Fate/エイプリルフール | ナノ

ほったん




第四次聖杯戦争。
情け容赦のないその戦いは、聖杯の指定したルール変更によって、バラエティー番組形式で開催された。
魔術知識の早押しクイズ。カルタ大会。料理対決。大喜利合戦。毛根危機一髪。冬木市全土を使い行われた借り物競走。レーシングバトル。
最終的にぴこぴこハンマーを使った頭の風船割りゲームによってなんやかんやで聖杯の正体が発覚したり聖杯が爆発したり切嗣が士郎を養子にとったりしたことにより、聖杯の成就は、次なり戦いに持ち越された。
かくして、マスター達エクストラ陣営がなし崩し的に参戦した第四次聖杯戦争は、幕を下ろしたのであった。







そんな、死者ゼロで終結した聖杯戦争。本来なら今日も今日とてアーチャーとエクストラと共にきゃっきゃウフフと遊興を楽しんでいる筈の彼らのマスターは、ぐでっと実にダルそうに教会の綺礼の自室のソファーにうつ伏せて寝っ転がっていた。

「う゛ー……う゛ー………」
「人の部屋に入り浸って奇声を上げるな。子供は子供らしく、外にでも遊びに行ったらどうだね」
「こどもじゃないもん。僕大きいもん」

聖杯戦争中にはギルガメッシュがよく寝そべっていたそこに、今は彼が寝っ転がっている。
正直言ってそのソファーは彼らのものではなく綺礼のものだ。仮眠用のそれは決してお前達を怠けさせるものじゃない、と言いたい綺礼であったが、ギルガメッシュはそんなもので止めるような質ではないし、逆にマスターは遠慮して二度と綺礼に頼らなくなるので、どうしようもない。
聖杯戦争が終了し、最初の数カ月は楽しそうにアーチャー、エクストラ、マスターの3人であらゆる場所に出掛けていたのだが、最近になって、マスターは専らこの綺礼の自室でだらけてばかりいる。
自分のサーヴァントはどうした、と問うた綺礼に、マスターは初め「知らない」とだけ言って、以降は聞くな探るなと言わんばかりにころころと件のソファーで惰眠をむさぼっていた。
確かに、マスターを放っておけない過保護さと単純な好意から彼等は常に共に行動していたが、今ではもう、マスターとてそこら辺に遊びに行ったくらいで迷うほど世間知らずではなくなった。
おまけに聖杯戦争を介して友人も増え、マスターはそれならばと、アーチャー達も自分に構わず色々な所に行ったらどうか、と勧めたのだ。
彼にしてみれば、アーチャーは切嗣ともっと一緒に居るべきだし、エクストラはウェイバーを見てからやたらと構いたそうにうずうずしているのを見ていたので、ちょっとした軽い気持ちだった。

けれど、まあ。後にそれを、彼は些か後悔する事になる。
それというのも、マスターが勧めてからというもの、アーチャーは切嗣達家族にかかりきりだし、切嗣も切嗣で、その団欒の中にアーチャーを加えられて嬉しそうだ。
悔しい気もしないでもないが、元々彼等が家族になることをマスター自身も望んでいたし、アーチャーが幸せなら、彼だってそれなりに幸せだ。
ちなみに、彼等は当然のようにマスターもその輪の中に入れてくれようとしたが、彼はそっと辞退した。
その輪の中に加わるのはきっととても楽しいのだろうけど、マスター自身はそのくくりではなく、エクストラ陣営という輪で満足している。
エクストラとアーチャーとマスター。この3人でいる時が、彼にとっては一番楽しいのだ。
しかし、それにプラスして、エクストラの方もセイバーをからかったりするが最近楽しいらしく、彼女もわりと頻繁に衛宮邸へ赴くようになっているのだが。

「んー……ぅー………」
「どうした」
「ねえ綺礼くん。これっておかしいよね」
「何がだね?」

聖杯の処理についての書類をまとめがてら尋ねる綺礼に、マスターはやわらかいクッションを抱きながら、少しだけ眉を下げる。

「アーチャーもエクストラも楽しそうなのに、僕はそれが嫌なんだ」
「…………と、言うと」

器用に片眉を上げて問う綺礼に、マスターはどこかしょんぼりしながらぽつぽつと話し出。す

「だって、好きな人が楽しそうだったら、普通僕も楽しくなるでしょ? 今までだってそうだった。………けど、なんていうか、今は全然嬉しくない。寧ろ胸の辺りがもやもやして、アーチャー達が切嗣のお家に行くたんびに、何で切嗣の家に行くのって、言っちゃいそうになる…………」

それだけ言うと、マスターは暗い顔でうなだれ、クッションに顔を埋めて丸くなった。
そのまま動かなくなってしまった彼を、綺礼は些か呆れた心持ちで眺めていた。

つまり彼は、今幸せである筈の彼等を受け入れ難いと思っている事に、酷く罪悪感を持っている。一緒になって喜べないのが、酷く哀しいのだろう。
まあ正直、綺礼にとっては失笑ものだ。

いやそれ単なる焼きもちだろうと言うのを、綺礼はすんでのところで口の中に押しとどめた。何故かって、勿論なんか面白そうだからである。
考えてみれば、彼のサーヴァントももちろんそうだが、マスターとてそうとうなサヴァコン(サーヴァントコンプレックス)なのだ。
つまりアーチャーとエクストラが大好きな彼にとって、その2人を衛宮邸の面々に独占されているのが、彼にとっては非常に面白くないのだ。しかもそれを、本人はまるで解っていない。
今までろくに離れた事もないのだから無理もないかもしれないが。それを見たセイバーやランサーにとっては悔しさのあまり血涙流すかオルタ化しそうなレベルで贅沢な問題だ。それも本人が本気で悩んでいるのが余計に性質が悪い。

「ねえ、綺礼くんはどう思う? やっぱりそれじゃダメだよね……」

しおしおとうなだれるマスターに、綺礼は冷静に心の中で愉しそうににやけつつ、何か(悪い方向に)ウィットに富んだアドバイスをしようと口を開いた時、頭上から誰かの声が降って来た。

「それならば、振り向かせればよいであろう―――!!!」
「え?」

頭に振った声にマスターが顔を上げると同時に、部屋の窓を盛大に割って、何かキラキラしい男が突入してきた。

「私の部屋の窓!!」

反射的に叫んだ綺礼の声は、残酷なまでにスルーされた。

すたっ、と床に着地したのは、黒いライダースジャケットを着たギルガメッシュだ。
ぽかんと口を開けて見上げるマスターに、ギルガメッシュはふふん、と得意顔で口を開く。

「ようは貴様、あの贋作者や赤雑種がお前の元から離れているのが嫌なのだろう。つまり貴様自らの手によって困らせればオールオーケー! ふっ、このような事、我にかかれば造作もない」
「今すぐ窓の修理費代を置いて死んでこいバカガメッシュ」
「万事我に任せるがよい!」
「聞け」

綺礼だけに綺麗に綺礼の言葉をスルーして、ギルガメッシュはびしりとマスターに向けて指を差した。

「明日、4月1日に、聖杯戦争に参加した全陣営に法螺を吹いて回って来い!!」
「?」

胸を反らして声高に命令するギルガメッシュを、マスターは首を傾げて見つめる。
大方、ギルガメッシュが何をしたいのかよく解らないのだろう。無論、綺礼にも奴のする行動の意味など解らないが。

「どうして?」
「我が面白いからに決まっておろう」

ぶっちゃけやがった。

「でも、人に嘘をつくのはいけないって、アーチャーが………」
「………4月1日にはエイプリルフールといって、年に一度だけ人に嘘をつく事を許される日だ」
「え?」

当惑顔でギルガメッシュの言葉を断ろうとするマスターに、今まで傍観していた綺礼が口を挟む。
綺礼が口を挟んでくると思わなかったのか驚いたように目を見開いて綺礼を見るマスターに、綺礼は口角を持ち上げ笑って見せる。

「距離を推し量りかけているのなら、行事にかこつけて改善を試みるのも、一興かと思うがね」
「綺礼くん………」

ばさり、と整理し終わった書類を束ねて言う綺礼にマスターは少しだけぽかんとした顔をしていたが、やがてぱああっと効果音が付きそうな程嬉しそうに顔を明るくし、笑顔で大きく頷いた。

「うんっ! 試してみるよ。ありがとう、綺礼くん!」
「おい黒雑種。我に対しての礼はなしか」

嬉しそうに顔を綻ばせるマスターにギルガメッシュが口を挟んだのを今度は綺礼が無視をして、マスターに小さく微笑んで見せる。

「なに、私とて友人が悩んでいるのだ。解決策を、何か口に出さずにはいられんよ」

まあ、それが十中八九面白そうだからなのだが。
そんな綺礼の副声音にも気付かず嬉しそうににこにこするマスターに、気を取り直したギルガメッシュがニヤニヤとしながらマスターの首に腕を回す。

「ふむ。貴様ではどうせ愉快な嘘など思いつかんだろうからな。仕方あるまい、我が特別に考えてやろう」
「わあ、ありがとうギル」
「苦しゅうないぞ黒雑種。例えばだな、…………」
「こらこら、ギルガメッシュ。私の友人に妙な事を吹き込むなよ?」

にまにまとにやつきながらマスターの耳元でよからぬ嘘を吹き込むギルガメッシュに形ばかりの制止をして。綺礼は久々のまだ見ぬ愉悦の気配に、気付かぬうちに子供が見たなら一瞬で泣き叫びそうな程邪悪な笑みを浮かべていた。


後に、それに気づいたマスターに「綺礼くん怖い」と言われて地味に彼が落ち込むのは、また別の話である。





To be continue…