Fate/エイプリルフール | ナノ

さんにんめ




修羅場がトラウマになっている湖の騎士と年齢=彼女いない歴のフリーターに深い爪痕を残しつつ、マスターは懲りずにずんずんと深山町を突き進んでいく。
雁夜とバーサーカーと別れてからまた随分と進み、とある三叉路に差し掛かり、さて次はどこへと足を向けようかと明確な行き先を決めようと立ち止まって考えていると、不意に膝に衝撃を受け、がくん、と唐突に所謂膝かっくんをされた状態になった。

「うっ、わ………っ!?」

そのまま後ろに崩れ落ちそうになりそうになり、マスターは咄嗟に全体重を前にかけ、辛うじて前のめりに倒れ、手をついて後ろから引っくり返るのを防いだ。
いきなりの襲撃にバクバクと心臓を跳ねさせながら、マスターは驚きに目を丸くしながら後ろを振り向いた。
そこには、マスターの膝にぴったりとくっついて、嬉しそうににんまりと笑顔を浮かべて彼を見ている、小さなあかいあくまがいた。
にっこにっこと満面の笑みを浮かべているその赤い少女に、マスターはたまらず苦笑いを向けた。

「もう…いきなり跳びついたらダメだよ、凛ちゃん。びっくりするでしょ……?」
「ふふふっ。ごめんなさいっ!」
「もーっ」

未だ彼の膝に抱きついたまま全く反省していなさそうな弾んだ口調で謝る少女――凛に、マスターははあ、と溜息をつきつつ、そこまで怒る程でもないか、と自己解決して凛の丸い頭を撫でた。子供に甘いと定評のあるマスターである。
凛が自分の足からのいたのを見て立ち上がってパンパンと膝の汚れを掃ったマスターは、ふと不思議に思って首を傾げた。

「そういえば、どうして1人でここに? 時臣さん達は?」

雁夜達の話では、今日は遠坂家全員そろって食事をしている筈だ。もう昼食時は過ぎたものの、それでもまだ1人で通りを歩くには早すぎる。
そんなマスターの胸中は知らないものの、疑問に思っているのは感じ取ったのか、凛はああ、と気がついたように声をもらして、後ろの道を指差した。

「1人じゃないわ。今日は桜とお父様達とご飯を食べていたの。今帰っていたところだったんだけど、お兄さんが見えたから、つい走って来ちゃった」

えへへ、と笑っている凛は、それ以外の理由も手伝ってか、常よりも頬が緩んでいる。
今まで言葉には出さなかったが、やはり大切な妹と2度と会えないという数ヶ月前までの現実がその顔に陰りを与えていたのだろう。
そう考えると、やはり桜と会うようにと時臣に直談判したのも報われる。
マスターは優しく微笑むと、自分の腰ほどすらない小さな少女の頭をもう1度撫でた。そうして今微笑む凛を、心から祝福するように。

「(まあ……危うく殺されるかと思ってけどねぇ………)」

よしよしと凛を撫でながら、マスターはしみじみと思う。
本気でキレた時臣程怖いものはない。普段穏やかな人程怒ると恐ろしいというのは本当だったと身を以って知ったマスターだった。


そうして凛と少しだけ話していると、先に走って行った凛を追いかけていた時臣達がやって来た。
マスターは彼等が現れたのを見ると、思わずといった風に笑顔を浮かべる。
時臣と葵に挟まれた桜が、2人と手を繋いで照れ臭そうに微笑んでいるのを見止めたからだ。
時臣はマスターに気付くと、微かに顔に笑みを見せる。

「やあ、君か。久しいね」
「っぁ、は、はいっ。こんにちわ………!」

声を掛けられて、マスターは反射的に背伸びすらしそうな程ピシッと背筋を正し、両手を胴にぴったりと合わせた。
まるで父親に叱られるのを恐れる子供のような反応だが、マスターは時臣には初めて会った時から、ついこうして必要事情に畏まってしまう。
それが無意識下で求めている父性あっての事なのかは定かではないが、ともかくマスターは、自分のサーヴァント達がちょっと拗ねる程に時臣を慕っていた。

「聖杯戦争以来か。元気そうで何よりだ」
「はっ、はいっ。えっと、時臣さん達も、元気そうで良かったです」

マスターに近寄っていう時臣に、マスターも緊張からか頬を赤らめてつっかえぎみに返事を返す。
それにああ、元気だよと頷く時臣を見て、マスターは更に赤くなりながらこくこくと頷く。…………ちょっと、恋する乙女に見えなくもない。

「今、妻と子供達と食事に行っていたところなんだ」
「はい、凛ちゃんから聞きました。今日は、桜も一緒にご飯だって」

そっと葵の肩を抱いて時臣が言うのに、マスターは微笑んで頷く。そしてその間にいる桜の視線に合わせるように膝を折ると、良かったね、というようににっこりと笑った。

「………………はいっ」

その視線の意味を受け取って、桜もきゅっと両親の手を握って、今を噛みしめるように微笑んだ。

それをどこか眩しそうに見ていた凛だったが、ふと思い至ったように小首を傾げた。

「…………そういえば、お兄さん」
「うん?」
「アーチャー達は?」

何気なく尋ねられた一言に、マスターは不意をつかれて固まった。
一瞬だけ顔から全て感情がそげ落とされたマスターを見て、凛はさらに不思議そうに首をひねる。
それを見て、彼は慌てて表情を取り繕った。

「今日は一緒じゃないんだ。2人とも、違う所にお出掛けしてて」
「ふうん………?」

ぎこちなく笑顔を作って答えるマスターに、凛は怪訝そうに顔をしかめ、少しだけ不機嫌そうに頬を膨らませた。

「マスターを放っておくなんて、駄目なサーヴァント達に」
「あはははは……」

つん、と口を尖らせた凛に、マスターは思わず苦笑いする。
それを言うと彼女の父親などどうなのだと言いたくなってくるが、それは言ってはいけないお約束というものだろう。

「私のお婿さんに来れば、そんな寂しい想いしなくていいのに」
「…………へ?」

そんな、あっさりと何でもないように言った凛の言葉を一瞬聞き流しそうになりながらも、マスターは不意をつかれて、きょとん、と目を点にした。
そんなマスターを、当の凛は不敵に笑って見上げる。

「大丈夫。こう見えてもわたし、結構尽くすタイプなんだから」
「へっ…え、ええー? えっと、時臣さん的にはどうですか?」

ずずい、とマスターに身を寄せる凛に、マスターは困り切った顔をして遠回しに時臣に助け船を求めるが、「当人同士の了解があればね」とあっさり了承された。

「まあ、最低でも私よりは強くなくてはとても任せられないがな」
「ええっと……それって、アーチャー込みの戦力でも………?」
「そうなっては、私も王に出向いてもらわざるを得なくなるがね」
「…あ、あううー………」

あごに手を当てて不敵な顔で言う時臣に、マスターはへにゃりと眉を下げて苦笑する。
実の所、ギルガメッシュは前回の聖杯戦争で、一度アーチャーに煮え湯を飲まされている。今でこそ彼等が互いに近寄らないようにしているのもあって大事には至っていないものの、もし何かそれらしい理由が出来たのなら、ギルガメッシュは嬉々としてアーチャーを惨殺しにかかるだろう。
折角無事に聖杯戦争を生き残れたというのに、今更それでアーチャーに死なれては、正直たまったものではない。

「遠慮します……」
「賢明な判断だね」

はははーっと乾いた笑い声を上げるマスターに、時臣は目を細めて頷いた。
なんでもないような顔をして、時臣は相当な親バカなのだ。

「…………あ、そういえば」

遠坂家との談笑に花を咲かせてえいると、ふと結構な時間が立っている事に気付いた。

「ごめんなさい、僕もう行かないと」
「あら、何か用事が?」
「う、うん……まあ」

残念そうに眉を下げる葵に、マスターも申し訳なさそうに肯定する。
名残惜しそうにする凛と桜に手を振って、マスターは最後の仕上げにと、えっとね、と心なしか恥ずかしそうに話を切り出す。
数秒後、理解不能の事態に硬直する遠坂夫妻と、よく解っていなくて首を傾げている桜と、怒りに打ち震える凛が残された。
さて、果たして仲直り以前に、明日までアーチャーは生きていられるのだろうか。




To be continue…