天の邪鬼たちの終着点 | ナノ


少女Sの困惑







「あれぇ、桜ちゃん?」

商店街を歩いていると、不意に呼びかけられた声に立ち止る。
つい最近では聞きなれたその声に笑みを浮かべて振り返ると、そこには想定していた人と――もう1人、意外な人が隣にいた。

「ランサーさん。……それと、アーチャーさん?」

頭に疑問符を浮かべて首を傾げると、ランサーさんはわたしの疑問符のついた言葉に誤魔化すようにへらりと笑って見せた。
この2人、アーチャーさんとランサーさんはセンパイの家で見る限りいつも喧嘩ばかりしているから、てっきり仲が悪いと思っていたけれど、見たところ、それは思い違いだったらしい。

「驚きました。お2人とも、仲が良かったんですね」
「「―――え?」」

食事の席で当たり前のように隣同士に座りながらも小声でやり取りをしている姿しか見たことがなかったから、何だか微笑ましい。
ふふ、と思わず笑い声を漏らしながらそう言うと、ランサーさんたちは、虚を突かれたように目を丸くしてぽかんとした。
あれ? と思う間もなく目の前の2人は顔を見合わせていかにも嫌そうな顔をすると同時に、わたしにほとんど同じタイミングで振り返って詰め寄ってきた。

「違うからね!? 桜ちゃん、この際言っとくけど、あたしとアーチャーが仲良いとか未来永劫ほんとありえないから!!」
「しゃくだがまったく隣の暴力女と同意見だ! いいかね間桐桜、私とランサーは仲が良いなどということはあり得ない。そこのところ、しっかりと訂正してもらおう」
「えっ、は、はい………」

ものすごい剣幕で迫ってきた2人に、のけ反りつつ頷く。
こくこくと頷いたわたしに納得したのか、それでいいとばかりに腕を組んで満足そうにする2人の仕草がまたそっくりで、それでよく仲が悪いなんて言い張れるなぁ、と思って、少しだけ微笑ましくなった。

「そういえばふと思ったんですけど」
「ん、なあに?」
「ランサーさんとアーチャーさんって、初めの時とだいぶ雰囲気変わりましたよね。喋り方とかも」

〜でございやす、みたいな感じでしたよね? というと、ランサーさんはきょとんとした顔でアーチャーさんと顔を見比べると、一瞬何だか人の悪い笑みを浮かべて、その場でばっとわたしの足元に跪いた。

「へ………え、え!?」
「申し訳ございやせん、桜お嬢さん。あたしら、少々馴れ馴れしくしすぎてしまったようで。これから貴女のことは「お嬢」と呼ばせていただきたくごぜぇやす、この筋はお詫びとしてエンコ詰めさせて――――」
「ままま待って下さい! そういうつもりで、わたしそういうつもりで言ったんじゃありません! ただ今の方が親しみやすくていいなって意味でっ………」
「申し訳ございやせん桜お嬢様」
「あっ、アーチャーさんまで乗ってこないでくださぁい!」

狼狽えるわたしにかまわず何でかアーチャーさんまで跪き始めて、どこにでもあるようなはずだった商店街が、にわかに異様な空間になってくる。
さらにアーチャーさんまで悪乗りし出したりするものだから、もう半泣きになって頼み込むと、本気でなかったのが幸いしたのか、すぐにわかったと言って立ち上がってくれた。

「もっ、もうもうっ。わたしをからかうのもほどほどにしてください!」
「ごめんごめん。あはははは」
「すまない間桐桜。ついつられて悪乗りを」

真っ赤になったわたしに、ランサーさんはくすくすと笑いながらこちらの頭を撫でる。アーチャーさんもすまないと言ってきたものの、やっぱり2人とも少し面白がっている節があって、つい頬が膨れる。

「ランサーさんもアーチャーさんも、お2人とも酷いです」
「ごめんって桜ちゃん。シロウと同じであんまりからかいやすいもんだから、ついついね」
「せっ、先輩とっ………?」

そういう問題じゃないと解っていても、ついランサーさんに言われた言葉に反応してしまう。
先輩と同じ。言われたのはそれだけなのに、何だか妙にうれしくて照れくさい。
頬に手を当てて火照った顔を隠していると、刺さる視線にはっと顔を上げてにやにやと楽しそうに笑っているランサーさんと目が合った。
はて、と首を傾げて数秒。ようやくからかわれたのだとそのにやつきの意味を悟って、咄嗟にランサーさんの腕をぺしんと叩いた。

「もっ……もう、もう! ランサーさんのいじわる! そんな事ばっかりしてたら、嫌いになっちゃうんですからね!」
「おっと、それは困る。何しろあたしは桜ちゃん大好きだからね。仲良くなりたい子に嫌われるのは避けたい。もうしないって約束するから。ねっ、この通り」

今度こそ本気で怒ってぽかぽかとランサーさんの腕をぶっていると、さすがに居た堪れなくなったのか、ランサーさんは申し訳ないというように眉を下げて、ぱんと顔の前で手を合わせて頭を下げてきた。
深々と頭を下げられて、ようやく溜飲が下がったので、特別に赦してあげることにする。
なんて思っている時点で、わたしはそもそも本気で怒ってなんていない。そして他人に対してそんな態度がとれる時点で、自分が彼女にかなりの親しみを持っているんだと実感して、何だかひどく驚いた。
正直、わたしはそんなに社交性のあるタイプなんかじゃない。遠坂先輩みたいに、誰とでも仲良くなんてなれないし、警戒心だって強いから、人と打ち解けるのには時間がかかる。なのに、ランサーさんには、どうしてか初めから警戒心が薄かった。
普段は近寄り難いアーチャーさんも、ランサーさんと一緒なら軽い冗談だって言えるくらいに、彼女の隣はほっとする。
人のことをからかったり冗談ばっかり言ったりするランサーさんだけれど、人に対する好意だけは本物だって、何となくわかるから……なのかもしれない。

だから余計に、必要以上に好意を敵意にすり替えようとするランサーさんのアーチャーさんに対する態度は、本当にただただ不思議だった。
なんて、言ってしまったらさっきみたいに2人がかりで猛烈な反対にあってしまうので、ちゃんと口にはチャックをしておく。

「お2人は、商店街へ何の御用ですか?」
「ん? あたしたちはお醤油のタイムサービスのためにちょっとね。お1人様一本限りとはいえ150円は破格のお値段だもの」
「えっ」
「保存のきくものだからな。安く買えるうちに買っておくに越したことはない。どうせ和食がベースの食卓だ。消費も早いだろう」
「あ、あの…アーチャーさん、ランサーさん。わたしも………」

恐る恐るエコ袋からお醤油のボトルを取り出すと、2人とも目を丸くして、顔を見合わせるなり自分たちのエコ袋からも同じお醤油を取り出した。
ぽかんとしてそれぞれの顔を見合って、おかしくなってぷっと吹き出す。

「ふふっ……だ、だって先輩いつもこの時間帯はアルバイトだから、わたしが買っておかなきゃって思って……ぷぷ」
「あ、あたしも、そう思って………くくく、なにこの偶然、こわっ!」

お腹を抱えて笑い合っていると、考えることは同じだな、とアーチャーさんが少し照れた顔で締めくくった。

「そのために、お2人一緒に?」
「そうそう。でもアーチャーってば酷いのよ。あたしだって初めてとはいえおばさま方の中に飛び込む気満々だったのに、セール始まったと思ったら邪魔だって人のことほっぽって言っちゃうの。それで2本買ってきたと思ったら、あたしが自分で出すって言ってるのに無視して2本分のお金払っちゃうし。挙句の果てに荷物すら持たせてくれないの。馬鹿にしてんのかって感じよねぇ」
「えっ……」
「なぜ私が買ったものをお前に持たせなければならないのか甚だ疑問だな、これは私の買った醤油だが」
「あたしがいたから買えた醤油でしょーが!」
「金を出したのは私だ」
「だから出すっつってんでしょ白髪頭!」
「どのみち使う人間は同じなのだから別に良いだろう」
「はっらたつこのトウヘンボク!!」
「え、ええっと……」

初めてタイムセールの荒波に向かうランサーさんを気遣ったのと、普通に女の人だから荷物を持ってあげようとしただけなんじゃ………。
そう言おうとも思ったけど、腹を立てたランサーさんがアーチャーさんに背を向けたところで、彼にウィンクをされてハッとする。
………こ、これは、黙ってて、ってことなんだろうなぁ。たぶん。

そんなことをぼんやり思っていると、アーチャーさんは自分が巻いていたマフラーをごく自然な仕草でランサーさんの首に巻き付けて、わたし達に行くぞと促して歩き出した。
それを、ランサーさんは当然のように享受して歩き出す。

「大体アンタのそういうところがムカつくのよ」
「別に好かれようとは思っていない」
「いいから、ほら醤油代! せめて醤油代だけは受け取って!」
「断る」
「何でよ!」
「いらん」
「いらんとかいるとかの問題じゃないの!」

わあわあと喧嘩をしながら、アーチャーさんに巻かれたマフラーをランサーさんが当然のように短く巻き直して余ったところを彼の首にかけたのを見て、思わず絶句する。
え、ええっと……あれ? これってもしかして無意識? アーチャーさんも全然気にせず歩いてるし。身長差がそんなにないから歩きづらくはそんなにないのかもしれないけど、えっと、これってあの人たちには気にするような事でもないってことなの………?
呆然とするわたしに、さっきと同じように喧嘩をしながら、同じマフラーを巻きつけた2人が振り返ってわたしを促す。
それをややどもりながら頷いて小走りで追いつきながら、思わず口元を手で押さえた。
……………うすうす思っていたけど、この2人、本当は自分たちの好意隠す気とか、ないんじゃないのかなぁ。
自分たちがはたから見てどう思われるかなんて考えもしてないような2人を見て、わたしは、ちょっと呆れて肩を竦めた。







キリ番リクエストしてくださった和泉さまに捧げます!
天邪鬼の2人で喧嘩中の気遣いを、という事でしたが、なんかもう普通のバカップルになってしまった……。
ちなみにマフラー巻き付けたのは2人とも無意識です。生前の貧乏癖が出て「いつものように」一つのマフラーを二人で巻いて経費削減してるだけです。お互い外から見た自分たちのずはこれっぽっちも気づいていません。
………もうお解りでしょうが、生前お互いの気持ちに気づかなかったのはただ単にどっちも重度の鈍感だっただけです。双方の所属する団体ではこいつらただの喧嘩ップルだからほっとけ」と言われてました。止めようとすると砂を吐く結果になるので。
気に入っていただけると幸いです。
それではもうギリギリになってしまいましたが、和泉さま良いお年をお迎えください!







2014.12.31 更新

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