英霊Rの邂逅・前
それは、初めに誰が言ったのか。
「平行世界では、この中の誰かが欠けてたりするのかな」
誰が言ったかもわからない、その些細な言葉を、誰ともなしに些末事だと笑い飛ばして。
だけどまさか、その言葉に考えさせられることになるとは、その時のあたしは思っていなかった。
今日のリンとシロウの任務は、魔境と化しているらしいお部屋のお片付けらしい。あたしもアーチャーも手伝おうとしたんだけど、人数が少ないほうが指示する人数が少なくてむしろはかどる、とリンに言われてしまって、掃除が終わるまでリビングで大人しく、喧嘩せず、乱闘せずに紅茶でも飲んどけ、と締め出されてしまった。
言われた通り、しぶしぶとアーチャーが紅茶を入れて、あたしがしぶしぶ衛宮邸で作ってきたショートケーキを2人分切り分けて、こうしてリビングで向かい合ってお茶をしている。
「はあー……何が楽しくて、こんな仏頂面の奴と向かい合ってケーキ食べてんだろ、あたし」
こくり、とアーチャーの淹れた紅茶を一口すする。ふわりと薫る茶葉の香りと、絶妙なこの温度。腹立たしいことに文句なしにおいしい。相変わらず、こういうこまごまとしたことがうまいやつだ。こいつは生粋の執事体質だからなぁ………。
甘いお菓子と一緒に飲むと、うまくそれを引き立たせてくれて、ケーキが数倍おいしくなる。それもまたむかつく。
「文句があるなら飲まなくてもいいぞ。どうせ、私が飲むついでに淹れただけだからな」
「ならあんただってそのケーキをばくばく突っついているフォークをどかしてもいいのよ。どうせ、あたしがたべる“ついで”に切っただけだから」
もはや習慣になりつつある飛んでくる嫌味に、こちらもふんと鼻を鳴らして応戦する。
どうやったら普通に話せるようになるのだろうか、とか、もう考えることすらアホらしい。あたしとアーチャーのこれはもうしみついてしまったものだから今更変えようと思って変えられるものでもないし、もう開き直ってしまうことにすると、最近決めた。
たぶんそれは、アーチャーも同じ。
最近、心なしかあたしはこの嫌味の応酬を楽しむようになった。それは態度にも表れてしまっているのか、大河ちゃんに「前よりも仲良しになったのね」なんて言われてしまって、ちょっと照れくさい。
「私は別に君のそれに不満はないが。味はいたって平平凡凡だが、茶請けがないよりましだろう」
「よし返せ。あたしがマスターとリンたちのために丹精込めて作ったケーキの一部を今すぐ返せ」
反射的にアーチャーの前のケーキの乗った皿に手を伸ばすと、それを避けるようにさっと皿を引かれる。
「断る。これはもう私のケーキだ。君に所有権はない」
「あるわよ。っていうか、あたしケーキ切ってから一っ言もあんたにあげるなんて言ってないんだけど。なのにいきなり食べだして何様のつもり?」
「この場に君と私しかいない以上、二切れ切られたケーキの片方は私のものだと思うのだが?」
「あたしが食べるのよ!」
「貴様っ……太るぞ?」
「サーヴァントが太るかぁっ!」
こなくそっ、と伸ばす手をすいすいと避けながら、アーチャーはしたり顔でケーキを口に放る。
くっそむかつく!!
「このくそアチャ男! それはあたしのケーキよ!」
「残念だがもう半分以上食べてしまった。ああ、もう二口程度しか残っていないなぁ?」
「こンのぉおおお!!!」
向きになって手を伸ばせば伸ばすほど、アーチャーは上機嫌にこちらの様子を見てにやついてくる。ほんとにもう、腹が立って仕方がない。
「こ、の……! 大人しくその皿よこしなさいよって……あー!」
「ご馳走様」
「何やかんやで全部食いやがったこいつ!」
「おいおい、女性がそんな口の利き方はいただけないぞ、ランサー?」
「クソむかつく!」
「ほら、また言った」
アーチャーは珍しく楽しそうにくすくすと笑って、あたしがもう空っぽになってしまったケーキ皿を取ろうとすると、同じように背伸びをして遠ざかる。
それにさらにムキになってぴょんぴょんと跳ねると、アーチャーの顔がますます面白そうに笑う。こなくそ、ともう一度、今度は大きく跳ねてアーチャーの背丈を超すくらいに飛び上ると、さすがに驚いたのかアーチャーが目を丸くして、こちらの両手首を掴んで動きを止めた。
それに伴って、アーチャーの手から離れた皿が宙を舞う。
「あっ、やったなこの!」
「ふふん、いくら君とてこうしてしまえ、ば………」
はた、と予想以上に近い互いの距離に、びっくりして動きが止まった。
「ぇ……あ………」
「ら、ラン………っ」
すぐ目の前に、アーチャーの褐色の顔が現れる。
すぐに何か言わないと変に思われるっていうのに、あまりにもその距離が近くて、頭が回らない。
ぐつらぐつらと頭が沸騰寸前で、心なしか顔が熱い。だめだ。何で最近はこんな、あたしの体は素直になってしまったのか。ふとした瞬間にうっかり感情が漏れそうになって焦る。
ていうか、こいつも早くなんか言え………っ。
「あ…………っ」
「ランサー……」
するりと、アーチャーの武骨な手があたしの頬を撫でる。皮が厚くて、カサカサしてる熱いその手が、輪郭をなぞるそうに張って言って、たまらず目を閉じる。
「こら、目を開けろ」
「ゃ、だぁ………」
「レイ」
「やっ……」
耳元で真名を囁かれて、恥ずかしくて瞳が潤む。
恐る恐る目を開けば、アーチャーがいつもより優しい顔をしていて、その鈍色の目から視線が離せない。
引き込まれる。何となくこれから起こる事の予想はできてるのに、抗う気持ちが、湧かない。
距離が縮まって、背中に回ったアーチャーの腕につられるように、自分の腕を彼の背中に沿わせた。
「レイ…………」
「………エミ、」
バッタ―――――ン!!
ヤ。と言い終るよりも先に、けたたましい音を立ててリビングの扉が吹っ飛ばされた。
その音にはっとして弾かれたように距離をとる。うああ、危なかった………! っていうかもう、あのままだったら何を血迷っていたことか!!
全力で慌てながら吹っ飛んだ扉の方を見ると、そこには砂ぼこりの中に見慣れたツインテールの姿がいて、それはもうさらに焦ることになった。
「りっ、リン。あの、これはその、あの、そう! 実は今部屋にゴキが現れて、それで………!」
「そ、その通りだ! だからああっと、君が想像したようなことは断じてないわけで!」
2人してへどもど言い訳をするものの、晴れていく砂ぼこりの先を見て、違和感に気づく。
………あれ、リンって、あんなファンシーな服の趣味あったっけ?
ぽかんとするあたしたちを他所に、完全に晴れた砂ぼこりの先で“それ”はウィンクを華麗にブチかましながら、ふざけてるとしか思えない格好で、ふざけてるとしか思えないステッキを振り回して決めポーズをとった。
…………いやいや、そんなまさか。あの凛が、あのあたしたち憧れのアイドルが、そんな魔法少女みたいな格好するわけ――――。
「わたしは魔法少女カレイドルビー! ボケラとしてる不幸面の貴女たちに、幸せを届けに来たのだわ!」
あー言っちゃったー! よりにもよって自分で言っちゃったよこの子! もうこの際いきなり現れて人のこと「不幸面」呼ばわりしたこととかどうでもいいわ!
あまりにも異様な光景だったからだろう。いきなりのわけの解らないテンションのリンに茫然としていて、彼女が振り回したステッキに充填されていく魔力の量に気づくのが遅れてしまった。
それに気づいた時には、もうリンはステッキを振りおろしていた。
「と、言うわけでっ………行ってらっしゃ―――――い!」
「「何がどうしてそうなったぁ!!?」」
ステッキから放たれたまばゆい光と共に、最後の抗議はかき消されていった。
薄れゆく意識の中で一日もすれば戻るからー……からー……からー…という声がエコーで聴こえたけど、それどういう意味ですか凛さん。
2015.2.17 更新