ギルガメッシュに悪知恵もといエイプリルフール用の悪質な嘘を吹き込まれたマスターは、その事を理解していないままに意気揚々と新都へと繰り出していった。 さて、まずは誰を標的にしようかと考えたところで、マスターはふと、自分が全陣営の拠点を把握しているわけではなかったのだと、今更ながらに思い至った。 今まで大会の会場に行けば自然と顔を合わせたし、そう広い町ではない故にぶらりと散歩したら出くわすという事もそう珍しくなかった為に、つい忘れてしまっていた。 新都にある拠点でまず真っ先に思いついたのはケイネスたちランサー陣営がいた冬木ハイアットホテルだったが、残念な事にそこは切嗣が爆破してしまって倒壊してしまったため、いまはもうない。 そう考えると、拠点の行方を1つ分からなくした彼を、少々恨めしく思うマスターだった。 とにかく犬も歩けば棒に当たるとばかりにふらふらと新都を散策していると、デパート近くの洒落たオープンカフェのテラスに、マスターは見慣れた金髪を見つけた。 天然ものの綺麗に光を反射させる金色の髪を後ろに撫でつけて、お馴染みの青い何とも言い難いローブっぽい服装に身を包みいかにも神経質そうな顔をしている男は、今彼が頭の中で思い浮かべていた男そのものだった。 「ケイ……あっ、ソラウちゃんだ!」 ケイネスくん、とその神経質そうな男の名を呼ぼうとして、マスターはその向かいに座った赤毛の美女を見止めた途端、速攻で話しかける相手をシフトした。 まあ、口を開けば嫌みばかりが飛び出す生え際がきわどい男よりも、綺麗な女の子の方に懐くのが、人間関係に置いての自然の摂理というものである。 ソラウちゃーん! と人懐っこい笑顔で駆け寄る彼に気づいたのか、赤毛の美女、もといソラウは傾けていたカップから顔を上げて、彼女にしては非常に珍しい事に、やわらかく目を細めて微笑んだ。 「あら、誰かと思えばエクストラのマスターじゃない。久しぶりね」 「うん。聖杯戦争の打ち上げがあった時以来だね。全然あってなかったからどうしてるんだろうって思ってたんだけど、うん。元気そうで良かった」 「うふふ、私もよ」 とてとてとソラウの側に駆け寄って本当に嬉しそうに頬を緩めて破顔するマスターに、つられるようにしてソラウの表情もやわらかいものになっていく。 一見すると見目麗しい美人が比較的可愛らしい印象を抱かせる青年と仲良く話している実に心癒される光景なのだが、それをどうしても容認できない者がいた。 言わずもがな、ソラウの向かいに座っていた、彼女の婚約者でもあるケイネスだ。 「おい、良いかエクストラのマスター。いくらソラウが美しく煩悩が疼いたとしても、私の婚約者に手を出そうなどと考えるのは許さぬからな!」 「…………へ?」 我慢ならないとばかりに怒鳴るケイネスに、ソラウとマスターは何とも言い難い顔をして顔を見合わせる。 はっきり言って、ケイネスの心配は全くの杞憂だ。ソラウはマスターをぶっちゃけ異性というカテゴリーでくくっていないし、マスターはマスターで、彼にとって1番大切な女の子はどんな状況であろうとエクストラに変わりはないので、こと彼等にいたって恋愛感情など芽生える筈もない。 事実ソラウのマスターに対するそれは、男に対するというよりかはどちらかというとペットを愛玩するようなものに近いのだが、ケイネスにとっては自分のライバルである事には変わりがない。…………その鬱陶しさも、彼が今だやっとスタートラインに立ったは良いものの、そのスタート自体が切れないでいるのを見ると、なかなかに涙を誘うものがあるのだが。 「えっと、確かにソラウちゃんは綺麗だとは思うけど、別に僕、君が思ってるような考えは全くないよ?」 「ふんっ、疑わしいものだ。なにせ、貴様はあのセイ………」 「もう、ケイネス? 折角焼きもちを焼くのなら、もっと素直に焼いたらいいのではなくって?」 考えれば考える程段々悔しくなってきたのか、癇癪がヒートアップしてヒステリックに叫びかけたケイネスを、ソラウが悪戯っぽく微笑んでストップをかけた。 テラスに設置された丸いテーブルに肘を立てて頬杖をつき、小悪魔のような魅惑の笑みを浮かべるソラウに、ケイネスの顔が火を灯したように真っ赤になった。 「……え、ぁいや、その、だな、ソラウっ」 「『私のソラウに手を出すな』、とか?」 「な、ななななななな……っ!」 耳まで真っ赤にしてあわあわとうろたえるケイネスを前に、ソラウは完全に楽しんでいる。 彼女にかかったランサーの魅了(チャーム)を解除(レジスト)し、ケイネスが意を決してソラウに告白をしてから、彼等はしょっちゅうこんな感じだ。 ソラウが戯れのようにケイネスをからかい、ケイネスがそれに真っ赤になりなってうろたえる。 当人達からすれば今だ知人以上恋人未満な関係なのだろうが、傍から見れば見目の良い外人の恋人がいちゃついてるようにしか見えない。 2人がそれを自覚しさえすればもっと事は簡単に進むのかもしれないが、生憎と今それを指摘できる唯一の人間であるマスターは、そんな事には気がつかずに、ただ仲良き事は美しきかな、とほんわかしながら2人を眺めていた。 ………と、そこで、マスターは視界の端に、こちらを気遣わしげに見つめている人影を捕らえた。 深緑の帽子を深くかぶり、中世の仮面舞踏会(マスカレード)にでも出てきそうな変わった銀の仮面で目元を覆っているその黒髪の男を見つけて、マスターは不思議そうな顔をしてとことことその男の方へ向かう。 途端に慌てだす男に構わず、マスターはテラスのはじっこの席でブラックコーヒーを飲んでいた男に近付き、親しげに話しかけた。 「ランサー、でしょう? 久しぶりだねえ」 「なっ、なんと!! エクストラのマスター殿、何故解った!?」 「わかるよぉー。だってその仮面、“魔貌殺し”でしょ? 他ならぬ自分が苦労して譲ってもらったものだもん。嫌でも覚えてるよ」 苦笑してランサーに答えるマスターに、ランサーははっとしたように眉を下げ、申し訳なさそうな顔をする。 「っ………す、すまない。本来、俺にずっとついて回る筈だった宿命を変えてくれたのは、他らぬ貴殿だというのに。恩義を忘れるような発言をした。面目ない」 「良いよ、気にしないで。僕だって好きでやったんだから」 「…………優しいな、貴方は」 笑顔で手を振って気にしていない事を示すマスターに、ランサーはふっと目元を細めて微笑んだ。 顔が解らないよう変装しているものの、その顔の節々から見える甘いマスクだけでも十二分に魅力的なその笑みに、それを運悪く直視してしまった給仕の女性が、ふらりと立ちくらみを起こしたように顔を手で覆った。 彼が今付けている風変わりな仮面は、マスターがとある人形師に頼みこみ、厳しい条件をクリアして苦労して譲りうけたものだ。 それはもう、お前はかぐや姫かというような無理難題を押し付けられたものだったが、それをひいこらとへろへろになりながら頑張ってこなしていたマスターを見て、何を思ったのか、制作者である彼女は、それを途中で取りやめて、無償で“魔貌殺し”を譲ってくれたのだった。 サーヴァントの魅了(チャームの)能力を解除(レジスト)し、かかった者の効果すら削除(キャンセル)させる凄まじい力のそれは、結果、ランサー陣営の人間関係が完全に崩壊する事を防いでくれた。 それ以降、ランサーはマスターに並々ならぬ感謝の念を抱いているのだが、彼からしてみれば、正直大げさである。 自分はただ、友達として、仲良くできればそれいいのに。義理堅いのも困りものである。 「で、なんでそんな隅っこにいるの? 折角ケイネスくんと仲直りできたのに、こんな所にいたら勿体ないよ」 じごく当然のようにそう言うマスターに、ランサーは緩く微笑んで首を振る。 不思議そうな顔をして首を傾げるマスターを見て、ランサーは彼を微笑ましく思いながら見つめた。 彼の顔は、嫌味も邪推も一切なしに、単純に自分の事を案じている。 好いている人が近くにいるのだから、行けば良いのにと。それが何よりの幸福だと知っているからこそ、彼は自分を促している。 彼にしてみれば、自分と主は最近「仲直り」した主従なのだろう。けれど、それは違う。 彼等の関係は、初めから破綻していた。「仲直り」もなにも、そもそも初めから、彼等は「仲良く」などなかった。初めから、解り合ってなどいなかったのだ。 自分はケイネスの「マスター」という役柄にだけ執着し、ケイネスはランサーの自己を認めず、ソラウは自己がなった故に、初めて感じた激情に縋らずにはいられなかった。 全て、誰が悪かったとう訳ではなく、誰もが弱かったが故に、避ける事の出来なかった事だった。 そして、誰もが、それがオカシイという事に気付けていたのに、何がいけなかったのかを気付けなかった。今目の前にいる彼と、そして彼等のサーヴァントを見て初めて、ランサーも、ケイネスたちも、自分たちが間違っていた事に気付けた。 青年を見る度に、ランサーは不思議な心地になる。彼は、今まで見知った誰とも違う、極めて稀な心の構造をしている。 それは、客観的に見て、読みにくく、それでいて読みやすい思考回路だ。 この青年は、いつも不思議な雰囲気を纏っている。 外見にしても、本来の年齢とは、明らかに違った風貌、表情をしているのが常だ。子供のような、愛らしい、無邪気で素直な性根がうかがえる。 彼を色で表すのなら、正しく白。その心に少しも混じり気はなくて、全てに平等に興味を持ち、優しさを配り、声を掛ける。 だからこそ、彼が突出して愛する人間は、掛け値なしに、彼にとっての一部に等しい価値と存在を占めている。 無垢で純粋。全ては自分の赴くままに。どこまでも自由で、誰よりも愛されるべき者たちに愛されている。 色々なものを受け入れて、それでもそれで満足せずに、より良い結果(エンド)があるのならば手を伸ばす。 簡単なようでいて、誰もが出来ないでいる事が、彼にとっての当たり前。 色々なしがらみに囚われて動けずにいた時分とはどこまでも違う彼を、ランサーを少し羨ましく思う。自分も彼のように素直に行動できたのなら、生前の結末も、後世の壊れかけていた主従の仲も、彼に頼らずとも、もっと違うものになったのではないのかと。 まあ、しかし。そうやって憧れている時点で、自分にはないものなのだと、言っているも同然なのだけど。 些末事を頭から切り離して、ランサーは目の前のマスターに変わらない笑みを向ける。 「いや、そもそも、俺は今日拠点にて待機を命じられていたのだ。我が主とソラウ様は、今日はデートに赴いておられる」 「でーと?」 「ああ。しかし、どうしても心配が拭えなくてな。不貞な輩に主達が襲われたのなら、不肖ながら、こっそりとばれないようにお力添えをするつもりでいた。それに、お2人が此度のデート、成功するか気がかりでな。つい、こうして見張るような真似事を」 気恥ずかしげな顔をするランサーだが、彼の本来の目的は後者だというのは十分に窺える。 先程の2人の親しげな様子をバッチリ見ていたマスターは、そんな心配性なサーヴァントに、成る程と頷いて言葉を続ける。 「でも、それなら、まだもうちょっと3人でもいても良いんじゃないのかな。きっとランサーがいた方が、ケイネスくんもソラウちゃんも楽しいと思うよ」 「…………それは、ないだろう」 無邪気に語りかけるマスターに、ランサーは表情だけ笑みの形を作って、そっと首を横に振る。 悪気はなかったとはいえ、彼が彼等にした行為は消えない。偽りの感情を植え付けられた事、偽りの感情を植え付けられた想い人を様々と見せつけられた事。それらをきっと、彼等はずっと赦さない。赦さなくて良い。そういう事を、自分は馬鹿みたいに、出会った全ての男女にしてきたのだから。 無知は罪だ。無能は罪悪だ。だから、ランサーは一生彼等に嫌われたままでいい。自分は好きだけど、同じだけ返される事は望まない。望まないから、だから、せめて彼等の幸せを願う事だけは、どうか許して欲しい。 その幸せになれる筈だった彼等を一度壊したのは他ならぬ自分だというのに、酷く身勝手極まりない。そんな自分に、たまらなく吐き気がする。 そんなランサーの様子を、エクストラ達のマスターは、少し呆れたように苦笑して見つめていた。 「あのね、ランサー。人の事を決めつけるのって、正解のようで、案外一番愚かな考えだったりするんだよ」 「………………は」 ぽつん、とどこか自分に向けた言葉のように呟いたマスターに、ランサーは虚をつかれて弾かれたようにマスターを見上げる。 それと、この無垢に服を着せたような青年が自分を「愚か」と断じたのに、少しだけ驚いた。 「んっと、今のはエクストラの受け売りなんだけどね。あと、「そなた程度の浅知恵で、余の気持ちを勝手に決め付けて終わりにするでない!」って。要は、言ってもらえないと解んないんだから、勝手に自己完結して終わりにするな、寂しいだろう。って事」 そう言って、少しだけ照れたような顔をする、マスターを見て、ランサーはかつて彼がそのような状況になったのだと解った。 咄嗟に何も言えずに黙りこむランサーに、エクストラのマスターは穏やかに、何か物語を語り聞かせるように、そっと続ける。 「やってしまった事を償いたいんじゃなくて、ただ罰してもらわなければ気が済まないだけなら、それはただの自己満足だよ。赦してもらえるはずがない、って決めつけるのは簡単だけど、それじゃきっと意味なんてない。2人の事だけじゃなくて、今までの人達の分の断罪を求めるのは、違うと思う。だって、2人にはそんな責任も資格もないもの。 ちゃんと向き合って、赦して欲しいって願わなきゃ、また同じ事の繰り返しにしかならないよ、ランサー」 「…………貴方は…」 「それに、案外ケイネスくん達も、君と上手く距離をつめられなくてやきもきしてるかも」 そう言って、にこりと拙く笑うマスターに、ランサーは目を見開いて彼をただ見つめる。 「貴方はどうして、そこまで迷わないのだ」と。ランサーが問いを口にする一瞬前に、彼等に声が掛けられた。 「ちょっと、何時まで私達を放っておくのかしら? 折角久しぶりに会えたのに、そちらの殿方にかかりっきりなんて酷いんじゃなくって?」 「おい、そこで下手な変装している仮面男。鬱陶しいからついでに貴様も来い。この駄サーヴァントが」 「あっ、ごめんね。ソラウちゃん」 「へっ、あ、主!?」 不意にかかった件のケイネスとソラウの声に、マスターは慌てて彼等の方へと走り寄る。 一方ランサーは、どうして解ったのかと言わんばかりに目を見開いてケイネスと見つめ、ぱくぱくと魚のように口を開閉する事しか出来ないランサーに、ケイネスは呆れたように眉間にしわを作って溜息をつく。 「馬鹿者。貴様はこのわたしが自分のサーヴァント1人察知できない間抜けだとでも言いたいのか? 全く。自分のサーヴァント程度、どこにいるのかくらい把握できる」 「あ…………」 そりゃそうだ。とランサーは呆然とケイネスを見つめている。 そのランサーの様子に、ケイネスは繰り返し溜息をついた。 「今後一切、このような馬鹿げた真似はするなよ」 「……………はい。申し訳ありません、我が主よ」 しゅん、と項垂れるランサーを見て、しかしケイネスは何故かより一層不機嫌そうに眉間にしわを作る。 「まったく、何でもかんでもはいはいと。貴様は人形ではないだろう。誰も全てにおいて肯定だけしろなどとは言っていない。意見があるのなら、家に溜めずにはっきりと言え」 「素直じゃないのねケイネス。ランサー。ケイネスはね、言いたい事を言わずにいられるのが、信用されていないようで一番傷つくんですって」 「なっ、ソラウ……! ち、違うぞランサー、それは……おい貴様、何を笑っている!」 ふん、と鼻を鳴らしたケイネスをソラウが楽しそうに茶化し、それを慌てて誤魔化そうとしたケイネスが、隣でくすくすと楽しそうに笑っているマスターを見て、更に真っ赤になって声を荒げる。 それが明らかに照れ隠しだと解って、ランサーは半ば呆然とする。 ランサーのその様子を見たケイネスは、隠しても無意味だと悟ったのか、ふいっと不機嫌そうにそっぽを向いた。 「…………大体、だな。そんなにも置いて行かれるのが嫌なのなら、……い、一緒に行きたい、と、素直に言えば良いであろう」 「ぇ……………」 続いて出たケイネスのその言葉に、ランサーは今度こそ本当に動きを止めた。 ……………それは、良いと、いう事なのだろうか。自分なんかが、あなた達と一緒にいても、良いと。 慌ててエクストラのマスターを見たランサーに、その視線に気付いた彼は、悪戯っぽく片眼を閉じてウィンクして見せた。 “ほら、ね? 僕の言ったとおりでしょう?” その目が暗にそう言っているようで、ランサーはたまらず赤面する。 全て見透かされていたのなら、たまらなく恥ずかしい。けれど。 この時代に、この主に召喚されて、良かった。 仲睦まじいケイネスとソラウをその視界に収めて、ランサーは改めて、温かい気持ちに包まれながら、そう思った。 「そういえば、どこかで掛けていたようだけど、どこへ行っていたの?」 今度はランサーも招いて4人席に移って談笑していると、ふとソラウが気になったというように、マスターに向かって問い掛けた。 「ああ、綺礼くんの所に行ってたんだ」 「ああ、アサシンのマスターの」 「ふん。あのような胡散臭い男の元にいたら、胡散臭さが移るであろうが。よくもまあ、そんな男の所へ好きこのんで行けるものだ」 「もう、そんな風に言わないでよ。確かにちょっと最近自分の欲望に忠実な所があるけど、そんなに悪い子じゃないんだよ、綺礼くんは」 いつものように綺礼に対して不快感を表すケイネスに、マスターは苦笑いをしてフォローする。 そこで、ようやく自分がなんのために町を練り歩いていたのかを思い出した。 「あっ、そうだった。僕、みんなに伝えないといけない事があったんだった」 「?」 唐突に声を上げたマスターに、ケイネスたち3人が訝しげな顔をする。 そうだった。今日はエイプリルフール。ギルに折角考えてもらった嘘なのだ。そのまま放っておくのは彼に悪すぎる。 そう思って、マスターはあのね、と3人に向かって伝える。………そう。どことなく頬を染めて、もじもじと恥ずかしそうに顔を俯かせながら。 そういった事に関心がある者なら、すぐにそうではないかと邪推させるような仕草で。 「ぼ…僕、ね。その……なんていうか……」 「えっ!? なになに、貴方、もしかしてそういう人が……」 ひたすら気恥ずかしそうにするマスターに、ソラウが目を輝かせる。ランサーの魅了が解けそういった感情は無くなったものの、その後遺症としてか、その手の話題に敏感に反応するようになった彼女と、声には出さないものの興味津々とばかりにマスターを凝視するほか2人に、マスターは、いよいよ真っ赤になって、思いきって、しかしやはり少しだけ恥じらうように、言葉を紡いだ。 「アーチャーと、僕ね……その、…………に、なって。……あうう、やっぱりなし! ぼ、僕予定思い出したからっ。じゃあね!」 そう言って声を上げるなり、マスターはガタッと音を立てて席を立ち、ひたすら恥ずかしそうにすたこらと走り去って行った。 その場で硬直するランサーの陣営の姿など、気付く事もないままに。 “ひたすら褥で花を散らされる処女のように恥じらいながら、「僕、アーチャーとね……」とだけ言って逃走しろ” それがマスターがギルに教えられた、エイプリルフールの為の嘘だった。 これから彼が起こす波乱を、彼自身は全く自覚しないまま、マスターは無自覚なままに、次なる犠牲者を探しに走り出した。 ただ1つ解る事は、その最初の犠牲者となったランサー陣営は、やっぱり幸運Eだった、という事だけだった。 To be continue… |