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ランサーの災難なはなし。



※タイころ時空のif話です



燦々と太陽が輝くうだるような熱の中。ランサーは大層不機嫌だった。
今日一日、彼はいつにも増して幸運とは縁遠かった。
朝は寝坊してしまったせいでカレンに聖骸布で吊し上げられるようにして起こされ、その罰として彼女と言峰にホールケーキと泰山の激辛麻婆豆腐を食べさせられ、町を歩けば鳥のフンが頭に命中し、気晴らしに港に釣りに行けばこの猛暑のせいでちっとも釣れずじまいだ。
加えて、その暑さがランサーの機嫌の降下を3割増しで加速させている。

「ったく、なんだって今日に限って」

ぶつぶつ悪態をつきながら、ランサーは仏頂面で猫背になって商店街を練り歩く。
元々あまり堅気そうな雰囲気ではないランサーがそうして歩くと、まるでというかまさにというか、端から見ればやくざにしか見えない。
そのせいで先程から道行く人々に避けられているのだが、当の本人は全く気づいていなかった。

もう、今日は何もせずに教会に引きこもった方が吉だろうか。
あそこには恐らく極悪聖職者2人と傍若無人なニート王もいるだろうが、避けて行けばまあ生命の危機には晒されない。
そうと決まれば、とくるりとスニーカーを反転し踵を返して商店街の真ん中を後にしようとした。
―――――と、そこで

「ああっ、そこの兄ちゃん退いてくれ!」
「……………あ?」

不意に至近距離でそうがななれて、ランサーは今まで下がりぎみだった視線を、そこでようやく上にあげた。
途端に目に入ってきたザル蕎麦とめんつゆに、ランサーは途端にげんなりとする。

「(おーおー。極めつけは出前途中の蕎麦とつゆのコンビってか。定番だなオイ)」

最早避ける気力すら湧かない。
それどころか、どうせ帰ったらシャワーを浴びようと思ったし、マスターたちに頼む口実が出来て丁度良かったかも、とすら思えてきてしまうのだから、もう末期である。
そんな事を右から左へ考えて、最終的にランサーの胸に飛来した言葉は、たった1つだった。


ああ、今日は本当についてない。
そう嘆息しながら次の瞬間に頭に降りかかって来るであろう気色悪いめんつゆのベタベタとそばの感触を覚悟して目をつぶると、しかし予想と反して何かにそっと腹を押される感触にえ、と思いながら尻餅をつく。
そして半分呆然として自分を軽く突き飛ばした人物を見上げると、それと同時にがしゃんと音がして、本来自分がかぶるはずだったであろうめんつゆと蕎麦を頭からかぶった、赤い外套が印象的な童顔の男が目に入った。

「…………坊主」
「あー……………えへへへへ」

全身めんつゆでべとべとになりながら、つい今しがたランサーを突き飛ばした犯人であるエクストラのマスターは、ランサーの視線を受けて、困ったような恥ずかしいようなといった顔で、眉を下げてへにゃりと笑った。









「ったく、何やってんだおめーは」
「えへへ。あ、ランサー見っけって思ったらすごいベタにめんつゆかぶりそうだったから、つい」

全然懲りてなさそうな顔でへらりと笑って見せるマスターに、ランサーはやれやれというように溜め息をついた。
マスターがものの見事にめんつゆを頭からかぶったあの後、ランサーはとりあえず教会に来いと言ってマスターを連れ去り、他に誰もいなかったのを良いことに教会のバスルームに放り込んだ。
その後ほかほかと湯気を立てながら出てきたマスターに勝手にギルガメッシュの着替えを渡しながら、ランサーは相変わらずなマスターに苦笑した。

「こりねーなあ坊主は。そんなんだからうちの厄介なコンビに捕まるんだぜ?」
「それって綺礼くんとギルのこと? 別に捕まってないし、あの2人は普通に友達ってだけだよ?」
「…………そーやって邪気なくあいつらを友人だなんて言い切る奴、お前しかいねぇと思うけどな」
「?」

無邪気に首などをかしげてあっけらかんと言うマスターにランサーが溜め息をつくと、マスターは意味が解らずに不思議そうな顔をする。
あの極悪コンビは、恐らく彼のこういう所を好んだのだろう。
マスターのこの誰であろうと無条件に全てを受け入れてくれそうな人柄に、老若男女問わず一体何人落とされたのやら。

「ったく、この天然人タラシが」
「……………よく解んないけど、身を呈して助けた人に理不尽な罵りを受けたのは僕でも解るよ?」
「そこでよく解ってねぇのが問題なんだっての」
「だって……………あ、それよりさ、ランサー」
「何だ?」

呆れた口調のランサーに不服そうに唇を尖らせたマスターだったが、ふと何かを思い出したような顔をして話題を変える。
それにランサーが首を傾げながら先を促すと、マスターはなぜか着替え終えたにもかかわらずずっと持っていたズボンのウエストを引き上げて、少し困ったように苦笑した。

「あのね、せっかく貸してもらえて悪いんだけど、このズボンウエストが太くて。何かベルトか、もっと小さいサイズのズボンない?」
「……………お前、それでずり落ちそうなほどぶかぶかって相当だぞ」

何しろそれはこの家の男性陣で一番サイズの小さいギルガメッシュのものだ。
ギルガメッシュとマスターの身長差は10pもないし、何よりあのリアルジャイアンはかなり細身の部類だ。
それなのに、その彼のズボンでウエストが落ちてしまうくらい細いとは。一体この男はどういう体のつくりをしてるのか。

「………この家でそれよりウエスト細いもんっつったら、もうカレンの修道服しかねぇぞ」
「えっ……それってウエストうんぬん以前にスカートだよね?」
「ああ。ついでにベルトの類も家にはねえ。諦めろ」
「えええ」

フム、と腕を組んできっぱり言い切ったランサーに、マスターはそんなあと小さく嘆いて、がっくりと肩を落とした。

「まあ、それなら仕方ないね。せっかくだから、他に誰か帰ってくるまでお邪魔してていい? 僕、久しぶりにランサーともお話ししたいし」
「おっ、そりゃ良いや。のんびりしてけや、茶ぐらい入れてやるしよ。助けてもらった借りもあるしな」
「ありがとう。でも本当に気にしなくて良いんだよ? 僕が勝手に助けてつゆまみれになっただけだし………」
「いいからガキは黙って好意に甘えとけ」

立ち上がってけ取るに水を煎れに行こうとするランサーを見上げてそんな他人行儀な事を言うマスターの頭を乱暴に撫でることでそれを封じて、ランサーはようやく何時もの彼らしいからりとした笑顔を彼に向けた。
ほどなくして戻ってきたランサーの手によって入れられた紅茶を向かい合って二人で飲みながら、マスターがほうと息をついてしみじみとした調子で口を開いた。

「それにしても、今日のランサーは珍しくご機嫌斜めだったね。何かあったの?」
「まあな。いつも以上にいろんな何かがあったんだよ」
「ふうん?」
「それよりお前、その身長であのワガママ王のズボンが緩いって、どんだけ細ぇんだよ。見たところ、170後半ぐれぇいってるだろ?」
「えっ……………」

何気ない口調で言ったランサーに、マスターはあからさまにぎくりと肩をびくつかせる。
それを怪訝に思ったランサーがじと目で睨みながら無言で先を促すと、その視線の重圧に耐え切れなくなったのか、マスターはマグカップを口にそ添えた状態で、ちろりと明後日の方向に視線をやりながら、消え入りそうな小声で答えた。

「……………………ご、ごじゅう………」
「50代だあ!? お前普段どんな食生活してんだ、肉を食え肉を!」
「こっこれでも昔に比べたら大分体重ついたんだから! それに、お肉ってあんまり食べると気持ち悪くなっちゃうし…………キャベツとかセロリの方が好き」
「何でそんな健康そうなもん好んで食ってんだよ! 血糖値低そうだなオイ!!」
「うんっ。検査するたびにお医者さんに誉められるよ!」
「いや別に誉めてる訳じゃなくてだな……………」

ぐっ。っと親指を立てて得意気な顔をするマスターに、ランサーは反論する気も失せてがっくりと項垂れる。
こうも無邪気な顔をされては、それを崩す方が野暮に思えてくるから不思議である。
彼と話していると、いつもいつも知らないうちに彼のペースに巻き込まれるため、話していると時々疲れることもある。
それでも目の前の青年はどこか憎めない顔をしていて、それでいて疲れるにもかかわらず、マスターとの話は飽きないし、話し終わると胸につかえていたしこりが取れたような、すっきりとした気分になる。
色気なんぞとは死ぬほど程遠いが、彼この独特の雰囲気は、ある意味魔性のようだった。

「………………そういえば。この前エクストラの奴が、『奏者は所構わず誰でもたぶらかすから困る」とか愚痴ってたな」

今日の彼の様子を見れば、それも頷ける。
やはり、つくづく彼と話していると、彼のサーヴァントであり、またそうであった2人が羨ましい。

「なあ坊主、やっぱお前俺のマスターになる気はねえか? お前なら魔力不足とは縁遠いし、もう1人くらいいけるんじぇねぇ?」
「うーん。ランサーがその子ども扱いをやめてくれたらならない事もない………かも?」
「へっ、その気もねぇのに期待させること言うんじゃねぇよたわけ」

こてり、と可愛らしく小首を傾げて微笑むマスターにランサーがそう言うと、マスターはばれたか、とばかりに舌を出した。

「うん。ごめんね。僕のサーヴァントは、後にも先にもエクストラとアーチャーだけなんだ。それ以外は要らないし、頼まれても引き受けられないよ」
「ったく、こう毎度毎度完膚なきまでにフラれると、いい加減心が折れそうになるな」
「えー、そう言うなら折れて欲しいなぁ。断るこっちも爽快な気分じゃないんだよ?」
「なら受けてくれたっていいじゃねぇか」
「だーめ。それに、カレンちゃん可愛いし良い子だし、ランサー今のマスターには結構恵まれてると思うんだけどなぁ」
「そりゃお前の前では猫かぶってるだけだ」
「?」

不思議そうな顔をするマスターに、ランサーは鈍い奴めと呆れた顔する。
他人の不幸は蜜の味を地で行くカレンだが、何故だかマスターとエクストラにだけは猫をかぶって良い子で通っている。
何故だか知らないが、この教会に居ついている面々はこの男に妙に懐いている。それも揃いも揃って面倒な輩ばかりなのだから始末に負えない。
そしてそれと同時に、自分もその始末に負えない輩のうちの一つだったと自覚して、ランサー思わず苦笑した。

「ん? 誰がいるかと思えば仔犬ではないか!」
「おや、君とうちの駄犬が2人きりとは珍しい。これにはろくな持て成しも出来なかっただろう」
「あ、ギル、綺礼くん。お邪魔してます」

そして、噂をすれば何とやら。
応接室に入ってきたギルガメッシュと言峰は、マスターを見つけるなりすたすたとランサーをシカトしつつマスターの両脇に座る。
それを笑顔1つで迎えたマスターは、ランサーと話していた時となんら変わらない無垢な顔を向けて話している。

「(いやもうほんと………メンドーな連中に懐かれてるよ、お前)」

マスターの両脇を固めランサーと彼が何を話していたのかさりげなく聞き出そうとしている彼らは、見ようによっては親を他所の子供に盗られたくない子供のようにも見える。
ランサーはそんな自分よりも10年ほどマスターと長い付き合いである彼等に呆れた視線を投げて、さて自分はどのタイミングでこいつらの会話に割り込んでやろうかと、ランサーは悪巧みをする子供のように、薄い唇から犬歯を覗かせた。






49000打キリリク、「fate五次、タイコロ・カニファン時空の教会組と男主」でFate/anecdote番外編、玉城さまに捧げます!
いやもうほんとお待たせしてしまって申し訳ございません!
しかも教会組とマスターってリクだったのに、殆どランサーしか出てきてないし………。
短編と連載どちらでも良い、という事でしたので、うちのアーチャーとエクストラのマスターと絡ませてみました。
一応タイころ時空なんですけど、別にあんまり関係ない設定でしたね。とりあえず冬木市の面々は、マスターと話すのがみんな大好きだよ、ってことで。
そりゃどんな話でも嫌な顔一つせずうんうん笑顔で聞いてくれる聞き上手さんなら誰だって懐きますって。何気にご近所の女子小学生の初恋キラーな彼です。
時代背景的に五次の世界なので、アーチャーはもうマスターのアーチャーではなく凛のなのですが、そんなの関係ねえとばかりに世話を焼きまくるおかんと彼なら仕方ないと許す凛と今は余だけの奏者だと張り合うエクストラのお陰で、彼はここでも幸せです。
それでは、玉城さま、リクエストありがとうございました!
………本当、6か月以上お待たせしてしまってすみません……orz(スライディング土下座)





2013.11.26 更新