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髪型のはなし。





じい、と。星空を思わせる真っ黒い双眼が、ある一転を食い入るように見つめている。
時刻は11時10分前。つい先程までベッドの上で惰眠を貪っていたエクストラが眠気覚ましも兼ねてシャワーを浴びているため、テレビを見ているマスターと洗濯物を畳んでいるアーチャーのいるリビングには、テレビの中のタレントの明るい声以外、これと言って大きな音はなかった。
普段は騒がしいとも思える彼らだが、エクストラ1人がいないだけでこんなにも静かだ。
しわ1つなく完璧に服を畳み終えたアーチャーが、そういえばつい集中していたためマスターにろくに構ってやれなかったなと視線を巡らせると、目的の人物はテレビに映っている若い男をじっと見つめていた。
画面の左上の番組のタイトルに目をやると、「カンタン!5分でできちゃう激カワヘアアレン!!」と妙にファンシーな字面が目に飛び込んでくる。
どうやら、テレビに映っている男は美容師らしく、美容室らしき室内でモデルの女性に色々なヘアアレンジを施しているらしい。

「それが気になるのか、マスター?」
「…………えっ?」

アーチャーの問いかけに、マスターは3泊ほどの間をあけて反応を返す。
僅かに驚いたようにぱっとこちらを向いたマスターに、アーチャーは余程集中していたのだなと苦笑する。

「いや、ずいぶんと熱心に見ていたものだから、そんなにもその番組は面白いのだろうかと思ってね」
「ああ、うん。っていうよりね、何ていうか」

答えながら、マスターはらしくなく歯切れ悪く、というか、アーチャーと会話しながらも再びテレビの中の映像に意識を持っていかれている。

「エクストラに、あれ、似合いそうだなぁって」
「あれ?」

空現のマスターの返答に首を傾げテレビに目を移すと、美容師がモデルの女性の髪を両端から一房取り、三つ編みにし、交差する地点で団子を作り、大判のリボンを結ぼうとしているところだった。
それを見て、アーチャーはなるほど、と納得する。

「あれか」
「うん、あれ。やったらきっとかわいいだろうなぁって」
「君がやるのか?」
「そう。だからできるだけ1回で覚えようと思って」

会話を続けながらも、マスターはいつになく真剣な顔でテレビの中の男の手先を見る。
確かに、いくら簡単とはいえ、1回限りのそれを見てそれをすぐそのまま実践できる者は少ないだろう。途中で解らない点があってもテレビにもう1度なんて言えないのだから、尚更。
今度ビデオとビデオデッキでも買ってくるか、とアーチャーが思っていると、テレビの男が何かを取り出した。

〔ここで、髪形を安定させるために少しだけピンでとめます〕

黒く細い小さなピンで三つ編みの先に作った団子を固定させるのを見て、マスターの目が無意識に細まる。その理由に思い当たる節のあるアーチャーは、そっと苦笑した。
だって当然ながら、この家にピンなんてものはない。

「ピンかぁ……」
「欲しいのか?」
「うー……うん。あと、飾りのついた可愛いのとか、買ってあげたいなあ………」

どこかぼんやりとした口調のマスターに、アーチャーはそうかと言葉を返しながら、何とも言えない気持ちになった。
アーチャーもエクストラも、本来はもうとっくに死んでいる、それを、マスターは解っているようで解っていない。
これから先、聖杯戦争がはじまったら、アーチャーたちはどうなるのか解らないのだ。もちろん負けるつもりなどないが、それでも万が一という事がある。そうなったら、マスターはこのアーチャーたちとの思い出の詰まったアパートの部屋の中で1人きりだ。
今のマスターに、それを自覚させることが何よりも酷だというのはアーチャーとて重々承知だ。
けれど、これ以上自分たちに思い入れを抱かせてしまうのは、むしろそれこそがマスターの、彼にとっての――――

ガチャリ、と扉の開く音がして、アーチャーの堂々巡りになりかけていた思考は打ち切られた。
振り返ると、いつものニットにジーンズ生地のタイトスカートに着替えたエクストラが、髪型だけは結ばず下ろしたままで髪を拭きながらリビングに入ってきた。

「あ。おはよー、エクストラ」
「うむ。良い朝だな、奏者よ」
「もう朝というより昼に近い時間だがね」

眠気が取れたらしいエクストラにいつものように皮肉を言ってから、アーチャーは態勢を元に戻して、エクストラの座るスペースを作るように綺麗に畳まれた洗濯物を横にどけた。
マスターの方を見ると、例の番組はもう終わったエアしく、テレビではその場つなぎのテレビショッピングが流れている。

「そなたはもう朝食はとったのか?」
「うん。アーチャーと2人で」
「むう……起こしてくれればいいものを」
「起きなかったんだよー」

頬に空気をためてふくれっ面になるエクストラに、マスターは眉を下げて苦笑する。それでも待ってられなくてごめんね、と申し訳なさそうにマスターが謝ると、それだけでもう機嫌が直ったのか、良い、許すなどと尊大に言って、エクストラはマスターにじゃれ付いた。
やいのやいのと途端ににぎやかになったリビングに、アーチャーはやれやれと首を振って立ち上がった。

「まったく………。今日の朝食はパンケーキだぞ」
「何っ。ならば疾く用意をせよ!」
「解ったから少し待っていろ。マスター、エクストラの髪を整えてやってくれ」
「はーい」

にこやかに笑って返事をするマスターにドライヤーとブラシを渡して、よしよしと軽く微笑んで頷くと、アーチャーはそのままタネだけを作っておいたパンケーキを焼きに台所へ引っ込んだ。
汚れが付いてもいいように3人共用の赤のギンガムチェックのエプロンを身につけ、タネの入ったボウルを手にとって、アーチャーは深く息をついた。

「……今、私たちがいなくなった時のことを考えても仕方がないか」

自分たちがいなければマスターが自己を保てないのなら、とにかく死ななければ良いだけだ。エクストラとも誓い合った。3人一緒に、誰1人欠けることなく聖杯を掴み取ると。

そもそも、優しくて心配性なマスターのことだ。自分たちが少し血を流すだけでも、きっと泣きそうな顔をするに決まっている。アーチャーとて、彼のそんな顔は見たくない。
そこまで考えて、アーチャーは自分が死ぬ以外で、マスターから離れる考えが浮かばない自分に気が付いた。聖杯を掴み取ったら、エクストラと共に受肉でも何でもしてマスターのそばにいると、自分でも気づかないうちに当たり前のようにそうするつもりでいた。
というよりも、それ以外の選択など、それまでアーチャーの頭に浮かびもしなかった。
何故だろう、と首を傾げつつも、結局は適当な理由も思い浮かばす、アーチャーはまあいいかと思考を打ち切って、再び手元の作業に集中することにした。




出来上がったパンケーキと簡単なサラダとコーンスープを乗せたプレートを持ってアーチャーがリビングに戻ってくると、そこにはブラシを手にして楽しそうにエクストラの髪をいじるマスターと、彼に先程テレビに映っていたモデルと同じ髪型にされたエクストラがいた。
あとはもう団子に結ばれたところにリボンをまいて止めるだけになったそれに、アーチャーは思わず感嘆する。

「ほう。上手いじゃないか、マスター」
「えへへ。うちにはピンもジェルもなかったから、お団子がちょっと不恰好になっちゃけど。がんばりましたっ」
「そういえば、アーチャーはジェルも使わずにいつもその髪型だな」

照れてはにかみながら慣れた手つきでエクストラの髪型にリボンを結び仕上げをするマスターの手を享受しながら、しっかりとした髪型に仕上がったエクストラがちらりとアーチャーを見てついでのように問いかける。最近ではエクストラのいつもの髪型もマスターが結わうことが多くなってきているので、このくらいのヘアアレンジならお手の物だ。
同時にアーチャーの手に持った朝食に目を輝かせるエクストラに苦笑して、アーチャーは肩を竦めて席に着くようにエクストラを手招く。

「もともと癖のつきやすい髪質だからな。君は逆にさらさら過ぎてオールバックは難しそうだ」
「うむ。恐らくパーマとやらもすぐ落ちる……」

ぷすーっと拗ねたように頬を膨らませて、エクストラは机に並べられた朝食を前に手を合わせる。
パンケーキにバターと生クリームをたっぷりとつけて大きく切って口に入れて飲み込むと、隣のマスターの髪をもふもふ触る。

「奏者の髪はさらさらというよりふわふわだな」
「うん。でも、僕はエクストラの髪の方が好きだよ」
「君達の毛は、種類は違えど滑らかだからな」
「何だアーチャーよ、そんなに余が奏者に髪を結ってもらったのが羨ましいのか? ん? 意地を張らずにも良いのだぞ??」
「うるさい」

一しきりマスターの髪を触って満足したのか、にまにまとどや顔とにやつきを混ぜ込んだような顔で再びパンケーキを食べに取り掛かるエクストラとマスターを見比べて、向かいに座ったアーチャーは紅茶をそれぞれの前に置きながらバッサリ切り捨てる。
その顔を見て、マスターとエクストラは顔を見合わせて、何か良い悪戯でも思いついたように、にこっと2人でアーチャーに向けて笑って見せた。

「じゃあ、次にテレビで男の人のヘアアレンジがやってたら、僕とエクストラがアーチャーにやってあげるね!」
「次はワックスも完備だな!」
「あとはピンもだね」

ふふふふ、と楽しそうに話し合う2人に、アーチャーは軽く目を見開いて、自分を置いてあれやこれやと話し合う主と同僚に、アーチャーは思わず苦笑した。
けれどそれは、決して後ろ向きな種類の笑みではなくて。
この先どうなるか、いつかたがいに解れてしまうのではないかという不安は、きっと彼らにはない。恐らく念頭においてすらいないのだろう。子供は今を生きる生き物だ。そしてその真っ直ぐな純粋さが、アーチャーにはとても眩しく、尊く見える。
まるで、ぴかぴかと光を放っているみたいに。
そんなぴかぴかの子供2人を前にして、何だか1人で先を心配しているのが馬鹿らしくなったアーチャーは、彼自身も今を生きるべく、そろそろ話がヒートアップしすぎて人の髪の毛のヴィジュアル系化計画を立て始めた2人の頭に、ツッコミという名のチョップを繰り出した。







キリ番リクエストして下さった沙羅アキラさまに捧げます。
Fate/anecdoteで話は何でも、という事でしたので、最近シリアスな傾向にある本編には捩じ込む隙のなかった小噺を書かせていただきました。
エクストラの髪の毛を毎日結う係は、ここ最近ではマスターに任命されています。こう見えて意外と手先が器用な彼です。一見どうやって結んでんのこれ?なエクストラの髪型も3回目にはお茶の子さいさいです。
これを機に髪をいじる楽しさに目覚めて事ある度とにエクストラの髪をいじっていると良い。ついでにたまに傍観に徹していたい赤いオカンも巻き込まれる。
男はアレンジの幅が女子より狭くてつまらないのとはふくれっ面のマスターの談。でもアーチャーの髪もエクストラの髪もいじるのは同じくらい大好きです。むしろ本体が大好き。
こんな感じでいつもの雰囲気のはなしと相成りましたが、気に入っていただければ幸いです。それでは。






2014.10.26 更新