天の邪鬼たちの終着点 | ナノ


魔術師Bの志向





襲い掛かる怪物に、ランサーの対応は早かった。

「退いてな、騎士さまっ!」

構え迎え撃つセイバーの前に私をかばうようにばっと躍り出て、ランサーは坂を恐ろしいスピードで下ってくる絶望の権化の前に向かい、地面に彼女の愛槍を突き立てた。
そしてそのまますうっと息とともに大渦(マナ)を吸い上げて、はっと勢いよくそれを吐き出す。

「Es tobt(吹雪け)!!」

ランサーの美しい唇から放たれた、至極単純なシングルアクション。
それにより突き立てられた槍を中心に吹雪が吹き荒れ、ランサーがそれに乗ってバーサーカーよりも高く舞い上がり、そのバーサーカーの視界さえも何とも器用に奪い去った。
バーサーカーが叫び声を上げて石斧の刃でそれを振り払うも、明確な形状の無いそれは振り払われても一瞬後には再び元に戻る。
しかし、本来ならその中にいるだけでも体を凍りつかせ壊死させていくはずの類の粉雪の中で、バーサーカーの体に傷一つつかないのを見て、ランサーがちっと苛立たしげに舌を打った。

「狂戦士(バーサーカー)の癖に抗魔力持ち!? 全くふざけてるわね!」
「ランサー、油断はするなよ」
「誰に向かって言ってるの。あんたこそ、きっちりサポートしなさいよ、アチャ男!」

空から、どことも知れない位置からアーチャーの声が聞こえてくる。
 ランサーはそれに特に驚く様子もなく当たり前のように相槌を打つと、振り下ろされるバーサーカーの石斧を槍で受け止めた。

「ふっ、くっ…………!」

 圧に耐え切れず、ランサーの身体が沈んでいく。それに歯を食いしばって槍を握り直し、ランサーがはっと息を吸うのが解る。
 それと同時に、遥か遠くから槍の射撃が放たれてきた。しかしそれでもバーサーカーの動きを止める事は出来ず、それどころか、対空ミサイルが如き威力の射撃を受けているにもかかわらず、バーサーカーはそれを避けるそぶりも見せず、またその巨大な体躯には傷一つ負っていない。

「ふっ……ざけ………! ほんとセイバーといいこいつといい、チートかっての!」
「っら、ランサー………!」
「下がって! こんな序盤で、貴女の手は晒して良いモノなんかじゃないでしょう!」

 声を掛ける私に乱暴に言い捨てて、ランサーはぐっと重心を移動させて、潰されそうなそれを辛うじて躱した。

「Die eisigen Luft. Dieser Körper ist nichts anderes als Tau, schieben kühl, das Glas einfach. Limbs spiegeln Eis, Geist. Der Umzug durch die Projektion, Schnittpunkt von sich selbst gemacht(空気は氷結。この身は露、凍てつき滑る、ただの硝子に他ならない。手足は氷、心は鏡。映して移す、我が身の交差)―――――!」

 バーサーカーの足元に滑り込み、1秒足らずでランサーが数節の呪文を唱えると間髪入れずにバーサーカーの石斧が降りかかる。それを、ランサーは文字通り滑って避けた。

「は…………?」

 呆然として、しかしすぐにはっとしてランサーを注視すると、彼女の足元に薄い氷が張られていて、それは彼女が歩を踏むたびに張られていくのが解る。
それを驚くほど滑らかに行って、ランサーは瞬く間に路上をアイススケートリンクのようなフィールドへと変え、その上をまるでスケーターのように縦横無尽に奔り、驚く事に、バーサーカーを翻弄していた。
如何に攻撃が通じなくても、攻撃ではない、ただ滑るだけの地面は何の対策も打てないのか、むしろその氷の地面に足を取られてしまっている。

「弱いくせに、ちょろちょろ鬱陶しいなぁ! バーサーカー、そんなイタチ、さっさと潰しなさい!」

 マスターの少女の声に応えるように、バーサーカーは咆哮を上げて地面を踏みしめると、たったそれだけでその足が地面にめり込み、滑らないように体を固定して、そのままランサーに石斧を振るい、とっさにランサーがぼうぎょしようとするものの、そのぼうぎょごと、凄まじい勢いで吹き飛ばされた。

「はぐっ……………!!」

 身が潰れるような強力に、ランサーが口から洩れる血を噛み締めて呻く。
 とどめを刺すように、その地面に転がされたランサーの身体に、バーサーカーが迫る。

「…………大丈夫、ビビるな。あっちにはあっちのルールがあるように、こっちにはこっちのルールがある――――良い子だ」

 その、明らかに死しか感じられない局面で、ランサーが静かに、誰かに語りかけるような声がした。

「―――――刹那響かん手向けの詩(リーペントレクイエム)」

 バーサーカーがランサーに迫る、その間にもアーチャーの射撃は続く。しかしそれでも、バーサーカーは当然のように止まらない。
 ランサーが動けないままに石斧が振り下ろされる刹那、ここでは明らかに場違いな、唄が聞こえてきた。

「礼楽罪血……礼を重んじ生を楽しみ、数多の血を流した罪深いヒト。アナタの罪は、アナタの身体に。どんなに美しいアナタでも、この罪だけは雪げない。これは罪? 対価? どれも違う。それは――――」


「それは、アナタが悔やんで、流した雫」



ぱん。
水の入った風船が割れるように、ランサーの前にいたバーサーカーの胸が弾けた。
灰色の巌の身体から、キイチゴのジャムのように赤いバーサーカー自身の飛沫と血が飛んでいくのが、スローモーションのように映っていく。
それはきっと、ランサーの宝具で。けれど先程セイバーに撃ったのとは、明らかに呪いの威力が段違いだった。
ランサーは、それは英雄にだけ効く概念的な呪い、彼等が流してきた血の多さだけ響く、彼等自身が悔やんだ罪悪感だけ大きくなる、妬みが生んだ怨呪だといった。
ならば、それを持ち、操る彼女は、一体彼ら英雄に、何を思ったのだろう。

「…………さあ、トドメをどうぞ、弓兵(アーチャー)」
 
 歌うように言ったランサーの言葉に導かれるように、ぞくりとする悪寒と共に、今までのとは明らかに何か違う矢が、バーサーカーに向けて放たれた。
 それは、恐らく宝具なのだと思う。だけど、バーサーカーに被弾すると同時に破裂したそれは、自身の宝具を、一度限りの爆弾としたようなそれで。
 それに驚く間もなく、轟いた爆風から自分の身を守るので精いっぱいではあったものの、いつの間にかすぐ隣にいて私の身を庇ってくれていたランサーは、得意げな顔でにっと明るく笑った。

「ラン…………」
「安心するのは後。マスター、その前にあたしに言う事は?」

 耳元で楽しそうに囁くランサーに頷いて、砂ぼこりの舞うバーサーカーがいるであろうか所に目をやる。

「……………もう一度。きちんととどめを刺し、消滅したかを確認しなさい」
「了解。貴女の命のままに、マスター」

 私の言葉に満足したのか、にっこりとランサーは笑って、もうすでに原型があるかも怪しいバーサーカーに最後の一振りをするために、砂ぼこりの中心に向かって跳んでいく。
 そしてそのまま――――砂塵の中から飛び出してきた斧に、腹部を吹き飛ばすかのように突かれた。

「ランサー…………!」

辛うじて直撃は防いぎ、腹部をまるごと消失する事だけは凌いだものの、そのまま受け身を取る事も出来ずに凄まじい勢いで反対の塀へと飛ばされたランサーを見て、反射的に喉から悲鳴に見た声が飛び出た。

ランサー、ランサー。私のランサー。私のサーヴァント。
この程度では死んでいないのなんて解っているのに、胸に詰まった焦燥感は消えてくれない。
だって、万が一、万が一ランサーに何かあったら。
ただのサーヴァントにすぎない、私にとって兵器でしかない筈のランサー。母親のよに口煩く私の生活に口を出して、ちょこちょこと周りをうろついては私の世話を焼いていたランサー。言峰に腕を切られそうになって、それが無事だと解った瞬間、まるで子供のように泣きそうな顔で良かったと繰り返して、壊れ物を扱うように大切そうにそっと私を抱きしめてくれた、私のランサー。
聖杯戦争を勝ち抜くために必要なだけの存在なのに、私は何故か、彼女が傷つくのが酷く嫌だ。
嫌だ、ランサー。貴女が傷を負うのは、貴女が死んでしまうのは嫌だ。

「ランサー………っ」
「来るなマスター!!!」

居てもたってもいられず、反射的にランサーに駆け寄りかけた私を、砂埃の中で鋭い声が叱咤した。
驚いて足を止めた私の視線の先で、塀に大穴を開けながらも、宝具の槍を盾にするように構えた状態で、つきそうな膝を辛うじて堪えて、それでもランサーはしっかりと立っていた。
それに酷く安堵すると同時に、何故だか目頭が熱くなる。
しかしその意味を考えるより前に、さっと体勢を立て直そうとしたランサーが、その手に持った槍を再び操ろうとして、つかの間、きょとんとした幼い顔になった。

いや、それと似たような間の抜けた顔をしていたのは、きっと私も同じだろう。
そして、そのすぐ後ろにいた、2人の子供と、少年のサーヴァントと、さらには坂の上に君臨していた雪に似た少女でさえも。
何故なら、ランサーが態勢を立て直そうと槍を杖のようにして立ち上がろうとした瞬間。ぽきん、と何とも場違いに軽い音を立てて、ランサーの宝具である筈の水晶のような美しい槍が、その刀身の一番バーサーカーの衝撃を受けたであろう位置で。
彼女の愛槍が、ぽっきり真っ2つに折れたのだから。
ランサーは2つに折れた自身の槍を不思議そうに交互に見比べて、しばらくしてやっと状況が呑み込めたのか、ああ、という風に頷いて―――――

「………てへ、やっちゃった☆」

と、片手でこつんと自分の額を小突き、片目を閉じた状態でちろりと舌を出して……何とも腹の立つ仕草と表情で、全く謝罪になっていない謝罪をした。

「ラッ…………ラン、サァアアアアアアアアアア!!!」

 その、先程までの空気を完全クラッシュさせるがごときランサーの行動に、ついここ数日のように、悪戯をした子供を叱るように、ランサーに向けて怒号を放っていた。







2014.3.18 更新

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