えず、ぐっと力強くこぶしを握って「大丈夫ですよ、アーチャー殿! 私の生きた時代には、むしろそちらが当たり前でしたから。気にせずあなた方の道を突き進んでください!」と力説された。 あなた方、というのはどういう事かと聞いても、ランサーは「おや、貴殿もそのような野暮な事を聞きくのか」というだけで答えようとしない。 話にならない且つ訳が解らなかったが、今は他に優先する事がある為、アーチャーは適当に挨拶をしてさっさと彼等から離れる事にした。 新都での買い物を終え、得買をしている野菜達を買いに行こうと深山へ続く大橋を渡ろうとして次に出くわしたのは、雁夜とランスロットのバーサーカー陣営だった。 久しいな、と軽い調子で挨拶をしたアーチャーに、雁夜はぎょっとしたように目を剥いて数歩後ずさってから、よ、よォ、と不自然に目を逸らしながらぎこちなく右手を挙げて挨拶を返してきた。 先程のケイネスと似通った反応を返す彼にアーチャーが怪訝そうに首を傾げていると、彼の隣にいたランスロットが、微かに申し訳なさそうに眉根を寄せて頭を下げてきた。 「申し訳ありませんアーチャー。不快に思う気持ちは最もでしょうが、何ぶん雁夜は交際経験も性経験も無いものでして。いきなり彼から受けた告白は、その身の無駄に強固で変な所で脆い精神に堪えたのでしょう。どうか、そこには触れぬようお願いいたします」 「あ、ああ………」 「おいこらテメエ何言ってやがる!」 いきり立つ雁夜はスルーして、深々と首を垂れるランスロットに釈然としないままアーチャーが頷くと、バーサーカーは安堵したように薄く笑って口を開いた。 「それでは、困難の多い道でしょうが、どうか弱気にならずに。ご自身のパートナーと歩んでいって下さいね」 「……………?」 バーサーカーの何やら中途半端な助言に、彼は首を傾げる。 君はなったものの先を急がなくてはならなかったので、仕方なしにアーチャーはその場を後にした。 しかし、やはりというか何というか、それだけでは終わらなかった。 とりわけ遠坂家がやばかった。何だか時臣が異常に恐かったし、凛にいたっては会ってそうそう足の脛にローキックを喰らわされた。そのすぐ後に「硬い! 痛い!」と涙目で怒鳴られたのだが。 衛宮邸に着いてからもそうだった。アイリスフィールは瞳をキラキラさせてこちらを見ているばかりだし、セイバーは目を逸らしながらも、気遣わし気にちらっちらっとこちらを見て、かと思えばぶつぶつと何事かを呟いてどこかへ行ってしまう。 やはり気になって仕方がなかったが、こうしていては日が暮れてしまう。自分の家ではいつマスターが帰ってくるやも知れないから、わざわざここの厨房を貸してもらっているのだ。あまり長時間独占してしまっては迷惑だろう。 今まで色々と工夫を凝らし研究した結果、ようやく完成のイメージが出来上がったのだ。だいぶ遅れてはしまったが、今日の夜、夕食時にでも、思い切ってエクストラと一緒に彼にこれと共に伝えなければ。 そういえば、確かエクストラはプレゼント担当と言っていたが、一体何を買ったのだろうか。 そう思いながらも手元の作品が完成した所で、今度は切嗣がひょっこりと厨房に現れた。 なんだろうと首を傾げるアーチャーに、切嗣は意を決したように深呼吸をした後きっとアーチャーを見据えて、 「シロウ………君がサーヴァントとマスターという垣根を越えたっていうのは正直驚いたよ。でも、君が本気で決めた道なら、僕は応援するよ!」 と言って、だあーっと一目散に逃げ去って行った。 しかしそこでついに疑問が頂点に達した為、アーチャーは走り去ろうとする切嗣を捕まえて、何故いきなりそんな事を言うのかと問い詰めた。 すると切嗣はぽかんとして、むしろ不思議そうな顔をしてアーチャーに訊き返した。 「だって、シロウは彼と付き合ってるんだろう?」 「…………は?」 いつも言っているがシロウとは呼ぶなとか、そんな言葉は喉の奥にすごすごと引っ込み、アーチャーはただ意外すぎる切嗣の台詞に愕然として、しばらくの間動けなかった。 「何……だと?」 その、たった一言でありながら信じられない程の怒気が込められた呟きと、そのアーチャーの顔を見た切嗣はたまらず顔をひきつらせた。 アーチャーは無言で切嗣を離し、彼に背を向ける。 つまるところ、今まで遭遇してきた陣営達も、その言葉を真に受けての反応だったのだろう。 無論、切嗣の台詞は全くの誤解であり、アーチャーもマスターもそんな趣味は欠片もない。 だが、今日は4月1日。つまるところ、エイプリルフールである。 そんな日に、誰かがそんな馬鹿げた嘘を思いついてもおかしくはない。だが、他の誰かがそんな事を言ったって、信じる者などいないだろう。そこまで今まで遭遇してきた彼等とて馬鹿ではない。 ならば、それを言った人物は、1人だけ。 「マスター…………!!!」 瞬間、爆走。 いつでもどこでもマスターに甘かったこの男が、初めて彼に対して本気で怒った瞬間だった。 To be continued… |