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お風呂のはなし。





「うわぁ………」

浴室に設置してある鏡の前で、アーチャーとエクストラ、その2人のサーヴァントのマスターは小さく声を上げた。
アーチャーが浴槽に湯を張ってシャワーの温度を調節している間、マスターは鏡に映った自分の姿を見て、興味深そうに自身のあごや頬を触っている。

「どうしたマスター?」
「うん……ひげがすごいなあって」
「20年近くも何も手を加えていなかったんだ。当然だろう」
「そうだねえ。ほら見てアーチャー。髪なんて腰まであるよ!」
「笑いごとではないのだが…………」

きゃっきゃと髪を触ってはしゃぐマスターに、アーチャーは些か呆れたような笑みを向ける。
そして普通にあごにひげが生えているにもかかわらず、その仕草に何の違和感も感じさせない彼にある種感心しながら話しかけた。

「ではマスター、髪もついでに切ってしまうとして。ひげと髪、どちらから済ませるかね?」
「んー、ひげ。ちくちくして気持ち悪い」
「解った。なら私が作業をしている間はくれぐれも不用意に動かないことだ。わざわざ顔に傷を作りたいのなら話は別だがね」
「ふふっ。はーい」

ひげ剃り用のクリームとカミソリを持って言うアーチャーに、マスターはくすくす笑いながら大人しく返事をする。
自身の皮肉に素直に返事をされアーチャーは少し鼻白んだが、気を取り直してクリームをマスターの口周りにぬっていく。

「口ではなく鼻で息を白。泡が口に入るぞ」

なめらかな動作でひげをそっていくアーチャーに息苦しそうに困った視線を向けてくるマスターに苦笑しつつ、アーチャーは手早く終わらせてしまおうと手を進めた。
やがて全て剃り終わりシャワーで泡を流すと、マスターはほっとしたように息をついた。

「心地はどうだ? そり残しはないと思うが」
「うん、すっごくすっきりした。ありがとうアーチャー」

そう言って幼子のように少しだけ拙く笑う彼は、ひげをそった為か先程よりもかなり幼く見える。
これはティーンと言っても通じそうだなとアーチャーが思っていると、マスターが不思議そうな顔で首を傾げたのを見て、作業を再開することにした。
次は髪だが、切る前に先に汚れを取ってしまおうということで、アーチャーはマスターを台の上に乗せ、下を向いているように促す。
大人しく従うマスターの頭に温かいシャワーの湯を浴びせ、ごわごわと岩のりのように硬くあちこちにはねていた彼がしとどに濡れぺたりとへたったところで、備え付けのシャンプーを掌に出し、泡立てる。
わしゃわしゃと泡立てたそれで頭を洗っていると、ふとマスターが小刻みに肩をふるわせた。
それが笑っているのだと気付いたアーチャーは、怪訝な顔をしてマスターに声をかけた。

「どうしたマスター。なにを笑っている」
「んーん……。アーチャーは優しいなあって」
「……………………はあ?」

思わず手を止めて素っ頓狂な声を上げたアーチャーに、マスターはふふっとまた肩をふるわせて笑う。

「っふふ、はは……っ。うん、優しい。やっぱりアーチャーは優しいんだよ」
「何を………」

くつくつとどこか嬉しそうに笑っているマスターにアーチャーが戸惑った声を上げると、彼はひとしきり笑った後、静かに話し始めた。

「だって、普通あって間もない人間に、こんな事までしないでしょう? わざわざ道具まで買ったりして。普通の人なら、めんどくさくてやんないよ」
「…………それは、君が私のマスターだからだ」
「それだって、元は違ったじゃない。僕のことを捕まえてたあの人たちのリーダーっぽい人が、最初は君のマスターだった。そうでしょう?」
「……………………」

応えないアーチャーに、マスターは小さく笑って言葉を続ける。

「でも、アーチャーは僕をマスターに選んでくれた。どうしてなのかは解らないけど、僕が良いって言ってくれた。うれしかったんだ。初めて、味方ができたみたいで」
「………………私が」
「え?」

聞き返すマスターに、アーチャーは手の動きを再開させながら緊張をほぐすように息を吐いてから、口を開く。

「………私が君をマスターに選んだのは、単に、君の方があの集団より幾分かましだと思ったからだ」
「あっははは。そっかあ」

半分照れ隠しから出たアーチャーの言葉に、彼は特に言及もせずに受け止める。そのまま2人の間に沈黙が降りようとしたところで、アーチャーが口を開いた。

「例え経緯がどうであれ、君は私の、私達のマスターだ。絶対に死なせはしないし、この命に変えても、君を護る」
「………うん」

心なしか早口に言い切るアーチャーに、彼はゆっくりと頷いて、瞼を閉じる。

「…………本当に、優しいね、アーチャーは」
「……………………………」
「エクストラも、優しいね」
「…………ああ。そうだな」
「2人が僕のサーヴァントで、良かった」

囁くように、常人に聞こえるか否かの大きさでマスターの唇からもれた言葉は、人間の何百倍もの動体視力を持つサーヴァントであるアーチャーにはしっかりと聞こえていた。
彼の放つ雰囲気でそれに気付いたのか、マスターは不意に明るい声を上げた。

「そういえば、アーチャーってさ。ここに当たり前みたいにいるけど、もう死んじゃってるんだよね」
「ああ。そうなるな」
「……やっぱり、早死にしちゃったの?」
「………………………何故」

僅かに硬い声で言うアーチャーに、マスターは何とも能天気そうな声であっけらかんと言ってのけた。

「だってさ、良い人程早く死んじゃうって言うでしょ? エクストラは案外要領良さそうだから長生きしそうだけど、アーチャーは肝心な所でお人好しが祟ってそうだなあって」
「…………余計なことばかり言わんでいい」
「あいたたたっ。えっ、照れ隠し?」
「これ以上いらん口を叩くのなら誤って君の眼に指を突き立ててしまうかもしれんぞマスター」
「何それこわいっ」

がしがしと強い力でマスターの頭を洗うアーチャーに、マスターは口ではそう言いながらもおかしそうに笑う。
そして色々気恥ずかしくなったアーチャーが、それを黙らせるために頭にかけてやろうとシャワーのコックをひねった。








2012.7.3 更新