槍兵Rの寝覚
そこは、色々な組織の乱戦が入り乱れて、どこで怪我人が出ても死人が出ても、対処するのが難しかった。
それでも、あたし達の仕事はその難しい治療をして、少しでも死人を出さない事だ。それは今回だって例外ではなく、周囲の子たちに指示をした後、1人外れて槍を振り回しながら戦場を突っ切っていく。
この槍は、魔力をふんだんに使った呪いの魔術礼装だ。持ってるぶんにはただのカースアイテムでしかないけど、能力を発動させればそれなりにここでは役に立つ。
1番単純な、自分の不幸を周囲に押しつける呪いを回りの建物に当てていって、上手い具合に銃弾を避けながら、戦火の真ん中で取り残された人を探しに行く。
――――と、そこで、そのまさにど真ん中で、蹲って誰かを引き起こしている人影を見つけた。
「! ちょっと、貴方!」
うちとは違う救助団体か何かの人間だろうか。どっちにしても、あんな軽装備で銃撃戦の中で救助をしているなんて馬鹿げている。あんなんじゃ銃弾もろくに防げないだろうに。
その人…恐らく男性の装いに呆れて声を掛けるも、そう遠くもないのに反応が返ってこない。
怪訝に思って視覚を強化して目を凝らすと、一ケタほどの年齢の女の子を抱きかかえている男性は、顔色が土気色で目が虚ろになっていた。
…………馬鹿か。この人、熱中症だ。
「ちょっと! ねぇ聞いて! 貴方そこにいちゃ駄目よ、すぐ側が連中が仕掛けた地雷原なの!!」
声を張り上げるも、全く声が届いてる気がしない。しかも女の子の方をよく見ると男物らしき厚い防弾着でくるまれているのが解って、この男性の自分の事を考えなさすぎな行動にますます呆れ返る。
何考えてんだあの馬鹿な人。こんな炎天下なんだから、適度に自分も水分を補給しなくちゃすぐに力なんて出せなくなるに決まってる。
恐らくもう意識も朦朧としてて、周囲の音なんざろくに入ってこないんだろう。
はあ、と重く溜息を1つついて、手に氷を作りながらそっちに向かって走り出した。
全くなんなのこの生き急ぎ野郎。とか思いつつも、ぐらりと彼の体が倒れかけたのを見て、居てもたってもいられなくてとっさに跳んで手を伸ばした。
「貴方、大丈夫ですか!?」
ギリギリのところで女の子ごと体を抱き止めて、作った氷を男の首筋に当てる。
それに反応して虚ろな目を向けてくる男性に腰につるした特性の栄養ドリンクを当てて、無理矢理飲ませた。
「き……みは」
「喋らないで! この子はあたしが何とかするから、貴方は一刻も早く横にな、って」
苦しそうに口を開くその人にぴしゃりと言いつけて、とにかく横にしなくちゃと槍で銃弾の被弾を周囲の瓦礫に押し付けると、不意にその手が掴まれて、男性の頭が、微かに動いてあたしの膝にすり寄せられた。
「…………へ?」
「ありがとう」
その猫みたいな仕草に一瞬呆気にとられるあたしに、白髪の男性はふわっと無骨だったその表情を和らげて微笑むと、それから力尽きとように気絶した。
あたしはというと、わなわなと手をふるわせて顔を覆うと、その初対面でありながら不意打ちの甘えるような態度とその笑顔に、不覚にも赤くなってしまった自分を全力で恥じた。
…………いくらなんでも、免疫なさすぎだろう、あたし。
いやでも、不意打ちにあれはちょっと反則だ。あたしじゃなくても、女なら多分みんなそう思う。だって女っていうのは、幼い仕草に母性を刺激されずにはいられないんだから。
「……………まいった」
この人、絶対女泣かせな人だ。
羞恥にぶるぶる震えながらも、ぽつりとつぶやく。
それからその予想が的中するのは、彼と女の子を救護室に運んだあと、最悪に険悪な別れ方をして、再開してからすぐだった。
眩しい朝日に目を刺激されて、眉をしかめながら目を開けた。
「んー…………っ。あー、そっか、寝ちゃってたのか」
目の前にいる布団の中ですやすやと眠るマスターと立膝をついてそこに顔を埋めていた自分の態勢に、マスターを夜通し警護するつもりがうっかりそのまま寝てしまったのだと気付いた。
というか、この体魔力が足りてれば疲労も食欲もないから睡眠もないと思ってたのに、案外ぐっすり眠れるもんだ。
「………その割に、夢見は最悪だったけど」
立ち上がってゴキゴキ背中を鳴らしながら、夢というか、寝ている間にうっかり反芻してしまった過去にげんなりした。
まったく嫌なのを見た。あのくそガングロと初めて会った時とか、正直あたしの黒歴史トップ3に入る。
あーあ。………あれ、まさかとは思うけどマスターにも覗かれちゃってたりはしないよね? しないと言ってくれ。あんなの見られたら敵にやられるよりも前に恥ずかしすぎて爆発してしまう。
恐る恐るマスターの顔を覗き込むと、あんな青臭い過去を見ているとは思えない安心しきった穏やかな寝顔に、そんな事どうでも良いかと思えてしまって、小さく笑ってその張りのある頬に手を伸ばした。
「………おはよう、バゼット」
聞こえないのは解っていても、一応挨拶。
頬を指で撫でながらそう言うと、マスターのその顔が少し緩んだ気がして、こっちも気が抜けてふふっと穏やかな声が漏れた。
部屋を抜けて廊下に出ると、縁側のすぐ横に広がっている庭から心地の良い朝日を全身に浴びる。サーヴァントになっても、どうやら朝のこの気持ちよさは変わらないらしい。
そんなのんきな事を考えながらも、数刻前の襲撃を思い出して、手の中に綺麗に真っ二つになった水晶の槍を出現させた。
昨日の…というか、今日の明け方のバーサーカーの襲撃で、あたしの法具であるリーペント・レクイエムは折れてしまった。
これでは正直、スキルとして使う事は出来ても、宝具として使用する事は出来ない。ま、でも別にそれは良いんだ。これ、折れたって中の呪いが尽きない限りは、また2、3日もすればくっつくし。
本当。見ている分には、ある種神々しささえ抱かせる、美しい槍。水晶のように光るこの薄青い結晶の中に浮かぶ水泡のようなこれが、その実すべて呪詛を綴ったものだと誰が思うだろう。
生前はよくぽきぽき折れて凛に修繕を頼んでいたもんだけど、こういう身となってはその修復性が機能として備わるようになったらしい。だから、こっちの方は大丈夫。それよりも妙なのが………。
「………あの、士郎の治癒能力だよねー……」
槍がダメになったあたしの代わりにバーサーカーを迎え撃ったセイバーが、あたしの傷の所為でやばくなった時、士郎が彼女の前に躍り出てバーサーカーの一撃を代わりに受けた。
そうしていとも簡単に中のモツをばら撒いた士郎に怯えたのか、怖気づいたのか。それまで威勢の良かったイリヤスフィール・フォン・アインツベルンが急に態度を翻して、バーサーカーを伴って退散してしまった。
それは有り難い事だったけど、その後、士郎のとび散ったモツが独りでに動き出して、まるで時間を再生するように士郎の腹の中に戻って、傷口まで完璧になくなってしまった。
あれは、どう考えても普通じゃない。彼の体の中には、絶対何か変なのが入ってる。
「問題はあれが何なのか。……ヤバいのじゃないと良いんだけどなー」
「何がだね?」
「何がってそりゃ………あ?」
不意に出てきた合いの手に返事をしかけて、眉を寄せて前を見上げる。
そこにぬりかべみたいに立っていた見慣れた赤い服の男に、一気に機嫌が急降下したのが解った。
「…………何の用よ、アーチャー」
「何のも何も、君と君のマスターの様子を見に行こうとしていたまでだが」
最っ悪。今日見た夢も合わさってより最悪。何これ。夢だけど夢じゃなかった的な気分だわ。悪い意味で。
「あっそう。でも今あたしここに居るから、あんたがそれをする必要はないわね。というかマスターのいる部屋に入ったら殺すから。マスターの健やかな寝顔を見る奴と安眠を妨害する奴はすべからく悪・即・斬だから」
「どこのるろうにだね君は。相変わらず脳内が少年漫画だな」
「ああ?」
「何だ?」
ギリギリと、目が合って0,2秒で睨み合う。
やっぱり敵。こいつ敵。そりゃサーヴァント同士敵でしかないけど、こいつは他のサーヴァント以上に敵。
「死ね」
「君が死ね」
「ダンプに巻き込まれて死ね」
「飛行機のエンジンに引き込まれて死ね」
「溶鉱炉に突っ込んで死ね」
「焼却炉に落ちて死ね」
「…………何小学生みたいな喧嘩してんのよ、あんた達」
「……アーチャー、ランサー。一体何をしているのですか?」
睨み上げてメンチを切りながら死ね死ねと繰り返していると、背後と前から呆れた声と不思議そうな声で声を掛けられて、2人同時に各々の後ろを振り向く。
そこには相変わらず無骨な鎧姿のセイバーがいて、ついアーチャーとの喧嘩体制をほどいて顔を緩ませた。うん、やっぱりこの子可愛い。見てるぶんには癒される。
「「ああ、おはようセイバー/凛」」
意図せずアーチャーとハモりながらセイバーに朝の挨拶をして、また0,2秒で睨み合った。
2014.3.22 更新