天の邪鬼たちの終着点 | ナノ


少年Sの肝胆





 勘弁してほしい。
 深山町にある自宅から新都にある教会まで、女性5人と男2人という大所帯で向かう道すがら、俺こと衛宮士郎は心底そう思った。
 いや、この状況がじゃなくて、後ろにいるでっかい色黒男の視線が。
 ひょんな事から今自分の前を歩いている青銀の甲冑に黄色い雨がっぱを着た少女――セイバーといって、あんな可憐な見かけをしていても英霊らしく、実際自分なんかよりずっと強かった――をサーヴァントとして召喚してしまい、成行きとはいえ今ここで行われようとしている“聖杯戦争”に参加するにあたって、まずはその監督役である教会に説明を受けに行こうという事で、こうして大人数でぞろぞろと歩いてるわけなんだけど。
 そもそも、なんでこんな大人数なのかとか、なんで後ろの色黒男は俺をガン見しているのかとか。
 そう言ったもろもろの経緯は、今から数十分前に遡る。











 ランサーと呼ばれた女性の攻撃により上と下から迫ってきた氷岩に挟まれて、俺を助けてくれた女の子の姿が、氷の粉塵によって束の間見えなくなった。

「―――――ぁ」
「ほら、まさかあんなもので死んでるわけじゃないでしょうね。さっさと出てきなさいな。」

 咄嗟に彼女の名前を叫ぼうとして、俺は彼女の名前を知らないのだと気が付いた。
 あのランサーと呼ばれていた女性は何か知っている風だったけど、うまく聞き取れなくて正確な事は解らない。
 それよりも、ランサーの言葉とほぼ同時に氷の粉塵の中から飛び出し出してきた彼女の姿を見て、俺は目を見張った。

「…………まあ」

 その姿を見て、ランサーの方は満足げに手に持った槍を撫でながら目を細めて妖艶にほほ笑む。

「貴女みたいな綺麗な英霊には、些か汚らしいモノに見えたかしら」

 そう、彼女を称賛するような口ぶりで、侮蔑するかのような言葉の響きをもってして、ランサーは、俺を守るように立ちふさがっている少女を嘲った。

「何っ………だ、今のは。因果の逆転………? まさか、これはそんな高度な物では…………!?」
「へえ、勘が良いんだセイバー。もう正解に辿り着いちゃった?」

 少女の胸から、ザクロみたいに赤い血をしたたらせながら、内側から巨大なツララが生えていた。
 それを胸を押さえて痛みに耐えているのか、彼女のが困惑した顔で言葉を連ねて、はっとしたようにランサーの持った槍を凝視する。
 そして信じられないという顔をする少女にランサーはつまんなーいと場違いに唇をとがらせて言うと、一泊後には元の不敵な顔に戻って、にっこり笑う。

「そう。それは因果の逆転なんて高度な技じゃない。単なる呪いよ」
「だが……ただの呪いで、このような事が出来るはずが」
「そら出来るでしょうよ。腐っても英霊の宝具なんだからさ。普通の呪いと比べないでくれない?」

 少女の言葉に、ランサーは不満げに言うと、ぴ、と細い指を彼女の胸に生えたツララに向ける。

「この槍はね、ヒーローに成れなかったモノの慣れの果てなの。んで、貴女に生えてるツララはその象徴。どんな英傑が生まれた時代だって、いつだって、その陰には彼等より一歩劣ってしまった輩がいた。あるいは、うっかり一歩譲ってしまった連中ね。その時代にその人がいなければ間違いなく英傑ともてはやされるの彼等だったはず、だけど、やっぱりあと一歩で届かなかったんだから、彼らにはその資質は足りなかったんでしょうね」

 とつとつと小難しい事を言い始めたランサーは、今度はそのままツララに向けていた指で、自分の持った槍を撫でる。
 不思議な事に、さっきまで神聖さすら感じられたその槍は、今では禍々しい光を放っているように見えた。

「でも、分かっていてもやりきれなさは残る。悔しい、うらやましい、妬ましい。輝かしい彼らが憎い、神々しい彼らは妬ましい。そんな負け犬の遠吠えみたいな負の感情がぎっしり詰まった呪いで形作られたのが、これ。つまりね、これは貴女みたいな美しい正統派英霊にだけ効く概念武装なの。自分の眩い光の反動で、強制的に日陰に追い遣られるしかなかった人の存在くらい、貴女でも覚えがあるでしょう?」

 にっこりと笑顔のランサーに、彼女は一瞬眉根を寄せる。
 それを肯定と取ったのか、ランサーはふんふんと鼻歌でも歌いそうな顔でそれとね、と付け足す。

「今のそれは、貴女が犯した罪の大きさにも比例する。分かり易く言うと人殺しね。どんな大義があろうと、どんな理理念があろうと、人殺しは人殺し。人を殺して、罪を背負った分だけ、この呪いは重くなる。貴女が自分の過去に犯した行いによる無意識の後悔や懺悔が、貴女の身体を突き破ってきた。つまるところ、自分の業によって自滅したってわけ。
簡単に言っちゃうと日陰者のいちゃもんね。自分達だって準英傑なんだから人の百人や二百人は殺してるでしょうに、ほんと魔術師の呪詛って陰険ねぇ」
「黒魔術か………!」
「ご明察。ただし、あたしのこの槍は、西洋と東洋の黒魔術を上手く練り合わせて造られた特別性。うちの家系で何代にもわたって二番手に甘んじてきた先代たちの負の呪いがたんまり詰まって一種の概念にまで昇華……というか退化? した代物なのよ。今はまだその真価を発揮できないけど。良かったね、その程度で済んで」
「…………そこまで聞いて、私が貴女を逃がすと思うか」

 鋭い気のこもった彼女の視線を涼しげに受け止めて、ランサーは一言、無理よ、と花のつぼみを摘むように告げた。

「今の状態の貴女じゃ、無理。それじゃ、宣言通り骨の1つはもらったし、あたし帰るわね」
「なっ……ま、待ちなさいランサー!」
「いいからいいから、マスター我がまま言わないの」

 もしも彼女を倒すなら、今が絶好の機会だというのに。ランサーは親しげに皮手袋に覆われた手を振ると、食って掛かってきた後ろの女の人を軽くいなして抱き上げて、あっさりとうちの外の塀に後ろ向きに飛び上がった。

「もしも次あたしと会ったら、倒せると良いわね。ま、会えたらだけど」
「待て!!」
「追ってきたいなら来なさいな。だけど、その時の命の保証は…………!!?」

 地上で追いすがる彼女に対してランサーはあくまでも余裕げな姿勢を崩さない。けれど、その足が宙を蹴って奥の家の屋根へと飛び移ろうとした瞬間―――唐突にブーメランのように投げられた黒い刀身の短刀に、それは予想だにしない状況で崩された。

「ぐっ、この………っ!?」

 とっさにそれを槍で弾き飛ばしたランサーが、すぐにはっとしたように身をひねる。
 間一髪の差で、彼女の死角からさっきの短刀と全く同じ形をした白い刀身のそれが、ランサーの背中を掠めた。
 それを躱すなり苦々しい顔できっとランサーが睨み付けた先に、あの校庭で見た、赤い外套の男がいた。
 そのままランサーに向かって突っ込んで行く赤い外套の男と、それを見据えて槍を構えて迎え撃つ姿勢の薄青い中華服の女(小脇にスーツを着た別の女性持ち)。
 その2人(もしくは3人)が塀の向こうに消えたのを見て、俺は自分の混乱が絶頂に達したのを感じた。

「…………ど、どうなってるんだ?」

 頭に?マークを浮かべるしかできなかった俺だったが、少女が胸にツララを生やしたまま自分もとばかりに塀を飛び越えようとするのを見て、先ずは彼女の怪我を見てから身元調査だと考えて、慌ててその小さな体を止めに掛かったのだった。






 結果として、俺を助けてくれた少女の名前はセイバーで、彼女の傷は一先ず塞がっているもののまだ怪我は治りきっていなくて、それでもと参戦した第2戦をまたも慌てて止めたところで、俺は、自身の学校のアイドルと出くわした。
 遠坂凛という、俺も少なからず憧れていたその少女は、三つ巴の合戦を何とか止めた俺を見て、何故か俺が巻き込まれる事になったこの“聖杯戦争”についてレクチャーしてくれる事になった。
 ついでに、さっきまで俺を襲っていたランサーと呼ばれていた少女と、その後ろにいた女の人も。

 彼女、ランサーも、聖杯戦争に参加するために呼ばれたサーヴァントらしい。そしてそのマスターが、後ろにいた女性―――バゼット・フラガ・マクレミッツなのだと。

「つまりあたしはそこのセイバーとアーチャーと同じ存在ってこと。って言ってもセイバーみたいにそう高貴な存在じゃないから、気楽にしてね」

 ぎょっとしてセイバーと彼女を交互に見比べていた俺に、ランサーはそう言ってからりと笑って手を振った。
 確かによくよく見ればセイバーと同じくとんでもない存在感と魔力の熱量を持った存在なんだが、その佇まいがあんまりにも気安いので、ついそうだと実感できない。
 というよりも、それは解ったが、若干面識のあった遠坂はともかく、本来的同士でしかるべきランサーとそのマスターがここにいるのは何故だろう?
 その疑問が顔に出たようで、それもランサーが分かり易く説明してくれた。

「時期を置けばセイバー1人ならあたし1人で対処できるけど、今ここでアーチャーと2人がかりで対処されちゃあ敵わない。だからここは空気を読んで、そこの凛と一緒にマスターも君の聖杯戦争口座に参加する腹積もりなの」
「ちょっと、気安く凛って呼ばないでってば!」
「人を小心者の小悪党みたいに言わないでください!!」
「えー」

 両隣で怒り心頭の顔で怒鳴った遠坂とバゼットに、ランサーはひょいと首を傾げて素知らぬ顔をする。
 ランサーにしてみれば、とんでもない迫力で彼女に迫る遠坂と彼女のマスターの2人も、みゃあみゃあなく子猫にすぎないらしい。単純にすごい。
 ついでに言うと、ランサーたちは、何も俺を殺そうとしてここへやって来た訳ではないらしかった。

「うん。ほんとは学校で君の記憶サクッと消してはいさよならする予定だったんだけど、マスターからあんまり紙一重でちょろちょろ逃げるもんだから、つい手が滑っちゃって。そこにタイミング悪くあの無駄に赤いあんちくしょうが来そうになったでしょ? それでマスターってば慌てちゃって、君の腹にボディーブロー一発ぶち込んで逃げちゃてさー。いやあ焦った焦った。まあ死ぬような威力じゃなかったのも功を奏したよね。で、面倒だったけどルーン使ってここ調べ当てて、今度こそ君の記憶を消した後にお詫びの品置いて帰ろうと思ってたんだけど、まあその後の事態が事態だしねー」
「誰が無駄に赤いあんちくしょうだ」

 一応こんな事態に巻き込まれちゃったのあたし達の所為だし、義理っていうと何だけど、最低限の事柄教えるくらいはしないとさ。
 横にいた不満げな顔の赤い外套の男――アーチャーというらしい――の言葉は当然のように黙殺して。そう言って、ランサーはつまらないものですが、と西洋の顔に似合わない日本人らしい謙虚さをもってして、俺にそのお詫びの品を差し出してきた。
 中には、ランサーが手作りしたらしいスタンダードないちごと生クリームのケーキがワンホール丸々入っていた。
 プロもびっくりな完成度に目を見張っていると、それを見てランサーはそれは嬉しそうに笑うと同時に、腕まくりして「あたし、スイーツ作りは得意なんだ」と得意げに言っていた。
 そのつい数分前に横の男と遣り合っていたとは思えないくらい邪気な表情に、うっかりきゅんと来たのが少し悔しかった。


 そうしていざ教会へ行こうという話になった途端、何故だかランサーとバゼットは必死に止めようとしていたものの、遠坂が教会の神父とは知り合いだと言うと渋々と引き下がっていた。
 あのヘビと会話するハリー・ポッターを見たような身体全体で信じられないという気持ちを表すが如く驚愕の表情を遠坂に向けていた2人を見て、その教会の神父に会いに行くのが今から気が滅入ったけど、何とかそれは飲み下して、件の大所帯で出発した。

「そういえば、君の名前は聞いて無かったよね。なんていうの?」
「え? ああ。俺の名前は衛宮士郎だけど」
「ん?」

 総勢6人でぞろぞろと歩きながら、ふと隣を歩いていたランサーが思い出したように俺に名前を聞いて来たので、そういえば言っていなかったと思い素直に答えると、ランサーは一瞬不思議そうな顔で首を傾げた。

「ええっと………? ああ、そっか。それもそうだっけ」
「?」
「いやこっちの話。そう、士郎か。士郎ね、うん、良いね」

 首を傾げる俺に何でもないと手を振って、ぶつぶつと何か呟くと、ランサーはぱっとこっちを向いて、やけに上機嫌にじゃれついて来た。

「うわっ!?」
「うん。宜しくね、士郎! あたしはマスターとの契約上しんめいは言えないけど、気軽にランサーって呼んでね。あっ、フレンドリーにランサーのランちゃんと呼んでもいいよ!」
「だっ、誰が呼ぶかっ! っちょ、重いっ。抱き着くのやめろってば、さっきから!」
「女の子を重いという男に人権はありませんっ!」
「どんな理屈だよ!?」

 俺に覆いかぶさるように抱き着いてくるランサーに、ジタバタともがきながら逃げを打つものの、ランサーはそんなものものともせずに上から羽交い絞めにするかのように抱き着いてくる。
 って、遠坂もバゼットも「何じゃれついてるんだか」みたいな顔してスルーするのは止めてくれ。セイバーも……セイバー!? なんでそんな侮蔑するみたいな目で俺を見るんだよ、これは不可抗力なんだって…………!!
 なんて葛藤しながら何とかランサーを引きはがそうともがいていると、不意に背筋に氷の礫を流し込まれたみたいな悪寒が、一気に背中を駆け抜けた。

「―――――っ!」

 ぞぞぞ、とこたつの中から一気に外へ放り出されたような寒さを感じつつ、ちらりと背後にい視線を移す。
 そこには、遠坂のサーヴァントであるらしい、アーチャーとかいうやつが、腕を組んだまま射殺しそうな目でこっちを見ていた。
 さっきからそうだ。いや、初めて対峙した時から、こいつからは敵意とか殺気しか感じなかったけれど、ランサーが俺に対して邪気なくスキンシップをとるたびに、それは鋭さを増して俺を貫いている。
 もしも憎悪や敵意で人が殺せるんなら、俺はもうすでに10回は死んでいる事だろう。
 正直勘弁してほしい。俺が何をしたっていうんだ。文句があるなら直接ランサーに言えばいいのに。

 …………ただ、何で俺の名前にそんなに驚いたんだと問いかけた時、ランサーがそれに答えた時だけは、何だか違った。

「………そうだね。思い入れがある、というか………“シロウ”はね、あたしが、一番好きな名前なの」

 そう、宝物を人に見せるような顔で、彼女がそっと大切そうにその名を口にした時だけ、ふっと、背後からの殺気や敵意が無くなった。
 気になって少しだけ振り向いて、それを少しだけ後悔した。
 後ろにいたアーチャーは、さっきまでの眉間にしわを寄せた仏頂面から変わって、眉を寄せて、届かない星を羨むような、焦がれるような顔をして、静かにランサーを見つめていたから。
 なんだか調子が来るってしまって。俺は、見てはいけないものを見てしまった気分になりながら、そっと2人から視線を逸らした。







本来ならもっと簡潔に進めるはずが、ランサーの宝具について設定突き詰めすぎてその説明で随分と長くなってしまいました。反省。
最初は無限に関節が出来る槍とかにしようかと思ったんですが、それだといくらなんでも地味すぎるので。元祖ランサークー・フーリンリスペクトという事で、種類は違えど不可避の槍にしようと思いました。
避けても無駄よ、だって自分の内側から生えてくるんだもの、みたいな。
というか、ここまで来てまだ一度も名前変換が無いとはいかがなものか。…………が、頑張ります。
次はもっとあっさり行きたいです。次回、多分バーサーカー戦だろうけど。………あっさり…行くかなぁ………?






2013.12.11 更新

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