魔術師Bの疑問
うつらうつらとした感覚の中で。今日もまた、私は美しい銀色の夢を見る。
銀の髪をなびかせる少女は、私が眠りにつくと現れる。初めてそれを見たのは、ランサーと契約してしばらくたった後だった。
少女は初め、長い髪を無造作に下ろしたまま、豪奢な西洋人形のようなドレスを着て、静かに1人本を読んでいた。その顔にはおおよそ表情と呼べるようなものがなく、ただ目に映る文字をなぞるだけの彼女に、私は何か言いたいのに、それは結局彼女に伝わることがないというのも、解り切っていたことだった。
その少女の夢を何回か見た後、少女は、彼女よりも少し小さい金色の少女とよく行動を共にするようになっていた。金色の、見事な縦のカールをした少女だった。
縦ロールの少女は、銀の少女の手をとって、楽しそうに庭を駆けていて、それを銀の少女は、少し戸惑ったように手を引かれながら眺めている。
待って、ルヴィちゃん。と、少女が少し困ったように金髪の少女に声を掛ける。少女の声を聴いたのは、それが初めてだった。そのことに、私の胸は少しばかり飛び跳ねる。
けれど。私が見れる少女の断片は、今はここまで。
私は、この少女が誰であるのか、彼女の境遇がどういうものなのかという答えに、この夢を見るたび蓋をする。
あまり先のばしていてはいけない問題だという事も解っていながら。
けれど、それを彼女に言ってしまえば、私達の間の距離が、確実に変わってしまうという、確信に近い予感があるから。
その変わった後の関係が、良くなるのか悪くなるのか、私にはてんで解らないから。それがどうしてか、怖くて怖くてたまらないから。
だから。私は今日も、この答えに蓋をする。
「バー、ゼッ、トーっ。おうい、起きてるー? もうお日様の登り角度は80°を切ってるよー」
「…………どんな起こし方ですか、ランサー」
目を覚ました先にひょこりと顔を出すランサーに向けてそう言ったのが、目覚めての第一声だった。
「はい、マスター。お湯入りの桶と濡れタオル」
「はぃ………すみません、世話を掛けます」
「それは言わない約束でしょー」
「?」
そんな約束はした覚えがありません、と言うと、その手のセリフにはそう返すのがセオリーなんだよと笑うランサーに、怪訝に思って首を傾げる。
それに対して特に何を説明することもなくどうぞどうぞとお湯で濡らされて固く絞られたタオルを差し出してくるランサーに、もう一度礼を言って受け取る。
温かいタオルを顔にかぶせてごしごしとこすると、少しさっぱりとして、先程まで顔に当てていた温かな温度と外気の冷たい空気の差を如実に感じて、目が冴えたのを感じた。
ついでとばかりに、ランサーがお湯を入れてくれた桶から水が外にこぼれないように気を付けながら水を掬って、もう一度顔を洗っておく。
「でも、別にわざわざあたしにお湯の用意頼まなくても、普通に洗面台に行って洗えばいいのに」
「………ここは、曲がりなりにも魔術師の邸内です。どこに何の仕掛けが施されているのか、私はまだ把握していない。洗面台も、高い抗魔力を有している貴女と違い、私はかかってしまう類のものが仕込まれているやもしれません。それに………寝ぼけているうちは、あまり出歩きたくない」
最後のほうはランサーから顔をそむけてできるだけ目を合わせないようにして答えると、ランサーくすくすと笑って了解と頷いた。
「寝起きが悪い時のマスターふにゃふにゃだもんねー。そりゃ見られたくないかぁー」
「…………うるさいです、ランサー」
きっと睨み付けても、ランサーはどこ吹く風だ。
私は、目覚めが言い時は頭は比較的早くさえるが、悪い時は眠気が酷くて目がろくに開けていられない。一度それが酷すぎてベッドから転げ落ちた時、ランサーに盛大に大笑いされたの思い出して、余計に顔が熱くなるのを感じた。
「わっ………私のことはもういいんです、別に。それより、アーチャーとセイバーのマスターたちと、貴女は何か話しましたか?」
「うん。そんなには話してないけど、一応お互いの移行の再確認ぐらいは。話し合い的には、あたしも含めて、協力できたら良いねって感じでまとまったんだけど、マスターはどう? 嫌なら、あたしはいつでも彼らと交戦する用意はあるよ」
「…………? ランサー、貴女は協力したほうが効率的であると判断したのではないのですか?」
一度彼女が最善だと判断した策の場合、私が何か言っても基本的に押し切るのに。昨日のセイバーとの戦いがそうだ。だというのに、今日のランサーは妙なことを言う。らしくない。
私の怪訝そうな目に気付いたのか、ランサーは少し気まずそうに眼を泳がせて、後頭部をかきながら言いづらそうに口を開いた。
「んーっと………。正直、あたしが考えた結果、メリットデメリットは半々なのよ。同盟を組めば、サーヴァント探索とか敵を常に警戒するために敷く結界とか、めんどくさいところを任せることもできる。位置的にもここが丁度良いから、ここを拠点にしちゃえばいいし。けど、逆に言えば、彼等の未熟な部分は、あたしたちがある程度フォローに回んないといけない。そこはめんどくさい。だから、最終的にマスターの意向に従おうと思って」
それに、組みたいって思ってるのは、あたしの個人的なワガママだしね。
そう言って少し罰が悪そうに苦笑いをするランサーの考えを聞いて、何も言わずにこくりと頷く。正直私は、その意見で言えば、デメリットのほうが大きいと感じた。
有り体に言って、アーチャーとセイバーのマスターは、私たちコンビの足手まといになるはずだ。彼らのサーヴァントは別として、あんな幼い少年少女が、1人の戦士として戦えるはずもない。ランサーの話で言えばアーチャーのマスターとセイバーは、協力し合うという話でまとまっているらしい。あちらは未熟な部分を庇い合えばいいのだろうが、私たちは、その役目はお互いがいれば十分に果たされる。
サーヴァントの捜索や警戒など、私と彼女の魔術でも言うほど不具合はないし、ランサーはだるいめんどいなどと言いながらも、いつも仕事はきちんとこなす。
だのに、彼らと同盟を組みたいと言っているのは、きっと彼女に何かしら理由があるのだろう。おそらく、私には秘密にしておきたい理由が。
「………………はあ」
「マスター?」
「ランサー。あなたは彼らと同盟を組みたいのですね?」
「えっ。うん、まあ一応」
「一応?」
「い、いや…………組みたい、です」
じっと目を細めてランサーを見つめると、気まずげに目を逸らされたものの、控えめにだがこくりと確かに頷いて肯定したのに満足して頷く。
「よろしい。なら、許可しましょう」
「えっ!? …………マスター。もしかして熱ある?」
「喧嘩を売っているのですか貴女は」
「いら、そうじゃないんだけど、嬉しいんだけどさ! ………なんかマスター。今日妙にあたしに優しいというか、元気ないような……。もう少し休んだら? ほら。あたしの方かすから」
「なっ……別に私は何とも………こら、ランサー!」
不意にそんな事を言ってこちらに手を伸ばしてくるランサーに逃げを打とうと身をひねったものの、まだ布団から上半身を起こしただけの状態では逃げ切れるはずもなく。あっさりとランサーの手に捕まり、抱きすくめられるようにして、顔を彼女の肩のあたりに押し付けられた。
さすがに同性と言えどいたたまれなくなって、離れようと手を突っぱねようとすると、ランサーの身体からふわりとレモンのような酸味のある香りがして、ぎょっとして動きを止める。
………これは、彼女の体臭なのだろうか。サーヴァントであるランサーは、特に化粧などをしているわけでもなく、いつも素のままの肌でいる。それに。降水やコロンなどの人工的な香りとするには、その顔を利は、彼女の身体には馴染み過ぎていた。本当に、彼女の身体から色濃く薫るそれは、側にいるとくらくらとして、彼女に身を任せたくなる欲求に抗えなくなっていく。
それで。申し訳ないとは思いつつも、不思議そうにしているランサーの肩に頭を乗せ、まるで甘えるかのように、起こしていた体を、彼女の方へ寄りかからせた。
「…………ん。良いんだよ、あたしには甘えても。あたしだけは、貴女だけの味方なんだから」
ハープのようなのびやかなソプラノが、労わるように投げかけられる。
その拍子に私の頬を彼女の髪の毛がくすぐって、くすぐったくて、身をひねった。そうすると余計にランサーの顔にすり寄る形になってしまって、頭上でランサーが楽しそうに喉の奥でくくっと笑ったのに気が付いて、それに対して私が何か言う前に、自分の後頭部が、彼女の手に撫でられたのを感じて、思わず口を噤んだ。
以外に指の長いランサーの手は、少しひんやりとしていて心地が良かった。
「ごめんねーリン、セイバー。マスターの身支度に時間食っちゃって。………ってあれ、どうしてのセイバーその服かわいー!!」
「あっ………。その、リンに貸して頂きました。私は霊体化が出来ないので、いつまでも鎧のままでいては不便だろうと」
「いいのよ、あげるあげる。どうせ胡散臭い神父が送ってきた、わたしには似合わない服装なんだから」
身支度を整え、ランサーと共に彼らが待っているという部屋に入ると、ランサーが白ブラウスに青のロングスカートという出で立ちに着替えていたセイバーを見て、嬉しそうに飛びついた。
それを戸惑ったようにいなすセイバーと、その彼女の服を用意したというアーチャーのマスターに、そのやり取りを無視して立ちふさがる。
途端に顔を強張らせて警戒の姿勢を取る彼女に肩を竦めて、簡潔に用件を話す。
「ランサーから話は聞きました。私のサーヴァントが迷惑をかけたようですね」
「……………別に。で、貴女はどうするのよ、同盟の件」
「そう威嚇しなくとも結構です。我々は、ここにいるサーヴァント以外の脅威が取り去られるまで、貴女方との同盟を結ぶことを肯定します」
猫が威嚇する図を思い浮かべながら小さく頷いてそう言うと、彼女はぽかんとした顔をして、そして自分がそんな間の抜けた顔をしているのに気付くと、はっとしたように赤くなって俯いた。意外と、抜けた人物なのかもしれない。
そうしてその後彼女は「ちょっと待ってて」と言って後ろに置いてあった紙袋の中をごそごそとすると、一式の洋服をランサーに差し出した。
「? 何これ」
「…………あんたにも、一応。霊体化できるから必要はないと思うけど、もしもの為に、って…………。い、要らないなら、返しなさいよ」
「えーっ。いるよ、要るいる。ありがとうリン、嬉しい」
ぶっきらぼうに差し出されたそれに、ランサーはふにゃりと力の抜けた顔で笑う。それを「間抜け顔」と小声で言いつつも顔を赤くしているアーチャーのマスターにランサーはまた笑って、私に着替えてくるといって、一度部屋を出て行った。
「じゃーん! どうどうマスター、リン、セイバー。似合ってる?」
「いいと思いますよ。貴女に良く似合っています」
「ええ、良いと思います」
「悪くはないわね」
襟元に上品なフリルのついたブラウスに、セイバーのものより濃い紺碧の巻きスカートをひらめかせたランサーに、3者3様の言葉を送り軽く拍手する。
それを照れ臭そうに礼を言って頭をかくランサーが、不意に一瞬だけ、私よりも奥の方に、視線を投げた。
無意識にその視線を追うと、その方向には、このつい先ほど同盟を結んだ少女のサーヴァントがいて。
そのランサーが送った視線が勝ち誇ったもののように見えて、意味が解らず、私は1人怪訝に首を傾げた。
2014.7.21 更新