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ポッキーのはなし。





「ポッキーゲームをしよう」

エクストラがそう口を開いたのは、本当に唐突だった。
時刻がちょうど正午を過ぎ、アーチャーがキッチンで昼食を作るのをマスターとエクストラでリビングでテレビを見ながら待っているなかで、CMを見ていたエクストラが不意にそう言い出した。

「え?」
「だから、ポッキーゲームだ奏者。知らぬのか?」
「えっと、とりあえず知らないけど、何でいきなり?」

こてん、と不思議そうな顔で小首を傾げて訊くマスターに、エクストラはうむ、と勇んで現在ついているテレビを指差した。

「ほれ、最近テレビのCMでやっておろう、11月11日はポッキーの日だと。ポッキーの日というのはな、ポッキーゲームをするのが習わしなのだ」
「へー、知らなかったなぁ。………ってあれ、今日って11月11日なの?」
「うむ。そうだぞ」
「そっか。じゃあ、お祝いしないとね」
「うむ。…………うむ?」

CMが終わり、正午特有の通信販売番組を観ながら当たり前の事のように言ったマスターに頷きかけて、エクストラははてと首を傾けた。

「祝う、とは何をだ? ポッキーの日をか?」
「ううん、そうじゃなくて。何をじゃなくて誰かを………………あれ?」

エクストラの問いに、テレビをぼーっと観ながらマスターが答えようとして、その途中でマスターもあれと不可解そうな顔で首を傾げた。

「誰を…………だったっけ」
「? 奏者?」
「えっと、でも、11月11日は、誰かのお祝いをしなくちゃいけなくて…………」
「……………奏者、まさか記憶が?」

うんうんと眉間にしわを寄せて腕を組んで悩み始めたマスターに、彼の記憶の片鱗を見た気がしたエクストラは、目を輝かせてマスターに問いかけた。

「わかんない。でも、何でか自然とそう思ったんだ」
「それでも良い。奏者が過去の片鱗を見せるのは良い事だ」

未だ難しい顔で言ったマスターに、エクストラは首を横に振って、まるで自分の事のように嬉しそうに顔を綻ばせる。
そんなエクストラの様子を見て、マスターもつられるように小さく笑みを浮かべた。

「もしかすると、奏者の誕生日なのかもしれぬな」
「うーん。僕のじゃないと思うなぁ。もっと、他の大事な人な気がする」
「………ううむ。奏者をして“大事な人”と言わしめるとは。余は少し拗ねるぞ」
「? エクストラだって“大事な人”だよ?」

むむむ、と口を引き結んでむくれるエクストラに、マスターはきょとんとした顔で心の底から不思議そうな顔で当然のようにそう返した。
そのマスターに何気なく言われた言葉に、エクストラは彼の方を向いて目を真ん丸に見開くと、徐々に緩んでくる口を抑えるように、自分の頬をぎゅっぎゅと挟み込んだ。
当のマスターはその行動の意味が解らず首を傾げているだけだったが、そんな常の様子と何ら変わらないマスターを見て悔しくなったのか、エクストラはぱんっと自分の頬を軽く叩くと、リビングの机に置いてあったポッキーのパッケージから中身を1本取り出すと、勢いづいて立ち上がった。

「ともかく、だっ! ポッキーゲームをするぞ、奏者!!」
「でもエクストラ。そもそも僕そのルール知らな……………わあっ!」

息巻くエクストラをやんわりと制止しようとしたが、それよりも早くエクストラにガット肩を掴まれて床に押し倒され、マスターはとっさに目を瞑る事しか出来なかった。
幸い柔らかいカーペットが敷いてあった為、予想していた痛みは後頭部にはなかったが、マスターがそっと目を開けると、すぐ上にエクストラの顔のアップが見えて、思わず目を丸くした。

「え、あっと、エクストラ…………?」
「ポッキーゲームというのはだな。これを両端から双方でくわえて、どちらがより大きい部分のポッキーを食べれるかを競うのだ」
「え、えっ?」

あっけにとられてぽかんとするマスターの口に、エクストラは手に持ったポッキーを加えさせる。
そして自分はチョコでコーティングされていないプレッツェルの部分をくわえて、「行くぞ」と言うや否やサクサクと音を立てて食べ始めた。

「へ、ふぇ!? ひょ、ま、まっひぇエクフトハ(ちょ、ま、待ってエクストラ)!」
「うるはい。はらをふふれほうは(うるさい。腹をくくれ奏者)」

困惑して慌ててやんわりとエクストラの肩を押そうとするマスターの手をエクストラが取って制し、そのまま食べ進める。

「(え、え、え!!?)」

エクストラに押し倒された状態で、マスターは未だ混乱の渦から抜け出せず1人ぐるぐると目を回す。
そうしている間にも、エクストラはサクサクと小気味良い音を立ててポッキーを食べ進めている。
彼と彼女を隔てるプレッツェルは、もう5pにも満たない。

「(は、あ、あ………れ?)」

目の前にずいずいと妙に真剣な顔をしたエクストラが迫ってくるのに、それを呆然と見ながら、マスターは今までにない奇妙な感情が胸に競り上がってくるのを感じた。
その距離は、いつも夜エクストラと自分とアーチャーとで同じベッドに入っている時と殆んど変わらない。
むしろそっちの方が場合によっては近いくらいである。
だというのに、エクストラの顔が最終的に自分の唇に行き着くというだけで、全く違うものになっているような気がする。
もし、このままエクストラとの距離が本当にゼロになってしまったら。
自分の中のエクストラが、何か確実に変わってしまう気がした。

「…………………………っ!」

マスターには、それが自分にとって良いのか悪いのかさえ解らなかったが、とにかく反射的に思った「それはダメだ」の一心で、エクストラの唇が自分のそれに触れるか触れないかの所で、ポッキーを噛み切った。
ポキン、という軽い音を立てて折れたそれに、エクストラはきょとんと目を瞬かせ、マスターは一気にどっと力が抜けて、軽く浮かせていた頭をごんっとカーペットに打ち付けた。

「…………奏者?」
「う…………ダメだよ、エクストラ」

不思議そうな顔で小首を傾げるエクストラに、未だ腹部にエクストラに股がられ押し倒されているような格好のマスターは、至近距離のエクストラに、困ったような曖昧な顔でそう言った。
それでもよく解っていなさそうなエクストラに、マスターは更に困ったように眉を下げて、うろうろと視線を泳がせた。

「だ、だから、その………いくらゲームだからって、その、今のは最終的にちゅうしちゃうわけで。…………そういうのは、ダメじゃないかな、って………」
「………………………ほぇ?」

顔をかすかに赤らめてしどろもどろにそう言ったマスターに、エクストラはぽけっとした顔でマスターの顔を見つめると、1拍おいて、ぼんっと音が出そうな勢いで顔を真っ赤にした。
それは先程までのマスターとは比べ物にならないくらい赤く、耳はおろか首まで真っ赤にさせてあわあわと片手は熱を冷ますように頬にあて、もう片方はマスターに言い訳になっていない言い訳をするたびに気を落ち着かせるためかバタバタと世話しなく顔の前につき出して振っている。
そのあまりの狼狽えっぷりに、逆にマスターの方があっけにとられてきょとんとする。

正直、エクストラにそこまでの考えはなかった。
ただ単に今テレビでやっていて面白そうだったからと理由しかなく、それが最終的にどういう風に終わるかなど少しも考えていなかった。
しかし、たった今マスターに言われた事で、あと一歩で自身のマスターにキスをしていたのだと自覚すると、途端に耐えようもない程恥ずかしくなってしまった。

「で、であるから、奏者は、奏者で、あの、余は決してそのような邪な気持ちではなく、ぇと、だから、だから、えっと」
「う、うん。解ってるよエクストラ。僕は全然気にしてないから」
「きっ、気にせぬのもそれはそれでダメだぁっ!」
「へ、え?」
「よ、余は、こんなにも奏者にドキマギしているというのに………! そ、奏者も、もっと余にドキドキするべきだ」
「? う、うん……………?」

ビシィっとマスターの前に指を突きつけてよく解らない論法を繰り広げるエクストラに、マスターはだんだん困惑してきて頭にいくつもの?マークを浮かべた。

「良いから、奏者はもっと余にメロメロになるのだ!」
「うわわっ。解ったからエクストラ。近い、近いよっ」

混乱したからか、今度はマスターの肩に手をかけぐいぐいと近づいてくるエクストラに、マスターは慌ててその肩に手をかけて待ったをかける。
しかしそれで訳も解らず暴走してしまったエクストラの勢いが治まる事は勿論なく、あまりにもぐいぐい攻められるので、マスターが段々もう覚悟を決めてしまおうかと諦めモードに移行しかけていたその時。
1つの音が、彼らの動きを止まらせた。

カラン、という、何か軽いものが落ちる音。
2人がその発生源を探ろうと首を巡らすと、マスターのほぼ頭上の位置にあるキッチンの入り口に、あんぐりと口を開けたアーチャーと、その下に音の発生源であろう、何かのソースがついたお玉が転がっていた。

「おお、アーチャーではないか。昼食の準備が出来たのか?」
「あ。ありがとうアーチャー。今日のお昼ごはんなに?」

不意に現れたアーチャーにより、先程までの異常事態から一気にいつもの日常の空気に触れ、無意識のうちに普段通りの受け答えをする2人。
それによりエクストラの暴走状態も強制的に解除され、マスターとエクストラは先程までのいざこざをつかの間忘れてしまい、元の何時もと変わらない雰囲気に戻る。
しかし、客観的目線でその異常を目にしてしまったアーチャーはそうはいかない。
今のマスターとエクストラの状態―――まるでエクストラが無理矢理マスターを押し倒して何か良からぬ事をしてしまいそうな体勢―――を見て、段々と頭が情報を飲み込むや否や、アーチャーはわなわなと肩を震わせて怒らせ、状況を良く解っておらずきょとんとした顔をしているマスター達に、一歩。大きく踏み出した。

「何を………しているんだねこの大馬鹿者ぉぉおおおお!!!!!」
「!? 何を怒っているアーチャー!?」
「何をだと、よりにもよってそれを私に言わせるのかねエクストラ!!」
「む? だから何をそう怒っている」
「そうだよ、別に僕たち何もいたずらなんて……………」
「「……あ」」

何故アーチャーが怒っているのかちんぷんかんぷんなエクストラを、同じくちんぷんかんぷんなマスターが擁護しようとして、反射的に互いの顔を見合わせた事で、自分達の今の体勢の訳を思い出した。

「あ、ではない! さあエクストラ。これは一体どういう事なのか説明してもらうぞ!」

その2人の様子もアーチャーの怒りに火に油をそ注ぐことになり、エクストラをマスターから引き離してさあさあと迫るアーチャーをぽかんとして見送って。
そこで、マスターはようやく今までの事態のあれこれを客観的に理解する事が出来た。

「(………………ほっぺた、熱いや)」

段々と熱をもってきた頬を両手でおおって、マスターは照れたように立てた膝に額を押し付ける。
そのままアーチャーがエクストラを叱る声をBGMにして、マスターはじわじわと熱くなっていく頬の熱が覚めるまで、きゅっと瞳を閉じて、さっきまでの出来事を反芻しては、よりかあっと顔を耳まで熱くしていた。





2013.11.18 更新