天の邪鬼たちの終着点 | ナノ


槍兵Rの攻防・後





……………うん。とりあえず、どうしよこれ。
 目の前にはトラ柄のシャツの「藤ねえ」、後ろにはわなわなと怒りに打ち震えているだろうリン、焦っているだろうシロウ、混乱真っ最中な「桜ちゃん」、そして、恐らくよく状況が解っていないであろう我が愛しのマイマスター。
 まさに前門の虎、後門の赤いあくま。いやいや、巫山戯ているわけじゃなくて。

「えーっと………士郎、この人たちは?」

 困惑しながらも、というか未だ困惑から抜けきっていないからこそだろう。今朝あれだけリンのことで烈火のごとく怒っていた「藤ねえ」は、おろおろとした仕草であたしとアーチャーを指さす。しかもその視線にはマスターも捉えられてしまっているから、どうにも誤魔化しようがない。
 全くもう、マスターまで出てきちゃったから、咄嗟にアーチャーとあたしが霊体化して「え? 見間違えただけじゃないの?」みたいに流せなくなってしまったじゃないか。いやそういうちょっと空気読めないところもマスターの素敵なところだけど!

とにもかくにも、今まさにあたしと同じように苦々しい顔をしているアーチャーと、視線を交わしてコンタクトをとってみる。
バチリと噛み合った視線で、あたしたちがおおよそ同じことを考えているのが解った。

「(兎にも角にも……アーチャー、今は打ち合わせしてる時間なんてない。ここはあたしに合わせるっていうことでいいね?)」
「(やむを得ん。貴様の口八丁に期待する)」

 ばっと2人で目線を合わせて、コンマ0.1秒で平和協定を結ぶ。つい先ほどまで喧嘩上等の心持ちだったけど、こんなところでそんな事を言っている暇はない。
 ていうか、確かに今朝も見たは見たけど、正直この人誰なのか全然解んないんだけど、たぶんシロウの身内なのは確か。しかしこの、どことなくただよう堅気じゃなさは、きっと魔術師ではないにせよ、それとはまた別のそっち系の人と見た!

「――お久しぶりでごぜぇやす。リン姐さん、シロウ兄さん!」

 それで、咄嗟に片膝を床に着くと同時に、それとは逆の方の手の拳を床にたたきつけて、頭を垂れる。いわゆる、跪く態勢を採った。

「な……ラ、ランサー!?」
「あ、アーチャーまでっ……あんたたち何やって……!」

 上から、リンとシロウの戸惑った声が聞こえて申し訳なく思う。それとあたしと律儀に恰好を合わせている…というよりもあたしがああ言ったばかりに反射的にあたしに倣ったアーチャーにも、流石にこれは心の中でゴメンと謝った。

「(ごめん…流石にこれは自分でもないと思った)」
「(何がどうしてこうなるに至った!? 何がしたいんだお前は!)」
「(や、だってあのお姉さん多分ヤのつくとこの人でしょ? なんかこうした方がそれっぽいかなあって……)」
「(馬鹿か!!)」
「(そんな怒んないでよ、ちゃんと誤魔化すから!!)」
「(だから、いつも言っているが君はいい加減焦ると突飛な行動に出るのをどうにかしたまえとあれほど………!)」
「(ううう五月蝿い! だったらあたしに任せなきゃ良かったでしょーが。あたしにフォローを一任した時点であんたも同罪よ!)」
「(なんでさ!!)」

 言いだしっぺはお前だろ! と言いたげな目でこっちを睨んでくるアーチャーにぐっと言葉に詰まるも、ここで黙っているわけにはいかない。だってすでに俯いたままアイコンタクト交わしてるだけのあたしを、「大河」ちゃんたちが不思議そうな目で見てるし。
 なおも何か言いたそうな目のアーチャーを黙殺して、多少無理を感じたとてもこの設定で押し通すことにする。

「あっしらは遠く故郷を追われた流浪者。食うに困れば悪さもする悪たれでございやした。しかし、あっしらはそちらの姐さん兄さんに救われたんでございやす。こんなあっしらを見て軽蔑することなくその生きざまに本気で怒り、馬鹿な真似はやめろと再三言ってくれやした。姐さん方のその真摯な心に胸を打たれたあっしらは、それで真面目に生きようと誓い、お陰でまともな職に着くことも出来、今日のあっしらがあるのでございやす。なあアチャ」
「(アチャ!?)っは、はぁ……そうでご、ざいやす……」

 仕方なしにだけれどあたしに合わせるアーチャーに少し安堵して、外野に口を挟む隙を与えないように言葉を続ける。

「それでただいま初めての有給を消費中でありやして、これも良い期待と、恩になった姐さん方を現職業でもあるボディーガードをすることで、その恩に報いたいと、このたびここ冬木にやって来たしだいでございやす」
「っ………大変不躾とは思いますが、どうかあっしらの滞在、しばし、見逃して頂けないでしょうか………」

 最後に言葉遣いをこちらに合わせたアーチャーの一言で締めくくって、2人して審判を待つ罪人の気分で俯いたまま「大河」ちゃんと「桜」の反応をうかがう。
 どう考えてもアウトでしょこれ…と思っていたけど、いきなりの展開に呆気にとられたのか、頭上の2人は気圧されたように別に大丈夫ですけど、とやや遠慮がちにオーケーをくれた。それに内心嘘でしょと思いながらも、隣で嘘だろと言わんばかりの顔をしているアーチャーにそら見たことかとドヤ顔しておく。

「え、じゃあ…この人は?」
「上司です!!!」

 マスターに関してはもう、設定考えるのめんどくさいからこれで通すことにした。







「ふいーっ。何とか誤魔化せたー」
「本当に何とかだな。一時はどうなる事かと思ったが」
「あたしの機転に感謝してよね」
「ふん、どの口が」

 隣同士で小声で嫌味の応酬をしながら、箸は互いに料理を掴んで口の中に放り込むのを止めない。
 テレビで見ただけ程度のうろ覚えの舎弟っぽい話し方でゴリ押しとはいえ無事ボディーガードをしているリンとシロウの知り合いという事で通って数分。あたしとアーチャーとマスターは、大河ちゃんたち4人に交じってお夕飯をいただいていた。
 ここにしばらくいるんなら遠慮せずにご飯一緒に食べましょうよ、と言ってくれた大河ちゃんのお言葉に甘えてこうしているけど、しばらく話しているうちに敬語はいらないと言われたので、元の口調に戻って接しさせていただいている。

「あ、ランサーちゃん、そっちのお皿とってー」
「はーい。あ、大河ちゃん、この春巻き美味しいよ。こっちもどうぞ」
「ありがとー。じゃあランサーちゃんにはこっちのエビチリを乗っけてあげます」
「わーい」

 大河ちゃんとは思った以上に早く打ち解けて、最初警戒するような目でこちらを見ていた桜ちゃんにはこっそり「別にシロウをとったりしないよ」と耳打ちすると真っ赤になってそんなこと思ってませんから!! と必死に否定された。くっそー女子高生可愛いなぁ。
 だけどそれからあたしとマスターに対する視線の鋭さが軟化したのは何でかなー? とか聞いたら今度は涙目になっちゃいそうなので、ひとまず胸にしまっておく。ひとまず。

「アーチャーさん、おかわりいかがですか?」
「いや、私は結構。世の中には居候三杯目にはそっと出し、ということわざもあるだろう。そういう事だ」
「でも、まだアーチャーさんは一杯目ですから、二杯目までなら大丈夫なんじゃないですか?」
「そういう事ではなく……」
「いいじゃない、もらいなよ、お腹まだいっぱいじゃないんだから」

 ちなみにあたしの持っているお茶碗に入ったご飯は今2杯目。アーチャーの理論的に言えばあたしもまだセーフである。
 だけどどうも遠慮しているのはそういうことではないらしく、アーチャーはあたしを見ると半分げんなりした顔でため息をついた。

「ちがう。今のことわざはそういう意味ではないし、君は日本人には何事にもオブラートに包んで話すという文化を知るべきだ。というより、君は少し遠慮というものをし知ったらどうだね」
「そんな体力の足しにならないもの知りまっせーん」
「だから……」
「あっ、あの、本当に気にしないでください、アーチャーさん。ランサーさんおいしそうに食べてくれるから、ご飯もよそい甲斐があります!」

 さっきまでの自分たちにしか聞こえない音量じゃなくてだんだんいつものケンカの音量になってきているところで、不穏な空気を察知したのか、隣の桜ちゃんが慌てて割って入ってきてくれた。

「今日はわたしお夕飯何もお手伝いできなかったから、むしろどんどんおかわりしてくださったほうが、仕事ができてうれしいです」
「ふふ、ありがとう桜ちゃん。君はいい子だね」
「いえ、本当に今日は何もお仕事なくて手持無沙汰で………」
「うん、これだよアチャ男。アンタにはこのいじらしさが圧倒的に足りないんだってば」
「大の男にいじらしを求めてどうするというんだね君は」
「言葉の綾だよそれぐらい察してほしいねこれだから鈍感は」
「なっ、誰がだ誰が………!」
「あ、マスター麻婆豆腐ならあたし方が近いからよそうよー」

 カッとして食って掛かるアーチャーをさらっとスルーしてそろそろと遠い位置の麻婆豆腐の入った器にお皿を持った手を伸ばしているマスターの方へと話の矛先を向けた。
 適量によそった器をマスターの手に返してちらりと隣を見れば、苦虫を100匹くらい噛み潰した顔のアーチャーに、ごっそりと溜飲が下がったのを感じた。普段は決着がつかないうちに周りに止められて引き分けになる分、たまにこっちが優位に立てると快感も一押しだ。

「そういえば、ランサーさんもバゼットさんも、アジア圏の出身ではなさそうですけど、お箸の使い方が上手ですね」
「ふふ。職業柄、色んなところへ行くものですから」

 あながち嘘は言ってない。
 生前からいろんな国飛び回って救助活動や治療をしてきたし、死後もやってることは程度は違えど根本的には同じだ。ただ、そう割り切っているあたしでさえ摩耗はする。ならば隣の子の筋金入りの馬鹿なんて、もう相当だろう。………なんて、考えるだけ無駄かつ思考が暗くなりそうな感慨には蓋をするとして、目の前のピリ辛のエビチリに箸を向けることにした。

「個人的にパンよりライス派なんだよね。向こうは適当な店だとパンがぱさぱさで不味くてしょーがない。その点お米は分量きちっとしとけば失敗しないからいいよねぇ」
「待て。炊飯をそんな簡単なものと考えられては困るな。米と一口に行っても白米雑穀米五穀米など、様々な米の種類によって加える水の量は違ってくるし、当然最高のおいしさにするための炊き方も違う。それから……」
「ちょっとそのお米うんちく長くならないでしょうね」

 しまった、と思ってももう遅い。一度スイッチの入ってしまったアーチャーのうんちくはこいつの気が済むまで止まらないのだ。生前にもこういうことはいつもあって、もううんざりしながら呆れた目でつらつらうんちくを話すアーチャーを横目で眺める。
 諦めて話が終わるまで聞き流していると、向かいの士郎とふと目が合った。

「(…………? シロウ?)」

 あたしとアーチャーを何とも言えない顔で見つめているのに、最初はアーチャーのうんちくに呆れたのかと思ったけど、どうにもその目はあたしたちを素通りして別の誰かを見ている。
 なんだなんだと見ていると、その視線がちらりとふすまを通り抜けて遠くを見たことで合点がいった。
 この少年、自分の部屋に待機させたセイバーが気になって仕方ないらしい。サーヴァントだとかそういうの関係なしに成り行きとはいえ仲間はずれにしてしまっているこの状況がお気に召さないのは、彼らしすぎて笑ってしまう。

「いいんじゃない? その先どうなろうと、ここの家主はシロウなんだから。君の好きなようにしたらいい。後は野となれ山となれだ」
「えっ?」

 急に脈絡のないことを口にしたあたしに、食卓についている人全員の視線が集まる。それに何でもないと笑ってごまかすものの、あたしがどういう意味でそれを言ったのか解った士郎の顔だけは、意を決したように強張っていた。

「…………悪い。ちょっと」
「? なに士郎、トイレ?」
「いや、忘れ物をした。連れてくるから、待っててくれ」

 立ち上がって、リンの無言の視線を受け流しながらセイバーを迎えに行ったシロウに思わず笑みを浮かべていると、マスターに食卓の下から足で小突かれた。

「貴女は無駄な好意が多すぎです、ランサー」
「そう固いこと言わないでよ。マスターはあたしのこういうところ、実はそんなに嫌いじゃないでしょ?」

 小声でやり取りをしてにっこり笑ってやると、マスターは図星なのが気に入らないのか、ぶすっと拗ねた顔をして、お茶碗の中の白米に箸を突き立てた。







2014.11.09 更新

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