小説 のコピー | ナノ

似ている2人が愛でるはなし。





その日は、特に何の変哲もない1日だった。
マスターはいつも通り起きていつも通り朝食を食べ、いつも通り図書館に行っていつも通り昼食を食べ、いつも通り勉強したのちいつも通り夕食を食べて、いつも通り、アーチャーとエクストラと手を握りながらベッドに入った。
それでもついこの間迷子になってしまっていたマスターにとっては、このいつも通りこそが、これ以上ない程に嬉しかった。
そのまま2人の温もりに心地良くなって、いつもより少しだけ早く寝付いたマスターは、いつも通り、たまらなく幸せだった。

だった………の、だが。

「…………? あれ?」

気が付くと、マスターは見慣れない通りに立っていた。
きょとんとして周りを見回すが、周囲は見覚えのない住宅街だ。
自分の身体を探ると、服装はなぜか黒いパジャマから黒いハイネックとジーンズ、それに赤い外套の外に出る時のいつものスタイルに変わっている。
理由は解らないが、取り敢えず彼は寒いのが苦手なので、それもまたラッキーと1人納得する。
此処はどこだろう、と何とはなしに呟くものの、人気も疎らであるこの場所で、返事をくれるモノなどいるはずもない。
さて。それでは、自分はまた迷子になってしまったのであろう。そう簡潔に結論付けたものの、今までぼんやりとしていたマスターの顔に、僅かに不服そうなむくれっ面が現れた。

「…………僕、今回は勝手にどこか行ったわけじゃないのに」

ぷう、と頬を膨らませて、恨みがましい声が漏れる。
そう。そこがマスターは納得いかない。
前回、うっかり子猫を追いかけてサーヴァント達から離れてしまったせいで迷子になってしまった彼は、アーチャー達に確保されてから、手厚い心配を受けると共に烈火のごとく怒られた。
それは彼が不用意に2人から離れて、且つ後に聖杯戦争の参加者になるであろう御三家の一角にふらふらと何の考えもなしに厄介になった事から2人に多大な心配をかけてしまったので、それはマスターも深く反省すると同時にきちんと自分を戒めた。
けれど、今回のこれは完全に不可抗力なのである。
マスター自身来ようと思ってここへ来た訳でも、まして2人が寝た隙にこっそり家を抜け出して家出をした訳でもない。
だのに、今回も2人に保護された後怒られるのかと思うと、ちょっと納得のいかないマスターなのであった。

「………あ、あの。あんた、こんなところで何してるんだ?」
「へ?」

ふう、やれやれだぜ。と言わんばかりにマスターがかっこつけて額をぬぐう仕草をしてある種の現実逃避をしていると、不意に後ろから声を掛けられた。
そこでつい今しがたかっこつけていたのも忘れて、マスターはきょとんとした顔で振り返る。
すると、すぐ後ろで買い物袋を持った少年と少女が、何故だかちょっと驚いたような顔をしてこちらを凝視していた。

一見して、そう珍しい容姿をしている訳ではない2人だなぁ、とマスターは少ない自分の人間関係の経験を探って辺りをつける。
1人は、日本人には珍しい赤い髪のザンギリ頭で、Tシャツ一枚にジーンズと少々頼りない格好をした、仏頂面気味の少年。
そして、もう1人の少女はというと――――

「エクストラっ!」
「はい?」

ぱあ、と愛らしく顔を輝かせたマスターとは対照的に、ぽかんと怪訝そうな顔をした白ブラウスに青いロングスカートの清楚な格好をしたエクストラに、マスターは構わず駆けて行って、きゅっとその小さな手を取って握った。

「良かった、今回は完全に帰り道が解らなかったから、どうしようかちょっと途方に暮れてたんだ。エクストラが来てくれてよかったよ。そこの男の子は一緒に探してくれたの? というよりなあにその服装。かわいいし似合ってるけど、肌が見えない服は嫌いじゃなかったっけ」
「い、いえ……あの、申し訳ないのですが、誰かと間違えてはいないでしょうか」

手を握ったまま嬉しそうに青い服のエクストラに言葉を投げかけるマスターにちょっと申し訳なく思いながら、青い服のエクストラ……もといエクストラ似の少女は、自分を見てしきりに笑顔を向けてくる青年にやんわりとそう告げた。
途端に虚をつかれたような顔で梟のように首を傾げるマスターに、エクストラ似の少女は自分もいささか混乱しながら、彼に精一杯説明しようと試みた。

「ですからその、私はエクストラという名前ではありません。そのような名前の人物にも心当たりはありませんし、どなたかと間違われているのでは?」
「え……………?」
「さらに言えば、私の名はエクストラではなく、セイバーですので」

きょとん、と純朴そうな顔で小首を傾げた青年には申し訳ないのだが、彼女には本当に彼に見覚えはないのだ。
彼と似たような外見の男とは一時知り合いではあったが、目の前の青年とは似ても似つかない雰囲気の男だったし。
そう1人考える青い服のエクストラ―――もといセイバーの言葉に、マスターの方は、軽く衝撃を受けたがそれ自体は特に気にせず、そうか、と1人素直に納得していた。
いくら心細かったとはいえ自分のサーヴァントを他の女の子と見間違えてしまったのが、1番ショックと言えばショックだったが、それはもう二度と自分が間違わなければいい話だ。
それに、言われて見れば確かに。こう、このエクストラは、何となくどこかが足りないというか、頼りない感じが――――

「ぺったんこだ」
「は?」
「そっか。うん、確かにそうだ。ごめんね、あんまりそっくりだったものだから、友達と間違えちゃった」

ぽかん、と口を開けて呆ける青いエクストラっぽい少女には気付かずに、マスターは悪気も何もなくただ純粋にその少女のまっ平らな胸元を注視すると、ぽんと手を打って納得すると同時に、申し訳なさそうに眉を下げて頭を下げた。

「あ………いいえ。解っていただけたのなら良いのです。ですが、貴方は一体このような所で何を。……その、先ほどの言葉から察するに、道に迷っているのではないのですか?」
「えっ…………」

純粋な疑問として訊いてくるセイバーに、マスターはついぎくりと肩を跳ねさせてしまう。

「だ、大丈夫。ちょっと、あの、僕は散歩に出てただけで、すぐそこに家もあるから」
「そこ、とは?」
「ぇ、えっと………」

小首をかしげて尋ねるセイバーに、マスターはあわあわと視線を泳がせて顔ごとセイバーから目をそらす。
それに赤毛の少年と顔を見合わせるセイバーに、マスターはますます焦る。

「あの、やはり迷子なのでは」
「ま、迷子だけどっ、大丈夫だから! 何とかなるし、人違いした上に、さすがに初めて会った人に迷惑なんてかけられないし………」

―――きゅぅぅぅくるるるるるるる……

言っているうちに語尾がどんどん弱くなり、最終的に自分で言っていて自信がなくなったのかしょんぼりとしながらも、マスターは懸命にセイバーに手を振って断ろうとするものの、突如腹部から鳴り響いた音に、前に突き出した手は力なくしぼみ、しおしおと項垂れた顔は、じわじわと耳まで真っ赤になって行っていた。

「…………あの」
「ほっ、本当に平気なのっ。つ、ついこの間も迷子になったばっかりなのに、また見ず知らずの人に迷惑なんて、僕、かけたくない……………」

気遣わしげなセイバーにやけくそ気味に答えて、俯いたマスターはじんわりとかすむ視界に、段々自分で自分が嫌になってきた。

「…………だ、だから、もう。僕の事は放っておいて……」

涙声になりそうになるのを堪えたせいで震える声になりながらも、マスターは2人に消え入りそうな声でそう言った。
本当に平気だ。その言葉に偽りはない。見慣れない場所と言っても、ここは彼がいつも歩く散歩道と空気が変わっていない。なら、この場所は冬木の筈だ。
だとすれば、そう広い町ではないのだ。歩いていれば、いつかはエクストラとアーチャーに辿り着けるだろう。
だから、本当に、自分は1人でも全然平気で………。

必死に自分に言い聞かせていた強がりは、片手を人の温もりで包まれただけで、あっさりと崩壊した。

「君は………」

見上げた先にセイバーと一緒にいた赤毛の青年を見つけて、無意識に眉を上げて捨てられた仔犬のような頼りない顔で上目で彼を見上げるマスターに、青年は人の良さそうな顔で苦笑した。

「いくら見ず知らずの人間でも、そんな顔した人を放ってなんて置けないよ」
「け、けど、そんな甘えちゃ迷惑が………」
「今にも消えそうなくらい頼りない人に、このまま連れもいないままふらふらされる方が迷惑だ。俺は人探しなんて出来ないけど、昼飯を作ってやる事くらいは出来るから」

だから、俺達の家に来いよ、と。
迷惑だ、と言いながらも、その顔はそんな事は毛ほども考えていないような顔で、マスターが彼に気を使わないようにするための方便だとすぐに解る。
そうして、なおも自分にまっすぐな視線を向けてくれるその青年の手を振りほどく事は、マスターにはできなかった。
元来、彼は彼のサーヴァント達の影響か、まっすぐな人が好きだし弱いのだ。

「じゃあ………本当に迷惑じゃないなら。お昼ごはんだけ、お世話になってもいい?」
「ああ、もちろん。俺の名前は衛宮士郎。こっちの女の子はセイバーだ。あんたの名前は?」
「えあっ……えっと、奏者……」
「は?」
「あっ! ああう、えっと………」
「ソウシャ、なんて変な名前だな。まあいいや、家はこっちの方なんだ。丁度昼飯の材料買ってた帰りだったから、丁度良かったよ」
「うん。……ありがとう、士郎くん」
「気にするなって。俺が好きでやってるだけだからな」

何でもないようにそういう士郎に小さく笑って、マスターは彼とセイバーに手を引かれるまま、彼らの家へと向かって行った。



そして、そんな彼らを歯噛みしながら見つめている影がある事に、彼らはついぞ気付く事はなかった。

「何なのだ……何なのだあの余の2Pカラーは!? 奏者も奏者だ。あんなものと余を間違えるとは言語道断であろう!! どう見たって胸部に決定的な違いがあろうが!」
「落ち着けエクストラ、最終的に気付いたのだから良いだろう。というかどちらかと言えば君が彼女の2Pカラーだろう、原点的に考えて。それよりも、早くマスターを追いかけなければ」

セイバーに気付かれないギリギリの距離を保ちつつ、手頃な電柱の陰に隠れて、マスターのサーヴァントであるエクストラとアーチャーは、先ほどのやり取りをそっと見守っていた。
いや、正確には歯ぎしりしそうな程思いっきりやきもちを焼きながら、だが。
アーチャー達がはっと気が付いた時も、マスターと同じで自分たちが眠りに落ちたと思った後で、寝間着だったはずの格好が何時もの服装に変わっており、見覚えのない街並みの中立っていた。
しかしアーチャーの目で見たところ、建っている物は違えど地形は間違いなく冬木であることが分かったため、大慌てで彼らのマスターを探したところ、エクストラとそっくりな青い服の少女と赤毛の少年と話しているマスターを見つけたのだった。
それに何となく話し掛けるのを戸惑い、アーチャーが赤毛の少年を見た瞬間獲物を狙う鷹の目になったのもあって、なし崩し的に様子を見る形となり、マスターが彼らとともに行ってしまうのを見送るほかなかった。

「………それにしても、何なのだあの2人。あの少女はともかく、あの子供、どことなく貴様に似てい」
「似てない」
「………………似ていr」
「似てないと言っているだろうが夕食をグリンピースまみれにするぞ」

無表情のまま頑なに否定するアーチャーに胡乱げな視線を送りつつ、エクストラは行ってしまった己がマスターの方に目をやり、少し寂しそうに目を細めた。

「………アーチャー。もし、あの時奏者を助けたのが我らでなければ、奏者はあの眼を、我らではなく他の誰かに向けたのだろうか」
「………? どういう意味だ?」
「……もし、もし、今奏者を連れて行ったあの者たちが、奏者を守ると言い出したら、奏者は我らとあ奴ら、どちらを選ぶのだろう」
「それは、マスターが助けてくれる者ならだれでもいいという事か?」
「そっ、そうではない! ………そうでは、ないが……」

しょぼん、とアホ毛も伴って項垂れるエクストラに、アーチャーは軽く嘆息すると、その俯いて見えた小さな後頭部を、ぐりぐりとやや乱暴に撫で繰り回した。

「わぷっ!? な、何をするか無礼者っ!」
「心配しなくとも、マスターは君の事を大切にしている。ぽっと出の有象無象に遅れなど取るものか」

勿論私もだが、と付け足すアーチャーにエクストラはぽかんとした視線を投げかけて。
それにやがて自信が戻ったのか、にっと何時もの不敵ね笑みを顔に浮かべて見せた。

「うむっ、当然だなっ! ま、今更言うべくもないが!」
「解ったら、早く彼らを追いかけるぞ。頃合いを見計らって、さっさと私達のマスターを返却願おう」
「応!」

アーチャーの言葉に力強く頷いて、エクストラはにまにまと抑えきれない笑みを浮かべながら、先ほどとは180度違った浮足立った足取りで、マスター達が言ってしまった法移行へと歩き始めたのだった。











マスターが士郎とセイバーに連れられてその後をついていくと、辿り着いた大きな武家屋敷に、マスターは好奇心からキラキラと目を輝かせた。

「わあっ、士郎くんはここに住んでるの? 凄いねぇ。こんなの本でしか見た事なかったや」
「そうか? ここら辺だと、この大きさ程はないけど、古い造りの家はそう珍しくないぞ。ほら、こっちこっち。無駄に広いだけのただの家だから、別に気を使わなくていいからな」

きょろきょろと物珍しそうについた衛宮邸を見回し、玄関に何か特別な作法があるのではないかと恐る恐る靴を脱ごうとしているマスターに苦笑しつつ、けれどそんな無垢な仕草をする人を新鮮に感じて士郎とセイバーが笑って手招きをすると、嬉しそうに顔を綻ばせてちょこまかと小走りで近寄ってきたマスターを見て、2人の胸には得も言われぬ感情が去来した。

「「(………なんだろう。抱きしめたい、この生き物)」」」

彼の見てくれが年齢を特定させにくい容姿なのも関係しているのか、身長のわりに子供のような邪気のない様子でとてとてと寄ってこられると、まるで小さな仔犬が寄ってくるような気がしてくる。
そこまで考えてしまうと、本当に彼の髪と同色の耳と尻尾が生えて勢いよく尻尾を振っているのを幻視してしまって、士郎とセイバーは慌ててばっと彼から視線を逸らした。

「? どうしたの?」
「っあ、い、いや、その、何でもないっ」
「お気になさらずにっ、さあシロウ、早く昼食にいたしましょうっ」
「そ、そうだなセイバーっ」

何故か突然態度がぎこちなくなった2人に首を傾げるマスターだが、そんな様子さえ生えた耳がぴこりと動いて首が傾げられるのと連動してぱたりと尻尾が振られたのを幻視してしまい、セイバーと士郎は謎の動悸に胸を押さえながら、さかさかと昼食の準備に取り掛かるのだった。
その正体が胸キュン、俗にいう“萌”であると2人が気付くのは、少し後の話である。

若干集中力を乱されつつも士郎が慣れた手つきで作ったのは、和風のスープオムライスだった。
和風出汁の効いたスープの中に、色とりどりの野菜の入った醤油で薄く味付けされたチキンライスをふわふわに焼いた卵で包んだのを放り込んだそれは、仕上げとばかりに山芋を摩り下ろしてとろろにして、その上に海苔をたっぷり振り掛けた、何とも食欲の誘われる見た目と匂いを漂わせるものになった。
それには先程鳴らしたばかりのマスターの腹も早く食べたいと催促するかのようにまたくうくうと鳴り出して、それを聞いた3人は、しおしおと恥ずかしそうに項垂れたマスターを見たのも相まって、おかしそうに笑い合った。

まだ出会って1時間ほどしか経っていないにもかかわらず驚くほどあっさりと打ち解けたマスターに、士郎は笑ったせいで少し目じりに溜まった涙をぬぐいつつスプーンを渡してやる。

「もう……酷いよ士郎くん、セイバーちゃんも。そんなに笑わなくたって良いでしょう……?」
「悪い悪い。ソウシャの腹があんまり素直だったから。セイバーだってああも解りやすくないぞ」
「な、何故そこで私が出て来るのですか!」
「だって、セイバーだって前に腹減ってるのに我慢して……」
「それを彼の前で言う必要はないでしょう!!!」
「ふふふっ………」

ぎゃあぎゃあと痴話喧嘩のようなものを繰り広げるセイバーと士郎にマスターが思わずぷっと噴き出して、それに何だか絆されてしまって、喧嘩を中断した2人とマスターの3人とで、一緒にいただきますと合掌した。

「……んん、おいしいっ。これすごくおいしいよ、士郎くん」
「良かった。最近はちょっと風が冷たいだろ。だからこういうので身体があったまればいいかなって」

ひとくち口に入れて味わうなりぱあっと顔を明るくさせて言ったマスターとその後ろでコクコクと心なしか嬉しそうにもきゅもきゅとオムライスを食べるセイバーに、士郎が嬉しくなって思わずといった風に破顔する。
もぐもぐと幸せそうに笑顔でオムライスを頬張るマスターに、何だか今まで衛宮の食卓についていた人間とは違った種類の食べ方に、何だか士郎は感心する。
ばくばくと勢いよく食べる大河に、にこにこと笑う桜、嫌味を言いつつ綺麗に食べる凛がいれば、セイバーのように無言のままこくこくと頷く事で不器用に美味しいのだと伝えたりと様々だが、マスターのように、ただ素直に純粋に美味しいのだと伝わるような食べ方をする人は、今までいなかった。
それに何だか和んで自分もオムライスに手を付ける士郎と軽く話しながら、マスターも微笑んだまままた一口分卵を崩しつつ、しみじみと口を開いた。

「……士郎くんのご飯は、すごく丁寧に作られてるのが解るくらい、優しい味がする。士郎くんが優しいんだって、すごくよく解る味。何だか、士郎くんの料理って、僕の友達のつくごはんに似てるなぁ」
「ソウシャの友達?」

きょとんとして聞き返す士郎に、うん、とマスターは穏やかな顔で頷く。

「あっちは士郎くんみたいに素直じゃないし、意地悪だし、自分の言いたい事すんなり言わないし、肝心な事はずっと内緒にしてるような人だけど、それでも、料理だけは誤魔化しが利かないからね。普段僕たちのことどう思ってるのかなんて、手に取るようにわかっちゃうんだから。食べる人の事を考えて、ひとつひとつ丁寧に下味付けて、手抜きなんて一切しないで丹精込めたごはん毎日毎日出されたらさ、いやでも僕らの事が大好きだってわかっちゃうでしょ? 士郎くんの料理も、誰かを好きだって気持ちがすごく伝わってくるから。……この場合は、セイバーちゃんかな」
「なっ!!? ななな何言ってるんだよ!」
「? じゃあ嫌いなの?」
「だっ、だから、そういう事じゃなくてだな……」

おかしそうに笑って言ったマスターに、彼自身もその友達がとても好きなのだと解って、士郎が微笑ましそうに目を細めたのもつかの間。
不意打ち気味にマスターに爆弾を投下されて、ぼっと火を噴いたように真っ赤になった士郎の横で、一心不乱にオムライスを咀嚼していたセイバーも真っ赤になって俯いてしまう。
真っ赤になったまま黙ってしまった2人に、まだ恋愛感情なんてものをよく解ってもいないどころか知りもしないマスターは、そんな2人を不思議そうに見て小首をかしげていた。



と、ここでも、その様子を見ている影が2つあった。
言わずもがな、先程からマスターをつけていたアーチャーとエクストラである。

「おのれ……おのれ小僧………私のマスターにあんな不出来なものを出しおって……! 大体一つ一つが丁寧だと!? その工程そのものが未熟では話にならないだろうが………!!」
「………アーチャー。それよりも今奏者がすごく良い事言っていたであろう、何でよりによってそこを無視だ?」

ぎりぎりと歯切りしながら鬼の形相でマスターと談笑している士郎を睨み付けながらぶつぶつと怨念のような言葉を呟いているアーチャーに、それを呆れた目で横目で見ながらつっこむエクストラの声は黙殺された。
普段はマスターの事を務めて何とも思っていないようにふるまっているアーチャーだが、何故かこと食事においては、異常に独占欲が剥き出しになる。
ぐるるると唸りそうな勢いでもともとそこまで良くない人相を悪くしながら睨んでいるアーチャーに、今度はエクストラは呆れ返って大きくため息をついた。
…………が、エクストラの方も、冷静に見ていられたのはそこまでだった。

「なあ、もしソウシャさえ良かったら、ここに住まないか?ずっとってわけじゃなくてさ、ソウシャの友達が見つかるまで」
「え?」

真っ赤になったのから復活してしばらく取り留めのない会話をし合っていた士郎が、不意にマスターにそう持ちかけた。
それに純朴そうな顔で無防備に小首を傾げたマスターだったが、エクストラはそれどころではない。

「(なっ………なななな何を言っているのだあの物は!? 何故そこでその話が出た! そんなのだめだぞ、奏者が余以外の女と1つ屋根の下で過ごすなど、そんなの絶対にダメだっ、というかいやだっ!!!)」
「うーん……嬉しいけど、さすがにそんなの迷惑かけすぎてるよ」

ショックを受けで愕然とするエクストラの耳に、追い打ちをかけるように特に嫌がっているようでもないマスターの声が飛び込み、エクストラはさらにガンッと衝撃を受けてだんだん泣きたくなる。
悲しいし、怒りよりも先にどうしてという気持ちが湧いてくる。
どうしてマスターは嫌ではないのか。自分達と離れているというのに、どうしてそんなに普段通りの態度でいられるのか。
先の遠坂邸での出来事を経て、マスターが若干ひとりでできるもん状態になっているのを知らないエクストラは、嫉妬やら何やらの気持ちで、そわそわとしながら固唾を呑んでマスターの言葉を見守る。

「そんなの気にするなって。ほら、俺の家すごく広いし、今は若干下宿所状態になってるから、今更1人や2人増えたところで、大した負担にはならないよ」
「でも………」
「勿論私も歓迎します。きっと他の下宿している彼女達……凛や桜とも、きっとソウシャならすぐに打ち解けるでしょう」

そこへ、不意にセイバーがマスターの事を“ソウシャ”と言ったのが、エクストラには耐えられなかった。
確かに、彼女はそれを彼の名前だと認識しているのだから、それはいたって普通の事だっただろう。
だが、それはエクストラがマスターを呼ぶ時だけの呼称の筈で。
士郎に言われたのは辛うじて耐えられた。……だけど、他のサーヴァントに、それも自分と瓜二つの女に言われるのだけは、絶対に嫌だったのに。

「んー………それじゃあ、少しだけ、お世話になっても……」

良いかな、と続くはずのその言葉だったが、エクストラはそれ以上聞いていられなかった。
それはアーチャーも同じようだったようで、2人はほぼ同時にも影から飛び出した。

そいつだけは嫌だった。他の誰かなら辛うじて耐えられた。だけど、そいつだけは……そいつにだけは、マスターに頼ってほしくない。
だって、いくら似ているからといったって、貴方のサーヴァントは私でしょう?

その思いが爆発して、2人のサーヴァントは衛宮邸の警鐘が鳴るのも構わずに、マスターの元へ突撃した。

「「その契約、ちょっと待ったあああああああああああああ!!!!」」

カランカラン、と唐突に反応した自宅の結界に士郎とセイバーが警戒するのもつかの間、飛び込んできた見覚えのある2人に、士郎たちはぎょっとして身を見開いた。
それは紛れもなく、隣にいるはずのセイバーであり、彼らの盟友である遠坂凛のサーヴァント、アーチャーである筈だった。
だが、彼らは2人の予想を裏切り、土足で上がり込むなりきっとこちらを先を籠めそうな勢いで睨みつけてきた。
というか、契約って何?

「控えおろう無礼者が!! その者は我らの契約者だ!貴様らのようなぽっと出のものが、馴れ馴れしく余の奏者に近寄るでないっ!!」
「ついでに言えば、彼の食事を作るのは私の役目だ。未熟者は黙って隅に引っ込んでいろ!」
「エクストラ! アーチャー!」

2人の憤りそっちのけで、マスターはマスターで自分のサーヴァントと再会できた嬉しさから、顔を綻ばせて机に手をついて勢いづいて立ち上がった。
それを見てアーチャーがマスターに駆け寄ろうとしたが、それより一瞬早く、エクストラがマスター向けて飛び出した。

「っ………奏者!」
「エクストラ!」
「奏者!!」
「エクストラ!!」
「奏者ぁぁあああああ!!!」

ダッシュでお互い駆け寄って、マスターはそのままエクストラの胸に飛び込んだ。
エクストラはそれを難なく受け止め、それだけでなくマスターの脇に手を入れて体を持ち上げて、高い高いのような状態でくるくると回る。
そして最終的にひしと抱き合った状態で、エクストラはびしぃっとセイバーに指を突き付けた。

「というか、そもそも“奏者”は奏者の名前ではなく、余だけが呼んで良い奏者の特別な呼び方だ! 他の者が気安く呼ぶでない。解ったか!!」
「あ、はい。すみません」

どこのメロドラマだとばかりの1幕を披露した挙句その自由っぷりに、セイバーは反射的にこくりと頷いて謝ってしまった。
それにはっとしてなぜ謝ってしまったのかと動揺するのもつかの間、マスターはエクストラに下してもらうと、その腕をそっと取って不思議そうに問いかけた。

「でもエクストラ、アーチャーもだけど、どうしてここか解ったの? というか、もしかして最初から僕がここにいるの知ってた?」
「……………ん、うむ」
「なら早く声掛けてくれれば良かったのに。僕ちょっと心細かったんだよ」
「…………それは。だって、奏者が……」

エクストラの目線に合わせるように腰を低くして不思議そうに問いかけたマスターに、珍しくエクストラは歯切れ悪く項垂れた。
そのらしくない様子に、マスターは不安そうに首を傾げる。

「? ? エクストラ、どうしたの?」
「奏者が、奏者がぁぁ…………」

そっと刺激しないように問いかけたものの、その優しい声がエクストラの曲線に触れて、そのまま彼女の涙腺を決壊させた。
突然ぼろぼろと声なく泣き出してしまったエクストラにびっくりして目を見開いて、マスターは慌ててエクストラの顔を覗き込む。

「え、えっ。な、なに? えっと、ごめんね、エクストラ。泣かないで」

えぐえぐとしゃくり上げて泣き出してしまったエクストラに、マスターはおろおろと狼狽えながら、自分の服の袖でそっとエクストラの涙をぬぐう。
しかしそうする事によって余計にエクストラを泣かせてしまうため、マスターはますます困ってしまう。

「あ、アーチャーどうしよう………」
「さあな。自分で撒いた種だ、君自身が何とかしたまえ」
「えええっ」

困り果ててアーチャーに助けを求めるも、ぷーいとそっけなくそっぽを向いてしまったアーチャーにガンッと少し傷つきながら、マスターは取り敢えず泣き止まないエクストラの涙をぬぐいながら、よしよしと頭を撫でたり背中をさすったりして慰めようと努めた。

「どうしたの、エクストラ。僕に出来る事があったら言ってよ。僕、エクストラが笑ってくれるなら何でもするよ」
「ひぐっ……えぐ……だって、奏者が、あのものに、デレデレするから………っ」

えぐえぐとしゃくり上げながら震える手でセイバーを指差したエクストラに、マスターは首を傾げる。
というか、デレデレって何?
そもそもその言葉の意味すら知らず困惑するマスターに、エクストラはますます大きくしゃくり上げる。

「それにっ……奏者が、奏者って呼ばせるから……っ。余、余と、同じ顔なら、誰でもいいのかと、お、思………っ」
「ええっ!? まさか、そんなわけないでしょう?」

そこまで言ったところでぴえええっと泣き出してしまったエクストラに、マスターはぎょっとしてエクストラを見た。
まさか、そんなことを思われるとは思わなかったのだ。
マスターにとって、エクストラもアーチャーも唯一無二の大切な人だ。どんなに似た見てくれの人がいたとしたって、自分の1番が誰でも良いわけがないというのに。

「僕がエクストラを大事な気持ちが、そんな簡単に塗り替わるわけないでしょう? 僕が1番好きな女の子は、エクストラだけだよ。エクストラ以外にいるわけない。エクストラは僕のサーヴァントで、今までだってこれからだって、僕の傍にいてくれるのはエクストラでしょう? ………ねぇ、僕は、そんなに信用できない? 僕の気持ちは、そんなに頼りない?」

エクストラの腕を掴んで、その顔を覗き込んで真摯に訴えかけるマスターに、エクスとのいつの間にか止まっていた涙が、瞬きをすると同時に目じりから零れ落ちる。
それを優しく拭って、マスターはにっこりと、いつもと同じ無垢な笑顔を向けた。

「信じてくれた?」
「んっ、んぅ…………っ」
「もう、ほら、泣かないでってば、エクストラ」
「相変わらず女泣かせだな、マスター?」
「アーチャーまで変な事言わないでよ! 心外だよ、これでも僕ちょっと怒ってるんだからねっ!?」

にやにやとからかうアーチャーにきっといつものマスターにしては厳しい視線を投げ返てぷんすか怒るマスターだったが、正直ぷくぷくと頬を膨らませる様は、かわいいだけでちっとも怖くない。
そのまま怒っていたマスターだったが、感極まったエクストラに抱き着かれてあわあわと慌てていると、今度こそアーチャーの助け舟が出される。

そんな微笑ましいやり取りを眺めながら、もぐもぐとオムライスを食べながら、セイバーと士郎は話し合う。

「………何だか、茶々入れた訳でもないのに馬に蹴られた気分だな、セイバー」
「ええ。ですが、どんな時でも、シロウのご飯は美味しいです。……いつもありがとうございます、シロウ」
「はは、ブリテンの騎士王に褒められるなんて、料理人冥利に尽きるよ、セイバー」

こちらものほほんとはしているものの、彼らに負けず劣らず幸せな空気を作りつつ。
彼らエクストラ陣営のやり取りがひとまず落ち着くのを、のんびり待つセイバー陣営だった。







キリリクして下さったKeyさまに捧げます。リクエストしてくださいありがとうございます!
今年最後の更新は、ここFate/anecdoteでした。
年明け近いっていうのに何にも更新できずに、耶べえ、せめてと来年になるまでにこれだけは上げねば!と根性で書き上げました。本能の赴くままに書いた結果、かなり長くなってしまいましたが、いかがだったでしょうか?気に入っていただければ幸いです。
思ったよりもマスターがセイバーたちを癒せてなかったような気がしますが、マスターは自サヴァ(自分のサーヴァント)第1なのでしょうがないですね、ってことで!
それでは皆様、今年はありがとうございました。来年も宜しくお願い致します。良いお年をっ!






2013.12.31 更新