天の邪鬼たちの終着点 | ナノ


弓兵Eの感想





ああ言えばこう言う、とは。まさにこいつの為にあるような言葉だ。

「死ね」
「君が死ね」
「くたばれアーチャー」
「ランサーよ星になれ」
「ダイナマイト食って爆発しろ」
「ヘドロにまみれて溺死しろ」
「………あんた達、ちょっといい加減にしなさいよ」

 ランサーと対峙していた所に凛とセイバーと出くわし、そのまま凛の言葉に従って4人で今に移動しても、一度切って落とした口喧嘩の火蓋は収まらなかった。
 台所にあった茶葉と急須で二人でお茶を煎れながらもお続けていた私たちに、勝手においてった茶菓子のせんべいをポリポリ食べながらうんざりした顔で言う凛に、ランサーと顔を見合わせて、しぶしぶ互いに口をつぐむ。

「………コホン。話しを戻すわよ。私がしたいのは、これから先、セイバーとランサー。あなた達のマスターはどうするつもりかっていう事よ」
「………これから」
「どうするか、ねぇ」

 咳を一つして場の空気を一度リセットした凛の問いに、セイバーがぽつりと呟き、ランサーがその後を引き継ぐ。

「そればっかりは、あたしの一存では決められないねー。まあ当然だけど。そういう凛はどうなの? 倒れていたシロウをわざわざここまで連れ帰って手当までして、こうして敵であるあたしとセイバーと一緒にのんびりお茶しばいてる時点で、あんまり訊く意味ないけど」
「…………む。どういう意味よ」

 テーブルに肘をついてポリポリ齧歯類のような音を立ててせんべいを食べながら揶揄するようににまにま笑って言うランサーに、凛はじと目でねめつける。
 まあそんな態度を取られたら、誰でも胡散臭く思い身構えもするだろう。相変わらず人を食ったようにからかう様を呆れながら見ていると、ランサーはだってさあ、と2つ目のせんべいに手を伸ばしながら続ける。

「シロウ殺せる隙なんていくらだってあったでしょう。既にシロウには聖杯戦争の基本は教えて、貴女がシロウにするべき義理も果たしたんだし。もう敵として排除してもいいのに、それをしなかった時点でさ、凛は取り敢えず、今はもうシロウと敵になるつもりはないんでしょ?」
「なっ」
「違う?」

 それに、シロウが臓物ぶちまけた時から自然に元に戻った時も、ずっと心配そうな顔してたし。本当なら、余程の理由がないなら敵にだってなりたくないんだよね?
 うっと言葉に詰まる凛に、ランサーはにっこりと笑って畳み掛ける。
 それにすぐ言葉を返せなかった時点で、ランサーにとっては十分な答えだろう。

「ていうか、凛ってば色々と甘すぎ。そんなんでこの先やってけるの? 魔術師の世界なんてあれだよ、いつの時代も色々ぐっちゃぐちゃのどろっどろの修羅場が標準装備だよ。凛はまっすぐすぎる。見てるこっちが心配になってきちゃうよ」
「うっさいわね、余計なお世話よ! 敵サーヴァントにそんなこと言われる筋合いなんてないわ」
「それはそうなんだけどさぁ〜」

 でもやっぱり見てて心配、と眉を下げるランサーに、凛はむっとした顔で警戒心丸出しに威嚇する。しかし、それは私の経験則上、そのいかにもこちらを意識してますな態度は、ランサーを楽しませる要因にしかならないと思うのだが。………まあ言っても結果は変わらないだろうし、言ったら言ったでむしろこちらの方に面倒事が飛び火してきそうなので、とりあえず黙っているが。

「だいたい正義感強すぎなんだよ、凛は。もっと意地汚く性格悪くたって良いんだから。むしろ今のままだと後々足元掬われちゃうよ?」
「あーもう、あんたには関係ないでしょ! 余計なお世話よこのバカンサー!!」
「えっ。ば、バカンサー!? 凛あんまり! その言い草は流石にあたしも傷つきますよ!?」
「ええいうっさい馴れ馴れしい!」
「わあ取り付く島もない!」

 2人の応酬がただのじゃれ合いになってきた。その辺りで、こちらはこちらでもうとりあえず敵になるつもりはないのだろうというのが窺えるのだが、凛はそれでもまだランサーには警戒心を抱いたままでいる。
 じゃれ合うようなやり取りをしながらもそれを感じ取ったのか、ランサーは困ったように肩を竦めてちょっとはあたしの事も信用してよ、と少しだけ弱った声を出した。

「でもさぁ、今あたしがここでこうしてのんびりしてるっていうのそのものが、凛とセイバーに対する友好の印なんだって示してるつもりなんだけどなぁー」
「どこがよ!」

 きっ! と強い眼力で睨みつける凛に、ランサーはその反応を面白そうに見て、くすくす言いながら淡いサファイアの瞳を彼女に向ける。

「いやだってさぁ。あたしとしては、今すぐそこのセイバーと手を組んでアーチャーかマスターである貴女を袋叩きにしても良いんだよ。ていうかマスターが居たらそうしろって真っ先に言いそうなんだけど、そんなことしたらむしろあたしが袋叩きになっちゃいそうだからしないけど。それにそれより、こうして凛とセイバーとお茶してる方が楽しいし」

 うふふ。と楽しそうに肩をくすめて笑いながら明らかに作った「可愛らしい」笑顔を浮かべるランサーに、むしろすがすがしさすら感じる。
 あっさりとそんな割りと外道寄りの内心をぶっちゃけたランサーに呆気にとられている凛とセイバーなどお構いなしで、ランサーは何だかとても上機嫌だ。
 よほどこの状況が面白いのだろう。思えば彼女は私と共に行動していた時に、敵対していた者と一時的にでも協力を結ぶという事はした事が無かった。だからなのか、この状況が新鮮に感じているようで、恐らく機嫌が良いのも妙にテンションが高いのもそれが原因だろう。

「別に構えなくていいよぉ。ただその方が標的1つ消すには手っ取り早いなーって思っただけだから。実際にしようとは思ってないよ。大丈夫大丈夫」
「………今の貴女を見ては、とてもではありませんが大丈夫とは思えないのですが」
「そんな事ないよ。あたし、マスターの命令がない限り、女の子には優しいよ。みんなみんな、あたしにはないものを沢山持っているから。羨ましくて、昔からつい甘やかしちゃう」

 ランサーを白い目で見ていうセイバーに、ランサーはからりと笑ってないないと顔の前で手を振る。
 それでも疑わしげな目を向けるセイバーに、ランサーは何でもないような口調でそう言って、だからあたしセイバーも好きだよ、と気安く彼女の頭をポムポムと撫でた。
 それに面食らうセイバーにだから安心して欲しいと言い、彼女の頭から手を離すと、その指をそのまま私の方に向け、もう一方の腕で頬杖をついてにやりと口の端を吊り上げて人の悪い笑みを浮かべる。ただし、その目は欠片も笑っておらず、冷たい殺気が微かに漏れていたが。

「それに。あんたはあたしが、何の憂いもない状態で、あたしだけがあんたを殺すの。他の誰にも譲ってなんてやらない。だから、せいぜいその舞台が整うまで、首洗って待ってなさい」

 それが、自分がこの聖杯戦争で唯一譲らない事なのだと、その目は告げている。
 ならば話は早い。そんなの、こっちの台詞もいいところだ。その目を真っ向から受けとめて、その意思を同じく瞳に込める。
 その意味を正しく読み取ったのか、ランサーの顔に満足げな笑みが宿る。あまり性質(たち)の良い類の笑顔ではなかったが、この聖杯戦争で初めて私に向けられた笑顔に、内心で少しだけ浮かれた。

「………つまり、貴女は敵が今ここに居る私たちだけになるまで、私とアーチャーとは敵対しないってこと?」
「ま、とりあえずあたしの願望は。それとセイバー達ともね。もちろんマスターがダメっつたらそれまでだけど。少なくとも、マスターが起きるまでのこのわずかな時間だけは、あたしは確実に凛の敵じゃないよ」

 未だ胡乱げな目を向ける凛に、ランサーは真実親愛のこもった、愛おしげな眼で微笑む。
 それに虚をつかれたのか、驚いたように目を丸くしてランサーを見る凛にどうしたものかと思っていると、不意にランサーがぴくりと肩を揺らして、ばっと襖の方を振り向いた。

「マスターが起きた! 寝ぼけて家壊すといけないから、あたしはちょっと席を外すね。マスターも目を覚ましたことだし、話の続きは、この家にいる3人目のマスターが目を覚ましたら、ってことで!」

 じゃ、と軽く手を上げるが否やとたたたっとリスが駆けているような音を立てながら駆け足で障子の向こうへ消えていったランサーを、2人で呆気に取られて見送る。女子供の世話を焼きたがる性分は、未だ変わってはないないらしい。まあ、今の彼女はマスターを守護するサーヴァントなのだから、それも当然か。

「…………変なサーヴァント」
「全くだ」
「あの子って前からああなの?」
「……………どういう意味だね?」

 ちらりと視線を投げると、凛が何やら面白そうに目を細めて、だってさ、と続ける。

「あんたとあの子って、絶対生前からの付き合いでしょ。何よ、元恋人か何か?」
「………何を言うかと思えば。私の記憶は未だ定かではないと言っただろう。例えあったとしても、あのような生理的に苛立ちが沸き起こるような女性となど、まかり間違っても恋人になろうとは思わんよ」

 下世話な事を聞いてくる凛に、表情一つ変えずさらりと答える。正確には、まかり間違っても仲の良い飲み仲間にすらなれそうもない程嫌われているが。
 とにもかくにも、私達3組の陣営のこれからの話をするのは、彼女のマスターと、セイバーのマスターであるあの小僧が起きてからになる。
 この先の私達の方針を決めるのは、少し後の話になりそうだ。






2014.5.4 更新

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