小説 のコピー | ナノ

出会うはなし。





それは、“フツウ”と言うものを識っている人間なら、間違いなくそこを地獄と称しただろう。
そこには人間として尊厳などはなからなく、ただ彼らの目歴を達する為の歯車。1つの部品でしかない。故に簡単に扱われるし、不要となればあっさりと棄てられる。
そこは、“フツウ”の者からしたら、間違いなく地獄だった。
しかし、“彼”はそこを地獄だとは思わなかった。
何故なら、“彼”にとって、それがアタリマエだったのだから。
彼にとって、初めから“フツウ”などなかったのだから。
否、かつては、きっとあったのだろう。けれど過ぎた年月の末、“彼”にとっての日常は、この地獄となってしまった。
希望を識らない者は、絶望すら感じない。解らない。
だから、この地獄こそが、“彼”にとっての“フツウ”であったのだ。











真っ暗い闇に、ぼう、と蝋燭の炎が浮かぶ。
明かりらしい明かりと言えば、十数本の食台の上に乗ったそれぐらいで、窓が無いことから、恐らくは地下なのだろう部屋を照らしている。
そこには、10人程のフードで顔をすっかり覆った人間がいた。彼らの視線の先には、赤黒い血液で描かれた魔方陣。
他者が見たならば、オカルトな黒魔術を連想させるそれ。
しかし、その魔法陣の先の祭壇の上に乗せられたモノが、酷く違和感を感じさせていた。
そこには、ガリガリに痩せほそったみすぼらしい男の姿があった。年齢の特定をさせにくい中性的な顔の男は、身体の上には周りの人間達と同じようなローブをかけられてはいたが、その下は薄汚れた薄いボロしか纏っておらず、ローブから覗いた両腕が、枯れ木のように痩せほそっており、さらにミイラのような四肢を晒していた。
いっそ恐怖さえ感じさせるその男を、しかしフードをかぶった集団は一切目を向ける事はなく、視線は手前の魔法陣に注がれている。当然だ。彼らにとっては、この魔法陣から現れるモノこそが大切なのであり、祭壇の上にある男は、その餌であり贄であり、喚び出す為の部品でしかないのだから。
フードの集団の戦闘に立った人間が、恐らくそのリーダーなのだろう。古びた分厚い本を片手に、何事かを唱えている。
低くくぐもった声ながらも、それは静かな足りに響く。
やがて魔法陣が光り出し、それを中心に風が巻き起こる。フードの人物が最後の一節を口にすると、魔方陣の光と風はさらに勢いと激しさを増し、目も開けていられない程になる。
だが、周りの人間が目を細めてやり過ごす中で、祭壇の男だけは、虚ろながらもじっとその光を見つめていた。
吹き荒れる風を見ながら、男は思う。
今から喚び出されるのが何であれ、言うまでもなくソレはこの外から来るのだろう。
だとしたら、羨ましい。ソトなど、もう忘れてしまった。外を見れる事が、羨ましい。

「(――――外に、出てみたいなあ)」

男が何の色も感じさせない目でそこを眺めながら小さく呟いた時、吹き荒れる風と眩い程の光が止み、いつの間にか魔法陣の上に、2つの人影が立っていた。それを見て、フードの集団が色めき立った。
片や、赤いドレスを纏った少女。片や、赤い外套を纏った男。2人の姿を見、集団の人間はいよいよ興奮気味にざわめき立つ。
成功だ、と口々に言い合う集団には目もくれず、2つの人ならざるヒトガタは問う。

「「――――問おう」」

凛とした2つの声が、薄暗い部屋に木霊する。

「君が、私のマスターかね?」
「汝が余のマスターか?」

しかし、2つの赤い人影が尋ねたのは、集団の先頭にいた人間ではなく、祭壇に乗った男だった。
先とは違う意味でざわめく集団の声など聞こえないように、問われた本人である男は、虚ろな眼で彼等を見て首を傾げる。

「……………ぼく?」

からからと掠れた、出すことさえままならないような声で訊き返す男に、しかし彼等は頷く。

「ああ、そうだ」
「然り。余はそなたに訊いておる。さあ頷け、そして応えるがいい。己こそが我らのマスターであると」

きっぱりと言い切る2つの赤い人影。しかし、これに慌てたのはフードの集団の方だ。
この2つの人影は、彼らが召還したはずだ。本来は彼らが使役する為に呼び出した使い魔なはずだった。それが、召喚の為に使用した部品と主従の契約を結ばんとしているのだ。焦らない訳が無い。

「き、貴様らを喚び出したのはこの私だ!」

集団のリーダーであろう男が声を張り上げると、初めてその存在に気が付いたように、2つの人影は彼等を振り返った。
その2対の眼が、フードの集団を見て不愉快そうに細められる。

「ほう、君が私のマスターであると?」
「貴様がか? そこの矮躯の男ではなく?」

2人の視線に射抜かれて、フードの集団のリーダーである男が少しだけたじろいだが、しかしすぐにぐ、と胸を張ってそんな尊大な度で彼らに対峙する。

「そうだ。貴様らのマスターはこの私である。断じてそれではない」

言って、男はローブの裾をたくしあげて右の手の甲を示す。

「見ろ、令呪だ。さあ、私と契約を結べ、サーヴァント」
「………では、あの男は何の為にいるのかね」

赤い外套を着た男が祭壇の男を指差すと、フードの男はニィ、と唇を醜悪に歪ませた。

「あれは、貴様らを喚び出す為の道具にすぎん。気に行ったのなら、贄としてくれてやる。好きにするがいい」
「……………そうか」

小さく呟いた赤い外套男に、フードの男は急かすように歓喜に歪ませた唇を開く。

「さあ、私と契約を――――」

しかし、男がその言葉を最後まで言う事はなかった。
サクッ、と、男の眉間に短剣が突き刺さる。
それは細やかな装飾が施された、見る者が見たならば目を輝かせて言い値で買うと言わせる程の美しいものだったが、男がその事に気付く事はついぞない。
あまりにも軽く、あっさりと深々と突き刺さったそれに、男が自分が何をされたのかさえ知る事もなく、呆気なく事切れた。
どさり、と男が仰向けに倒れ、フードがはがれ、喜びに歪んだ醜悪な顔があらわになる。額に刺さった短剣が、酷く不格好だった。
瞬間、一気に騒然となったフードの集団を前に、赤い外套の男は、忌々しげに吐き捨てる。

「そうか――これで、私が貴様らに仕える理由などない事がはっきりした」

同時に嫌悪を露わにした外套の男に鋭い殺気を浴びせられ、集団はたじろぎ、自分達の儀式が失敗したのだと理解した。………そして、きっと生きてこの場を脱する事は出来ないのだろうとも。
……ふと、そこで、今まで黙っていた紅いドレスの少女が、くつくつと肩をふるわせ笑い声を上げた。

「ふっ……ふふふ。意外とやるではないか弓兵。元より世もあ奴らのサーヴァントに甘んじる気など毛頭ない。そこな男の方がよほど興味深い」

言いながら、紅いドレスのサーヴァントは祭壇の男を見、その美しい深緑の瞳を細める。

「そなた、外に出たい、と言ったな」
「ぇ…………」
「余はその声に呼ばれてここへやってきた。貴様もそうであろう」
「まあ、そんな所だ」

赤い外套の男は簡潔にそう応えると、一歩前に出て祭壇に座り込んでいる男に語りかけた。

「私の言葉を復唱し、契約を結べ。そうすれば、私達は君を外に連れ出すことができる」
「…………本当に?」
「このようなつまらん事に、嘘などつかんよ。そもそも召喚の儀式を行ったのがそこのフードの集団でも、私達は君の声に連れられてきた。だから、君の方が、余程マスターに相応しい」

祭壇の男がゆっくりと頷くのを見て、赤い外套の男は、そうして彼には理解できない呪文のようなものを口にしだした。いや、実際それは呪文だったのだろう。
先程のフードの男が唱えていたそれと酷似しているが僅かに違っているそれを、男はつっかえながらも何とか復唱した。

やがて外套の男が最後の一節を唱え終え、男がそれを復唱したところで、男は身体から何か形容しがたいモノが身体から吸い取られていく感覚を覚えた。
しかしそれはむしろ男の中にくすぶっていた何かが無くなっていくようで、男は息苦しさからの解放にほっと息を吐きだした。

「………ふむ。魔力は申し分ないな」
「うむ。寧ろ、先の者よりも濃密で上等だ。………さて」

紅い服装の男女が満足顔で手を握ったりして体の調子を確かめると、紅いドレススの少女がフードの集団を振り返った。
それに次いで、赤い外套の男もそちらに身体を向ける。
ふとそこで、思い出したように紅い外套の男が祭壇の男の方を振り向いた。

「そういえば、聞いていなかったな。君の名前は何と言う」
「えっ…………?」

男の問いに、彼は初めて少しだけ戸惑ったような雰囲気を出し、少しの間目を泳がせた。

「っ、と……キリツグ………たぶん」

男がその名を口にすると、外套の男は僅かに目を見開いた。

「………多分、とは?」
「…………よく、わかんない。ほかは、全部曖昧で、それだけ、覚えてたから、たぶん………」

ぽつぽつという男の言葉に、外套の男は少し思案するような顔をして、また彼に目を向ける。

「成る程な。しかし、自分でも良く解らない単語を、そう名乗るものではないだろう。今は仮に、君の事はマスターとでも呼んでおこう」

外套の男はそう言うと、またフードの集団に目を向ける。
その目が殺気を帯び鋭くなっていくのを、紅いドレスの少女は横目で見て口角を上げた。

「さて、アーチャー? 召喚最初の一仕事とゆこう」
「そうだな。マスター、私が君の肩を叩くまで、しばし耳をふさいで目を閉じていたまえ。なに、すぐに終わる。しばしの辛抱だ」
「………………うん」

男が言うとおりに耳をふさぎ目を閉じるのを確認すると、改めて彼等は集団に向き直る。

「さて、覚悟はいいか、外道」
「随分と良い趣味をしているようだが、それもここまでだ。いい加減幕を下ろすがいい」

そう言って、紅い少女は身の丈ほどの僅かにうねりねじ曲がった真紅の大刀を、赤い男は両手に白と黒の夫婦剣を出現させる。
そうして、2人の英霊による粛清が始まった。






…………始まってしまいました。
夢主のサーヴァントは言わずと知れた赤王様と紅茶です。EXTRAの赤セイバーに萌えに萌えた結果がこれですええ反省も公開もしていません!(キリッ
ほぼ突発的に思いついたネタだったのですが、大分構想も練ってあるので、個人的に書いていくのすごく楽しみです。
しばらくは名前方面で不便になるかと思いますが、どうぞ飽きずに見て頂ければ幸いです。





2012.6.18 更新