途中様子が変であったマスターと共に、アーチャー達はデパートの中へ進んで行った。 「まずは紳士服売り場だな。マスターの服をなんとかしなければ」 「それよりもエクストラの服の方が先だよ。周りの女の子たちみんな可愛い格好してるのに、エクストラだけこんなだぼっとしたものじゃ可哀そうだ」 エスカレーターの側の壁に付けられた案内板を見て紳士服売り場を探すアーチャーに、隣のマスターもそれを覗きこみながらアーチャーの袖を引っ張って訴える。 「む……しかしだな」 「僕はこのままでも別にいいけど、エクストラ、折角可愛いのに、それに似合う服を着なくちゃ勿体ないよ。ねーアーチャー。エクストラが先でも良いでしょう?」 じぃ、とマスターが子が親にねだるようにアーチャーを見上げる。 その雛鳥のような顔に心底弱いアーチャーは、ぐっと息をつまらせてから、仕方がないというように大仰に溜息をつき、頷いた。 「やったぁ! じゃあ2人とも、早く行こうっ」 「良いのか? 奏者よ」 「もちろんだよ。ほら、行こう?」 少しだけすまなそうに眉を下げるエクストラに、マスターは満面の笑みで頷いて、彼女に向けて手を差し出す。 その邪気のない幼い笑顔に促されるように、エクストラも自然と笑顔になって、その手を取った。 「待て。婦人服売り場は4階だ。何故君は地下へ降りようとしている?」 「え?」 そのままエクストラの手を引っ張って意気揚々とエスカレーターに乗ろうとするマスターに、アーチャーが呆れ顔で素早く待ったをかける。 がっしりと肩を掴まれて引き止められたマスターは、よく解らずにきょとんとする。 そのあまりにも悪気の感じられない顔に、叱りたくとも叱れない筆舌に尽くしがたいジレンマを抱きつつ、アーチャーは強制的にマスターとエクストラを引っ掴み、上の階へと向かうエスカレーターに向かった。 婦人服売り場が多くある4階へ辿り着くと、エクストラとマスターはその店達の華やかさに目を輝かせた。 マネキンが着用している衣服もさることながら、何よりもその各々の店の内装が可愛らしい。 特にここは若い年代向けの店が多い事もあり、エクストラの乙女心をくすぐる服飾が所狭しと並べられていた。 「……………奏者」 「ん? なあに?」 わなわなと俯きふるえるエクストラにマスターが不思議に思い小首を傾げると、エクストラは勢いよく顔を上げ、両手でフロアの店達を指示した。 「この階一帯の衣類、全て買い取ろう!!」 「無茶を言うな」 キラキラキラ。瞳の中で星が輝いている。 ランランと目を煌めかせるエクストラに、アーチャーがそれを固い声でバッサリと切り捨てた。 「なっ、何故だアーチャー!」 「何故もなにもない。そもそもたかが服ごときにそんな金を費やしていたら、あっという間に資金がなくなるだろう」 今の彼らに、当然ながら金銭を稼ぐ方法はない。当然だ。片や自身ですら素性を覚えていないマスターに、生きていた時間軸が違う英霊だ。履歴書すら満足に書けない。 腕を組んで渋面を作り言うアーチャーの言葉はまさに正論。しかし、この小さな暴君が、これしきの事で引くわけがある筈もなく。 「い・や・だ! 皇帝たる余が、何故我慢などしなければならぬ! よく覚えておくのだぞ奏者。余の嫌いなものは、倹約・没落・反逆だ!!」 「わあ、エクストラかっこいい」 両手を広げて実に堂々と言い切って見せたエクストラに、マスターは大きく目を見開いて、何故か純粋な尊敬の眼差しを送る。 「………君の価値観はおかしい」 がっくりと肩を落とし、アーチャーはせめて一言だけマスターに言わなければ気が済まず、げんなりとした様子で呟いた。 「でも、そんなに買ったら、置く場所がなくなっちゃうね。アーチャーが見つけてくれた家の中いっぱいになっちゃうだろうし、せっかく買った服も皺だらけになっちゃうよ?」 「む…………。ならば、家をさらに大きいものにすれば良いではないか」 「でも、せっかくアーチャーが見つけてくれたし、また新しく見つけるの時間かかると思うよ。だからさ、今日は必要な分だけ買って。いっぱい買うのは、また今度にしようよ」 「………………一理ある。仕方あるまい、奏者が言うのであれば、それに従うとしよう」 「ありがとうエクストラー」 色々ぶっ飛び過ぎている上司と同僚にアーチャーがつっこみを放棄しかけているうちにあっさりとマスターによって説得されているエクストラを見て、アーチャーはマスターグッジョブと思うと同時に、どうして自分の言う事は聞いてくれないのかと、うっかり精神が摩耗しかけたのであった。 そんなこんなで、とりあえず今着る服を買ってしまおうと、店を一つに絞って向かう事になった。 「うーむ。さて、どれを選ぼうか迷うな」 「可愛い服がいっぱいだねー」 マスターとつないだ手をぶんぶんと振るエクストラに、マスター自身も興味深そうにきょろきょろと店を物色しながら相槌を打つ。 そんな2人を後ろで見守りつつ、アーチャーはやれやれと溜息をついた。 「し○むらでも十分だと思うのだが……」 「だーめ。女の子の服に、安い・ださいは却下だよ」 一着850円のポスターをデパート付近でじっと見つめていたアーチャーに対するマスターの返事は、いつになくドライである。 「だろうとは思ったよ」 「ふふ。エクストラ、好きなの選んでね」 「元よりそのつもりだ!」 「少しは遠慮したまえ」 眉をしかめるアーチャーの言葉は当然のようにスルーして、エクストラは意気揚々と服選びに勤しむのであった。 → ← |