天の邪鬼たちの終着点 | ナノ


少女Rの混乱





 自分の母校とも呼べる穂群原学園の校庭で、私のサーヴァントと、この聖杯戦争で初めて出くわした敵、つまり私たち以外のサーヴァントが戦っている。
 この聖杯戦争は、“戦争”と銘打っているだけあって、情け無用の本当の殺し合い。一瞬でも相手に情を向ければ、次の瞬間には自分がやられてるっていう徹底ぶり。
 なんせ使役するのはただの使い魔ではなく本物の英霊だ。そりゃ現代人の私たちとは格が違う。
 ……………だっていうのに。これは一体なんだろう。


「…………何なのよ、こいつら」


 だっていうのに、目の前で剣と槍を交えている英霊たちは、まるでじゃれ合っているようにしか見えなかった。
 目に止める事も出来ないくらいのスピードで繰り返される剣戟は、私が少しでも踏み込めばその空気だけで粉微塵にされそうな程に凄まじいのに、その甲冑にいる赤と銀の影は、見るからに楽しそうだ。


「あっはははっ! ほらほら、ぼさっとしてると首掻っ攫うわよのろま!」
「ふんっ。慢心は身を滅ぼすという事を知らんのか貴様はっ!」


 キン、ギィン、と金属が互いの刃をこする音がする。
 見た事もないほど綺麗な水晶のような槍を駆使する水色の中華風の服に身を包んだランサーは、それだけで子供のように楽しげに歯を覗かせる。
 対して、私のアーチャーはというと、すれを見るなり、唇を吊り上げさせてこの3日間で見せた事のない獰猛な猛禽類みたいな笑みを浮かべて、手に持った剣を握りしめて一気にランサーに突っ込んでいった。


「………まるで、子供のライオンのじゃれ合いね」


 ぽつりと、思わず口から洩れた言葉は、彼ら2人を表現するのにまさしくドンピシャリだろう。
 アーチャーに対峙するランサーは、くるくると巧みに槍を弄ぶと、まさしく神速の一突きを次々と繰り出していく。けれど、あくまで軌道が点になるその攻撃は、アーチャーの ように急所を狙うその動きを弾けば僅かばかりに隙が出来る。
 けど、あのランサーはむしろそれを望んでいるようだった。
 敢えて、とは言わない。でも、結果的に作ることになった隙を、あの女は逆手に取るかのように楽しんでいる。
 ほら、もっと攻めてみろ。自分の間合いに、入れるのものなら入って来いとでも言うみたいに。
 アーチャーはその誘いに乗るかのように身を躍らせて、けれどその隙を利用してランサーに本当の動揺を生み出させようとしている。
 なんて攻防。この2人、明らかにお互いの手の内を知り尽くした上で戦闘を楽しんでる。だって、こんなの初対面の戦闘じゃありえない。っていうか、アーチャーあんた今までとキャラ違いすぎない?


「ちょっと、アーチャー。あのランサーと知り合い?」


 ズサ、と音を立てて、アーチャーとランサーが間合いを取る。その合間すら楽しんでいるかのような両者に、邪魔になるだろうから何も言わないでいようと思っていたにもかかわらず、思わずつと口が出てしまった。
 私の言葉を受けて、アーチャーが敵と対峙しているにもかかわらずん? とか言いながら私を、つまり後ろを振り向いた。


「ちょっ、ば、前見なさいよ前っ!」
「いやマスターの指示が聞こえなかったのではまずい。今何と言った?」
「なっ。だ、だからあのランサーと知り合いなのかってーの!」


 慌ててランサーを指さすも、とぼけたことを言ってさらに身を寄せてくるので、仕方なしに慌ててさっき言ったセリフを繰り返した。


「Du nervst echt! ちょっと、距離が違い!! それ以上その子に不用意に近づいたらぶっ殺すわよアチャ男!」
「誰がアチャ男だたわけっ!」


 傍から見れば随分な近距離にいる位置でアーチャーと話していると、そこで急に向かいのランサーが切れだした。
 最初の何て言ったんだろう。多分ドイツ語だろうけど、早口でよく聞き取れなかった。
 そう思いつつ、それにほぼ反射のようにアーチャーが言い返すのを見て、思わず首を傾げる。


「………何であの子がキレてるの?」


 彼女のマスターも訳が解らないらしく、困惑した顔でランサーを宥めている。


「こら、止めなさい。何をいきなりがなっているのです、ランサー」
「うぐ……だってぇ。なんかイライラして………」


 マスターの叱咤にしゅんと肩を下げでしょげるランサーに、思わず毒気が抜ける。
なんて顔するんだあのサーヴァントは。
 銀色の長い髪をすっきりとポニーテールにして、しなやかに槍を捌くその姿は典型的な戦う系美女。………って感じだったんだけど。
 今の子供みたいなしょげ方を見て、不覚にも、ちょっとかわいいとか思ってしまった。


「いずれにしても、遊びはここまでですランサー。今夜の相手は大した事がないのでしょう? なら、早々に済ませてしまいなさい」
「…………ん。イエス、マイマスター」


 ――――と、そこで、マスターの言葉を受けて、ランサーの纏う空気が変わった。
 すう、と軽く息を吸い込んで、吐き出すと同時に、今までの清廉な雰囲気が一変する。
 一転して、あえて言うなら禍々しい。対峙する者を不安定にするような、底のない谷のような、胸騒ぎのする魔力の奔流。
 腰を低くして槍を地面すれすれに構えて、ランサーは、娼婦みたいに艶めいた笑みで唇を舐めた。


「悪いね。マスターからオーダーが入っちゃ仕方がない。終わるよ、アーチャー」
「…………ふん。やれるものなら」


 先程と変わらない口調。けれど決定的に変わってしまった雰囲気のランサーに、アーチャーは不敵に返して私から離れると、再びどこからともなく双剣を手に持って構えた。
 それを挑発するようにランサーは目を細めると、数、と先程よりも深く息を吸った。―――って。なに、これ!?


「………大渦(オド)を、吸い込んでる?」


 そう。大気に充満してる大渦(オド)を、ランサーは魔術を行使するでも何でもなく、単純に吸い込んで、自分のものに換算している。
 そして吸い込んだ魔力は吸い込んだだけ、段々とあの手に持った水晶のような槍に込められていくのが解った。
 ちょ…………どういう事!? なにそれ、そんな魔術聞いたこともないわよ、私!?


「ま、とりあえずあたしに言えるのは1つだけ。………死にたくなかったら、死にもの狂いでもバックステップでもかましな、アチャ男」
「同じことを何度も言わせるなよ。誰がアチャ男だ」


 ランサーの言葉に動じず返して、アーチャーがぐっと双剣をクロスさせて防御の態勢に入る。
 ………あれで、相手の攻撃を防ぎきれる? たぶん無理。ううん、こんなに離れた位置でも魔力の奔流が威圧となって私の手が震えてるのに、絶対あんなので防げるわけない。
ああもう。どうしよう、どうするのが正解?
 やばい、こんな時だっていうのに頭こんがらがってきた。

 ぐちゃぐちゃになりそうな頭で、とにかく気概で負けないようにとランサーと向こうのマスターを睨みつける。
 そして、考えた末に、スカートの中の父さんの形見である宝石を握りしめて、準備完了。
 いざとなったらこれで防御膜を張って。したら、数秒だけっでも堪えられるはず。そして数秒さえあれば、アーチャーならここから離脱できる。
 それを展開するタイミングを見誤らないように、じっとランサーに集中する。
 そして、ランサーの槍に込められた魔力が最高潮に達しそうな所で――――


「――――誰です!」
「へ?」


 緊迫したランサーのマスターの声と、それに次いで緊張感のないランサーの声が、人気のない夜の校庭にこだました。
 あっちのマスターの声に反応して彼女が見ている方向を見ると、そこには人影がいて、予想だにしなかった事だけにぎょっとする。
 まさか、こんな時間に人が残っていたなんて。
 動揺しているうちに、ダッとランサーのマスターがその人影に向かって走り出す。
 それに反応して逃げ出した人影に、慌ててこっちも、と行こうとしたところで、再び出鼻を挫かれた、というより、毒気を抜かれる声が校庭に響き渡った。


「ちょっ、へ!? なななな何!? え!? よ、良く解んないけど待って、とりあえず待ってマスター! あたしも行くっ。行くってばあー!」


 なんて、緊張感の欠片もないランサーの声と共に走り去って行ったランサー陣営に、そんな場合じゃないと解っていても、思わずぽかんとして見送ってしまった。


「…………なんなのよ、あいつら」


 嵐のように過ぎ去って行ってしまった対照的な2人組に呆気にとられて。
 私はアーチャーに追わなくても良いのかと促されまで、その場で唖然として動けなかった。








2013,11,19 更新

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