マスターは、見掛けによらず食い意地が張っている。 ビジネスホテルにいた頃はむしろそう言った欲は皆無だったのだが、アーチャーの料理を食べてから、もっと言うととあるデパートの中の喫茶店でチョコレートケーキを食べた時から、そういった欲が顔を見せるようになった。 徐々に食事の量を増やしていったため、今では食べた物をそのまま吐き出す事は無くなっている。 もっとも、彼自身のキャパを超す程の量を食べてしまうとそのままリバースしてしまうので注意が必要ではあるが。それでも初めのころに比べれば、アーチャーが思わずガッツポーズをしてしまう程の快挙であった。 今では半人前程度の量を食べれるようになれているマスターだったが、大した量を食べれない癖に美味しい物に目がない。 アーチャーが料理をこしらえている時など、隙あらばつまみ食いをしようとエクストラと一緒にキッチンに忍び込むのもしょっちゅうだ。 そんなマスターは、今新都のケーキ屋で美味しそうに食べている。 最近見つけたケーキ屋、『Serial Phantasm』…通称『SE.RA.PH』。特にチョコレートケーキとタルト系が絶品のここを、マスターはいたく気に入っていた。 今日はチョコレートケーキが売り切れてしまっていたので、代案としてチーズケーキの上にイチゴ、ラズベリー、ブルーベリーなどがふんだんに乗せられたベリーべイクドチーズケーキを食べて、マスターは大変幸せそうである。 「んんーっ!」 「どうだ、美味いか、奏者よ」 「うん、すっごくおいしい」 フォークを噛みしめて歓声を上げるマスターにエクストラが尋ねると、彼は満面の笑みで頷いた。 その様子をティラミスを口に運びながら、アーチャーは微笑ましげに見つめている。 「気に入ったのなら、帰りに買っていこうか」 「ほんとっ!?」 「ああ。その代わり、1人2つずつまでだぞ」 「うむ、選別の腕が鳴るな、奏者よっ!」 やんわりとたしなめるアーチャーに、エクストラに話しかけられたマスターが嬉しそうにこくこくと頷いているのを見て、アーチャーの頬も自然と緩まる。初めはケーキを買って帰る事もあまり賛同していなかったアーチャーだったが、今では1人2つが当たり前になってきている。 最近では、マスターのこの笑顔が見られるのなら全財産をはたいても惜しくはないと思い始めているアーチャーである。 いやまあ、実際にはたいてしまったら暮らしていけなくなってしまうので無理なのだが。 しかしこの幸せそうな顔を見てしまうと、自分の持てる全て使って、幸福にしてやりたくなるのだ。 思えば、生前から自分は幸せそうに食事をする人間に弱い。いや、断じて家事が好きとか、料理大好きとかそういう事は一切全くこれっぽっちもないのだが。 心の中ですでに周知の事実であるそれを必死に否定しているアーチャーの事など露知らず、マスターは幸福満面とケーキを頬張り、たまにエクストラのパフェと食べさせあいっこなどをしていた。 「アーチャー、アーチャー」 「何だね?」 ケーキを食べ終わり食後のブラックコーヒーの香りを楽しんでいるアーチャーに、マスターはもぐもぐと口を動かしながら話しかけてくる。 はしたないぞ、とアーチャーが口についているクリームをナプキンでぬぐってやると、こくこくと頷いて口の中のケーキを全て飲み込んでから、マスターが口を開く。 「連れて来てくれて、ありがとう」 「………? なんだ、そんなこといつもの事だろう。君が気にする事でも何でもない」 怪訝な顔をして返すアーチャーにそういうと思ったと笑って、それでも、とマスターは続ける。 「僕にそう言ってくれる君だから、僕はいつもありがとうって言いたくなるんだよ」 「な………」 「いつもありがとう、アーチャー。だいすき」 えへへ、と照れまじり笑って、マスターはそんな事を恥ずかしげもなく言う。 それを不意打ち気味に真っ正面から受け止めてしまったアーチャーは、耐えられずに片手で口元をおおって、ぷいってそっぽを向いた。 そんな屈託のない笑顔を向けられて、そんな純粋な想いを向けられて、この自身の行為に対して“返される”事に慣れていない弓兵が照れないわけがない。 その浅黒い肌でも解るくらいに赤くなってしまったアーチャーをきゃらきゃらとマスターが笑いながらからかっていると、横にいたエクストラがむすうっとした顔で彼の袖を引っ張る。 「奏者、奏者。アーチャーばかりずるい。余もそなたの想いを聞きたい」 「え? もちろん大好きだよ、エクストラ」 むん、と口を尖らせて唐突にそう強請ったエクストラにマスターが、つかの間きょとんとすると、当たり前だというように頷いて、誰が見ても解るほど明確に愛おしさをにじませた笑顔を彼女へと向けた。 「〜〜〜〜〜っ奏者ぁっ!」 「わぷっ」 それに感極まってマスターに飛びついたエクストラを仰け反りつつ抱き止めて、マスターはうりうりと仔犬のように肩口に額を振り寄せてくるエクストラの肩を、大切そうに抱きしめた。 それを見て、本当にマスターはすごい、とアーチャーは思う。 記憶もない、身寄りもない、居場所もなかった。そんなマスターにアーチャー達が出来ることは、ほんの一握りの事しかない。 それでもそんな何でもない事しか出来ない彼等に、この青年はまるで自分の全てを救われたように、言葉通り「全て」を返す。自分にできる全てを使って、2人に“感謝”と“愛”を伝える。 これぐらいしか出来ないからと。けれど、その彼の言う「これぐらい」に、2人がどれほど救われているのかとか、そんなことマスターは知りもしなければ考えもしないのだろう。 それで良い。彼のそんな無垢で幼い所が、アーチャーもエクストラも大好きなのだから。 「エクストラ、だーいすき」 抱きしめられながら、マスターは肩に頭を乗せたエクストラの頬に、すり、と同じように自分の頬をすり合わせる。 その幼い仕草に、エクストラはすかさずハートを打ち抜かれてマスターの肩で顔を隠すと、声にならない声を上げて悶絶した。 一方で、そのマスターのふやけ切った笑顔を真っ正面から受け止めてしまったアーチャーも、顔を俯けて思わずテーブルに突っ伏してしまいそうなところを両手の拳をどんとテーブルに打ちつけて耐えながら悶絶する。 いやもうほんと、何この生き物可愛すぎる。大好き。 相変わらずきゅうきゅうとエクストラに抱きしめられているマスターを見て、アーチャーはその気持ちを改めて感じる。 そうして顔を上げると同時にエクストラとばちりと目が合い、その瞬間、2人の意見は寸分違わず合致する。 ああ、やっぱり、うちのマスターまじ天使、と。 この愛しい子供がマスターである幸福を、たっぷりとかみしめるアーチャーとエクストラであった。 キリ番でリクエストして下さった智翳様、そしてもう1人のキリ番当選者さまへ捧げます! もう1人の方はお名前が書かれていなかったので。 長らくお待たせしてしまって申し訳ありませんでした! お2人共anecdoteのマスターとサーヴァントズのいちゃこらを、という事だったので、すみませんが統合させていただきました。 この3人はこれが通常運転です。一日一回はこんなことしてます。ちなみにこいつらに飽きはありません。 アーチャーとエクストラにとって、マスターは「性別とかそんなみみっちい枠組みになんぞ入らねえ、マスターは男とか女とかミジンコとかそんなちゃちな領域をぶっ飛ばしてその存在そのものがかわいくて仕方がねえんだよ! 大好き!」って感じです。つまり無垢系主人公最高、と。すみません調子乗りました。 何はともあれ、リクエストありがとうございました! これからもうちのサヴァ充トリオを生温かく見守っていて下さい。 多分後2話くらいはサーヴァントズに出番ないと思いますけど。 2013.8.25 更新 ← |