槍兵Rの攻防・前
「今回の召喚で最悪な瞬間があるとすれば、あんたなんかと仲良く肩並べて周囲の見張りなんてしなくちゃいけない今まさにこの瞬間よね」
「奇遇だな。私にとっても今この瞬間こそが最も不快な時間だ」
ギロリと睨みを効かせたあたしの嫌味に、殊更厭味ったらしい笑みを浮かべて返してきたアーチャーに思わずちっと舌を打つ。
きっかけは、シロウと一緒に衛宮邸に帰ってきてセイバーも交えて聖杯戦争に参加しているサーヴァントの話に花を咲かせているところでリンとシロウの後輩ちゃん(桜ちゃんというらしい。可愛い)が帰宅してきたので、こっそり彼女の目を盗んで昨日と同じように霊体化して屋根の上で見張りをしていようとすると、それに気づいた凛が桜ちゃんにバレないようにこっそりと耳打ちをしてきた。
「ランサー、丁度良かった。アンタ達今までなんや神谷で仲悪かったでしょ、この機会に少しは関係修復してきなさいよ」
「へ? アンタ達って?」
意味が解らず首を傾げたあたしに、リンがこともなげに爆弾を投げてきた。
「決まってるでしょ、アーチャーとアンタよ」
「はあっ!? ぜぇったいヤダ!!」
ぎょっとして思わず叫んだあたしと同時に、いつの間にいたのか霊体化して隣にいたアーチャーも同じように叫んで、これもムカつくことにほぼ同じタイミングで猛然と抗議したものの、眉にくっきりしわを寄せて、これでもかというくらい不機嫌な表情をその整った顔に刻んだリンにビシリと人差し指を突き付けられて、その文句は霧散した。
「つべこべうっさいこのあほサーヴァント共! いいから、アンタ達は屋根の上で揃って見張り! ちょっとくらいお互い歩み寄りの姿勢を見せなさい!!」
きっと睨んでそう命令したリンに、アーチャーが反射的にかぐっと怯む。
解ったらさっさと行きなさい。と蹴り出さん勢いで庭にアーチャーと共に放り出され、お互いに顔を見合わせて、しぶしぶ屋根に上がって、こうして2きりで見張りをしているのだった。
「ほんと最悪。大体あんたがいるならあたしが見張りする必要ないじゃない」
生前のこいつの特技からして、スキルとして千里眼を会得しているのは間違いがない。なんせ、狙った的は意図的に外そうとしない限り絶対にはずさないんだから。
正直昔っから射撃の才がめっぽうなかったあたしに対する嫌がらせにしか思えないその特性を生かせば、数百メートル先の家の塀の煉瓦の数を見て取るくらい余裕だろう。そのくらいの視力を擁していれば、こと見張りにおいて、あたしが出る幕なんてほとんどない。
一方あたしは気配を察知するのがこいつより長けてはいるものの、それが生きる場面なんて、今のところとんとなさそうだ。
「全くだな。君はさっさと溺愛している主のところへ帰って私の視界から消えると良い」
「ああ? その言い方、気に入らないんだけど」
「気に入ってもらう必要がどこにあるというんだね?」
睨みを効かせるあたしをあっさり交わして厭味ったらしく笑って見せるアーチャーに、さっきから苛立ちが止まらない。第一、その言い方、あたしだけじゃなくマスタまでも馬鹿にしているみたいで、気に入らない。
「あたし、アンタのそういうところ嫌い」
「ほう。君が私を好ましく思っている部分が少なからずあることに驚きだな。ちなみに私には君を好ましく思っているところなどないがね」
「前言撤回。あたしアンタの何もかもが嫌いだわ」
ふん、と互いにそっぽを向いて、体育座りの体勢で膝に口元まで顔をうずめる。アーチャーの視線を感じないのを確認して、吐き出した息は微かに震えていた。
…………別に。今更白々しく仲良くしようとか、思ってるわけじゃないけど。
リンにも言われたんだし、もうちょっと、あたしに対して普通の対応したって良いんじゃないだろうか、こいつは。
プラスどころか好感度はマイナスを振り切ってるのは解ってるけど。……あたしのこと全部嫌いって、思っててもわざわざ口に出してくれなくてもいいんじゃないの。
泣きそうになんかなってないし。エミヤの馬鹿あほガングロブラウニー野郎。
ていうか、黙ってないで何か喋ればか。
「………そういえば」
「何」
そう思った矢先に声を掛けられて、返事をしながらドキリと跳ねた心臓に気づかれないよう細心の注意を払う。こいつ鈍いと見せかけて鋭かったりするから、こういう些細な仕草も観察されてたりする。ほんとムカつく。
「私のこれは、いつ治る」
「………………」
ああ、くそ。
あーはいはい、そうですよね。あたしとアンタが喧嘩せずにまともに会話できるのなんてこの話題だけだしね。ええもちろん解ってますよ。はいはいはいはい、戦争(オシゴト)のお話ですね、そうですね。
このくそガングロ。豆腐の角に頭ぶつけてしんじゃえばーか。
「魔力の使用制限のこと?」
「ああ。いくら凛から魔力をもらおうと、それを使用することにストップがかけられては私は宝具を使えない」
「どうせ序盤で使うつもりもないくせに。意味ないんじゃないの、今あたしがあんたにかけてるそれ」
身体は振り向かせず横目だけでアーチャーを見ながらそう言ったあたしに、後ろでこいつが大きく目を見開いたのを見て、それを鼻で笑った。
何故解った、みたいな顔されてもね。わからいでか。何年あんたの隣走ってたと思ってんのこいつは。いい加減あたし怒ってもいいかな。
「手の内かくして翻弄するあんたが、こんな序盤で宝具使うわけないことくらい、解るよ」
「…………だが」
「心配しなくても、ほっとけば時間とともに少しずつ回復していく類の奴だから平気。後遺症もないし」
ただ、あと10日は完治しないって思っといて。
顔を見ないままそう言うと、アーチャーは何とも言えない苦虫を噛み潰したような顔で自分の手のひらを握った。そりゃあまあ、いくら宝具を使う気がないとはいえ、魔力の使用そのものを制限されるのは歯痒かろう。万が一のことを想定すれば、今のこの状況が心許ないのは当然だ。
けど、そのことについて謝る気は毛頭ない。それはアーチャーも解っていることだろう。
だって、あたし相手に油断したこいつが悪い。これが聖杯戦争である以上、あたしもアーチャーも、結局は最終的に敵であることに変わりないんだから。
だからそもそも、あたしはこんなことでいちいち落ち込んでいる暇なんて、ないはずなのになぁ……。
「………ほんと、あんたヤダ」
「何がだね」
「あんたを構成する何もかもがよ」
馬鹿みたいに不毛すぎて、いっそ泣けてくる。何であたしはこんなのにいちいち反応してるんだろうか。
「(何でこんなのが好きなんだろうか…………)」
こればっかりは、自分でも永遠の謎である。
「あたし、アンタなんか嫌い」
「奇遇だな、私もだ。大体、何故隣り合って君と見張りなんぞ……」
「それ、会話が振出しに戻ってるんだけど」
これ見よがしに溜息をついてみれば、アーチャーはむっとしたように顔をしかめる。
その顔を見て、ふと、良からぬたくらみが頭を過ぎった。
ストレス発散も兼ねて、と、知らず自分の口角がにやりと上がる。
「折角だし、暇つぶしにでも、ここらでどっちが上かはっきりさせてやりましょうか」
振り返って煽ってみれば、存外好戦的な視線とぶつかる。
普通に考えれば、ここでそういう発想に出る方が阿呆だろう。けど、ことあたしたちの間において、こういうところだけは考えが妙な具合に合致する。
つまり、あたしがこういう欲求を抱えてるときは、アーチャーも同じように
「今は協定を結んでいる間柄なわけだし、命のやり取りはナシね」
「ああ、もちろんだとも。だから急所を責めることも、真剣などの刃物は一切負荷だ。ただし」
「それ以外なら」
「手加減は無用」
絡み合う目線に、にやりと笑う。
うん。あたし、あんたのこういうところだけは、ほんと大好き。
踏み出したと同時に、足元の瓦がバリンと音を立てて。合図も何もなしに、暇つぶしの本気の組手が開始された。
ガァン!! と、取っ組み合ってると思いの外大きな音が出て、それに気を取られて一瞬意識を他所にやったアーチャーの足を引っ掛けて、体勢を崩したのに合わせて体重と勢いに任せて、こいつを下敷きにして地面に叩きつける。
衝撃と同時に鳩尾に添えていた肘のダメージがダイレクトにいったのか顔を歪めるアーチャーに、ちょっと溜飲が下がって満足げににんまりと笑って見せた。
いつも思うけど、こいつをこうやって屈服させるのはたまらない。この、ぐっと歯を食いしばって悔しくてたまらないって顔とか見るの、けっこう好き。
「ちょっ、コラ! 何やってんのアンタ達!!」
いつの間にか現れたリンに組み合っていた態勢のままで2人して声のした方を振り向いた。
「……あれ、リン?」
「リン? じゃないわよ、何やってるのかって聞いてるの!」
「何って………模擬戦? うあっ」
リンの登場によって、少なからず緊張の糸が途切れた。その油断したすきに、アーチャーにあっという間に態勢を逆にされて、思わず口から間の抜けた声が出た。はっとしてそのままマウントポジションを取ろうとするのアーチャーを、咄嗟に胸に足をかけて渾身の力を込めて押しとどめて、リンに悪いけどあと10分くらい放っといてと叫ぶ。
ここで気ぃ抜いたらもってかれる。この勝負は、あたしとアーチャーの今後の上下関係に大きく影響する。これで負けたら少なくとも数日はこいつに良いようにされる気がする。
というわけで、悪いんだけどリンの言葉であろうともやめられないのだ。ごめんリン、邪魔だったら一旦ちょっと離れたところでやってるから。
再びマウントポジションを確保しようと伸びてきた手を掴んで、ぎりぎりと無言でにらみ合いながら攻防を繰り返す。
ちらりと合った眼はまだまだ遣り合う気満々で、そうこなくちゃと口角が上がった。
「止めるな凛! この山女、一度徹底的に下しておかねば気が済まん!」
「何ですってコラこっちこそぶっ潰してやんよ!」
「上等だ筋力D+!」
「こっちのセリフだ筋力D!!」
「やーめーなーさーいってば!!」
マウントポジションを取られるか否かの攻防をしながらいつもの口喧嘩をするあたしたちに、呆れたようにリンが叫ぶ。
と、そこで、何故かアーチャーの動きが僅かに止まった。
それは先程リンに歩み寄れと言われた時と反応が似ていて、内心で小首を傾げる。
まあ、それはそれとして。こんなとこで隙を見せる方が馬鹿ですよねってことで。
「すっ、き、ありィイイ!」
「なっ!?」
アーチャーの胸につっかえ棒のようにおいていた片足にもう一方の足を乗せて、そのまま勢いよく巴投げの要領でアーチャーを後ろに投げ飛ばした。
面白いくらいにストーンと吹っ飛んでいったアーチャーに、気分が乗ってきて勝手頬が緩む。
にまにま笑いながらリンの咎める声に別に本気で殺し合いしてるわけじゃないよと声を掛けて追いかけると、アーチャーは縁側を通って玄関先まで投げ飛ばされたところからくるりと宙返りして体勢を立て直して着地しているところだった。
まああれくらいで伸せるとは思ってなかっただけに特にそれにショックを受けることもなく。むしろなんだなんだとシロウがぱたぱたと玄関にやってくるその後ろからもう一つの足音が聞こえて。恐らく「桜ちゃん」のものであろうそれに一旦霊体化して外で仕切り直すかとアーチャーに目で告げようとしたところで、その背後の玄関扉がガラガラと音を立てて開いた。
「たっだいまー士郎、桜ちゃーん! 今日のご飯はなーっにかな…………ん?」
『…………あ』
吐き出した声が、誰かの声と重なった。
扉の先から意気揚々と入ってきた……えっと、確か、士郎が「藤ねえ」と呼んでいた、トラ柄の長そでに青緑のワンピースを着た、底抜けに明るい女の人。
その人が玄関先で立膝ついてるアーチャーと、それと対峙しているあたしとを見比べて、きょとんとした顔で目を丸くしている。
そして後ろでは、士郎ともう一つの足音がここに到着していて、かと思えば、後ろをちらりと確認すれば、動揺した顔のマスターまでもがちらりと顔を覗かせていて。
このある意味四面楚歌ともいえる状況に、背筋に冷や汗が流れるのを感じた。
………うわあ、ヤッバイ。
とりあえず、後でシロウには渾身のゴメンナサイをしようと思った。
2014.10.13 更新