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食事のはなし。





その後アーチャーの手によって体もすっかり清潔にされ、長かった髪もバッサリと切られて浴室から出てきたマスターを見て、エクストラは目を輝かせた。

「見違えたぞ奏者よ! 数刻前と同じ人間とはとても思えぬ!!」
「えっと……僕、ほめられてるの?」
「無論だ!」

キラキラと翡翠の瞳を煌めかせ、嬉しそうに頬ずりをしながら言うエクストラに、そのマスターは少し複雑そうな顔をして笑った。しかし、エクストラの言う通り、先程とは打って変わったのも確かだ。
未だ骨と皮のみもいいとこな体格だが、温まったおかげか血色も良くなり、ほかほかと湯気が立っているようにも見える。
垢にまみれごわごわだった髪も、悪く言えば浮浪者のような外見もすっかりきれいになり、随分と見目も良くなっていた。

「髪も美しく整えられておる。なかなか器用ではないかアーチャー!」
「なに、髪は一度汚れを落としてしまえば扱い難くない。軽く整えたにすぎんよ」

ふっ、と皮肉げな笑みを浮かべるアーチャーの言葉を聞いているのかいないのか。キャアキャアと楽しげに笑いながらマスターに抱きつくエクストラを、マスターは宥めるようにぽんぽんと叩いた。
頬ずりしたら見るからにチクチクしそうな顎髭がつるつるに剃られたのと、肌触りが悪そうなごわついた長い黒髪が柔らかになり短くなったのも、彼女のテンションがダダ上がりしている理由である。

「ところでエクストラ、私は君に1つ聞きかいことがあるのだが」
「む?」

うりうりと己のマスターに頬ずりしているエクストラにアーチャーが言うと、彼女は一時的にマスターから顔を離してきょとりと首を傾げた。

「何だ」
「君が名乗ったそのクラス名。“エクストラ”というのは本来の7つのクラスとは違うな。君の存在は、それとどう違うのかが知りたい」
「…………ふむ」

腕を組んで壁に寄り掛かり、どこか探るような眼でエクストラを見るアーチャーに、彼女は目を細め鬱陶しいとばかりに手を振り、マスターをベッドに座らせてその前に立った。
首を傾げる彼に、エクストラはやわく笑って見せる。

「?」
「よいか奏者よ。我らは本来聖杯戦争というものに参加する為にこの現世に降り立った。それがどういうものかはおいおい説明するとしてだ。しかし、今この地には我ら以外の英霊はおらず、辛うじて現代の必要最低限の知識は授けられているが、本来ある筈の聖杯の魔力的なバックアップもない。何故だか解るか?」
「ぇ…えっと……」
「私達を呼び出した連中が、聖杯が英霊を呼び集める前に無理矢理引きずりだしたからだ。つまりだ。しかと聖杯戦争には参加させてやるが、それまでの猶予期間我々の実験ないし研究に協力しろ、という事だな。まったくふざけたことだ」

いきなりの質問に困った顔をするマスターに代わって、アーチャーがその問いに答える。
元来、英霊の座にいる者達は、世界や霊長の抑止力としてこの世に呼び出される。それを聖杯降臨の儀式の為に3つの魔術師の家の秘術を合わせて作られた術式によって召喚されるのがサーヴァントなのだが、彼等を呼んだそれは、その術式に更に手を加えたものだった。
座にいる英霊にコールを掛け、聖杯に魔力が満ち切るより少し前に召喚するという条件で、聖杯戦争が始まるまでの作りものの令呪をでっち上げて召喚する。当然、まだ聖杯戦争が始まる時期に突入していないのだから聖杯からの魔力的なバックアップはなく、召喚者は膨大な魔力を呼び出したサーヴァントに時期が来るまで供給し続けなければならないのだが。

「恐らく、その供給源を連中は君にしようとしていたのだろう。君が奴らに捕らわれていたのも、君の体を魔力炉とする為だ」

元々魔術回路も魔術の素養も多くあったようだしな、と付け足すアーチャーに、マスターは興味深そうにふうんと言って頷く。

「………それで、それとこれと、一体何の関係があるというのかね?」
「うむ。我らの召喚は全てがイレギュラー。戦争が始まっても、恐らく魔力のバックアップを受ける事はあっても、聖杯は新たに7つの位のサーヴァントを呼びつけるであろう。して、余の受けたクラスは、その際に発生したバグのようなものだ」

そこで一旦言葉を切って、エクストラは得意げに胸を張ってそこに手を当てた。

「余は元々、セイバーのクラスをもって現界するはずであった」
「せい、ばー……?」
「うむ。最優のサーヴァントと呼ばれている位だ」

すごいであろう、と言うようにふふんと笑うエクストラに、マスターは微笑ましげにうなずく。

「して、奏者よ。そなたはマスターとしてのサーヴァントのステータスを視る透視が備わっている筈だ」
「えっと…この、空中に浮いてる文字、かな……」
「余には見えぬが、恐らくそうだ。その内のどれかに触れ、意識を集中させて力を込めてみよ」
「うん……」

エクストラの指示に戸惑いながらもマスターが彼女の周りに浮かびあがっているうちの“攻撃(attack)”という文字に手を添え、ぐ、と指先に力を入れる。
瞬間、その横にあった数値が大きく上がった。

「わっ!?」

驚いて咄嗟に手をひっこめたマスターを見て、アーチャー感慨深そうに顎に手を当てた。

「成る程。マスターによる追加の魔力供給によって、ステータスが上昇するというわけか」
「然り。ま、供給された分の魔力が尽きれば元に戻るようだがな。つまりだ、そうする事で、余の力は常より強くなる。良いか?」
「うん…わかった」

一応は理解して頷くマスターに満足したのか、エクストラはにっこりと上機嫌に笑う。

「余分な、特別な……ふむ、それで“extra”か」
「応! 正に王たる余に相応しいクラスだ! 奏者もそう思うであろう!?」
「あっ」

テンションが上がってヒートアップしたままマスターに抱きつき、勢い余ってベッドまでダイヴしたエクストラに、慌ててアーチャーが引っぺがそうと彼女の肩を掴んだ。

「何をやっているんだ君は、マスターが潰れるだろう!」
「何だと!? 余のような可憐な乙女を捕まえてつぶれるなどと何たる無礼! というか、余は軽いぞ! まさに羽毛の如しだ!」
「たわけ、つい数刻まで月明かりすらろくに浴びていなかった人間に、人1人を支えられる体力があるわけがないだろう! 君の脳は飾りかね」
「ぐぐぐぐぐぐぐっ、憎らしい奴め!」
「く、くるしい…げほっ」

マスターの首に腕を回して抱きついているエクストラが、アーチャーとの口論がヒートアップしていくにつれて、無意識のうちに力がこもっていく。
只でさえ力が強くなっているというのに徐々に力が強められていく形になっているマスターがぺしぺしと腕を叩いているのだが、2人揃って気付いていない。
段々視界が白く霞んでいく中で彼が意識を飛ばしかけていると、不意に、場違いな間の抜けた音が部屋の中に響いた。

きゅるるるる、と控えめに、しかしはっきりと鳴った腹の音に、アーチャーとエクストラが動きを止める。対してその音の発生源であるマスターは、きょとんとした顔で自分の腹部を眺めていた。

「何だマスター、腹が減っておるのか?」

面白がって揶揄するエクストラに、マスターは不思議そうな眼を向けて首を傾げる。

「お腹……? 減ってないと思うけど………」

物理的に腹の面積が減っているのかと思ったのか、ぺたぺたと腹部を触るマスターに、エクストラは先程までのにやつきを消して目を見開いた。
この、貧相な体格をしているマスターは、つい数刻前まで軟禁され、10年以上も薬を打たれて生かされていた。なら、とっくに“食べる”という概念が麻痺、或いは消えてしまっていても、何ら不思議ではない。

「……………奏者」
「ん?」

エクストラは自身のマスターに呼び掛け、その細すぎる身体を、ぎゅっと抱きしめる。今は清潔な石鹸の香りがする頭部に額を擦りつけて、唸るような声で言う。

「……空腹というのはな、身体が栄養を欲しているという事だ。美味なる食は、人を幸福にする。大事なことだ、マスター。食べ物を口にするという事は、何よりも人が人であり、生きているという証しなのだから」
「エクストラ…………?」
「そなたは人だ、奏者よ。腹が鳴るというのは、空腹だという事だ。よいか奏者よ、まだ解らずとも良い。しかしそれが生き物に対してどれほど大切なことなのか、少しずつでいい、余は知ってほしい」

正直、彼には己のサーヴァントの言っている意味がよく解らなかった。20年「近く受け入れる」事に徹し、またそれしか許されなかった彼にとって、何かに不満を持つことや、足りないものを補う事など、最早思いもつかない事であったから。
けれど真剣な彼女の顔を見て、きっと自分はいくつもの“当たり前”を忘れているのだと思った。そして、彼女は自分に、それを教えてくれようとしているのだと。
彼は思う。自分にはきっと、欠けているもの、足りないものが多すぎるのだと。けれどもそれを、かき集めてくれようとする者がいるのなら。
与えようとしてくれる者が、いるのなら。

「…………………エクストラ」
「奏者………?」
「ありがとう」

ならきっと、この手を取らないなんて嘘だ。
彼は紅い少女の手を取って、淡く微笑む。
それは幼く、稚子のように、拙いものだったけれど。それが今の彼の本当の笑顔なのだとエクストラは思った。

「きっとどうしようもない奴なんだろうけど、僕のこの手を、離さないでほしいんだ。僕はきっと、君のことを好きになるから。だからこの手を、掴んでいても、いいかな」

そう言った彼女のマスターは、泣いているのか、困っているのか、よく解らない顔をしていた。しかしエクストラは、力強く笑って頷いた。
自分もきっと、このどうしようもない男を好きになるから。

「無論だ。他でもない、そなたが余のマスターなのだから」

まだ未熟ながら、きっと何よりも美しく己を奏でる、奏者(マスター)として。
きっぱりと言い切るエクストラに、そのマスターは目を細めて笑う。
眉を下げて眩しそうに笑うその顔を、彼女はとても好ましいと思った。







赤王可愛い! もっと夢主と絡めていきたいです。しかしそんな私はアーチャークラスタ(でもある)。浮気性ですいません(笑)
そのくせギルも好きなんだから始末に置けないですよねー。最終回の赤い布にくるまるの可愛かったです。まああの人なら平然と阿鼻叫喚の図の中全裸で堂々と歩きそうですが。そこは大人の事情というやつですね。
こほん。というわけで、これからも赤2人組とバンバンいちゃつかせていこうと思います。将来的には僕のセコムは最強なんだ(集中線)、みたいな。
だがしかし雁おじと違って死亡フラグではないという。きっと20年近く捕まってた中で一生分の不幸を使い果たしたんでしょうね。もう彼の前に不幸なフラグは立たない、むしろセコム2人が先んでてボッキンボッキン折っていく。
名無し男最強説(笑)まあ冗談は置いておきまして、今回はこれで失礼致します。長々とすみませんでした!





2012.7.8 更新