英霊Rの邂逅・中
ドッシャ―――ン! という派手な音を立てて、あたしはアーチャーは落下した。
わけが解らないままに砂だらけになった頭を振ってとりあえずどっちにも目立った怪我がないのを確認する。……まあ、これがサーヴァントの体じゃなくて生身だった間違いなく即死の距離から落ちたんだけど。こればっかりはこの体に感謝だ。
「げほっ……。ちょっともう、何がどうなってんのよぉ………」
「私が知るかっ……ごほ」
ほこりっぽいこの落ちたところは、屋根を突き破ってきてしまったことから、恐らくは蔵とか納屋みたいなところなんだろう。
げほげほ咳をしながら、とりあえず元凶の飼い犬であるアーチャーを睨みつける。
「あんたねぇ、飼い主の手綱くらいきちんと握ってなさいよ。どうしてくれるの、飼い主の不手際は飼い犬の責任よ」
「逆だろう普通、何でそこで俺が怒られねばならんだ」
体に積もった砂ぼこりをあらかたとり終わったところで、きっと互いに睨み会う。
カ――ン。試合開始のゴングの鳴った音がした。
「リンはおっちょこちょいなんだから、年配のあんたがちゃんと見てなきゃダメでしょっつってんの!」
「おあいにくだが、「年配」と称されるほどの年は食っていない。君こそ親友を自称するには配慮が足りないんじゃないのか?」
「あらそう。あたし、あんたよりも先に死んだからあんたがいくつに死んだかなんて見当もつかないわ。ていうか自称じゃないし、共称だし。大体アンタが大人しくしてればリンたちに追い出されることもなかったんだからね!?」
「ほう? 自分の問題点は棚上げか」
ギリギリと睨みあって、気づけば互いに武器を出して構えている。
「そういえば、なんか変なところに飛ばされたってことは、ここにはリンもシロウもマスターもいないのよねぇ? ……ってことは、あんたがタコ殴りにされるのを止めてくれる相手は誰もいないってことかー。ふーん」
「それはこちらのセリフだが? 謝るのは今の内だぞ、今なら赦してやらんこともない。なあレイ?」
「そっちこそ、こっちのセリフよクソエミヤ」
ニヤッと笑うと、あっちも同じように好戦的に唇を吊りあげた。
そうそう………。そういうあんたのヤル気満々の顔。それだけはあたし、嫌いじゃないわ。
胸の底からゾクゾクして、全力で屈服させたくなる。
「足腰立たなくして這いつくばらせてあげる」
「言葉も紡げないくらいに喘がせてやろう」
「言うじゃない。みっともなく鳴く姿が楽しみだわ」
「おれ以外を視界に映せなくしてやるとしよう」
ぺろりと舌なめずりをして、目を合わせて間合いを計って、いざ――――
「ちょ、な、何やってんだあんたたち止めっ……」
「「五月蠅い外野は黙ってろ!!!!」」
と、そこで外から水を差されて、カッとなってアーチャーと一緒になってそっちを怒鳴りつけた。
そして、その見慣れた赤茶の髪に首を傾げる。
「………シロウ?」
てことはあれ、此処どこ?
疑問に思ったのはアーチャーも同じように怪訝そうに眉をしかめている。
だけで困惑はそれだけじゃ終わらなくて、士郎の後ろから顔を覗かせたメンツに、今度こそ目を丸くして仰天した。
シロウ、リン、セイバー。そこまではいい。だけど、なんだってこいつがここに……。
「って、アチャ男が、2人………!?」
そう。彼らの後ろには、何故だか今対峙しているはずの、アーチャーがいた。
「つまり、あたしたちは、所謂“パラレルワールド”に来ちゃったってことね……」
「ああ……」
「で、この世界のランサーはあたしじゃないから、こっちのシロウたちはあたしのことを知らなくて。こっちの世界のアーチャーはアチャ男のままだから、此処にはあんたが二人いるわけね……」
「そういう事なんだろうな………」
はああああー……。
通された居間のテーブルに2人で肩を並べて手で顔を覆って盛大に溜息をつくあたしたちを、こっちのシロウたちは何とも言えない面持ちで見つめている。
土蔵から場所を移し、衛宮邸に通されて現在。今にも殺し合いに発展しそうだったあたしとアーチャーだったけれど、その前にこっちの世界のアーチャーとうちの方のが殺し合いになりそうだったので、とりあえず物理的に黙らせてから場所変えつつ状況を把握していって、先の結論に至った。
「ああ、リンってばほんとにうっかりさん………! いやそういうところも含めて愛しいんだけどね!?」
「別にそれは今言わんでもいい……。とりあえず、あのステッキを装備した凛は『一日だけだから』と言っていた。……そこを信じるしかあるまい」
はあー。とまた揃って溜息をついていると、こっちに対してなかなかに鋭い視線を感じる。
顔を上げるとこっちのリンたちの後ろで腕組して険しい顔でこちらを見ているこっちのアーチャーに、まじりっけなしの殺気が面白くてにこりと笑顔を見せてみる。
「こっちのアーチャーはうちの方より怖くて面白いなぁー。ねえアチャ男?」
「誰がアチャ男だ。まったく、そんな風に面白がれるとは羨ましいかぎりの能天気さだな」
「いやあー。この「ちょっとでもおかしな行動とったら殺してやるぜ」感がたまんないね」
「馬鹿者………」
頭を抱えるアーチャーにくすくす笑ってると、シロウやリンが妙な顔をしてこっちを見ているのに気付いた。
「なあに?」
「その………こっちのランサーとはずいぶん雰囲気が違うから、なんだか不思議だなって」
「ふうん」
少し戸惑い気味のリンの言葉に、思わず目を細める。
別にまあ、こっちの冬木に「あたし」がいないっていう意味を理解していなかったわけではないけれど。いざ面と向かってそういわれると……なんていうか、こう。
「むかつくなあ……」
マスターがあたし以外を求めたっていうことだから、良い気なんてするわけない。できれば今すぐマスターに詰め寄って詰問したいくらいだ。
「そういえば……訊いてなかったけど、こっちのランサーはなんていう英雄なの? ………まさかとは思うけど、「クー・フー・リン」じゃないでしょうね」
「えっ」
テーブルに身を乗り出してじっとシロウの目を見据えて問い詰めると、解りやすくギクリと肩を揺らす。
それに、その反応に、握った湯呑がぐしゃんと音を立てて割れた。
「ちょっ!? お、おい…」
「むっかつく………」
ぎょっとしたように目を見開くシロウとかその他もろもろとか、正直見てる余裕ないし謝る余裕もない。
あたしの心情の変化に唯一気付いた隣の赤男が諌めようと距離を近づけているのを察知して、ぐるりと体勢を変えてその無駄に暑い胸板にこぶしを叩きつけた。
「い”っ………!」
「むかつくむかつくむぅっかつくマスターの裏切者ーっ!!!」
「わか、解ったから痛い! 言いたいことは解ったから止めろランサー! 私にあたっても仕方ないだろう!」
「こっちのマスターにあたってもしょーがないでしょう!? っもームカつく苛つく腹が立つー!」
「え、ええっと………」
アーチャーの言い分も無視してバシバシアーチャーの胸板を殴りつけてストレスを発散していく。
対してるこの世界の面々がドン引きしてようと知ったことか。
ほんとムカつく。……あたしのマスターなんだから、あたしだけのマスターが良いのに。
「アーチャーだってこっちのリンがあんたじゃないアーチャーアーチャーって呼んでたらムカつくでしょうが!!!」
「知らん……」
げんなりした顔で半目になってようと、もうアーチャーの言い分とか聞いてないし。
「行くわよ、アーチャー!」
「はあ」
「こっちのランサー探しに行くの!」
立ち上がって腰に手を当てて言うと、アーチャーは一瞬ぽかんとして口を半開きにしてあたしを見上げて、それからはっとしたように目を見開くと、ふっと諦めたように苦笑した。
「……解ったよ。そもそも、ここが平行世界と解った時点で、こうなることは予想の範囲内だったからな」
やれやれといったふうに肩を竦めて頷くアーチャーに、満足してにっと笑う。
「ん、よろしい!」
くすりと笑って立ち上がったアーチャーと衛宮邸を出ようとして、体に馴染んだ魔力の奔流を感じた。
視線を向ければ、案の定、この世界のアーチャーが弓を番えてこちらを睨んでいた。
「………行かせると思うか。こちらの世界においてお前たちはイレギュラーだ。何が起こるかわからん今、勝手な行動をされては困る」
「ほう……? お前は、私達を行かせぬようできると思うか」
「…………なに」
殺気立つ向こうのアーチャーに、煽るようにあたしの方のアーチャーの肩に肘をおいて笑う。
「残念だけど、そうしたいならちょっと無理ね」
「―――――」
あたしの言葉に不快そうに眉根を寄せて、次の瞬間、何も言わずにあっちのアーチャーが弓を放ってきた。
その一瞬前にこっちアーチャーの腕があたしの腹に回って、一気に飛び退いて庭に出る。
室内に自分のマスターがいたこともあって、威力が抑えられたそれによって立ち込めた煙の先に今自分を抱えている奴と同じ顔が殺気立って睨んでくるのが可笑しくて、たまらず吹き出した。
「ふふっ。悪いけど、サヨナラね、アーチャー。それと、シロウ、リン、セイバー」
驚いた顔をしている面々ににっこり笑って手を振って。
そのまま、アーチャーに抱えられて衛宮邸を後にした。
2015.02.17 更新