祭壇に座り込んだ男は、ぼんやりとした表情で、2人の人ならざる英霊を見つめていた。 紆余曲折あり、彼が手に入れた剣であり盾である、2人の騎士。 1人は、大きく開いた胸元と背中と透けた素材の前スカートで大きく肌を露出させている深紅を基調としたドレスを纏い、金糸のような美しい金髪を結い上げ団子にして、赤いリボンでくくった髪型の翡翠の瞳の少女。 1人は、逆立てた真っ白い髪に褐色の肌を持ち、身体にぴったりとしたタイプの黒のインナーに、こちらも赤い外套を着た、少々奇抜なデザインの服装の青年。 何というか、赤い。とにかく赤い。 全体的に色々と赤い2人組だった。 紅い衣をまとった彼等は、自らをサーヴァントだと名乗った。 「さー、ばん、と?」 「うむ。といっても、それは大まかな括りに過ぎん。その中でもあの男はアーチャーのクラスを以って限界している。因みに余は特殊な召喚ゆえか、少しばかり他のサーヴァントと本来のクラスとは毛色が違う。まあ、仮にエクストラとでも呼んでおくがよい」 「ふうん」 数刻前にフードの集団に向けたものとは打って変わって優しく微笑んで自分達の存在について語るのに、男は素直にこっくりと頷いた。 「……マスター、君は自分がそのような立場にいるのか本当に解っているのかね?」 「うん。大丈夫だよアーチャー。2人は本来聖杯戦争、っていうのをする為に呼ばれた存在で、あの人たちがいなくなったから、今は僕がマスター。でしょ?」 一歳の警戒心も持たずに素直に言う己のマスターに、アーチャーはあってはいるがこんなにも無防備で大丈夫なのかと少々不安になった。 しかし、それも仕方のない事なのだろう。なんせ彼は、あの集団に捕われてからずっと、肯定する事しか出来なかった。それ以外を知らなかったのだ。 即ち、今のマスターは自我が限りなく希薄なのだ。 そうならざるを得なくなったマスターの境遇を思うと、知らず知らずのうちにアーチャーの眉間にしわが寄る。 ……ふと、そこで、彼の眉間に柔らかい何かが触れた。 「………………?」 アーチャーが視線を落とすと、不思議そうな顔をした彼のマスターが、その皺に触れていた。 「……………アーチャー、どこか痛いの?」 アーチャーの眉間に刻まれた皺をのばすように指でなぞるマスターに、アーチャーはその手をそっと取って離させると、眉を下げて笑った。 「いいや、何でもないよ、マスター。それよりもいつまでもこんな所にいる必要もないだろう。移動しよう、マスター」 「えっ……どこに?」 驚いたように目を丸くするマスターに、アーチャーは肩をすくめる。 「どこかにだ。とりあえず、新都のビジネスホテルにでも泊まるとしよう」 「び……じ?」 「ああ……そこから教えていかなければならないな」 アーチャーが苦笑すると、その隣にいたエクストラがしかし、と首を傾げた。 「金銭はどうするのだ? 我らも奏者も、当然ながら持っておらぬぞ」 そう言って顔をしかめるエクストラに、アーチャーは先程この建物を見回った時に手にしてきた大きな鞄を上げて示した。 「心配ない。あの集団の資金が入っていた金庫の中身だ。これで数年は何もせずとも暮らしていけるだろう」 「なんと!やるではないかそなた!!」 アーチャーの腰ほどもある大きな旅行用かばんに、エクストラは目を見開いて面白そうに顔を輝かせて、アーチャーに賞賛を送った。その楽しそうな笑顔のエクストラを不思議そうに見てから、マスターはアーチャーに問い掛けた。 「もらっちゃっていいの?」 「ああ、構わんさ。……どの道、ここの連中にはもう必要ない」 「?」 マスターは最後に小さく何かをつけたして言ったアーチャーを見てまた首を傾げると、その視線と目が合ったアーチャーはどこか誤魔化すように首を振って、代わりに歩けるかと尋ねた。 マスターはこくりと頷いて祭壇から降りると、足に全く力が入らずに、がくんとその場で膝が折れた。 あっと小さく声を上げると、エクストラが咄嗟に彼の腕を取って支える。そして、その身のあまりの軽さと細さに愕然として目を見開いた。 「骨と皮のみではないか!」 「へ?」 「これは……身体能力も低下しているのか。……いや、考えてみればそれも当然だな。マスター、君は、奴らに何を与えられていたんだ」 真剣な顔をして言うアーチャーに、質問の意味がよく解らず、マスターは少しだけ戸惑った顔をして眉を下げる。 「えっと…僕、何も………」 「何も?」 「いつも、ただこの部屋に連れて来られてよく解んない事されて、それ以外はざらざらした冷たい所にいて。たまにくらくらして、目の前が暗くなったり白くなったりすると、腕に何かちくってされて、そしたらくらくらがなくなって、それで、またくらくらするまで、何も………」 続く言葉は、アーチャーの先程作ったものよりも深い眉間のしわを見て、霧散した。 流石にそれが怒っているのだと解り、彼はエクストラに支えられたまま怖々とアーチャーを見上げる。 「………………アーチャー?」 その声でハッとしたようにマスターを見て、アーチャーは少し恥じるように視線を落とした。 「いや……いい。君が悪いわけではない」 くしゃりと逆立てた白い前髪をかきながら、アーチャーは気を散らすように首を振る。この苛立ちをぶつけるべき相手は、もういない。ならば、ここでこの感情を持ち続ける事は無意味だ。 アーチャーは憤りを押し流すように大きく深呼吸をすると、髪を元通りに整えてマスターの頭を撫でた。 「すまない、君に怒っているわけではないんだ。気にしないでほしい」 「う、ん……………」 「ふん。その程度の事、奏者のこの姿を見れば想像に難くないであろう。まったく軟弱な男だ」 「け、けんかしないで………」 マスターがおろおろと無言で睨み合う2人のサーヴァントを見て声をかけると、2人共口を噤み、ばつの悪そうな顔をした。 「まあ…とりあえず、移動するぞ。マスター、これを羽織っておけ」 アーチャーが自分の外套を脱いで彼の肩に帰ると、マスターは赤いそれをきゅっと握り、安心するように頬を緩めた。 「…………あったかい」 「む。ずるいぞアーチャー」 「いいから行くぞ。文句なら、ホテルについてから聞いてやろう」 「………それについては賛成だ。こんなこもった臭いの空間にいては、気分が悪くなる。余は早く湯浴みをしたい」 アーチャーの温もりの名残にほっとするように息を吐いて外套にくるまるマスターに、エクストラがむっと顔をしかめる。 しかしアーチャーの言い分には納得したようで、こっくりと頷いて己のマスターを抱えた。 「マスターは私が抱えて行こう。君の装いは、私のものと違ってこの時代では少々目立つ。霊体化していた方がいいだろう」 「………うむ。そうだな。ではそうするとしよう」 エクストラはアーチャーの言葉に存外素直に頷くと、では奏者を頼んだぞと言ってマスターを預けると、そのまますっと空間に溶けていった。 急に姿が見えなくなったエクストラにぎょっとしたのか、マスターはここではじめて慌てたようにアーチャーを見上げて、その服の裾を引っ張った。 「ア、 アーチャーっ。エクストラが…………」 【案ずるな奏者よ。余は今もしかとここにいる】 今までの感情の起伏が乏しかった顔を歪めて、ともすれば泣きそうな顔をするマスターの傍で、エクストラの声がする。 ぱっと顔をきょろきょろと動かして声の大本を探すマスターに、どこからかエクストラが笑う声が聞こえる。 【奏者には見えずとも、余はきちんとここにおるぞ? 安心するがいい。我らは元より霊体だ。こうして姿を消すことができるというだけで、何時でもマスターの側にいるぞ。離れたりはせぬ】 「………そっか……」 ほっ、と安心して息を吐くマスターに、アーチャーが声をかける。 「理解したところで、行くぞマスター。良いな?」 「ん……大丈夫」 マスターが頷いたのを確認して、アーチャーは片手で外套に包まったマスターを抱え、もう片方の手で、金銭の入ったカバンを持ち上げた。 「途中、下着や簡単な衣服などを買っていこう。何時までも裸でいるわけにはいかないからな」 「ん……………ぅ」 「……少し眠っているといい。目的に着いたら起こしてやろう」 長らく感じていなかったのだろう人の体温に安心したのか、マスターがゆっくりと眠気に浸かっているのを察したアーチャーに、マスターはゆっくりうと頷き、そのたくましい方に頭を預けた。 この時彼の耳に彼がフードの集団によってこの場に運ばれた時には聞こえなかった水たまりを踏むような水音が聞こえたが、それが何故なのか、そしてかすかに鼻腔を掠める錆び付いたようなこの匂いはなんなのかは、恐らく彼は、一生知る事はないのだろう。 ……アーチャー偽物感が半端ねえ。 ま、まあいいんです、二次創作なんてみんな偽物みたいなもんですからね!………他の夢小説書きの方々に謝れってんですよね………はい。すみません。 冷静になってアーチャーこういうことするかなあ、とちょっと思わなくもなかったのですが、まあやるときゃやりますよね、ええ! という訳で後悔はしていません。 ここまでまだ夢主と赤セイバーとの絡みが少ないので、もっと絡ませてやろうと思います。子犬系皇帝の真骨頂を見せてやんよ! ってな感じです。心境的に。 2012.6.20 更新 ← |