天の邪鬼たちの終着点 | ナノ


騎士Sの感慨





 これが二度目だからとか、そうでないとかは関係なく。
 私は、彼女が良く解らなかった。


 しんと静まり返った衛宮邸で、私は瞼を開いたまま布団の中に入っていた。
 用がない時は眠っているとはいえ、そう簡単に睡魔は襲っては来ず、眠りが落ちてくるまでは、こうしてじっとしているのが、生前からの常だった。
 シロウ達が居ればにわかに活気が増すこの邸内も、家主が居なければ意味がないと言わんばかりに、一応私以外にも2人いる筈のこの屋敷は、生き物が1つもないかのように、物音1つさせる事がない。
 それが、なんだか少し不思議な気分だった。

「やっほーセイバー……あれ、寝てない。なーんだ、セイバーの寝顔が拝めるかと思ってきたのに」
「……ランサー?」

 そう思っていた矢先。カラリ、と静かなふすまの音を立てて、視界に水色の中華風の衣装が飛び込んで来た。
 目線を上げれば、そこには案の定件の槍の英霊が、親しげににこりと笑顔を浮かべてこちらの部屋に入ってきた。

「寝てないんなら聞いてよセイバー。バゼットったらね、取り敢えず今は受け身の方向でいくよって言ったらあんなに反対してたくせに、1度自分で整理付けたら体力温存のために今は寝るとか言い出すんだよ。特に必要に迫られるわけでもないのに寝こけるなんてさぁ、これって怠慢だと思わない? お陰であたしはやることなくて暇で暇で」
「………あなたは、最後のそれが1番の不満なのではないですか?」

 こちらの了承も得ずにとすんと私の枕元に座りだしたランサーは、腕を組んでぷりぷりとしながら長々と彼女のマスターへの愚痴を話しだす。
 それに半ば呆れながらもぽそりと言葉を返すと、ランサーは私にばれちゃった、実はそうなの、と屈託なく笑った。
 それを見て、私はますます不思議に思う。

 ランサーも、そのマスターも、共に戦力的には申し分ない1流のサーヴァントとマスターだと思われる。ランサーの方は純粋な火力ではなく己の手数を駆使して闘うタイプではあろうとも、マスターの方は、戦士としては凛やシロウとは比べ物にならないほど鍛えられている。彼女とランサーのコンビならば、わざわざこちらと手を組まずとも聖杯戦争で勝ち抜いていける事だろう。
 しかし、彼女たちは凛とシロウと手を組んだ。目の前で共闘の申し出をしている2組の陣営を見て、それに乗らなければ殺されそうだから、あえて同盟に加わらせてほしいのだと、ランサーは言う。確かに、それももっともだろう。
 だが、それすらも、彼女がそうしたいと思った決定打には、届いていないと思うのだ。

「………ランサー」
「ん、なあに?」

 小さく呼びかけると、ランサーはにこりと人懐こい笑顔で、こちらに応じてくる。初対面であろうと、敵でなければ誰であろうと柔らかな笑顔を向けるランサーは、何故だかリンのサーヴァントに対してだけは、いつも辛辣だ。
まるで、初めて見た時からもうすでに彼を嫌っているようで、少しばかり不思議に思う。

「………ランサーは、どうしてアーチャーのことが嫌いなのですか?」
「えっ……あ、き、嫌いっ?」

 その疑問を素直にそのまま口にすると、ランサーは驚いたように目を見開いてこちらを凝視する。
 その顔が徐々に赤らんでいっているように見えて、ますます疑問に思って首を傾げた。

「貴女は敵である私やシロウ達にまでいつも友好的な態度をとっていますが、アーチャーにだけは違います。ですから、彼を嫌っているのかと思ったのですか、違うのですか?」
「え? き、嫌い……ああうんそう、もちろん、あんな奴嫌いよ、大嫌い。オーケー?」
「はあ………」

 「嫌いのなのか」という質問にしきりに取り乱し何度も嫌い嫌いと連呼するランサーに、よく解らずに首を傾げる。嫌いという割に、その顔には嫌悪の念は浮かんでいない。いつもアーチャーと対している時は、肉親でも殺されたのかと思うほどに思いきり睨みつけているというのに。
 ますます不可解だ。この女性は、アーチャーを前にしていないと、何だか彼に対する「嫌い」という感情を思い浮かべられないようにすら感じる。
 そう考えると、何となく、一つの推測が浮かんだ。

「もしや、ランサー。貴女のそのアーチャーを嫌っているという態度は、ポーズなのですか?」
「はっ!?」

 ほとんど思いつきに過ぎないその仮説を目の前の彼女に告げると、ランサーは目を丸く見開いて素っ頓狂な声を上げると上、下、横、斜めとぐるぐる目線を泳がし始めた。確か、こういうのを「百面相」と言うのだったか。

「せっ、セイバーあたしの言うこと聞いてた!? だからあたしはアーチャーなんてきりゃ…大嫌いにゃ、なんだってば!」
「思いっきり噛みましたね。それも2回」
「れ、冷静に言わないでよもうああ恥ずかしい……!!」

 盛大に噛んでそう宣言したランサーに一声入れると、なんと耳まで真っ赤になって手で顔を覆って俯いてしまった。
 その様子に少し驚いて、目をしばし瞬かせる。

「……申し訳ありません。何やら、私の言葉で貴女を取り乱させてしまったようで。噛んだ舌は大丈夫ですか?」
「なにこの子人の事気遣いながら傷口抉ってくるよ!? こんな対応されたの初めてなんだけど!」

 自分の所為で噛んでしまったのなら申し訳ないと謝罪をすると、ランサーは何とも言えない表情をしてこの子無自覚にKYだよ…、とよく解らない言葉を口にした。

「ランサー。ケーワイ、とは何でしょうか」
「………いや、もう、何でもいいよ。私が悪かったのでもうその事は触れないでくだサイ」

 赤くなった顔であーうーと唸って頬を手で覆うランサーに、よく解らずに首を傾げる。

「意外です。貴女はもっと、飄々としている人柄なのかと思っていました」
「…………あたしが飄々としてられるのは、戦闘の時だけだよ。それ以外ではずっとこんなん」

 肩を竦めて、ランサーは照れ臭そうに笑う。

「冷静でいられるのなんてその時くらいだよ。普段のあたしは慌てたり取り乱したりしてばっかり。……でも、さあ。何考えてるのかわからない気持ち悪い状態でいるのなんて、戦闘の時だけで十分でしょ」
「…………確かに、そうですね」

 自分のことなのに、さも他人行儀にやはり飄々と語ったランサーに、小さく笑みが漏れる。
 初めて会った夜の、あのランサーの雰囲気を思い出す。あの中で見せたのは、おどけたように驚いた顔と、不敵な笑みと、嘲るような表情。力でも実力でもこちらが押しているはずなのに、その顔にはちらりとも焦りは浮かばずに、なにを考えているのかまるで分らない。
 対峙していて、ひたすらに気味が悪かった。

「あの時の貴女が平常の状態ならば、私は共闘を受入れはしなかったでしょう」
「うえ、そこまでの拒否反応って、セイバーあたしのことどんだけ警戒してたの」
「どんだけも何も、貴女は素のままだと怪しすぎるんです」
「なんとまあ痛烈な」

 わあお、と言いながら、ランサーは顔の前で両掌を開いて目を丸くして見せる。その表情はさながら道化師を連想させて、どこか掴みどころないの仕草は、しかし、あの日の戦闘のような得体のしれなさはなかった。

「さてさて。それではこの怪しすぎる槍兵めが、騎士さまの安眠のために一曲歌って差し上げましょう」
「あの……いえ、別にそれは」
「いいからいいから、あたしの子守歌は夢見が良くなるってけっこう評判なんだから。別に寝ている隙に取って食おうなんて考えてないよ」
「そういう問題ではなく」

 というよりも、その評判だったという情報の根拠を、彼女の生前に関与していない自分は知る由もない。
 唐突なランサーの言葉に戸惑うこちらにパチンとウィンクを一つ送って、ランサーは一つ息を吸い込むと、目を閉じてそのまま歌を奏で始めた。
 その歌声に、思わず意表を突かれてきょとんとした。
 普段の少しハスキーな地声とは裏腹な、のびやかな高音。歌っているのはなんという曲なのかは定かではないものの、柔らかな曲調のそれは、聴いていると音が体の中に沁み込んでいくようで、知らず体にこもっていた力が抜けていく。

「………これ、は」

 確かに、眠るのにはうってつけな“子守歌”だ。
 閉じた瞼や髪に、ランサーの細い指が優しく触れる。あやすように撫でられて、まるでほんの小さな赤ん坊にでもなってしまったようだ。

「安心して、おやすみなさい。ここには誰も貴女をいじめる奴らなんていないんだから」

 聖杯戦争中に、なにを悠長なことを。そう、言ってやりたかったのに。
 その声が真実あまりにも優しげなものだから、その瞬間だけでも、ランサーのその言葉を素直に受け入れて、私は眠りに落ちてしまっていた。







2014.9.13 更新

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