Fate/エイプリルフール | ナノ

よにんめ




ふんふんふん、と小さく鼻歌を口ずさみながら、マスターは至極上機嫌である。
スキップでもしそうな軽やかな足取りで、彼は今まで出会ってきた陣営を指折り数える。
初めにランサー、次にバーサーカー。つい先程にアーチャー陣営。アサシン陣営である綺礼は、ほぼ発案者と同義なので除外。キャスター陣営も結局どこに住んでいるのかもよく解らなかったので、こちらも除外で良いだろう。

「………となると。あとはウェイバーくん達と」

セイバー陣営たる、衛宮切嗣一行である。
彼等の事はもちろん嫌いではない。しかし、最近の自身のサーヴァント達の事を思うと、今会うのはどことなく気が引ける。
そうこうしている間に、深山町の武家屋敷と洋館を隔てる交差点に差し掛かった。ここの曲がり角を曲がれば、衛宮邸にはそう遠くない。…………しかし。

「……………行きたく、ないなあ」

彼にしては珍しい、昏く渋る声。
マスターはしばらく何とも言えない顔をして衛宮邸へ通じる角を見つめ、しかしやがて踵を返し、そちらとは逆方向の深山商店街へと足を向けた。

ここならばきっとウェイバーやライダーも見つかるだろう、と思っての行動だったのだが、きょろきょろと歩き回っているうちにちらほらと見えてくる甘味所に、マスターは思わずふらふらと足を向け掛けてしまう。
鼻腔をくすぐる、甘いあんこや黒蜜。クレープなどの洋菓子のも捨てがたい。
またもしばし立ち止まり迷ってから、マスターは近くにあった江戸前屋へと立ち寄る事にした。我慢は身体に良くないのである。

「すみませーん。おじさん、たい焼き1つ………」

決めるが否やすぐさまそちらに足を向け、もうすっかり顔馴染みとなった店主に声をかけたマスターはしかし、そこに既にいた先客達に、思わず声を噤み、足を止めた。

「あら、あなた……」
「おや。どなたかと思えば、エクストラ達のマスターではないですか」

銀髪の美しい貴婦人と、その隣に控える、ちらほら尻尾を覗かせるたい焼きの入った大きな紙袋を抱えた、金髪の彼の剣に瓜二つな少女騎士。
衛宮切嗣の妻であるアイリスフィールと彼のサーヴァントであるセイバーを見止め、マスターは何と声を変えて良いのか少し迷って、結局何も言わずに曖昧にぎこちない笑顔を浮かべた。
今のマスターにとって、彼女達は素直に好意を向け難い相手である。なにせ彼等の夫であり主である切嗣と、セイバー自身が、現在マスターのサーヴァントの気を引いている張本人だ。
大切な自信の剣が今ここにいない原因とも言える彼女達に、マスターは無意識に嫉妬心を抱いている。そして、自分で自覚してないにしても、下手をしたら自分が何か彼女達に心無い事を言ってしまいかねない事くらいは、マスターとて解っている。
だからこそどういった行動を取れば良いか解らず動揺に目を泳がせるマスターに、しかしそんな事は露とも知らないアイリスフィールは、彼に会えた事に嬉しげに顔を綻ばせて、パンと嬉しそうに手を打った。

「久しぶりねえ! ここ最近、アーチャー達には会っていても貴方にはなかなか会えなかったから、とても寂しかったのよ?」
「ア、アイリスフィール。それは……」

邪気のない銀色の少女の言葉に反射的に身を固くしたマスターを見て察したのか、セイバーが己の姫に慌てて制止を掛ける。
しかしそれを不思議そうな眼で見つめて、マスターの様子に気がついてないかったアイリスフィールは、やはり嬉しそうににっこりとほほ笑んで、マスターに手を差し出した。

「もし時間があるなら、そこの公園で少しお話をしない? 丁度、今お茶菓子のたい焼きをたくさん買ったところなの」

無邪気にマスターに提案したアイリスフィールに、マスターは少しだけ迷って、やがてゆっくりと、少しだけ苦い笑みを浮かべながら肯定の意を込めて頷いた。






アイリスフィールが示した公園に3人で入ると、4月に入ったというのに、そこで遊ぶ子供の姿は1人も見当たらなかった。
3人は手ごろな椅子に座ると、アイリスフィールとセイバーが買っていたたい焼きを1つずつ手に取った。女性に奢られているだけというのも落ち着かないため、自販機ではあるが飲みモノの方はマスターが財布を開いた。
開けなれないプルタブをマスターに開けてもらい、温かいミルクティを一口飲んで、アイリスフィールはほうと小さく息をつく。
その隣でちびちびとコーンスープを飲みながらその様子をうかがっていたマスターに、アイリスフィールはにっこりと笑った。

「今まで、こうやって貴方とゆっくり話す事ってなかったわね。何だか新鮮だわ」
「………そうだね」

ほんのりとやわらかな口調で口火を切ったアイリスフィールに、マスターはぎこちなく言葉を返す。
彼女に悪い所がないのは解っていても、どういった態度を摂ればいいのか解りかねる。
いつもは考えずにすらすらと口からです言葉は喉元でつっかえ、上手い言葉が見つからず、マスターはむぐむぐと口をもにょつかせた。
それを見ていたアイリスフィールが、少し真顔になって、ミルクティの缶を握りしめながら、真っ直ぐにマスターを見据える。
それにつられるようにして、彼の方も思わずと言った風に背筋を正して彼女と対峙する。

「貴方は……私達の事、きらい?」
「えっ。ち、違う、違うよ。嫌いなんかじゃない………ッ」

どこか不安げに尋ねたアイリスフィールに、マスターは驚いたように目を丸くして、慌ててそれを否定した。
身を乗り出してまで懸命に言い切ったマスターに少し目を見開いてから、アイリスフィールは安心したように、可愛らしく微笑んだ。

「良かった。嫌われてしまっていたら、もう私他に仲良くなる方法を知らなかったもの」
「………僕、アイリちゃん達の事、嫌いじゃないよ」

むしろ、その温かな雰囲気を好ましく思っているのだから。
相変わらず柔らかに言うアイリスフィールに、マスターもやっと彼らしい笑みを浮かべて、彼女達を嫌っている事をもう一度否定した。

「ただ……。最近、アーチャーとエクストラが、ずっと君達の所にいるから。確かに、好きな所に行って良いよって言ったのは僕だよ。………けど、今までずっと3人だったのに、2人とずっと一緒にいられない、から」
「……………まあ」

きゅ、とぬるくなりつつあるコーンスープの缶をぺこぺこと凹ませながらぽつぽつと話し出したマスターに、しかしアイリスフィールは何故か嬉しそうな顔をして、ぱん、と両手を叩いた。
その様子に、セイバーとマスターは怪訝そうに首を傾げる。

「ねえ。それって、とても素敵な事だわ」
「………へ?」

にこやかに笑い、心からそう思っているように言うアイリスフィールに、マスターは思わず目を点する。

「え、な……なんで?」
「だって、それってつまり焼きもちでしょう? そんなの、相手の事がよっぽど好きじゃなかったらしないじゃない!」
「や、焼き………」

きゃっきゃと無邪気にはしゃぐ銀の少女のような貴婦人に、マスターはたまらず絶句する。
自分自身でも持て余している感情を、まさか外部からの言葉で説明されるとは思ってもみなかった。

「焼きもちって、だって、アーチャーにもだよ?」
「あら、焼きもちって、決して異性に対してだけ抱くものではないのよ? 友人に対しても家族に対しても抱くものだ、って、切嗣は言っていたもの」
「ふうん………」

得意げに胸を張って言うアイリスフィールに、マスターは考え込むようにして頷く。
まさか、同性に対しても大切な相手ならば焼きもちを焼くのだとは知らなかった。
自分とて知識に富んでいるなんてお世辞にも言えないが、まさか実質9歳の女の子に教えを請う事になるとは思わなかった。
しかし、そうと解った手も、状況が変わるわけではない。それに、今更だが、自分が彼等の事を好きでも、彼等が同じく自分を好いてくれているとは限らないのだ。
確かにアーチャーもエクストラも過保護だが、それは自分があまりにも頼りないからという義務感故かもしれない。
自身でも今さらと思うマスターだったが、思い始めてしまうと、その考えから容易に抜け出す事はできそうになかった。

「大丈夫よ」

鬱々とした青い顔で考え始めてしまったマスターに、ふと、アイリスフィールが声をかける。
どんよりした表情のままマスターが顔を上げると、彼女は、マスターに言い聞かせるように、じっとその赤い眼を彼に向けていた。

「あの子達は、貴方が大好きよ。貴方が思ってるより、ずっと」
「そうかな……」
「そうよ。絶対!」

自信なさげに言うマスターに参りスフィールの方が自信満々に断言する。
その様に思わず噴き出して、マスターはうん、と小さく笑って頷いた。

「そういえば、アーチャー達がいない時、貴方は何時もどうして過ごしているの?」
「僕? うーん、大抵綺礼くんの所に遊びに行ったり、ギルと一緒にゲームセンターに行ったりかなあ」
「えっ…………言峰、綺礼と?」
「……む。エクストラのマスター、他の誰と共に外出をするのも良いですが、あのアーチャーだけは止めておいた方が良い。あの男は十中八九貴方に悪影響しか与えない」
「ええー?」

途端に眼光を鋭くさせる2人に、マスタは思わず苦笑する。
確かに彼等は見かけやオーラこそそういったあまり良い印象を抱かせないが、だからといって決して中身が全部駄目、というわけではないのだ。
綺礼は自分の趣向に走る事もあるが、こちらが真摯に相談をすれば、決してそれをないがしろになどしない。ギルガメッシュとて、例え面白半分だろうと、まだまだ世界を知らないマスターに、エクストラ達とはまた違った色々な娯楽を見せてくれる。
何やかんやで、彼等の持つ空気に呑まれなければ、ギルガメッシュも綺礼も、一緒にいて楽しい友達なのだ。………まあ。本人達に言ったところで否定されるだろうが。

「アイリちゃんもセイバーも、勘違いしてるだけだよ。綺礼くん達は、2人が思ってるよりずっと良い人だよ?」
「そうかしら……」
「どうだか」

頬に手を当てて欺瞞たっぷりに考え込むアイリスフィールに、むしろ吐き捨てる勢いで言い切るセイバー。
そんな2人を見て、マスターはつい、小さく笑ってしまった。
笑って、自分が先程までのもやもやを溜めていない事に気付き、少しだけ驚く。
人に話を聞いて、その意見を聞くだけで、こんなに心が軽くなるとは思わなかった。

「(……アイリちゃんには、感謝しないとな)」

そう、胸の内でこっそり思って、マスターは今だ不審顔の彼女達に笑顔を向ける。
ほんの少しの時間ではあったが、この時間で、マスターは自分が彼女達の事を、少しだけ好きになった気がした。

「話聞いてくれてありがとう、アイリちゃん。じゃあ、僕もう行かないと」
「あら、もう行ってしまうの? 折角何だし、もうちょっとお話したいわ」
「ありがとう。でも、まだ行かなきゃいけない所があるから」

名残惜しそうにする銀の少女の謝って、マスターはぐっと缶のコーンポタージュを飲み干すと、それを近くのゴミ箱へと投げ入れる。
彼女のお陰で、全てとはいかないまでも心のもやがいくらか軽くなった。ならば、この気持ちのまま、次の標的の元へと向かう方が良いだろう。
アーチャーとエクストラとの、この少しだけぎくしゃくとしてしまった関係を、早く元に戻す為にも。
好きな相手とは、やっぱりもっと一緒にいたい。
そう気を取り直したマスターは、最後に、彼女達にエイプリルフールを告げていく。

「あのね。僕――――」

そうしてしっかりとそれを終えたマスターは、意気揚々を公園を後にした。
後ろで固まる少女達2人には、やっぱり気付かないままで。




To be continue…