天の邪鬼たちの終着点 | ナノ


槍兵と騎士





 今まで見た事のない本物の甲冑に身を包んだ美しい騎士は、あたしのその言葉と同時に、凄まじい勢いで突っ込んできた。


「うわっ……とお!」


 刃渡りどころかさっき彼女が言ったようにどんな獲物かも解らないまま、あたしは取り敢えず彼女の獲物の振りかぶり方からそれを推測して、辛うじてそれを受け止める。
けどそのまま力任せにはせず、すぐに重心をずらしてセイバーの恐らくの間合いから逃げ出した。
 元々、この槍の耐久はそんなに強くない。日本刀以上耐久ランクA未満が精々。だっていうのにあんなすっごい剣圧の何度も受けたら、あっという間に曲がってしまう。
げに恐ろしきは、彼女はその一撃一撃にありえない量の魔力を載せている事。あれは普通の魔術師が出していたら十振り目で魔力が枯渇してしまうレベルだ。
 このサーヴァント、自分のマスターを干上がらせる気か。

 ちらりと視線を外しておくのセイバーに遅れて土蔵から飛び出してきた彼を見ると、しかし特に苦しそうな様子は見受けられない。
 こいつが既にセイバーにそれだけの魔力を送れるほど優れた魔術師……なんて事は勿論なくて(成長したあいつですらこんな膨大な魔力供給には耐えられないだろうし)。
 ということは、やっぱり、この少女騎士事態に何らかのからくりがあるのだろう。


「………あーあ、めんどーな英霊」
「軽口をたたいている暇はないぞ」


 げんなりとして半目のまま思わずつぶやくと、返ってきたのはキリリとした凛として張りのある声。
 ああ、それすらも彼女自身の正当さの表れな気がして、また少し落ち込んだ。




 セイバーの一振り一振りの攻撃は、まるで雷をそのまま剣に閉じ込めたようだ。
受け止めるたびに身体をびりびりと流れていく彼女の魔力で、自分の身体が青白く輝くのが解る。
 一通り彼女と打ち合って、解った事がある。
 内容はいたってシンプル。真正面から彼女と戦っても、あたしは絶対に彼女に勝てないってだけだ。
 遣り合う前から解ってはいたが、実際に遣り合ってみるとより一層痛感する、あたしとセイバーの格の違い。
 彼女の攻撃を王道とするならば、あたしの攻撃は邪道のそれだ。
恵まれた才能と戦闘センス。それを惜しみなく使って相手をねじ伏せ押しつぶすのが彼女のスタイルであるのに対して、あたしのスタイルは何通りのもの搦め手を使って相手を気づかないまま溺れさせ溺死させるもの。
 言うまでもなく、あたしと彼女のスタイルは真逆。そして―――まだ序盤である戦況で、相手を絡める手の前準備が整っていない今のあたしにとって、彼女との相性が死ぬほど悪い。
 それに加えて、セイバーには妙なサブウェポンまでついている。
 戦闘前から彼女の獲物は何かに覆われていて、姿どころか間合いも測れないのだ。

 純粋な実力でも上。それでいて獲物まで透明化なんて反則技で隠してしまうなんて、これはもう立派なチートだチート。
 フェアなんてもの初めから求める気にもならないけど、ちょっと、これはずるいんじゃないでしょうか。
 あんなもので隠すということは、恐らくその剣自体が彼女の真名に直結する代物であることは間違いないけども、それにしたって隙がない。いや、だからこそ隙がないのか。
とにもかくにも。あたしとこの正統派英霊サマでは、真っ向勝負では今のところ勝ち目はない。
 ―――ここは、覚悟を決めるしかないようだ。


「…………マスター」
「なんですか、ランサー」
「一旦退こう」
「…………え?」


 苦渋の決断ではあるが、実際に勝てる手立てが今のところないんだから仕方ない。
 あたしは後ろでマスターが驚いたように瞠目する気配を感じながら、視線はセイバーから一ミリも動かないまま再び口を動かす。


「いい、正直に言おう。あたしは正攻法じゃあのセイバーには勝てない。絶対に殺される。準備が必要なの、マスター」
「ですが………」
「…………お願い。あたしはあなたを死なせたくない」


 渋る口調のマスターに、申し訳なさでいっぱいになりながら懇願するように言う。
 真名どころか獲物がなんなのかすら解らない現状。迂闊に突っ込めば間違いなく殺される。かといって、少しでも攻撃の手を緩めればそのままあっちの圧力に押し負けてデッドエンド。少なくても、彼女の持っているあれのリーチくらいは解らないとお話にもならない。

 正確な刃渡りを読み取るだけじゃない。あれがどんな宝具なのかも解らないと、対処は不可能だ。
 受け止めている間に宝具が発動なんてされてはたまらない。
 ならばしばらく彼女との邂逅は避けて、もっとより正確な情報を手に入れないと。
あたしはの戦法は王道ではなく邪道。前準備なしに正統派とぶつかるには、限りなく相性が悪い。
 逆に一度策を練ってしまえば、策略に嵌めるのは得意中の得意だ。
 冬木をあたしの領域にしてしまえば、後はもうネズミ取りを仕掛けるよりも容易い。
 だからこそ、今はマズい。
 ここで死んでしまっては、何の意味もない。

 あたしはマスターを聖杯へと導くサーヴァント。
 この役目を果たすまで、あたしはどうしたって死ねないのだ。


「ですが、ならあちらのマスターを狙えば…………」
「それはダメ!」
「は………?」
「あっ……ええと、サーヴァントはマスターがいなければ玄海は出来ない。なら、たとえどんな理由でも彼女にとって後ろの少年は何よりも守らなくちゃいけない存在でしょ。迂闊にマスターが動いたら、セイバーは真っ先にマスターの命を取りに行くでしょ。急に方向転換されたら、流石にあたしも咄嗟にフォローに回れるか解らない。………それに、セイバーはさっきからとんでもない魔力を一撃ごとに放ってるっていうのに、そんなにばんばん魔力使われて、あの子汗の一つもかいてない。って事は、あのセイバー自身に何かある。例えマスター落せても、そう簡単に無力化は出来ないよ」
「ですが………」


 渋るマスターにあたしはふうと深く息を一つついて、汗で少しぬめる槍を握り直して、くるくると弄びながら笑って見せた。


「安心して。あたしはバゼット・フラガ・マクレミッツのサーヴァントだ。言ったでしょ、この程度なら切り抜けて見せるって。勝てはしないけど、骨の一つは手土産に持って帰るよ」
「無駄だ。私は貴女をここで倒す。貴女のマスターの事も逃がすつもりはない」
「ほおー……なら、今日のところは見逃してやる、とかもナシ?」
「当然だ。貴女はここで倒れろ」
「はっはァ〜ん? 言ってくれるね、セイバー」


 無表情のまま冷たく淡々と返すセイバーににやりと笑い返して、槍をぐるりと回して構えを取る。


「そんなら―――やっぱり戦前通り、骨の一つでも持って帰りますか」


 そのまま、大渦(オド)を胸いっぱいに吸い込んだ。
すう、と空気を吸い込むだけ吸い込むと、体内を濃密な魔力で満たされていくのを感じる。
それをそのまま手を通して、槍に吸った全てを込める。
ちらりと前を見ると、セイバーが警戒するように険しい顔のまま見えない剣を正面に構えているのが見える。
 驕らないでいてくれて大変結構。ただ、何度も言うようにあたしのスタイルは邪道。
そんなストレートな構え方じゃあ――――むざむざと、美味しいところを丸かじりされるだけだよ、可愛い騎士さん?


「―――刹那響かん手向けの詩(リーペントレクイエム)


 目覚めを促すようにするりと水晶のそれを撫ぜると、応えるように青白く鼓動した。
あたしはそれと同時に槍を頭上の上で高速で回し、そのまま地面へ突き立てる。
地に深々と刺さった槍の穂は、あたしの意思に従って、その身に貯めた魔力を巨大な氷へと変換した。


「来るか…………!!」


 構えるセイバーなどお構いなしに、天上へと魔力を放った槍が、そのまま上空で巨大な氷岩を造り、セイバーの小柄な体向けて落下する。
 一瞬もかからないうちにその身体に到達しようとするところで……その氷岩は、いともあっさりと数百もの雹へと姿を変えた。


「なっ………!?」


 突如の変化に瞠目するセイバーの身体を、遠慮もナシに氷の礫が傷つける。
いかな最優のサーヴァントといえど、こうも数で押されては振りほどきようがないのだろう――――だが。


「嘗めるな……!!!」


 セイバーの怒号とともに、その手に握られた見えない獲物から突風が吹き荒れる。
それはたかが氷の礫などとは比べ物にならない勢いでそれをはじき返し、軒並み宙へほうって無力化する。
 流石。こうも素早く機転を利かせられるとは。


「けど…………まあ、いくら最下層の格でも、サーヴァントの宝具がその程度なわけないんだけど」


 宙に舞った礫を見て、ちろりと舌を出して嗤う。


礼楽罪血。…………氷骨翔射


 刹那。放られた礫が、そろって向きを変えてセイバーを囲うように降り注いだ。


「小癪な!」


 もう一撃、というように宙を睨むセイバー。しかし、その直後足元から響いたかすかな振動に、彼女は目を見開いた。
 よしっ………かかった!


「BANG!」


 指で鉄砲の形を作って、標的に向けて撃つ真似をする。
 それと同時に、上下から氷岩が彼女の襲い掛かり、あたりは氷の粒のかけらで覆われて、一時的にセイバーの姿も何もかも見えなくなった。


「攻撃ってのは、意表をついてこそでしょう、セイバー?」


 姿も見えないのも構わず、あたしはただ告げたいようにセイバーに向けて話しかける。


「ほら、まさかあんなもので死んでるわけじゃないでしょうね。さっさと出てきなさいな。…………まあ」


 あたしの言葉と程同時に氷埃の中から飛び出てきたセイバーに、厭味ったらしく笑ってやる。


「貴女みたいな綺麗な英霊には、些か汚らしいモノに見えたかしら」


 苦悶の表情をし油汗をかいてこちらを鋭く睨むセイバーの視線が、堪らなく心地良い。
僅かによろめき胸を押さえた彼女の指の間から、その美しい身体で何よりも存在を主張するように、彼女の身体から歪に生えた氷のツララが、鮮やかな血をしたたらせて大きなその身を煌めかせていた。






2013.11.26 更新

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