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食事のはなし2。





そうして2人でたおやかにエクストラと笑い合うマスターの頭に、不意に温かい何かが降り、彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
マスターが見上げると、そこには片眉を上げて仕方ない奴だとでも言いたげなアーチャーがいて、この温かいものは彼の手なのだと理解した。

「まったく。人をおいて話を進めないでほしいものだな、マスター?」
「アーチャー」

マスターが反射的にもう1人のサーヴァントの名を呼ぶと、エクストラが張り合うように自身のマスターに更に抱きついた。

「邪魔をするでない、アーチャー。奏者は余と話しておる」
「うん。………あの、でもね、アーチャー。僕はぜんぜん、解らない事がいっぱいあって、だから、アーチャーがいてくれたら、きっと、すごく、うれし……」

い。と言い切る前に、でしっと鈍い音がしてマスターがシーツに沈んだ。

「痛っ!?」
「奏者っ! ええい何をするアーチャー!!」

言いかけたマスターの言葉を、でしっとデコピンでさえぎったアーチャーの硬い爪が思いの外がっつり額に突き刺さり、痛みに額をおさえ涙ぐむマスターに、アーチャーは身を起して抗議するエクストラをスルーしつつベッドの上に腰掛けて、指の甲で赤くなった彼の額を撫で、柔らかな声で話した。

「マスター、君は1つ勘違いをしている。私は元より君の剣だ。だから君が私を必要とする限り、君の想いに従おう」
「アーチャー………」

口角を上げて皮肉気に笑うアーチャーに、マスターはぱあっと表情を明るくさせた。
そうして嬉しそうににこにことするマスターに、面白くないエクストラはむくれてベッドをばしばしと叩いた。
その間みし、と若干嫌な音がしたが、幸いマスターは気付かず(というかその音が何を意味するのかも知らなかったのだが)、アーチャーは顔を僅かに引きつらせて聞こえなかったふりをした。

「……ずるい。何というかずるいぞアーチャー! 何か余に言われた時よりも奏者が嬉しそうだ!」
「えっ、そんなことないよ?」
「いやある。というかある気がする! むうぅっ…てえいこうしてくれる!!」
「わっ」

そう言って再びぎゅうむと抱きつき、うりうりと頬ずりをするエクストラからあわあわと慌てるマスターを引きはがそうとするアーチャーに構わず続行していると、再び鳴ったマスターの腹によって中断せざるを得なくなった。
またきょとんとした顔をするマスターに、アーチャーが苦笑してそれが空腹の合図なのだと教えて、部屋に備え付けられていた受話器を取った。

「とりあえず、ルームサービスで何か頼むとしよう。マスター、私が頼んでもいいかね」
「あ、うん。僕はよく解らないから、アーチャーに任せる」
「では重湯を頼むとしよう。10年単位で何も食べていなかったんだ、消化器官も正常に機能しているとは思えないからな」
「おもゆ?」
「甘く煮た粥のようなものだ。まずはものを食べる事に身体を慣れさせるのが大切だからな。うむ。今の奏者には、それが一番良いだろう」
「ふーん……」

電話でエクストラの言う「おもゆ」を注文しているアーチャーを見て、ふとマスターがエクストラの方を向いた。

「エクストラとアーチャーは、何か食べないの?」
「うん? いや、我らは必要ない。言ったであろう、我らは元より霊体だ。魔力が満ち足りてさえいれば、食事はおろか睡眠も必要ない」
「へえ……不思議だね。こんなにしっかり話せるのに」

そう言って小首を傾げてエクストラの手をきゅっきゅっと握るマスターだったが、その力が弱く僅かに触れられている程度にしか感じられず、エクストラはくすぐったさからくすくすと笑った。

「奏者、くすぐったい」
「あっ、ごめんね」

ぱっと素直に手を話すマスターに笑って、エクストラは逆に彼の手を握った。

「良い、許す」
「ありがとう」

そう言って、笑い慣れていない稚拙な笑顔を浮かべるマスター。
それにエクストラが満悦顔をして笑っていると、注文を終えたらしいアーチャーが返ってきた。

「おかえり、アーチャー」
「ああ」

見上げて言うマスターに、アーチャーはバスタオルを手に取って頷く。

「重湯とミネラルウォーターを頼んでおいた。10分もすれば届けられるだろう。それよりもマスター、まだ完全に髪が乾いていないだろう。拭いてやるから、こちらに来たまえ」

ちょいちょい、と手招きをするアーチャーに元の膝をついていくマスターに少しだけ不服そうな顔をしてから、エクストラは気を取り直すように首を振ってベッドの端から飛び降りた。

「では、余は湯を浴びてくる。くれぐれも奏者を頼んだぞ、アーチャー」
「無論だ」
「いってらっしゃい」

笑顔で手を振るマスターの舌足らずな声に見送られてエクストラが浴室に消えたのを見届けると、アーチャーはマスターにバスタオルを頭からかぶせて、わしゃわしゃと拭き始める。

「ね、アーチャー」
「何だね?」
「アーチャーはサーヴァントだから、お腹って空かないんだよね」
「そうなるな」

恐らくエクストラから聞いたのだろうと当たりをつけながら肯定すると、マスターは布ごしのくぐもった声でふうんと呟いた。
どうやらそう相槌を打つのが癖らしい彼は、ふとごく不思議そうな口調でアーチャーに尋ねた。

「じゃあ、おいしいとか、おいしくないとかも解らないの?」
「……………いや。一応味覚はきちんと働いているが」

それがどうした? とアーチャーは問う。
彼にとって、この身は既に終わった身で、こうしてマスターの世話を焼いているが、自分自身をどこか道具のように思っているから、そのようなどうでもいい機能について聞かれるとは思わなかったのだ。
しかしマスターはそんなアーチャーの胸中など知らず、ただ子供のように思いついた事を口にする。

「えっと…ほら、僕はそういうの、よく解らないから。2人に教えてほしいなって。それで、3人でご飯とか食べれたら、きっと楽しいなって。そいうのがどんな感じなのかは、よくわかんないけど」

そう、もごもごとあすタオル越しに聞き取り辛く言うマスターに、アーチャーは少しだけ面食らった。

「…………何故、そう思うのかね」

少し前まで、思考する事すらしていないも同然だったのに。そんな当たり前の事を、数刻前まで識りもしなかったのに。
そんな当たり前の事を望むマスターに少し驚いて、アーチャーは尋ねる。

「だって、それが“フツウ”なんでしょう?」

タオルをどけると、稚拙で気の抜けた笑顔をへらりと浮かべたマスターが、アーチャーを見上げていた。
何となくその顔に毒気を抜かれて、アーチャーははあと溜息をつき、何の前触れもなくばさりとまたマスターの顔にバスタオルをかぶせる。

「わっぷ」
「ふむ。確かにそれが大衆にとっての一般的な常識だな。今の君は今右も左も解らないに等しい。そういった何でもない所から、また覚えていった方がいいだろう」

わしゃわしゃと犬でも拭くように少々乱暴な手つきで髪を拭きながら言うアーチャーに、マスターははあい、と歌うように、どこか楽しげに返事をした。





更新 2012.8.10