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成長するはなし。





このままでは、いけないと思った。
綺礼のように何物をも打ち砕く力を欲しいとは言わない。
時臣のような誰にも負けない魔術師としての力が欲しいとも思わない。
ただ、今のような、アーチャー達に守られているだけで、自分1人では何もできない自分のままでいるのは、嫌だった。
強くなろう。誰かを倒す強さではなく、誰かに頼らずに立てる強さを。
そう、彼は決めたのだ。だから…………

「止せ、マスター……!」
「もうよい。もう十分であろう…!」

腕が震える。自分の身体というのにいう事を利かず、それでも、彼は鉛のようになってしまったそれを必死に持ち上げる。
サーヴァント達の生死も耳を傾けず、彼らのマスターである彼は、ただ目の前の目的を全うするために動く。

「う………っぁ」
「「マスター!!」」

苦しげに漏らされた声に、2人は泣きそうに顔を歪める。
もう止めろと言う彼らの声に、マスターはきつく目をつむって首を横に振る。

「止めないで、2人とも。僕は……大丈夫、だから」
「しかし奏者。そのままでは腕が………っ!」

泣きそうな顔をするエクストラに苦笑して、マスターはそんな顔をさせてしまったのが申し訳なくなって、諦めたように嘆息すると、そっと手から力を抜いた。
そしてそれに安心したようにほっと息をついた2人のサーヴァントに、マスターは呆れ顔で口を開いた。

「えっと、2人とも。いくら僕でも、ダンベル持ち上げたくらいじゃ腕がもげたりとかはしないんだよ?」
「「だって、マスター/奏者の腕が!!」」
「いや、だから………」

床に落ちた1リットルペットボトルに水を入れた即席のダンベルをものすごく鋭利な刃物であるかのように持ち上げ遠くへ押しやりつつ心配そうにこちらの腕をさすってくるアーチャーとエクストラに、マスターは心底困ったように眉を下げて苦笑いした。

マスターが迷子になり、遠坂邸から戻ってきてから、彼は時々サーヴァント達の目を盗んで筋トレをするようになった。それは今のような水を入れた即席のダンベルだったり、腹筋や腕立てなど様々だったが、それらは全てアーチャーとエクスらの手によって中断させられている。
だって、マスターにもしも怪我なんかがあったら。
どうして駄目なのかとむくれるマスターに対するサーヴァント達の理由は、その一言に尽きた。この過保護なサーヴァント2人は、マスターの事が心配で心配で仕方がない。ただでさえひょろひょろとしているというのに、もしこれでダンベルの上げ過ぎで肉離れが起きたら、腕が折れてしまったら? 彼らのマスターに対する心配は、それはもう積み上げれば山となるほどに尽きないのだ。
対してそれを聞いたマスターは、困った顔をすると同時に、また1つ決意を積み上げる。
よし、何が何でも鍛えようと。
それで、ちょっとでも筋肉が付いたなら、きっと2人もこの心配性を少しでも改善してくれるはずだ。

「だからね、2人とも。そんなに心配しなくていいんだよ。僕だってアーチャーくらいムキムキになりたいって言ってるわけじゃないんだし」
「当然だ! そなたがこんな姿などになりたいなどと言い出したら、余はこの家のペットボトルをすべて焼却し断固阻止するぞ!」
「おい、それはどういう意味だねエクストラ」

隣のアーチャーを指さして猛反対するエクストラに、指を差されたアーチャーは白い目で彼女を睨みつける。
それにおろおろとした目線を送りながら、マスターはここで引いてはダメだと自分を奮い立たせる。

「それに、僕にだって目標があるんだ。それが出来るようになるまでは、少なくとも越えれはやめないよ」
「………では、その目標とはなんなんだね?」

首を傾げて尋ねるアーチャーに、マスターは意気揚々と答える。

「最終目標、エクストラをふらつかずにお姫様抱っこする!」
「なんと!!」
「おい、早速ぐらつくんじゃないエクストラ」

びし、っと右の人差し指を立てて宣言するマスターに、エクストラはぱあっと瞳を輝かせて前のめりになる。
それを落ち着けと言うように引きずり戻して、アーチャーは何とも言えない顔でマスターを見つめた。
アーチャーとエクストラに迎えに来てもらったあの時、飛びついてきたエクストラを受け止めきれなかったのが、それなりにマスターはショックだった。遠坂邸で時臣の魔術の指導を受けながら、彼は自分が改めてなんの力も持っていないのだと痛感した。こんな体たらくでは、アーチャーやエクストラに心配をかけるのも仕方がない。だって、自分の身も満足に守れないのだ、彼らの力になるのなんて、このままでは夢のまた夢だ。さらに自分よりもずっと小さいエクストラさえ受け止められなかった自分に、マスターは半ば失望していた。
だから、もっともっと変わらなくては。今よりも少しでも強くなって、それで、彼らに心配をかけない自分に。

「だから僕、これだけは絶対に譲らないよ」

むん、とアーチャーの真似をして腕を組んで決然と告げた頑固なマスターに、アーチャーは何とも言えない顔をしてしかしなあ、と言いよどむ。

「そう急ぐ必要はないんじゃないのか?」
「急ぐよ。テレビで言ってたよ、「明日やろうは馬鹿野郎」なんだって。思い立ったらすぐ行動しないと、ずるずる何もしないまま過ぎちゃうんだって」
「………しかし」

渋るアーチャーの手を握って、マスターは安心させるようにふわりと笑う。

「大丈夫。僕はね、アーチャー。もうアーチャーが思ってるよりは、丈夫になったんだよ」

丈夫になった。その一言を聞いて、アーチャーはぴくりと体を震わせて動きを止める。同じくそうなってしまったエクストラの手もそっと握って、マスターは2人の顔を順繰りに見て、優しく言い聞かせるように2人に告げる。

「アーチャーとエクストラのお陰だよ。もう、何時間歩いたって、息切れなんてしないんだよ」

始めに3人で出かけたデパート内で。マスターは、3時間余り歩いただけで疲れ果てへたり込んでしまった。
けれど、彼が迷子になったあの時、今まで買い物で歩いていたのに加えて、マスターはアーチャー達を探して、もっと長い時間を歩き回ったのだ。それでも、彼はそのことに対して疲労を感じたものの、前のようにへたり込むことはなかった。
今でもまだ、ひ弱であることに変わりはないけれど。それでも、少しずつでも、マスターの身体は変わってきている。
食べた後すぐに戻してしまった食事も、もう進んで食べれる。スプーンも握れないほど衰弱していた手先は、遠坂邸でちゃんとしたテーブルマナーを守れるくらいにまでなった。
だから腕力だって、少しずつちゃんと、一人の人間らしくなっていけるはずだ。
今はまだ、ガリガリに痩せ細って、どこもかしこも折れてしまいそうに細くても、それでも。

「だから、大丈夫だよ。エクストラ、アーチャー。僕はまだ、2人に頼ってしまってばっかりだけど、ちゃんと、君たちの隣に立てるようになるから。……2人が大好きだから。手を引っ張ってもらうばっかりじゃなくて。ちゃんと、自分の足で2人の隣に立ちたいんだ」

好きだからこそ、頼ってばかりは嫌なのだと。そう柔らかな声で告げるマスターに、サーヴァント2人は俯く。
いつまでも、弱いばかりだと思っていマスターは、気付けばうんと強くなっていた。肉体的にではなく精神的にだが、初めのあまりに悲惨な現状故に記憶という機能を破棄してしまっていた頃に比べて、2人が気づかないうちに、マスターは2人の隣で強くなっていた。

「…………解った」
「! エクストラっ」

小さく頷いたエクストラに、反射的にそちらを見たアーチャーを制して、エクストラはマスターに笑いかける。

「……解ったぞ、奏者よ。そなたの言うとおりだ。我らは、少しばかり過保護に過ぎたのだな。奏者の言い分を認めず、ずっと大事に囲ったままでいる事は、そなたへの侮辱に他ならない。すまぬ、奏者よ。………我らも、奏者の事が大好きだぞ」

握られたままでいた、その肉のない骨に皮をかぶせただけのような指を、そっと握り返す。まだまだ細いその指も、これでも、ずいぶんましになった方だ。
本当に、少しずつでも、マスターは変わってきている。自分達がもう変わらない姿だからといって、それを認めず護り固めたままというのは、やはりそれは違うのだろう。

「…………全く。良いところを全部持っていくな、君は」
「わっ」
「む?」

そんな2人を見て、アーチャーはため息をつくと、マスターとエクストラの肩を抱き寄せて、2人まとめて腕の中に引き寄せた。
そして、褐色の肌からでも解る程度には顔を赤らせて、うろうろと言い辛そうに視線を泳がせて、小さな声でぼそぼそと言い募る。

「あー……。その、何だ。私だって、君が嫌いなわけじゃない。ただただ心配で……その心配がマスターの重荷になってしまっていたのは、謝ろう。だから、その、あー…ちょっとくらいなら、肉体作りは、良いと思う」
「素直に好きだと言えぬのか貴様は」
「なっ!」
「っぷ。ふふふふふふふ」
「っこ、こら、笑うんじゃないマスター!」

2人を抱きしめてしどろもどろに言うアーチャーに、耐え切れずにマスターとエクストラが噴き出す。
それにさらに顔を真っ赤にしていくアーチャーを楽しそうに見ながら、マスターとエクストラは顔を見合わせて、ぎゅうっとアーチャーに抱きついた。

「うんうん。僕たちもアーチャー大好きだよ。ねーエクストラ?」
「まあったく仕様のない奴よなぁ」
「止めんか馬鹿ども! こら、離せ!」
「貴様が先に仕掛けてきたのであろうが。たまには奏者のように素直になってみよ」
「好きって言ってみてよ。アーチャー」
「うるさい! 誰が言うかたわけめ!」

とうとう耳まで真っ赤になってマスターたちを引きはがしにかかるアーチャーにくすくすと笑って、やっぱりこうして3人でいるのが一番楽しいなぁと、マスターは強く思って、真っ赤になるアーチャーとそれをからかうエクストラを幸せな気持ちで見つめていた。







2014.9.7 更新