Fate/エイプリルフール | ナノ

えくすとらとあーちゃーと




走る、走る。
そも、人は何ゆえ走るのか。決まっている。後ろで般若の如き形相の赤い騎士が、すさまじいスピードで追ってくるからである。
マスターを抱えながらすったかたーと森の中を駆けるエクストラは、相変わらず無言のままこちらを追いかけてくるアーチャーを横目で見て、楽しそうに、しかし一切の油断なく彼から逃げ回っていた。
すでに彼女の敏捷はマスターの魔力によって底上げされているが、やはりそれでも引き離すには至っていない。しかしそれに特に動揺も示すでもなく、それにしても鬼事とは久しぶりだ、とエクストラは純粋に楽しそうに口元をにやつかせている。

「ふっふっふ。アーチャーがあんなにも余裕のない様は初めて見る。良いぞ、溜飲が下がるようだ!」
「…………ねえ、エクストラ。エクストラも、僕が今日みんなに嘘ついて回ったの、怒ってる?」
「む?」

きゃっきゃとはしゃぐエクストラとは対照的に、マスターはエクストラに抱えられてから少しずつ顔が暗くなっていき、今ではどこか思いつめたように俯いている。
暗い顔のマスターに、エクストラはしばし考え込むように沈黙してから、あっさりと答えた。

「うむ。怒っている!」
「あうっ」

どどん! と効果音が付きそうな程に勢い良く言い切ったエストラに、マスターはがくっと弾かれたように顔を空へ仰け反らせて、食らったダメージの反動でがっくりとうなだれた。

「そっか……やっぱり、嘘をつくのは悪い事だもんね。エクストラも怒って当然だよ……」
「? 何を言っている。余が怒っているのはそこではない。その行為自体ではなく、奏者が今日周囲について回った嘘の内容だ」
「え?」

当たり前のようにそう言ったエクストラに、マスターは思わず呆気にとられ、ぽかんと口を開けてすぐ近くにあるエクストラの顔を見やった。
そもそも、マスターは今まで、アーチャーが手塩にかけて真っ当な人間になるようにと育て上げてきた為、見掛けによらず規則や道徳性を重んじる性格だ。
「嘘をついてはいけない」というのはその最たる事で、場合によってはついた方が良い嘘があるというのも知識のみではあるが知っているが、それでも彼にとってはあまり良い気分ではないものだ。
半分自棄と悪ノリ故の行動であったとしても、彼にとってそれが「悪いこと」であったのには変わりない。だからこそ、彼は嘘をつく際に罪悪感からそれ恥じ入り、結果周囲に余計な誤解を生んだのである。
なので、マスターはその事自体に2人が怒っているのだと考えており、まさか内容がダメなのだと怒られるとは思ってもみなかった。

「何故にアーチャーなのだ。そこは余と恋仲になったと言うところであろう!」

まったく、奏者は本当にまったく。とぷんすこ怒っているエクストラを見て、マスターは思わずぷっと吹き出してしまった。

「なっ、何を笑っているのだ奏者よ!」
「あっははは。ごめんごめん。エクストラがかわいくって」

くすくすと笑いながらそう言うと、自身を抱えたまま赤面しつつ悔しげに拗ねたようにマスターを睨むエクストラにまた笑って、マスターはでも、と小さく付け足した。

「やっぱり、例えギルに勧められても、僕はそんな嘘はつかなかったと思うなあ」
「何故だ!? よっ、余は、奏者にとってアーチャー(ガチムチ)以上に恋人になる可能性がないというのか!!?」

しみじみとも取れるように付け足したマスターに、今度はエクストラがガンッとダメージを受ける。
涙目になりながら焦って声を荒げるエクストラに、マスターはちがうよぉ、と小さく苦笑した。

「だって、エクストラと僕が、なんて言ったら、それっぽい嘘にならないでしょ?」

やわらかな笑顔で、あんまりにも当たり前のような口調で言い切ったマスターに、エクストラは耳まで赤くして、その熱を誤魔化すように走る速度を上げた。

「というか、奏者がこんな突飛な行動に出たのはやはりあ奴らか」
「え、たっ、確かにそうだけど、綺礼くんもギルも協力してくれたんだよ。だから、2人の事は怒らないで上げて」

焦ったように彼等を庇うマスターにエクストラは何故こうも奏者は2人に甘いのかと不機嫌になりつつ、渋々と了解する。
そうしてようやくまたアーチャーから逃げる事に集中した時、ふと、そのアーチャーが先程から何も仕掛けてこない事に気がついた。
それに何か嫌な予感を覚え、エクストラは訝しげに眉をしかめる。

「………妙だな。奏者よ。そなたも気付いているか」
「うん……。ライダーといた時みたいな妨害が全然ない。あのアーチャーがまさかこっちに遠慮してるなんて事もないだろうし、やっぱり変だ」

後ろを振り向けないエクストラの代わりにアーチャーの様子を窺うマスターだったが、ふと、彼が何事かを呟いているのに気付いた。
同時に肌を指す魔力の奔流に、マスターは大きく目を見張る。

「エクストラ、上に登って!」
「? 奏者、何を……!?」

自棄に焦った口調にマスターを怪訝そうに見やって、しかしすぐにエクストラは彼の言葉の意味を悟った。
それもそうだろう。なにせ、マスター達の周囲を囲むように、幾本もの鎖が、地を突き破って出て来たのだ。
しまったと察してももう遅い。地を突き破った鎖の群れは、一度上に伸び鳥籠のように絡み合うと、そのまま真っ直ぐに2人に向かって振って来た。

「さあ……捕らえてもらおうか、天の鎖よ!!」
「ほえー!?」
「ぎっ、ギルの鎖ー!?」

視界にその鎖の形状を正確にとらえて、マスターとエクストラはぎょっとして悲鳴を上げた。
実の所アーチャーが投影した鎖に、オリジナルのような神性捕縛の能力はない。ただあの英雄王が持つ鎖の外装だけを真似たものだ。
それだけでもギルガメッシュが知れば激怒どころではないが、幸い此処に彼はいないので良しとする。
頭上から振って来た鎖の束は咄嗟に逃げを打つエクストラを蛇のように地を這って信じられないスピードで追足し、いともあっさりとマスターとエクストラを捕まえてしまった。
鎖にぐるんぐるんになれ完全に身動きが取れなくなってしまった2人の前に、言い逃れは左遷とばかりに威圧を放ったアーチャー仁王立ちをして、鋭くマスターを見据える。

「さあ、今回の件は君はどういった意図があってしたものなのか、正直に吐いてもらおうか」
「う……」

じろりと睨みつけてくるアーチャーの視線に肩を竦め、ちらりと上目でアーチャーを見たマスターは、観念したように小さく溜め息をつき、いじけるように視線をアーチャーからもエクストラからも反らして、微かに頬を膨らませた。

「………だって、さみしかったんだもん」
「?」

不可解そうに首を傾げるアーチャーに応えずに、マスターはそのまま言葉を続ける。

「だって、聖杯戦争が終わってから、アーチャーも、エクストラも、僕なんていなかったみたいに、いなくて良いみたいに、当たり前みたいに、僕の所から離れていっちゃうから。
そりゃあ、僕、自分から好きに行動してほしいって言ったけど、今まで2人に世話ばっかりかけてたけど。わがままだって解ってるし、ほんとはアーチャー達が僕の事嫌いでも、……それでもいいから、隣にいてほしかったんだもん。大好きだから。やっぱり、離れてなんて、ほしくなかったんだもん」

紡ぐ言葉は段々と小さくなり、ついに果の鳴くような声で言葉を切って、マスターはすんと小さく鼻を鳴らした。
その、涙声を必死に隠して告げられたマスターの言葉に、思わずエクストラとアーチャーは顔を見合わせる。
いつの間にか、彼とエクストラを縛る鎖は消えていた。
それでも観念したように逃げ出さず座り込んでいるマスターに、知らず、2人のサーヴァントは拳を握っていた。
解っていないと、彼等は思った。
最早今回彼がついた嘘の事などどうでも良く、そんな事より、自分達が彼の事をどれほど好きか、大切に想っているかを、この子供のような青年が全く理解していない事が、ずっとずっとショックだった。

「だから……」
「「それは違う!!!」」
「へっ」

全くの同時に声を張り上げた自身のサーヴァント2人に、マスターは驚いて顔を上げる。
その拍子に目尻に溜まった涙が跳ね、それが余計に彼等の怒りに拍車をかけた。

「まさかまさかと思ってはいたが、奏者よ! そなたは我らが奏者をどれだけ好きかまるで解っていない!」
「え」
「そもそも君のかける迷惑や我儘などそれの内に入らないし、むしろ君は私達にもっと甘えろ! 迷惑を駆けてみろ! いやまあ迷子になれとは言わないが。何か迷う度に真っ先に教会に相談に行くな、寂しいだろう!!」
「へ」
「たいだい余が、アーチャーが奏者を嫌うだと!? 馬鹿にするでない! 余は世界の常識が引っくり返ろうがそなたがこの世全ての悪になろうが永遠にそなたの一番の味方だぞ! それをそなた、我らがそなたをきっ、嫌っ……余は泣くぞ、本気で泣くぞ!?」
「あ……っと」

勢い余ってぐんぐん距離を近くするエクストラたちに、マスターは咄嗟に手で2人に待ったをかける。
必死に俯ける顔は耳まで真っ赤で、やっと解ったかとエクストラは腰に手を当ててふんっと鼻を鳴らした。
そんなエクストラの様子に苦笑しながらも、アーチャーはマスターのすぐ傍に膝をつき、真っ赤になっているマスターの眼を真摯に見つめた。

「だいたいな……私達が帰る場所は、衛宮邸ではない。私達の家だ。冬木大橋のすぐ近くの、お世辞にも衛宮邸の半分もない、何の変哲のない、どこにでもある1LDKの、私達の家だ。なあ、そうだろうマスター。今までもこれからも、私もエクストラも、帰りたいと願う場所は、あそこだけだ」

小さく溜め息をついてから告げたアーチャーに、マスターは大きく目を見開いた。
しせんをうつしてえくすとらをみると、いつの間にか彼女も膝をついて、優しく微笑んでマスターを見つめていた。
それを見て、彼の眼に再び涙が浮かぶ。

「ほ…ほん、と?」
「ああ、本当だ。」
「うそじゃ、ないよね」
「我らはそのような事に嘘はつかぬぞ」

恐る恐ると尋ねるマスターに強く頷き返し、彼だけの騎士である2人は、マスターの手を握って笑った。
それを見て、とうとう彼の涙も決壊してしまった。

「ぼ、く…も。ぼくも、帰るなら、あの家が良い。アーチャーと、エクストラと、ぼくの3人で、今まで過ごした、あの家が、良い」
「うむ、我らも同じだ。奏者よ」
「当然だろう。あの家は、私達の帰る場所なのだから」

ぼろぼろと小さな子供のように涙をこぼすマスターにまた笑って、アーチャーとエクストラはそっと彼を抱きしめる。
自分の背中に回った大きさもやわらかさも何もかも違う2種類の腕に確かな温かさを感じて、マスターも、それに応えるように、自分にできる精一杯の力で、自分の世界で一番大好きな2人を抱きしめた。

「エクストラも、アーチャーも、だーい好き!」
「当然だ! これからも我らはずっと一緒なのだからな! もう2度と嫌われている、などとは言わせぬぞ、奏者!!」
「ああ……私も、君達と共にいられる事を、嬉しく思うよ」

人気の全くない閑散とした森で、彼等は3人団子のように抱きあって転がっている。
傍から見れば酷く可笑しな光景であったが、それぞれが共に入れるのがこれ以上ない幸福だと笑い合っているそれは、どこまでも、いつもの彼等の風景だった。





−FIN−

おまけ