天の邪鬼たちの終着点 | ナノ


少年Sの帰路





「やっ。お迎えに上がったよ、シロウ」
「ランサー……?」

 校門を出た途端に、何だが聞き覚えのある声に妙に親しげに声を掛けられて、反射的にその方向に顔を向ける。向けて、目の前の人物に目を丸くした。
いよう、という風に片手を上げて歯を見せて笑って見せるランサーに、少し呆気に取られて、一瞬体の全ての動きが止まった。それを見て、見た事のない現代の服に身を包んだランサーは、不満そうにむっとした顔をして、腰に手を当てて俺を睨んでくる。

「なあに、あたしがここにいるのそんなに意外? 大丈夫だよ、マスターはしっかり君んちで待機してるから。もしもなんかあったらセイバーが何とかしれくれるだろうし、リンにはアチャ男がついてるし。それで、シロウにだけ誰もついてなかったら、ちょっと寂しいじゃない?」
「…………別に、さびしくないけど」
「あたしが寂しいの。シロウ一緒にかえろーよー。ねっ」
「まあ……別にいいけどさ」

 べたべたと馴れ馴れしく肩を組んで上からこちらの顔を覗き込んでくるランサーに、複雑な気持ちで顔が近いとぐいぐいこっちに近づいてくるランサーを手で跳ね除ける。
別に嫌なわけじゃなくて、とランサーが不満そうに頬を膨らませるのを見て宥めるように言って、ランサーのどこを見たらいいか解らなくて、とりあえず顔をそむける。

「嫌じゃなくて、何? シロウはあたしの何が不満?」
「……不満は特にない」
「じゃあ、さっきからなんでそんな仏頂面?」

 ランサーに、彼女が体を密着させてから俺がずっとむすっとした顔でいるのを指摘されると、思わずさらに苦虫を噛んだような顔をして、少し目を泳がせて、迷いながらも、ボソッと小さな声でこうしてランサーと並ぶのがいたたまれない理由を正直に話すと。

「ただ…………ランサー、でかいから。対照的に俺がちびみたいにみられるだろ」
「はあ……? ぷっ、あはははははっ! なにシロウ、君そんなこと気にしてたの、わっかいなぁー!」
「うっ、うるさい! しょうがないだろ、気にしてるんだから!」

 ものの1秒で笑われた。
 ぶはははは、と女性にあるまじき豪快さで腹を抱えて大笑いし出したランサーに真っ赤になって反論するものの、それすら今は笑いの材料にしかならないようで、ランサーはバシバシと俺の背中を叩きながら目に涙さえ浮かべている。

「なあにそれ、もうおっかしいったら………っははは」
「もういいだろ。そんなことするために俺を迎えに来たんだったら、もういい、1人で帰る」
「あっ。ごめんってばシロウ、そんなに怒んないで。昨日君がこっそり部屋を抜け出して土蔵に行ってたことは黙っててあげるから」

恥ずかしいのと身長を抜かれている悔しさで居た堪れなくなって足早にその場から歩き出しを俺をぷくく、と笑うのを堪えながら追いかけてきたランサーに、びっくりして振り返る。
思った以上に勢いよく振り返ってしまった俺に、ランサーはすぐ後ろで腕を組みながら面白そうにやにやと観察している。

「なっ、なっ、なんで知って………!」
「何で知ってぇ……? それは君の屋敷の見張りをしているあたしに対して、あまりにもお粗末な質問じゃないのかな、シロウクン?」
「だ…………!」

 にやあ、と底意地の悪そうな笑みを端麗な顔に描くランサーに、ぶわわっと出る汗と同時に顔が赤くなる。
 確かに、確かにその質問は愚問だった。手を結んだその日に、ランサーはこの屋敷の見張りをすると言ったのだ。夜の間は屋根の上で待機しているから心配するなと。
 それはその時俺の部屋で寝てどんな時でも俺を護れるようにすると言っていたセイバーを隣りの部屋を寝床にしてもらう説得をするのに一役買って、そのおかげでセイバーと俺が同室で寝泊まりするなんていう悲劇が回避されて。けれどそれでも隣から聞こえてくるセイバーの寝息だか吐息だかに落ち着かずに、思わず部屋を飛び出して土蔵で一晩明かしてしまった俺を、屋根の上にいたランサーが、見ていないはずがなくて。

「うっ、ぐ、くそ、そんなカードを切るなんて卑怯だ」
「戦略に必要なカードは、どんなものでも切っちゃっていいんですよーだ。要は、大事なのは使いドコロ」

 これ、センパイからのアドバイスね?
 唇に人差し指を当てて、何とも楽しそうにランサーは笑う。
 おちゃらけているようでその表情が妙に艶っぽくて、俺は見てはいけないものを見てしまったような気がして、気まずげに視線を彼女から逸らす。
 なんとなく、アーチャーに謝らなくちゃいけない気がした。

「………ランサー、俺をからかってそんなに面白いかよ」
「めちゃくちゃ面白い。日課にしたいくらいには」
「なんでさ!」
「だってシロウ反応良いんだもん。生前色仕掛けしかけた童貞よりも良い反応だよ」

 ああ、そういえばシロウも童貞なんだっけ、と俺に酷いことを言いながらさらりといったその言葉に、歩いていた足を止める。

「?」
「ランサー、色仕掛けって」
「そりゃあ、色仕掛けは色仕掛けですよ。情報を引き出すために一番手っ取り早いのは、薬の次に女の武器、ってね」

 当然のことのようにそう言ったランサーに、思わず二の句が継げなくなる。
 そりゃ、俺はランサーが生前どんな状況にいたのかもどんな人生を送ったのかも知らないから、そのことにとやかく言う資格も権利もないんだろう。だけど、

「そういう風に自分を道具みたいに言うなよ。ランサー、女の子だろ」
「…………君も懲りないね」

 はあ、と溜息をついて、ランサーは先程までの楽しそうな顔から一変して苦虫をかみつぶしたような表情になって、腰に手を当てて首を振る。

「そういうのやめてって、あたし昨日言ったでしょう?」
「そんなこと言われたって、思ったもんはしょうがないだろって、俺も昨日言っただろ」

 お互いに仁王立ちになって顔を見合って、一歩も引く気はないことを悟る。
 だからと言って、俺は昨日も見たランサーのそのかたくなな態度に、釈然としなかった。



 バーサーカーとそのマスターに襲われたその次の日、俺が意識を取り戻したころには、すでに他の面々で俺たちが手を組むことはほとんど決定していたも同然だった。
 俺は右も左も解らない状態だったから遠坂からされたその申し出はありがたい限りだったけど、でも遠坂と、特にバゼットとランサーのコンビが俺たちと組むのと、遠坂が彼女たちと組むのを受け入れたのが疑問になって問いかけた。

「………それは、その」
「あたしが昨日、アーチャーと交戦した時にね、うっかり呪いを掛けちゃったのよ」
「えっ?」

 口惜しそうに言いよどむ凛の隣で緑茶を飲みながらさらっと言ったランサーの言葉に、思わず声を漏らす。

「呪いって、セイバーにやったようなやつか」
「まさか。もしそうだったら、凛はこの聖杯戦争で最初の脱落者になってたでしょうよ」

 俺の懸念を、ランサーはあっさりと否定する。
 それに何故かほっとしていると、ランサーは持っていたフォークで、茶菓子のカステラをぷすりと刺した。

「かけたのはあれとは全然違うやつ。まあ反射的に掛けちゃっただけだから持続力はそんなにないよ。今のアーチャーにはね、使用する魔力がある一定まで達すると強制的にストップするようになってるの」
「ある一定って………?」

 にやり、と、からりとした表情を一変させ、ランサーは唇だけを釣り上げて

「すなわち宝具の使用、またはそれに類する魔術行使」

 一口大に切ったカステラをぱくりと口に入れて、ランサーは楽しそうににっこり笑う。

「どう考えても、これから宝具使用上等のサーヴァント戦に出向くのは無理だよねぇー」

 はっはっはー、そりゃ困った。とけらけら笑うランサーに、何だか一気に脱力する。
 けれど当然遠坂にとっては笑いごとではないことで、きっと恨みがましい目で隣のランサーを睨みつける。

「あんたのせいでこうなったんだからね。どうしてくれるのよ」
「だあーから、それは悪かったって、さっきも言ったでしょ? そもそも、先に仕掛けてきたのはそっちなんだからさ、そっちだけ文句を垂れるってのはお門違いでしょう」

 遠坂のきつい視線にへらりとした笑みを返しながらも、目は笑っていないままで同意を求めるランサーに、遠坂が一瞬息を詰める。
 その一瞬にだけランサーの身体から放たれた、氷みたいに冷たい僅かな殺気に圧倒されたんだろう。実際、直接視線を向けられていない俺すらも、首元に冷たい刃を向けられたようで、思わず身体が強張った。
 こういう時に、いくら気安い態度で俺達と話して、対等であるように接していても、ランサーは俺達とは格の違う存在なんだと思い知らされる。
 その視線は、まるで氷でできた巨大なカマのようだ。彼女が指を1ミリでも動かせば、俺の首も遠坂の首も、一緒くたに刎ねられるような。瞬きするような気楽さで、俺達なんてすぐに殺してしまえるんだというような、冷え切った眼。
 
……………それを、どうしてだろうか。
 ランサーがそんな目を遠坂に向けてしまうのが、どうしてだか、勿体なく感じてしまった。
 そんな、彼女がしたくない事は、しないでほしいと。

「…………理由は知らないけど、ランサー。そんな顔する事ないだろ。ランサーは女の子なんだから、そういう顔をするのは、あんまりよくないと思うぞ」
「え………はあ?」

 ぎょっ、と。
 新種の得体のしれない生物を見たような目を俺に見向けたランサーに、構わず続ける。

「ランサー、勿体ないぞ。何でせっかく遠坂といるのに、そんな顔してるんだよ。俺達は今はもう敵対する理由だってないんだから、そんな顔、する必要だってないだろ」
「…………………」

 言い切った俺に、ランサーは目を丸くして、相変わらず珍獣を見るような目を向けてくる。
 その視線に失礼だぞ、という意味合いを込めて軽く睨むと、ランサーはさっきから微動だにしない態勢のまま、口だけをわなわなとゆっくり開いていく。

「…………き」
「き?」
「き、きもちわるい……」
「なんでさ!?」

 うわあ、と言いたげな顔で口元に手を当てて眉をひそめたランサーに、思わず渾身のツッコミを一つ。

「なんか、シロウがあたしに優しいのってむず痒い。やめて」
「や、やめてって言われても」

 心底本当に嫌だという風に言われてしまうも、これはもうしょうがないのでは、としか言いようがない。
 だって、俺がランサーにそう言う顔をしてほしくないって思ったのは事実なんだから、それを止めろって言われても困る。いうなれば無意識の産物なんだから。

「えーやだ! 士郎の生暖かい目とか気持ち悪い!」
「別に俺そんな目してないだろ!? 俺に言われてもそんなの困るって!」
「してるって言ったらしてるんだってのこのむにむにほっぺめ」
「やめろコラ!」

 ぐにーっと人の頬をつかんで横に引っ張るランサーに抗議するものの、口が上手く回せないため間抜けな顔と声になる。
 それにあほ面ーと失礼なことを言うランサーに、結局彼女の気の済むまでいじられたのだった。
 結局はぐらかされてしまったものの、あの妙に頑なだったランサーに対しての引っ掛かりは、まだ解けていない。

「とにかく、俺は嫌だって言われても続けるからな。大体、止めろって言われて止められるものでもないんだから」
「はいはい、もうとりあえずそれでいいよ。納得はしてないけど」

 ぐーっと伸びをして、夕日に照らされたランサーは笑う。

「今のあたしの役目は、シロウを無事お家まで送ることだからね。それ以外は、まあいいさ」
「おい、ちょっと……ランサー待てってば!」

 言うが否や俺の手を取って走り出したランサーに慌てて文句を言うものの、ランサーは楽しそうにけらけら笑いながら取り合わない。
 何だか、セイバーに会ってから、俺は女の子に振り回されてばっかりだ。
 はあ、と決して軽くない溜息をつきながら、それでも女の子に手を引っ張られているというこの情けない現状から一秒でも早く抜け出せるように、自分の足にも力を入れた。







2014.9.22 更新

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テーマ「人外ファンタジー」
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