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ハロウィンのはなし。





アーチャーは急いでいた。
何故なら、家で腹を空かせた雛鳥たちが、彼の到着を今か今かと待っているからである。
季節は秋。暦は10月31日である今日は、俗にいうハロウィンである。
商店街はそれに便乗して、“ハロウィンフェア”と銘打ってさまざまの物の特売を一斉に行っていた。
それにアーチャーの中の主夫の血が黙っているわけもなく、今日催されるさまざまなセールという名の戦場に勇んで赴くアーチャーを、マスターとエクストラはよくわかっていない顔で見送っていた。
この魅惑のロマンが何故解らんと力説したものの、エクストラに「貴様のその話は機械の話同様マニアすぎてついて行けん」と仏頂面で一刀両断された。
君の美的センスの方がマニアックだと思わずこぼすとライオン裸締め殺しを決められたので、次から彼女に対する発言には気をつけようとアーチャーは思う。
そうは思っても、皮肉を言うのが彼の性分というやつなので、数時間もしないうちにいつもその決心は泡と消えるのだが。

「あー……しかし、これは少しばかり時間がかかりすぎた」

腕に巻かれた時計の差す数字を見て、アーチャーは苦い顔をする。
短い針が8を指示している現在。いつもなら7時には夕食だというのに、これではマスターを9時に寝かせることが出来なくなってしまう。
本当に見る店ほぼすべてがセールセールの嵐なので、テンションが上がるあまりつい買い過ぎてしまった。
重さを考慮せずに買い物ができるサーヴァントの身体って素晴らしい、とまで思って夢中になってしまった結果、今やアーチャーの両腕は紙やビニールの袋で一杯だ。
しかしそれでも無駄遣いは一切していないあたり、アーチャーの倹約っぷりは筋金入りである。
駆け出したいのはやまやまだが、自分の両腕の荷物のせいで、この混雑した商店街でそうする事が叶わない。
やっと彼らの住むアパートに到着したものの、迎えるのは眉を吊り上げたエクストラと心配そうな罪悪感一杯になること間違いなしなマスターの顔なのが想像できて、アーチャーは少しだけ憂鬱になった。
しかしいつまでも帰らないわけにはいかず、アーチャーは深呼吸をして、意を決してドアノブをひねった。

「…………た、ただい、」
「「ハッピー、ハロウィィイイイン!」」
「………は?」

玄関のドアを開けると同時に自分に浴びせられた紙吹雪に、アーチャーは呆気にとられて目をぱちくりと瞬きさせる。
目の前には、可愛らしく八重歯が生え、真っ黒なローブを着たマスターと、頭にどでかいネジを突き刺し、オールバックにして丸見えにした額に傷のようなシールを張り古びたつなぎを着たエクストラ。

「あはは、ほら、すごいびっくりしてるよアーチャー! 作戦成功だねっ!」
「うむ! なかなかに胸躍ったな!」

それぞれクラッカーを手にして、上機嫌に「いえーい」と言いながらハイタッチなどをかましているマスターとエクストラに、アーチャーはわけもわからず空中に?マークを飛ばしまくる。
その様子に気づいたのか、エクストラがいつもの得意満面なアーチャーからしたら腹立たしい、マスターに言わせれば可愛らしい笑顔を浮かべて、ふんっと腰に手を当てて胸を張った。

「鈍いなアチャ男! 今日がハロウィンだというのを知らぬのか!」
「……………いや、知ってはいるが」

それがその格好と行動に何故行き着く。
半分げんなりしてそう言ったアーチャーに、エクストラは心底呆れたといわんばかりの表情で、額にその華奢な指先を当てた。
その妙に様になっていうがいらっとくる仕草に、アーチャーはピキリと額に青筋を浮かべる。

「ハロウィンとはいわば悪霊を払う行事であろう。それに我らが参加せずしてなんとする!」
「衣装はね、今日司書くんに話したら貸してくれたんだあ」

似合う? と無邪気に笑いながら裏地が真っ赤になっているローブをひらひらとさせるマスターに、アーチャーはその可愛らしい顔に影を指すことが出来ず、力なく頷いた。
というか、また「司書くん」か。彼の口から出てくる顔も見たこともないその青年は、いつもろくな知識をマスターに与えないのだから。マスターの交友関係には不安が尽きない。
はあ、と目を手の平で覆って大きいため息をつくアーチャーなどお構いなしに、マスターとエクストラはきゃっきゃとはしゃいでいる。

「アーチャーあのねあのね、これ僕のがドラキュラの仮装で」
「余はフランケンシュタインなのだぞ!」
「「似合う(か)?」」

無邪気に尋ねる2人に曖昧に頷くと、マスターたちは嬉しそうに破顔して、それぞれ袋まみれのアーチャーの腕を取って、こっちこっちとリビングへと彼を引っ張っていった。
靴を脱ぐのもそこそこにリビングに連れられたアーチャーは、彼らの食卓に乗せられたある“モノ”に目を奪われた。

「……………これは」
「どうどう? けっこう良くできてるでしょう?」
「因みに彫刻は余が担当した。くり抜くのがとにかく面倒だったが、その甲斐はある出来だぞ!」

それを見て目を見開くアーチャーに、マスターとエクストラはわくわくと瞳を輝かせてアーチャーを見つめている。
そこにあったのは、かぼちゃを丸ごとくり抜き、ジャック・オ・ランタンの顔が彫られ、その中に作られた大きなかぼちゃプリンだった。
驚いて何も言えないでいるアーチャーはそのままに、母親に手伝いを褒めてもらいたい子供のように、2人は言葉を重ねていく。

「奏者はとにかく力が無かったので、マッシュも余の担当だ」
「エクストラすごいんだよ。僕がびくともしなかったかぼちゃのかたまり簡単に潰しちゃうの! で、その後のプリン作りは僕の担当。司書くんにレシピ教えてもらって、初めてなりに頑張ったんだぁ。あ、この上のクリームは僕とエクストラの合作だよ」

てっぺんが外されて見えるプリンの上に飾られたクリームのデコレーションを見てみてと言わんばかりにずいっと寄せてくる。
そんな2人の様子を見て、アーチャーはようやく事態が呑み込めて、嗚呼、とだけ言葉を漏らした。
なるほど。アーチャーが出掛けて行ったのは3人でおやつを食べた後の3時過ぎ。その後で、彼らはアーチャーを驚かせるために色々と画策したのだろう。
その結果、彼らはアーチャーが予想だにしなかった行動で、見事アーチャーの度肝を抜かせた。

何よりも、あの、初め右も左もわからなかったマスターが、いつもわがままばかりだったエクストラが。自分を驚かせるために、こんな…こんな、立派なものを、作るだなんて…………。
溢れ出るようなこの気持ち。これは一体何なのだろう。アーチャーは自分で自問する。ちなみにそれは所謂母性もとい父性というものなのだが、彼がそれに気付く事はきっとないだろう。

「…………あ、アーチャー……?」
「ど、どうしたのだ? どこか痛むのか?」

不意に目頭が熱くなって、アーチャーは自分が両腕一杯に荷物を下げていたのも忘れて片手で目を覆う。
ばさばさと荷物が床に落ちて行き、それでも目を覆ったまま動かないアーチャーに、いつまでたっても何の反応も無いので、マスターとエクストラがおろおろとしながらそっとかたや背中をさすってくれた。

「……いや、大丈夫だ。ありがとう、マスター、エクストラ。とても素晴らしい出来だ」

そういって、アーチャーはうるむ瞳はそのままによしよしと2人の頭をなでる。
アーチャーにはそれが精いっぱいだった。
感極まってぎゅっと2人の方を引き寄せて抱きしめたアーチャーに、常にないその彼の態度に、マスターとエクストラは困ったように顔を見合わせた。

「………これだけのものを用意されて、気合を入れないわけにはいかないな」
「「?」」

彼等から体を離してそう言ったアーチャーに、マスターたちは揃って同じ動きで首をかしげる。
それに無自覚ながらに愛しさを覚えながら、アーチャーは彼にしては珍しく、本当に珍しく、邪気のない柔らかな笑顔を2人に向けた。

「今夜のディナーは期待したまえ。いつも以上に、君たちの為に腕によりをかけよう」

そう言って、パチン、と上機嫌にウィンクを一つしたアーチャーに、マスターとエクストラはきょとんとした顔で互いの顔を見合わせて、二拍ほど間を開けてその言葉を理解すると、わあっと歓声を上げてまた2人でハイタッチをかました。
そんな2人の様子を眺めながら、アーチャーはよし、と気合を入れて床に散らばった袋を拾い集めると、彼らが作ってくれたデザートに見合うご馳走を作るために、意気揚揚とキッチンに向かって歩き出した。






2013.10.31 更新